23転目 狂乱
俺は、何もわかっちゃいなかった。
この先もし死んだって自分には何もない。何も残されていない。
だから、死への覚悟なんてもうとっくに出来ていたと思っていた。
「ふたり...とも......ごめんね。ぽかしちゃった......。」
心がひどく傷んだ。
空ろだったはずの胸に冷たい風が吹き込んで、それが嫌に背筋をなでる。
(怖い...)
自分が死ぬことがじゃない。
周りの人たちが。
初めてできた友達が。
初めて出会った大切な存在が死んでしまうことが......。
それに......。
その人たちの目の前で、自分が死体となることが――。
死が............。
たまらなく怖くなった。
「さあ、この間の続きをしようか」
23転目 狂乱
――――――――――――――――――――――――
偽気が狂死郎に背を向ける。
一触即発の中、愛女を優しく抱えたままその場からゆっくりと遠ざかった。
気付けば辺りには、轟音に群がってきたであろう人だかりができている。
力なく腕に体を預けた愛女を、その人々に差し出した。
「救急車をお願いします。それからこの子を連れてできるだけこの場から離れてください。」
群集はしばしどよめきを見せたが、一人の青年が状況を把握しすぐに愛女を連れて立ち去って行った。
「何々~? ボクのこと無視~?」
煽情する狂死郎のもとへ、偽気がゆっくりと歩み寄った。
「偽気ぃ...」
互いの距離が徐々に近づいて行く。
拳を伸ばせば届くであろう所まで歩み寄った偽気は、自身より一回り大きい狂死郎の顔を見上げ、立ち止まった。
「日本の救急車は、到着までに10分弱って誰かから聞いたことがある。」
「で~?」
偽気は、ひょうきんな笑みを浮かべ続ける狂死郎を睨み付けた。
「あんたを10分以内にぶっ潰す」
「......ふっ。あはははははははははははははははははははははははははは...」
甲高い笑声が偽気の鼓膜を揺さぶる。
「できるものならやって――」
余裕綽々な面に目掛け放たれた回し蹴りが、狂死郎を襲う。
だがそれは容易に躱される。
「当たるとでも――」
『フレイル』
かすめることもなく空を切った蹴り。
しかし――。
「かは...ッ!!」
当たっていないはずの蹴りが、狂死郎に当たる。
(なに...を......!)
偽気の蹴りは確かに外れていたのだ。
しかし、蹴りの軌跡、衝撃、それらが空間に広がったように、狂死郎の頬に確かな痕をつけていた。
理解など到底出来ず、狂死郎は後ろに転げまわる。
『リバル』
偽気が手をかざすと、狂死郎の身体はとどまることなく地を這いまわる。
(クソッ...身動きが......!!)
のたまう狂死郎に、偽気は肉迫し追撃のかかと落としを加えた。
『イリュージョン』
背後の車へ付与した磁力により距離をとることで狂死郎はそれを躱して見せた。
しかし、今度はそれを予期した朱莉による攻撃が襲う。
シャボン液の滴った朱莉の腕から放たれた無数のシャボン、それらは狂死郎の進行方向を漂っていたのだ。
『バブルランチャー』
「がはッ!」
「俺のことは無視かァ? ピエロォォ!!」
炸裂したシャボンは、狂死郎を再び偽気のもとへ吹き戻す。
『空螺旋』
偽気の鋭い蹴りが取り逃がすまいと振りかざされる。
狂死郎は磁力で減速し、既で躱す事に成功した。
しかし、先程同様、案の定空気の様な何かに突き当たる。
「ぐああッ! この程度…!」
『アストロ』
狂死郎は身体は宙を舞った。
堪らず技を放ち、地面に反発する磁力を付与したのだ。
そしてそのまま空へ退避を試みるが――。
「残念...射程圏内だァ!」
『バブルバレットォ!!』
やはりというべきか、朱莉の術中にはまった狂死郎は、シャボンの爆破にたまらず地べたへ突っ伏した。
(フレイル...あれは空気中に物体のエネルギーを伝え流すいわば空気砲。そして空螺旋はそれを蹴りで広範囲に放つ技......。やはりあいつは......)
