26転目 入院
狂死郎との闘いより一週間。
一行はすっかり入院生活にも慣れてきたようで、自宅のようにくつろいでいる。
「あかり―ん、ひまー」
「文句言うなぁ...俺だって退屈で死にそうなんだよぉ...」
閑散を持て余した結果。
ベッドの側面から頭をはみ出し、液状のように滑り落ちる。そんな奇行を繰り返す偽気に対し、壁に足をかけ半倒立のような奇行で対抗する朱莉が力なく答える。
部屋を偶然訪れた人がいたならば、このあまりにも奇妙な空間に恐怖を覚えるだろう。
そしてここに、この深淵の扉を開いた被害者が一名――。
「二人とも...何してるの......?」
「「あ...」」
懐疑心が部屋に充満し、辺りの空気が凍てつき偽気たちの身体は凍り付く。
空気を支配した張本人 愛女の「男の子って不思議だね...」という言葉により、二人は無事解凍されることになるが、反対に体温が上がっていくことを自覚した人間がこの場に一人いた。
当人は顔を紅潮させ、頭から湯気を噴き出していたので、その人物を特定するのは容易だろう。
「ふぅーん...。暇なんだったら外散歩でもすればいいのに...」
「そりゃあ愛女さんみたいに姿消せるならいいけど、あかりんがそれやったら速攻バレると思うよ」
「なんで俺だけなんだよ...」
「まあそれもそうね......。ならみんなで購買所でも行く?ある程度自由に動いていいって言われてるし、せっかくなら病院生活満喫しようよ」
「おっ、そりゃぁいいなぁ!」
「あ! じゃあ俺その後やりたいことあんだけどさ...」
偽気が二人に耳を貸せと手招きする。
朱莉と愛女は首を傾げながら互いに顔を合わせる。
「いいからいいから!!」
二人は半ば強引に耳を引かされる。
「はぁーー?」
偽気の耳打ちを聞いた朱莉は、腑抜けた声を上げた。
院内に設置されたコンビニのテナントに向かった一行は、早速自身の入院生活をより豊かにする為の嗜好品を求めて陳列された商品を入念に確認していく。
「すっげー、これほんとにコンビニ?」
「あぁ、ここ近くに公園あるだろぉ? 見舞い中退屈だっていう犬やお子様なんかを親があそこで遊ばせてるんだよ。だから結構おもちゃなんかの種類も多いな」
朱莉も言う通り、ボールやフライングボードなどの外遊び用に加え、トランプやUNOのようなカードゲームまでもが揃えられている。
それだけではない。
大型病院のテナントともなると敷地も大きく、広大な食品コーナーや生活に役立つ日用品や筆記具。
欲しいと思ったものは大抵が揃っている。
病院生活を続ける彼らには酒池肉林とも言えるだろう。
「あかりんこれ買って!!」
「あ?んなもん何に使うんだよ」
「かわいい!!」
愛女が持ち寄ったのは、青をベースにしたアクリルにラメが施されたイルカのキーホルダーだ。
「まぁいいが、どうせ破滅したら消えちまうんだぞ?」
「いいもーん!
思い出にするから!」
イルカのキーホルダーを籠にそっと入れ、愛女はいたずらに笑みを零す。
そんな幼い笑顔に朱莉も自ずと顔を綻ばせる。
「なーあかりん、これ何?」
偽気の手元には、筒状の先にギザギザが並ぶ棒とキャップ付きのボトルが入ったごく一般的なシャボン玉セットだ。
「んぁ...?
