25転目 医師
狂死郎との二度目の死闘の後、救急車に搬送された三人。
三人の容体は極めて危険なレベルに達しており、すぐさま緊急手術室へ運ばれていった。
「ありえん...なぜあそこまでの重傷を...」
「どうされたんですか? 院長」
看護師に院長と呼ばれる初老の男性は、深刻な趣を見せている。
「軽く見てみたが、少年と少女はくも膜下出血の可能性が高い。ガタイのいい男性は、多量の毒を盛られているようだ...。だがそれだけではない...」
(この少年...身体中の血管が破裂している...)
張り詰めた手術室に、一人の青年が場にそぐわぬ軽快な足取りで入室する。
「院長」
「ああ、才善君...どうしたんだい?」
院長からと呼びかけられた才善という男の胸元には、副院長と記された真新しい紙が着飾られている。
「彼らの手術、僕に全て任せてくれませんか?」
細い体にくっきりと浮かび上がったクマ。
ボサボサの白髪からは睡眠不足や栄養不足といった健康面の欠如が伺える。
白衣やその他衣服や身の回りは新品同様で、清潔感にはかなり気を使っているようだ。
彼の名前は、「才善 良太」
23歳で大型病院の副院長まで上り詰めた天才である。
25転目 医師
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「偽気君!」
スライドドアを勢いよく開き、艶美な声を裏返らせ大きな声を上げる少女が一人の少年のもとへ駆け寄る。
「バッ...!!静かにしろ! まだ寝てる!!」
少女とは反対に、しゃがれた荒々しい声を力一杯殺しながら呼びかけるのは、勝浦朱莉だ。
「あ...ごめん。偽気君の容体は...?」
「大丈夫だ。一時は生死を彷徨ったらしいが、もう問題ねぇ」
「よかったぁ...」
偽気のもとへ駆け寄り安堵からその場で崩れ落ちる少女は、篠尾 愛女だ。
「ごめんなさい...私が油断したせいで......」
愛女の目から涙が零れ落ちる。
「まぁ、なんだ、あんましょい込むな...お前に責任はねぇよ。むしろ悪かったなぁ...。作戦の中心...しかも、自分の望まねぇ才能を頼られる重圧なんて、俺らには分かりっこねぇ...」
「うん...ありがと......」
朱莉の慰めに、愛女の涙が益々あふれ出す。
むせび泣く彼女の声を責めるものはいない。
ただただ、決壊したダムから流れ落ちる滝のように、自身に何もできない事を朱莉は分かっていた。
そんなタイミングを見繕ったかのように、偽気の瞼が開く。
「...ん?」
「え...?」
そこからの光景は想像に容易いだろう。
愛女は偽気に飛び掛り、涙と洟に濡れた顔を偽気に擦り付ける。
「ちょ、待って! 痛!痛い痛い痛い!!!! あかり―――ん!!ヘルプ!!!!」
「い、偽気ぃ!――」
三日間の昏睡状態だったが、ここで再び偽気の意識は閉ざす事となる。
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偽気の意識が覚醒し、感覚が息を吹き返す。
その久しぶりとも言える五感が真っ先に捉えた音へ、偽気は耳を傾ける。
「――っきまで生死彷徨ってたっつったろうがぁ...」
「まごどにすびばぜんでじだ......」
次に目を開く。
そこに映っていた光景は、先ほど以上の涙、洟で顔を濡らし、瞼を盛大に腫らしながら泣きわめく少女と、それを見下ろしながらため息と頬杖をつくヤクザの姿だ。
「えっと...?何して――」
「偽気くーーーーーーーーん!!!!」
「ぐあ...!!」
当事者の目覚めに感極まる愛女が性懲りもなく飛び掛る。
「お前さっき言ったばっかだろうがァ!!!!」
これにはさすがに朱莉も怒りをあらわにするが、偽気はそれを容認する。
「だ、大丈夫だあかりん! かなり痛いけど悪い気はしない......」
「ま、まあ、お前が言うならいいがぁ...」
受けたことのない愛を前に幸福を覚えたのか、それとも異性からの抱擁に鼻を伸ばしたか......。
詳しいことはわからないが、顔を赤らめながらも微笑みを浮かばせる偽気を見た朱莉は、叱責の声を治めた。
縋りつく愛女のされるがままにベットへ倒れこみ、偽気はただ頭を優しく撫でた。
そうしてしばらく、互いの生への実感を噛みしめた頃には怪我の痛みなど忘れ去っていた。
ちなみにこのひと時は、看護師の「院内ではお静かにお願いします」という苦情が入るまで続いたそうだ。
「まあ、なんだぁ、わかんねぇことが多すぎて俺は今頭がパンクしてるんだがぁ...」
看護師のお叱りののち、朱莉は質問を切り出した。
「とりあえずよぉ...偽気、お前何もんだ」
「あ、それね。実は俺もわかんないんだよね」
「あほか! 真面目に答えろ!!」
偽気は、いつかはこうして聞かれることを察していたようであっけらかんに答えるが、朱莉からしたらそれでは納得できない。
