4転目 能力
転生して1週間が経った今、少年は。
ただ絶望していた......。
「はぁ...」
「まぁ...何だ、そんな気に病むなって!」
「いや、そうもいかないよ...いくらなんでもこれって...」
そう言って少年は欠片を眺め、またひとつ大きなため息を着いた。
〜6日前〜
「なんだよ! こんな朝っぱらに呼び出しやがって!」
欠伸をひとつ吐いた少年が不満そうにやってきた先は――。
「お、やぁっときやがったか!」
あのバブリングヤンキーあかり改め、
勝浦 朱莉と出会った川の堤防である。
「悪かったな! こっちゃ目覚ましは愚か、家もないんでね!!」
「...なぁガキンチョ、おめぇどこ住んでんだよ......」
少年は現在14歳とのことであったが、いくら色々あると言っても一人暮らしで家もないなど、まるでリアル版ホーム〇ス中学生のようだ。
「まぁ、なんだ、しゃあねぇ、明日からはうち泊まってけよ!」
「...ツンデレ属性まで持ってたのか」
「はっ倒すぞ!」
最も、この場に置いて本当にツンデレなのは、泊めてもらえると聞いて照れ隠しに意地悪な事を言った少年なのだろうが、そんな事を朱莉は知る由もない。
「あ、結局呼び出した理由ってなんだよ! 」
「そりゃあ決まってんだろぉ! お前の能力を目覚めさせるんだよ!」
「え、そんな簡単に使えるもんなの?」
「もぉちろんだ!」
前回はお互い疲れたからと直ぐに帰ってしまった為、特に触れることもなく終わったが、転生をした以上少年もある程度は力をつけねば生き残ることは出来ないと朱莉は考えているようだ。
「さぁ物は試しだ! なんでもいい、何かを出そうとしてみろ! どんなもんでもいい、手のひらから何かを打ち出すイメージだ!」
(打ち出す...か)
少年は両手のひらを前に掲げ、瞳を閉じて静かに瞑想を試みた。
確かに何かを感じる。 流れる様な何か......。
その実態のない何かを手のひらから押し出すように、手に力を込めると――。
微かだが、肩から先までを流れる様な穏やかな風が通り抜けて行った。
「...風、か?」
「いや...おかしいな...風なら欠片は緑なはずだぁ。それにぃ...」
(あまりにも弱すぎる)
朱莉のその言葉は喉元まで出かけ、直ぐに飲み込まれた。
「もっかいだ! もっかいやって見ろ!」
「お、おう」
それから少年は何度も試したが、何度やっても朱莉の髪を風が優しく撫でるのみであった。
「...なあ、この欠片...もしかして水色なんじゃなくて力が弱すぎて緑になりきれなかったんじゃないのか?」
「......」
少年は、確かに捉えようによっては淡い緑に見えなくもないその欠片を見つめ朱莉に訴えるが、朱莉は言葉を失ったまま考え込んでしまった。
「...まあ、練習すれば強くなるかもしんないしな、やるだけやってみるよ」
――こうして今に至るのだが......。
「...なんで! なんでちっとも強くなんねぇんだよォォォ!!」
結果はご覧の通りである。
「...しゃあぁねぇな! 昼飯好きなもん奢ってやっからちったァ元気出せ!」
「ほんとか? ほんとになんでもいいのか! 俺に奢ると後悔すんぞ!?」
「んん?? お、おぉ! なんでも好きなもん奢ってやらぁ!!」
ちょっとファミレスでも行こうくらいの感覚で誘ったのだろうが、思った以上の反応を前に朱莉は妙な嫌な予感を覚えた。
「おっしゃあああ!」
こうして謎の悪寒に襲われていた朱莉を他所に、二人が辿り着いた先は――。
「なぁ...やっぱやめにしねぇか?」
聳え立つは60階建ての高層ビル。
少年はその最上階の一角にある高級ビュッフェ店を指差す。
「いぃっくらなんでもあれは...」
「あれ? あの男気深い天下の朱莉様も流石にあれには怖気づきましたか?」
「さあ! 俺に着いてこいガキンチョ!!」
内心涙で溺れそうな想いだったのだろう。 しかし彼はそれをグッと堪え、ビルの中へと足を踏み入れた。
そして店内――。
「こ、これが...!! 高級ビュ、ブ...ッフェ」
「ビュッフェな」
今にも崩れ去ってしまいそうな朱莉が、無気力に答える。