あぁこれか、シャボン玉だよ」
「シャボン玉ってあかりんの?」
「そーそー、本来この笛みたいな棒の先端にシャボン液をつけて息を吹いて作るんだ。お前もやってみるか?」
「おっしゃあ!!」
そもそも何故自身の技を見てシャボン玉り言い当てられたのか朱莉は疑問に思ったが、その答えは「わからない」であろうと察し質問は諦めた。
そしてこのコンビニの利用者は当然彼らだけではない。
病院の関係者や一般人の中には、偽気たちの見知った顔が現れた。
「やあ、元気そうだね」
声をかけたのは、三人の担当医である才善 良太だ。
「げっ!!」
「げっとはなんだ。傷付くじゃないか...」
「嘘つくな!!」
良太は両手を胸に重ね、軽薄ながらも悲しそうな趣で斜め下に目を逸らす。
「あ、先生おはよう!」
「おはようございます」
「うん、二人ともおはよう! 君たちは礼儀正しいね、あの蛮族とは違って...」
「あ゛ァ゛?」
「おっと、怖い怖い」
残念なことに、朱莉が激昂したところで良太のにやけ面が変わることはないようだ。
「先生は何しに来たの?」
「ちょっと暇ができたからお昼買いに来たんだよ」
「へぇ、大型病院の天才副院長がお暇ねぇ?」
「君みたいな蛮族が病院から抜け出さないように監視も兼ねてるんだけどね」
「あ゛あ゛ァ゛??」
「ま、まあまあ」
すっかりヤンキースタイルでメンチを切る男の視線を愛女はさりげなく塞ぎ、偽気が必死に宥めていると、ようやく台風の目も引き返すことを決意したようで、レジへ足を運ぶ。
「そろそろかな...まあ、院内ならある程度自由に動いてもらっても構わないからせいぜい楽しんでね!」
「望むところだァ!!」
良太は、会計をすましそそくさとコンビニを後にした。
ようやく静まった店内に安堵を覚える偽気たちだったが、これだけでは終わらなかった。
「待ちやがれー!!」
「この人でなしぃ!!」
肉迫とした看護師たちが鬼気迫る趣でコンビニへ突入する。
「はぁ...はぁ...あいつどこ行きやがった!!」
「な、何かあったんですか?」
コンビニを破壊され兼ねない気迫に、慌てた愛女が立ちふさがる。
「あら、あなたたち才善先生見なかった?」
「あ、それならあっちに――」
「あっちね! お前ら!才善が見つかったぞー!!」
「仕事しろサボり魔!!!!」
「今度こそ殺す!!」
総勢十名程で成る台風2号は轟音を立てながら過ぎ去っていった。
「...何だったんだろうね」
「......さあ」
こうして各自買い物を済ませ、日が暮れるまで各々の方法で暇を浪費した。
気が付いた頃には晩御飯の配膳が行われており、有意義な時間であったと自覚するだろう。
本日の夕食は、栄養面を案じた雑穀米に茄子のお浸しを副菜に添えた焼き魚の定食だ。
当たり前のような小さな幸せが、治療では治すことのできない心の傷を癒していく。
偽気と愛女は特に、これが日常であれと何度も願ったことだろう。
食事を終えたころには、完全な夜が辺りを包み込んでいた。
今日もこうして一日を終えられることに幸福を覚えながら、彼らは寝床についた。
「遊んでて思ったんだけどさ、なんであかりんってシャボン玉で戦うんだ? 張力なんだろ?」
「あぁそれな、深い意味があるわけじゃないんだけどな、京四郎とよく遊んでたんだよ。それでイメージが湧いたって言うか? まぁ、そんな感じだぁ」
朱莉は更けていく夜をスクリーンに、破滅転生のずっと前...幼い頃の思い出話に入り浸った。
そして夜は更ける。
――――――――――――――――
時刻は深夜2時。
深更の静寂がやってくる。
「あかりん!あかりん!!」
「んぁ~まだねみぃムニャムニャ」
「起きろおおおお!!」
「な、何しやが―― ぎやああああああ!!!!」
心地いい夢に揺れる朱莉に、非情な肩固めが決まる。
「お前なぁ...もうちょっと優しく――」
「いいだろ!それより早く行こうぜ!!
肝試し!」
これより、繰り返し続けるこの世界で史上最も恐ろしい肝試しが開催される。
今回は、コンビニでみんなが買った商品と院内を自由にうろつける理由を解説しましょう。
・萩原 偽気
ホットドッグ
フランクフルト
セブンチキン
駄菓子色々
コーラ
シャボン玉
・勝浦 朱莉
サラダチキン
野菜ジュース
糖分30%カットヨーグルト
トランプ(軽い手品ができる)
・篠尾 愛女
駄菓子少々
スムージー(キウイベース)
ハンカチ
芳香剤(病院の匂いが落ち着かない為)
イルカのキーホルダー
・才善 良太
カップラーメン
水
以上になります。
偽気は今まで食べ物と呼べるものをあまり食べていなかった反動で、最近はホットスナックにはまっています。
朱莉は軽食とデザートですね。
トランプ手品は狂死郎に教わりました。
愛女は駄菓子に強い憧れがありましたが、スタイルなどを気にして少しだけ買ってもらったようです。
良太は看護師に恨まれる程仕事をさぼっているのになぜ簡易的な食事をとっているのでしょうか?
さらには目のクマの濃さから察するに、大した睡眠もとれていないようです。
ちなみに、三人が院内で自由に動き回れているのは良太が出した特例の為です。
自室で私服に着替えれば院内をうろつくことができます。
病室も、意石持ちには特別に専用の部屋が用意されていますが、愛女は女性ということもあり、個室を用意されています。
それでは、また次回お会いしましょう!