3転目 欠片
あれから数分後......。
「つまりお前は、テレビの連続殺人事件とは無関係所か、それを止めるために戦ったけど叶わなくてしっぽ巻いて逃げて、その分際でこのか弱い俺を殺人犯の手先だと勘違いして殺しかけた...と?」
「面目ねぇ...」
顔中晴れまくったままの大男を道端で正座させる鬼畜少年と、自分より5歳は下であろう少年に土下座をする傷だらけの男。
先程までのやり取りが嘘のようである。
「まあ、能力の事とか色々話してくれたし、今回は許すけど」
(こ、このガキィ...!)
あんだけボカスカ殴っておいて許してやるなどと、男からすれば溜まったものではない。
このループする世界を何周もしている男にとっては、欠片無しの人間などただのモブでしかなかった。
仮に追っ手ではなかったとしても、また次の世界線では蘇っているのだから彼にとって大した問題ではない。
が、無関係の人間を一瞬でも殺そうとした罪は大きい。
男はそれを自覚し、心の中で舌打ちをしながらもグッと堪えるのだった。
「んで、結局その意石って欠片はなんなんだ?」
「また見せろってか! こんどァその手にはのらねェぞ!?」
しかめっ面で睨みつけて見せるが、何せボコボコに腫れ上がった顔面では既に恐怖など沸かないだろう。
「いや、もう殴るつもりはないよ?」
「ほんとかァ?」
「うん、俺ももう手が痛いし」
「いやァ! 恩に着るぜ兄貴!」
いつの間にか立場まで逆転してしまう始末。
「兄貴は流石に恥ずかしいよ...」
しかしその時間も長く続かず......。
「いやぁ!そんなの気にする事ないっすよ! 歳なんて気にしちゃ――」
「いやそうじゃなくて、顔ボコボコのヤクザがガキ相手に兄貴って......ね?」
「てめェ!! 優しくすりゃあつけ上がりやがって!!!!」
ついに顔面ボコボコヤクザの怒りが頂点に達した。
「あ、や、その! ごめんなさい! 許して! ぎゃあああ!!」
このあとも暫く取っ組み合いが続き、なんだかんだで仲良くなった2人であった。
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「あ、あのぉ...その意石とか言う欠片をもう一度見せていただいても?」
「なんつーか、お前......掴みどころのねぇやつだな。変なとこ図太かったり、純粋かと思えば騙したり、今度は調子乗ったと思えばぁ? ヘコヘコ媚びへつらいやがって」
ブツブツ言いつつも、顔中を腫らした男はなんだかんだで欠片を差し出した。
「うーん...確かに持ってたけど...この石が...」
「どしたぁ? 失くしたってか?」
「いや、まだ持ってるけど、別に光ったりしてる訳でもないしな」
少年は、ネックレス状にぶら下がった石を取ってみせる。
少年が言う通りその石は宝石のように透き通り鮮やかな色をしていたが、光ったり等といった特別なものは感じない。
少年も、たまたま綺麗なものが落ちていたから拾ってみたに過ぎなかったのだ。
「この石が...ね......」
「ほぉー、水色か...」
男によると、欠片にはそれぞれ能力が宿っており、その能力によって色が決まっているらしい。
「なんかまずいのか?」
「いや、そんな事は無いぜ! だぁが! 俺は滅期30年からループを続けているがぁ......まだ水色は見た事ねぇな!」
「滅...期?」
少年には全く聞き覚えのない言葉だ。
「てかそもそもこの世界って何回滅んでんの?」
「お、いいところに気づいたじゃねぇかぁ! 先生は頭のいい生徒を持って嬉しいぞぉ!」
「あんたいつから教師になったの」
少年が半目で見つめる中、先生こと顔面崩壊兄貴による熱弁が始まった。
「いいかぁ? 少し長いから心して聞け!」
――その熱弁によると、この世界は既に52回の破滅があったらしく、その間破滅の日時が変わったりという事は1度も起こらなかったそうだ。
