幼女降臨
デスクへと戻ると、尋常では無いほどの書類の山で前が見えずにいた。
(少し休んだだけでこれか…………)
書類で机が押し潰されそうな程に軋み、圧倒的物量の前に俺はやる気を失っていた。
「…………」
徐に机の引き出しを開けると、飴玉や消しゴムと一緒に小さな桜の枝が入っていた。
「……確かこれは―――」
「うむ! 妾じゃ!」
書類の山が突如桜吹雪に包まれ、デスクの上に決めポーズで佇む神阿多都比売……。
「……何か用か?」
「何だ何だ折角妾が出て来てやったと言うのにその口振りは!?」
「いや……今は遊んでる場合では無いからな」
「知って居るぞ? 貴様女に逃げられたそうだな?」
「―――!!」
血流が良くない流れ方をするのが自分でも分かる。目の前で涼しい顔をした自称神を叩くのは容易いが、それでアサヒーナが戻ってくる訳ではない…………。
「ほほぅ……大分堪えているようじゃな」
「何処に居るのか全く掴めない。情けないが為す術無しだ……」
「簡単に判るぞい?」
「どうにかして居場所が掴めれば―――な、なんだって!?」
一瞬スルーしてしまったが、目の前で涼しい顔をした神幼女がゴソゴソと袖の下から鏡を取り出した。
「わ、分かるのか!?」
「簡単ぞえ? とりあえず顔を離せ。鏡が曇る……」
「す、すまん……!」
言われて初めて自分が身を乗り出してひめたんに接近していたことに気が付く。魔界の情報網に精通したマクスウェルですら見つけられなかったと言うのに一体この鏡は……!?
「お、映った映った」
「見せてくれ!!」
思い切り鏡を覗き込むと、そこには一面真っ白な世界が映っていた。まるで雲の中を見ているようなモヤモヤとした塊が揺れ動いていたが、それらしい人影は見えない。
「ど、何処だ!? アサヒーナは何処なんだ!!」
「ううむ、ちょっと電波が悪いのぅ……」
──バシバシッ!
(……電波?)
鏡を平手で叩くひめたん。いやいや、昔のテレビじゃないんだから…………。
「おっ、居たぞい」
「どれぇ!?」
ガバリと鏡に食らいつく。するとそこには愛した女性の後ろ姿がハッキリと映っていた。
「アサヒーナッ!!!!」
「ええい、泣くな泣くな! 涙を垂らして壊すなよ!? コイツは水に弱いんだからのぅ!!」
生きている事が分かっただけでも嬉しい…………!!
「何処だ!? ココは何処なんだ!?」
「待て待て……じーぴーえす機能を使うぞい」
(じーぴーえす?)
鏡の下隅っこを指で押すひめたん。
「……うむ、どうやら天界じゃのぅ。貴様等がいくら魔界を捜しても居ない筈じゃ!」
「て、天界……?」
「うぅむ。どうやらこの女に、天使共が一枚噛んでいるようじゃな」
「ま、待て! 鏡に何か映ってるぞ―――!!」
アサヒーナの前に、巨大な白い羽を六枚備えた天使がゆっくりとその姿を現した。そして天使に何やら光る物を手渡し、天使がこちらを指差した。
「!?」
「気付かれたぞい」
──ピシッ……
「あ」
神阿多都比売鏡がヒビ割れなにもかも映らなくなると、ひめたんは鏡を撫でて袖の下に仕舞い込んだ。
「うぅむ……八咫鏡が壊れてしまった。これでは明日のドラマが観られんではないか……!!」
「それ鏡……なんだよな?」
「うむ、4Kで有機ELじゃぞ?」
「…………」
「仕方ない、また買うかのぅ」
「…………」
何と反応すれば良いのか分からんが、とりあえず俺のやる事は決まったようだ。
「天界……か」
「妾も同行するぞい」
「!?」
「なんじゃあ? 心配かぇ?」
「え、いや、まさか味方になってくれるとは思わなかったよ……」
「奴等は己の理に反する物は異端として都合良く切り捨てる悪じゃからな。早めに叩くに限る。それに……今お主に死なれては困るからのぅ……」
「……?」




