寝起き
「……う、うぅん……旦那さまぁ……」
「…………あ……」
「……うぇ?」
今の今まで黙って見ていたが、起きるまでずっとアサヒーナは寝言で俺の事を呼び続けていた。正直すっごい恥ずかしいんだけど……!!
「やあ、おはよう。具合はどうかな?」
「……だ、旦那……さま?」
「おう! 俺だぞ?」
イマイチ目覚めの悪いアサヒーナに、俺は飛び切りのスマイルをお見舞いした。するとアサヒーナは飛び起き服のシワを伸ばし深々と頭を下げた。
「も、申し訳在りません!! このような醜態を曝してしまい―――!!」
ペコペコと高速で頭を上下させるアサヒーナの肩を、俺はひっそりと叩いた。
「いいんだ。君が無事ならそれで。寧ろ危険な目に合わせてこっちこそ申し訳ない……」
「い、いえいえいえいえいえいえ!! そ、そのような事は決して!!」
アタフタとアサヒーナが手足をジタバタさせる。これ程までに取り乱すアサヒーナも珍しい。
「それより……」
「な、何でしょうか……?」
「ずっと寝言で俺の事を呼んでたぞ?」
「……!!!!」
「うわ……耳まで赤くなったぞ……大丈夫か?」
──バチーン!!
「ウボォァ……!!」
「やっぱり旦那さまはあの時絶命すれば良かったんですぅ!!」
──バタンッ!!
プンプンと怒りながら部屋を出て行ったアサヒーナ。とりあえず元気な姿に戻ったから良しとしよう。
(さて……問題は奴だな…………)
俺は窓の外に見える一台の車に、ため息漏らし思案を巡らせた。
「……居るんだろ?」
「……ああ」
部屋に来るなりニヤリと薄ら笑いを浮かべた芳信。どうやらコイツに下手な隠し事は出来ない様だ。
「目を見れば分かる。鏡を使ったんだな?」
ニヤニヤと笑いながらソファにもたれ掛かり、まるで勝ち誇った様子で俺を見つめる。
「どうするんだ? 俺を処分しに来たのか?」
「まさか! 俺はな……単純に嬉しいんだ!」
芳信は立ち上がり、拍手を始めた。どうやら俺が鏡を使うことは想定内で、それを揉み消すだけの用意は既に出来ていると言う訳だ…………。
「本来なら鏡の欠片を更に手渡したい所なんだがな……肝心の欠片がまるで見付からん。どうやら魔界の奴等があらかた攫ってしまったらしい……」
「俺の復活に加担したらお前も処分対象になるだけだぞ?」
「クックックッ……その辺は上手くやるさ。それより、お前はお前の心配をした方が良い。そろそろなり振り構っていられなくなる奴等が出てくる頃だ……」
薄気味悪い笑いを浮かべ、芳信はスーツケースを手に扉の前へと立つ。
「……どいつの仕業だ。昨日の悪魔共は……」
「……さあな?」
「教えてくれないのか?」
部屋の温度計が見る見るうちに降下し、空気が冷たく重い物に変わり始める。芳信の吐息が白くなり、ドアノブには霜が降り始めた。
「少し力を取り戻したからと言って、調子に乗るなよ? 今のお前を殺す事は赤子の手を捻るより楽だと言う事を……忘れるなよ」
──ゴドンッ!
ドアが斜めに切り裂かれ前へと倒れる。芳信はゆっくりとドアを潜り低い足音で屋敷から去って行った。
「……人の家を壊すなよ…………」
部屋の空気を元に戻し、倒れた扉を起こし立て掛ける。
「時雨はいるか?」
「お側に……」
スタッと後ろに時雨が降り立ち、右手が電動ドライバーへと変形する。
「修理を頼む」
「……承知!」
トンテンカンと時雨が修理をする間、俺は食堂で朝食を取ることにした…………。