この間までは戦闘の「せ」の字も知らないド素人だった偽気が、先の戦いではあまりに不自然な戦闘能力を発揮していたのだ。
二人からしたら当然の疑問だろう。
「んー、なんていえばいいかな...なんか俺、一部記憶ないっぽいんだよね......」
「記憶喪失ってことかぁ?」
「多分...」
自身にも不明瞭な答えに、思わず頬を人差し指で引っ搔く。
「あれはなんだ! ついのしととか呼ばれてたやつ!!」
「知らない」
「じゃ、じゃぁ戦闘中ポンポン技出てきたり、急に動きがよくなるのはなんだぁ!!」
「あー...あれはなんだ、脊髄反射?」
「ダメだぁ...聞けば聞くほどお前の記憶が気になって来やがるぅぅぅ!!」
曖昧な答えに加え、時々出てくる難しい言葉の数々の意味が消えた過去の中に隠されているような予感に苛まれ、朱莉の興味が加速する。
そんな時、三人のいる病室に来客がやってくる。
これが朱莉の助け舟となるかはまだ不明である。
「お目覚めかい? 終の使徒君」
「ぐわあああああああ」
ならなかった。
「おや、発作かい? 今すぐ手術が必要だね」
「いらねぇよ! てかお前の病院だったのかちくしょう!!」
「え、あかりんの知り合い?」
「おっと、自己紹介が遅れたね。僕は才善 良太。君たちの担当医であり、この病院の副院長だよ」
「あ、もしかして...狂死郎と戦ってた時に愛女さんを介抱してくれた人?」
「ああ、そうだよ。この間は助けてあげられなくてごめんね」
そう、彼は先の戦いで負傷した愛女を避難させ、救急車を呼んだ本人である。
「い、いや、大丈夫です!むしろ助けていただいてありがとうございます!」
「けっ!! おめぇがいなくても俺ァ全然問題なかったけどな!!」
「何を言ってるんだい?はなから君の心配なんかしてないよ」
「んだとォ!?」
互いの視線に火花が散る中、偽気の隣ですっかり猫になっていた愛女がむくりと起き上がり、会釈をする。
「あ、あの、先生が助けてくれたんですか? ご迷惑おかけしてすみません...」
「君は愛女さんだね? 謝られるほどのことはしてないよ。まあ僕は医者だからね」
「そ、そうですか...。その...お二人はどういうご関係なんですか?」
「まぁ、腐れ縁ってやつだ」
「え、僕は君みたいな野蛮人知らないけどな...」
「ぶっ飛ばすぞてめェ!!」
一度そらした視線が再びかち合う。
二人がなだめても止まる気配はない。
お互いの話を整理すると、どうやら才善 良太は意石持ちの人々を担当し、不可解な事件、怪我や病の後処理をしている医師のようで、その裏では情報屋としての側面も持ち合わせているそうだ。
彼は元々自衛隊で医官をしていたらしく、朱莉の父親とは転生前から面識があったようだ。
「てことは良太さんも意石持ち?」
「あぁそうだよ。といっても、僕の意石はとても希少だから教えることはできないけどね」
「意石の中にも希少性があるんですか?」
「うん。といっても価値をつけるなんてことはできないだろうけど、それでももし価値をつけるとすれば...」
二人の質問に快く答える良太が、偽気に指をさす。
「僕の物程とは言わないけど、君の持つ能力はかなりの価値になるだろうね」
「わかるんですか?」
「こいつは死者の声を聞くことができるからなぁ」
「それって私みたいな特殊なやつ?」
「いや、こいつのは意石の――」
「おっと朱莉、人の情報をペラペラ話すとはいい度胸じゃないか」
「ケチケチすんなよこんぐらい...」
「ダメだ、情報は時に命にも関わる大切なものだ。これだから君とは馬が合わないんだ」
「んだとォ?」
「なんだい? また僕にひねられたいのかい?」
「こっちのセリフだなぁ??」
既に三度目の火花が室内を飛び交うが、偽気たちが気に留めることはもうないようだ。
互いに得意の絞め技をかけあっていたが、まだ調子の出ない朱莉が鮮やかな三角締めを貰い、良太の勝利にて決着した。
仮にも怪我人を締め上げる良太もまた、社会的には負けと言えるのだろうが......。
「あ、そうそう...僕が君たちの担当医になったのは、意石持ちである君たちを匿う目的もあるから破滅まで好きにくつろいでってねー」
「「ありがとうございます!!」」
「誰がてめぇの病院なんかで―― あででででで!!!!」
こうして三人は、残りの約三週間、ちょっと変わった入院生活を送る事となった。
今回はあかりんが時々繰り広げているプロレス?の現在までの戦績をお伝えしましょう。
VS偽気 14勝1敗(一敗は2転目のラスト参照)
VS良太 6勝10敗(主に朱莉が怪我人の為)
VS狂死郎 無敗(幼い頃から狂死郎は常に負け続けている)
VS剛 圧倒的全敗(あかりんが父に勝利する日は来るのだろうか...)
今の所は以上となります。
次回もお楽しみに!