幼女再来
「ふあぁぁぁぁ……!!!!」
眠気が睡魔を呼び、俺を奈落の底へ突き落とす誘惑の欠伸が部屋に鳴り響く。
「いかん、眠くて仕事が全く進まないぞ……」
──ガチャ
「旦那様、コーヒーをお持ちしました」
ナイスタイミングで現れたサンシャちゃん。トレイに乗ったコーヒーは俺に本当の安らぎを教えてくれるヤバい奴。既に何やら目がシバシバして眠気とやらは消え失せている。
「ありがとう。……そうだ、気晴らしに風にでも当たろうかな、ハハ……」
俺はコーヒーを片手に、部屋を抜け出した。
外は冷たい風が吹いており、徐に切り株に腰掛けると右手のコーヒーを如何したものかと考える。そして何故この液体からアンモニア臭がするのかは考えないでおこう。
──ジャバジャバ……
「あーっと、ついうっかりコーヒーをこぼしちゃたぞー(棒)」
俺は会心の演技でコーヒーの処理に成功した。
「どれ、用事も済んだし戻るか……」
「待たぬか戯け……!!」
「フェッ!?」
突然の呼びかけに振り返ると、そこには頭からボタボタとドス黒い液体を滴らせている神阿多都比売が居た。
「な、何故濡れている!? 大丈夫か!!」
慌ててハンカチを取り出し駆け寄ると神阿多都比売から強烈な刺激臭が漂い始めた。
「うっ! 臭い……!!」
「よくも妾に毒を盛ってくれたなぁ……」
「毒!? え、あ! これかぁ……」
「全ての桜は妾と繋がっておる。勿論切り株でもな」
「えっ、これ桜の木なのか?」
俺は今まで知らずに腰掛けたり足かけたりしてたけど……。
「まあ、妾に毒は効かぬ」
「神阿多都比売……」
「ヒメたん」
「えっ?」
「ヒメたんと呼べ」
「ひ、ヒメたん……」
「何じゃ?」
(なんか面倒だな……)
「これはコーヒーと言う物だ」
「コ、コーヒーとな!?」
まあ、嘘は言ってはいない。何せ俺だって『コーヒー』と言われて出されなければこれがコーヒーには思えないからな。
「なんと、かねてから噂には聞いていたが飲むのは初めてじゃ。う~む、中々に美味じゃのぅ」
「な、なにぃ!?」
「うん?」
思わず声を荒げてしまったが、サンシャちゃんのコーヒーを美味いと言った人間は初めてだ。いや、人間ではなかったか……やはり神様は味覚も特別なのだろうか?
「おかわりは無いのかえ?」
「お、おかわりぃ!?」
「うん?」
思わず声を荒げてしまったが、サンシャちゃんのコーヒーをおかわりと言った人間は初めてだ。いや、人間ではなかったか……やはり神様は嗜好も特別なのだろうか?
「無いのかえ?」
「まあ、その濡れた体じゃなんだ。風呂ついでにまた作って貰うか……」
「うむ! 妾を屋敷へ案内するがいいぞ!」
──ガチャ
「あ、旦那様おかえりなさ―――イヤァァァァ!!!!」
「な、なんだなんだ!?」
「旦那様が子どもを誘拐してきたぁ!! しかも濡れてますぅ!!」
──バタバタ!
サンシャちゃんのけたたましい奇声で何やら足音が二つ。あ、これはヤバいパターンだな。
「サンシャちゃんどうしたの!? ってイヤァァァァ!!!!」
「旦那様、その童は何処から失敬を!?」
「待て待て待て待て! 落ち着けおちつけおちけつ、おちけつ!」
「イヤァァァァ!!!! 性犯罪者!!」
「旦那さまがロリコンにぃぃぃぃ!!!!」
「通報プログラム、発動……」
「あわわわわ……!! どないすっぺ!?」
足下が燃えているかの如くジタバタと暴れ回る三人と一体。俺も最早どうして良いのか分からない。
「五月蝿いぞい!!」
「ふぁっ!?」
「ふぇっ!?」
「ふぉっ!?」
「……!?」
ヒメたんの鶴の一声で静まり返る俺達。目をパチクリとさせ顔を見合わせる。
「先ずは風呂を頼むぞい! その後にコーヒーじゃ! さっき此奴に煎れたのと同じのを頼むぞい!」
ビシッと俺を指差すヒメたん。俺は「お、おう……」と呆けた返事をし、ヒメたんを風呂へと案内―――
「旦那さまぁ!?」
「ふぇい!?」
アサヒーナの声で思わずゾンビみたいな姿勢になってしまった俺。実に情けない……。
「お風呂は私が御案内致します」
「あ、そだね……宜しく……」
「ん? 妾は一向に構わぬが?」
「だってさ」
──スタスタ……
「旦那さまぁぁ!!」
「ひぇっす!!」
俺はアサヒーナにヒメたんを任せ、サンシャちゃんにコーヒーをしこたま頼んだ。
 




