天の夜
──コンコン
返事をする前にその扉が開き、夜の自室にコーヒーを持ったサンシャちゃんが登場した。
「げ……」
思わず一言漏れてしまったが慌てて口をつぐみ、笑顔を見せた。
コーヒーを置いたサンシャちゃん。その目は何やら青空の様に青く、時折雲の様な白い塊が流れていた。そして何より雰囲気がサンシャちゃんではない別の存在感を放っていた。
「……申し遅れました。わたくし、天界より参りましたガブリエルと申します」
「──!!」
咄嗟に身構えるも、ガブリエルは姿勢を崩さずに手を後ろに組み、落ち着いた表情を見せていた。どうやら争う気は無さそうだ。
「下界に降りるのにこの体をお借り致しました。先ずは兄の非礼をお詫び致します」
「貴様ミカエルの妹か!?」
「はい。我が兄と幼き頃より勉学に勤しみ、我が主の教えを広く伝えるべく信仰してまいりました」
「…………」
「何やら我が兄の行いについて言及されたようですが、福音を授かった彼女に手をかける事は、私の名誉に誓ってさせないと申し上げましょう」
「アンタの名誉がどんなもんか知らないが、もし万が一にもアサヒーナに何かあったら俺は容赦無くお前らを殺す!」
「……どうぞ」
白い眉をピクリとも動かさず、ガブリエルは実に落ち着いて返事をした。それだけの自信があるのかどうかは定かではないが、ミカエルを抑えるだけの実力があるとは到底思えない。
「私で宜しければ貴方の質問にお答え致しましょう」
何処までも上からな物言いにこめかみがカチンと来るが、コイツらには聞きたいことが山ほどある。折角だから答えて貰おうか…………。
「アサヒーナについてだ……」
「彼女は元々人間の子でした。ただ、どうやら我々の世界に馴染めるだけの素質を持ち合わせて居たようです。偶然天界に迷い込んだ彼女は、今は亡き天使達より福音を授かり──」
「──何が福音だ!!」
「失礼。貴方にとっては不必要な物でした。しかし彼女は福音を受け入れ、話が主の教えを理解し、そして大人になり偶然にも貴方の屋敷へと…………」
「偶然だと?」
「少なくとも私の記録にはそうあります」
当てにならない自己都合は、何処まで行っても腐ってやがる。
「一つだけ誤算があるとすれば、一度魔界に連れ去られて魔素の耐性が着いてしまった事でしょうか」
「だからアサヒーナは魔界に居ても平気だったと…………」
「ただ、魔界での活動については我々も深く感知出来ておりません」
「それで、お前らはアサヒーナに何をさせたんだ……?」
自分でも声色が下がっていくのが分かる。とてもじゃないが、このままでは納得がいかない。返答次第では今すぐにでも目の前に居るクソ野郎を始末する。
「魔界へ鏡の欠片の回収を。無間地獄の亡者共は福音を授かった彼女に手出しは出来ません。忽ちに汚れた心が浄化され消え失せてしまいましょう。何も問題はありませぬ」
──俺の中で抑えきれぬ怒りの波が理性の防波堤を破壊する音がした。
「問題大有りだろうがクソボケ野郎!!!!」
殴りかかると同時に奴の体を氷結させてやろうとした!
「…………」
しかし奴の眼前に一瞬で張られたシールド障壁に霜が降りるだけで奴は無傷で俺の拳を躱し、ムカつく程に清々しい顔で落ち着き払っている。
「姑息なウジ虫共めが!!!!」
シールド障壁がヒビ割れて斜めに崩れ落ちる。それでもガブリエルは表情を崩さない。
「数枚の欠片からここまで力を引き出せるとは……やはり貴方は世界に必要な逸材と言う訳ですね。しかしこの体を壊しても良いのですか?」
「──ゲスめ!!」
デスクを思いきり蹴飛ばして怒りを露わにするも、奴は追い着き払ってサンシャちゃんの体から翼を広げ、一瞬で消え去った。そしてサンシャちゃんは糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。