まさかこんな小さな、それも家もないガキンチョが出会って一週間の男にスカイレストランを奢らせるなど、誰も考えはしなかっただろう。
(まぁ、でも、こいつもこんな顔出来たんだぁな)
確かに少年の顔は、クリスマス前夜の子供のように眩い笑顔を放っており、正に年相応の顔つきであった。
朱莉は、初めて見るその笑顔に免じて覚悟を決めるのであった。
「ちなみにさ、ずっと気になってたんだけど、なんでサングラスなんか掛けてんの?ヤクザ感増してるんだけど...」
「まぁ、大人のファッションって奴だぁな!それと、本気で勘違いしてそうだから言っとくがなぁ、俺はヤクザじゃねぇからな!」
「いや、そのファッションは本気でダサいし誰が見てもヤクザだよ...ビルのエントランスで検問受けてたのがいい証拠だよ」
少年の言う通り、靴は黒いスニーカー、青いダメージジーンズ、背中に虎の刺繍が入ったスカジャン、中には無地の白Tシャツ......。
そこにサングラスまでかけているのだからとんでもない。
ガタイの良さも相まってか、現代では有り得ない様な絶滅寸前のファッションを着こなす朱莉の様は、正にヤクザにしか見えないのである。
「そうだったのか...あぢぃ中我慢してきたっつぅのに......」
「とりあえずスカジャンは脱ごうか」
朱莉はまたひとつ心に傷を負いながらも、身にまとった黒いスカジャンを脱ぐのであった。
「にしても!めっちゃうめーな! この...なんだろコレ......なあ、俺って何食わされてんの?」
「知るか馬鹿野郎...!」
涙を流す朱莉はお構い無しに少年が様々な料理を食べ続ける中、1人のホールスタッフが無慈悲にも黒い板を持ち寄りこう告げた。
「こちらがお品代になります」
「ん? あぁ、えぇと...? じゅ、じゅうまん!?」
そして思わず魂が飛び出かける朱莉だったが、彼には救いと呼べたのであろうか......。
スタッフが後を去った次の瞬間――。
大きな物音と揺れがこのビルを襲う。
「じ、地震!? でも前回はこんなこと...」
「あいつ...! まさかこんなとこまで追ってきやがったか!!」
「あいつ?」
場内アナウンスが鳴り響き、誰もが混乱し、避難誘導を受ける中。
少年と朱莉、そして離れた席で佇むシルクハットと黒いタキシードを着た不思議な男だけが店に留まっていた。
「ガキンチョ! 俺のシャボンに入れ! 避難すんぞ!」
朱莉は窓を叩き割り腕にシャボン液をぶっかけると、特大なシャボン玉を自分らの周りに形成した。
そして――。
ビルの外へと飛び出し急激に落下する。
「え...? シャボン玉だからふわっと浮き上がったりすんじゃないの......?」
「そんな訳あるかぁ! 俺の能力はあくまで張力だ、重力は操れねぇ!」
「そそそそそれひひひひなんになってなななないいのでは!?!?」
少年は動揺を隠せない。
しかし走馬灯に近いものだろうか。
現状とは裏腹に、頭の片隅には冷静な思考を巡らせる自身がいた。
(そう言えば...張力か。 張力でシャボン玉、応用、風......)
「おいガキンチョぉ、1個だけ伝えなきゃ行けねぇ事がある! 俺は前期からある男に付きまとわれてる」
「ストーカー?」
「まあそんなとこだ! 俺に着いてくれば殺されっかもしんねぇけど、どうする?」
前回の世界線でも起こった連続殺人事件、あれを朱莉が止めに入ったのだとすると追われているのも合点がいく。
そしてそれは同時に、自分が今その大量殺人鬼の元へ向かっているのだと言うことを示していた。
「まあ、乗りかかった船だし、こうなったらとことん着いていくよ!」
覚悟を決める少年だったが、その前に深刻な問題がある事を少年は思い出した。
「...あれ? 朱莉さん? そういえば...このままだと俺、先に朱莉さんに殺されそうなんですけどそこ大丈夫ですか...?」
「まぁ、死んだらごめんな?」
「嘘だあぁあああああああぁぁぁ!!!!」
地震から間もなくして、地上では空から降ってくる大きなシャボン玉と、シャボンに入った2人の男が多数目撃されていた。
そして降ってくるシャボンからは、大きな悲鳴が響いていたらしい......。