へカーテの屋敷
やたら胴の長い狼を素肌に纏いながら、奴は漆黒のソファに腰掛けワインを飲んでいた。まるで俺が来ることを知っていたかのように落ち着き払っており、俺の方を向いて足を組んではニヤリと美艶な顔で微笑んだ。
「これはこれは魔界までお越し頂きまして…………」
小憎たらしいまでに素っ恍けたその振る舞いに殺意が沸く。アサヒーナの情報を吐かせたら直ぐさまにでも殺してやりたいくらいだ。しかし正直今の俺では勝てるかどうか怪しい。いや、多分ダメだろう。もし万が一にも勝てる力が備わっているならば、奴はここまで余裕を見せるはずが無い。やはり今の俺では無力だ。
「彼女は何処だ…………」
「先程までこの屋敷に居たようです」
「……『ようです』だと?」
「左様。我の留守に女狐が忍び込み、貴方様に渡す予定だった浄玻璃鏡の欠片を盗まれました」
「入口には見張りが居ただろうが」
「彼女は光の様に現れ、煙の様に消えました……」
ワインを一口飲み、知らぬ存ぜぬを押し通すへカーテ。しかし彼女がココに居ない以上一秒でも時間を無駄にしたくは無い。なにより獣臭い臭いで脳がやられそうで早く逃げ出してしまいたい。
「彼女の居場所は……?」
「分かりませぬ。しかし同じ匂いを北の方で感じます。私は鼻が利きますからね」
「そうか、邪魔したな」
「いえいえ、私は貴方様が本気になって下さって大変嬉しく思います。これで魔界の勝利は約束されました」
ワインを飲み干し足を組み直すへカーテ。いちいち仕草がかんに障る。今の俺では何も出来ないだろうが、何故奴等は俺が完全復活することを信じて止まないのだろうか…………。
「…………ところでだ」
「はい?」
「鏡の欠片は何処で手に入れたんだ?」
「ベリアルが死ぬ間際に託されました」
「……そうか」
へカーテの屋敷を後にし、北へと歩を進める。ベリアルがミカエルにやられたのは鏡の欠片を持っていたからか? だとしたら何故ミカエルが鏡の欠片を集める必要があるのだ?
幾ら考えを巡らせても答えには辿り着かず、気が付けば魔界都市【ヘルサイド】へと辿り着いていた。仕方ないが奴に頼るしかないのか…………。
俺は裏通りにある見窄らしい小屋の前にあるマンホールを開け、備え付けられていた縄梯子で地下へと降りていった。
「来たか……」
「すまんなマクスウェル。世話になるぞ」
汚部屋の住人マクスウェルは薄汚いマグカップのコーヒーを啜りながら俺と対面した。