この凍り付いた時の中を生きる彼らには、季節は愚か年月という物が無意味であった為に、意石持ち達の中では代わりとして、転生から破滅までのピタリ1ヶ月を1年。 そして破滅の回数を滅期と表すようになったらしい。
「つまり今はぁ! 地球が52回死んだ滅期52年だ!」
「はぁ...」
少年を堤防の芝生に座らせ、どこから取り出したのか、謎のホワイトボードに教師の指棒で説明してみせるが、少年にはまるでおとぎ話にしか聞こえない。
だが列記とした事実であることも先程までの経験から重々承知していた。
「じゃあなんで破滅なんて起きてるんすか? 先生」
「知らん!」
「...ですよねー」
先生としての威厳は一瞬で崩れ去り、少しだけ関心を抱きはじめていた少年は、諦め顔でそっぽを向いてしまった。
「あ、ちなみにこれは滅ぇ茶苦茶大切な事なんだが、破滅の時に死ぬ分にはぁ俺らは生き返ることができる。だがぁ......。その前に死んじまうと二度と生き返ることは出来ねぇ! 意石も砕け、次の世界線からはそもそも存在しなかったことになっちまうんだなぁこれが!」
「...え?」
思わず聞き返したくなる無慈悲な事実に、少年の背筋に寒気が迸る。
それもそのはず。 ただ普通に死ぬならまだ理解ができる。
だが、この欠片を持った途端存在自体が消えてしまうのだからこれほど恐ろしいことはない。
「嘘だろ!? じゃあ俺はもう助からねえのか!? 仮にさっき死んでたら二度と生き返ることは出来なかったのか!?」
少年が慌てて男に詰め寄る。
「まあ落ち着けぇ! そんなに死ぬのが嫌ならその欠片を捨てればいい! それに意石を手放しちまえば転生後の記憶も消える! 安心しな」
安心出来るような内容ではないが、ひとまず意石と呼ばれるこの欠片を手放せば消えることはないようだ。
「そっか...」
少年は安堵の言葉を呟くが、直ぐ思い悩むように顔をしかめた。
「死ぬのが嫌...か」
その言葉に引っかかり、軽い気遣いからか男は物思いに耽ける少年へ優しく声をかけた。
「...なんか訳ありみたいだな。 俺でよければ話聞くぜぇ! ...っと、名前なんだっけ??」
「あー、悪い。 俺名前ないんだ。」
「名前がねぇだぁ!? はえぇ...そんな事あんのけぇ」
今の日本に名前の存在しない人間なんているのだろうか。
「...まあ無理に名乗らんでもいいわ、あては勝浦 朱莉っつー...... あ、方言出ちまったな!」
この突然方言(房州弁)を喋り出した千葉県民こと勝浦 朱莉は、話しやすい相手には偶に方言が出てしまう事があるらしい。
「あ、あかりって...か、かっこいい名前っ...すね! ええと...朱莉パイセン!」
「絶対『かわいい名前』とか思ったろ。それと無駄に敬語になるな。余計傷つく。あとその絶妙にウザイ含み笑いをやめろ」
「だって...!!!! ...ぷっは!」
能力といい名前といい、まるでギャップと言う名の強烈なフックの応酬を受けた少年は、堪らず笑い転げてしまった。 が、その後本物のストレートパンチを貰ったことは言うまでもない。
「しっかしぃ、名前がないってのも不便なもんだなぁ!」
「まあ、名前を呼んでくれるようなやついないから困ったことは無いよ」
そう、誰一人。
誰一人として少年には名前を呼んでくれるような相手はいなかった。
少年は、一瞬愛想笑いを浮かべると、朧な夕焼けを眺め、静かにそう呟いた。
「...しゃぁない!この俺がお前の名前を付けてやろう!」
「えっ...」
「てめェ『絶対ダサい』とか思ったろ!!!!」
「い、いや別に!!」
「もう許さねェ!堪忍袋の緒が切れた!」
本日おそらく3つ目の緒が切れたヤクザに堪らず少年の口が滑る。
「さっきから何度もキレてるじゃん...」
「ムキィィィ!!!!」
この後再びボコボコにされた少年だが、その時の顔は今日一番に楽しそうであった。