マクスウェルからの電話
「居たぞ、魔界の小さな村だ」
受話器の向こうから聞こえる声が俺の理解の範疇を超えた戯れ言を抜かしやがる。
「何を言っているマクスウェル。アサヒーナが魔界に居るわけないだろ……」
「いや、どうやら本当らしい。特徴も服装もピタリと一致だ。彼女は魔界に居る」
「ふざけるな、彼女が何の目的で魔界に居る? どうやって魔界へ行った?」
「そこまでは知らん。ただ、彼女が居る一帯はへカーテの領地。ならば奴が何か知っているだろな……」
「分かった……」
「行くんだろ、ならばさっさと行け」
「…………」
「死ぬなよ?」
「死ぬかもな」
「時雨の修理代がまだだぞ?」
「なんだか死にたくなってきた……」
受話器を置き、息を整えクローゼットの前へ。木製の扉をゆっくりと開け、素早く閉める。二回目は逆に。三回目は大きく動かす。すると四回目に開けたときにその入口はポッカリと姿を現す……。
禍々しい空気が此方へ滴るような悍ましい色をした魔界への入口。俺は躊躇うこと無く足を踏み入れた―――
―――魔素が溢れる泉の脇を通り抜け、俺は紫色の荒ら家が並ぶ小さな村へと辿り着いた。
「まさか再び魔界に来る羽目になるとはな…………」
嫌に痩せ細った餓鬼達が壁にもたれ掛かりニタリと笑ったり涎を垂らしたりしている。こんな奴等でも何か知っているかも知れないと、とりあえず声を掛けた。
「この女を見なかったか?」
「ギ、キギ……?」
「見た……」
「へカーテ様の屋敷へ行った……」
場末の餓鬼達が知っているくらいだ、余程目立っていたに違いない。何せ普通の人間が魔界に…………あ……!
「お前達何故彼女を襲わなかった!?」
考えるより先に疑問が声に出てしまった。実際襲っていたらコイツらを容赦無く殺すしかないが、腹を空かせた魔界の奴等が何故彼女を素通りさせたのかは実に気になる疑問だ。
「……嫌な臭い」
ポツリとそう答えると、餓鬼達はゆっくりと起き上がり何処かへと歩き出した。
「仕方ない……行くか…………」
小さな村を抜け、気味の悪い山の麓にあるへカーテの屋敷へ。屋敷の入口では狼の顔をした見張り二人が俺に槍を向け威嚇をした。
「へカーテは居るか? 居るなら通して欲しい」
「グルル……! 来客は聞いてはいない……失せろ」
狼らしく実に命令に忠実な仕事ぶりだが、俺としてはそれでは困る。
「……居るんだな? そして俺が来たら追い返せと言われてるんだな?」
「…………失せろ!」
槍が今にも俺の喉元へ突き刺さりそうな程に鋭く光を放っている。つまりはそう言う事なんだろう…………。
「……分かった」
俺は一歩後ろへと退き見張りの足下を見た。見張りも自分達の足下を見るが時既に遅し、奴等の足は凍り付き動くことは叶わない。
「ガ!? な、なんだ!!」
「き、貴様ッ!!」
足から膝、膝から腰へとジワジワと見張りの体がこおりついていく。見張りはジタバタと暴れるが、直ぐに全身氷漬けになった。
「すまんな……」
俺は冷ややかな風の横を通り抜け屋敷の扉を開け放った。