狂死郎の背筋に何かが伝う。
顔を青ざめ、トラウマを引き起こしたように呼吸を乱し始めた。
「キミ〜...終の使徒だネ......」
「ついの......しと? あんた、何言ってる」
「そっか...キミ、記憶ないんだ~! なら技は無意識? 本能? やっぱ君はここで必ず殺さないと」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと降参しろ!狂死郎」
朱莉が狂死郎のもとへ歩み寄る。
「キミたちさ~、ボクがなんの考えもなしにキミたちと戦ってるとでも思ったのか~い?」
「黙れ、もう諦めろ狂死郎」
「ふふっ、キミたちはそろいもそろって...ほんっと情に飢えてるんだね~」
『マニュピレーション』
「「......!!」」
その様はデジャヴュの様だった。
警戒を怠っていた訳では無い。だが何が起きたのか分からなかった。
ただほんの一瞬、瞬きにも及ばないその間に、気付けばやられていたのだ。
2人の太腿には、1本の細い針が身体に刺さっていた。
「炎だとか、爆発だとか、火力だとか範囲だとか。ミンナ馬鹿だよね〜! そんな戦いの中、糸を通す様な細い針、見えるわけないよねぇ〜」
「あ、あかりん...身体が、動かねぇ......!!」
「ちくしょう...! 何しやがったテメェ!!」
力が思う様に入らず、二人は膝を着く。
「その針には神経毒が塗られてある。強い毒じゃないけど、殴り殺すくらいの時間ならあるだろうね〜」
「て、テメェ...!!」
狂死郎がにじり寄る。
「ほんとはこの因縁を早く断ち切りたいんだけド、やっぱり先に、君から殺すとしようか」
萩原 偽気のその眼前で、狂乱の道化が歩みを止めた。
そして彼は、懐から細く鋭い針の束を取り出した。
「軽い神経毒でも、多量に取り込めば死に至る...。毒で死ぬってどんな感じなんだろうね〜」
「絶対死なねぇ...! やれるもんならやってみろ!!」
「バカッなんで挑発なんか...!!」
虚勢だろうか......。
身体中を震わせながらも、偽気は怒りに身を任せ叫んだ。
その叫びも虚しく、狂死郎の指に敷き詰められた毒の剣山は、磁力を捉え震え出した。
それぞれが揺らめき一人の少年を狙うその様は、まるでピラニアの様にも思えるだろう。
「くッ...!!」
「さよなら、終の使徒クン」
揺れ動く剣山が、命を刈り取らんとついぞ指から放たれた――。
結論から言うなれば、それらは偽気に届かなかった。
その前に現れた影が、全ての針を受け止めたからだ。
「あかりん――」
その男は、勝浦 朱莉だ。
「偽気ぃ...わりぃな......。」
「あか...りん......」
そのまま意識を閉ざした朱莉は、地面へと突っ伏した。
「まさかあれで動けるとはね...君のそういう所本当に嫌いだよ。朱莉」
朱莉を見下ろす大男の目が、口が、頬が、途端に震えだす。
それは偽気とて同様だ。
愛女に続き、朱莉が。
たった二人の大切な友を、目の前の男は......。
「お前...よくも......!」
「何怒っているんだい? キミは救われたくせにさあ~!!」
「狂死郎!!」
動かない身体とは裏腹に、内から溢れ続ける憤怒に身を預け、気迫を現にする。
偽気の小さな身体では毒の回りが早い。
免疫による解毒も、未成熟な偽気には時間がかかるだろう。
だがそれでも動かなければならない。
今まさに友にとどめを刺そうとするこの男を止めるために。
(今の俺に...できること......みんなを......救う方法――)
「あった」
偽気は口角の片側を上げ、そっと目を閉じた。
『アクシル』
今回の小話は狂死郎のキャラ紹介です。
キャラクター紹介④ 狂死郎
名前 小野寺 京四郎
能力 磁力
年齢 19歳
身長 187cm
体重 58kg
好きな食べ物 なし
嫌いな食べ物 なし
趣味 人の驚く顔を見ること
座右の銘 年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである。
イメージソング 時ノ雨、最終戦争