22転目 堕天
天使が舞い降りたビルより、約500m先のビルに身を潜めていた偽気と朱莉は、遠方で降り注ぐ羽根を合図に駆け出した。
「あかりん...あれもう、俺たちいらねえんじゃねえか...?」
「確かにありゃすげぇが、狂死郎はあれでくたばる玉じゃねぇ! さっさと行くぞ」
「了解!」
――――――――――――――――
一方ここは、羽根の弾丸が天から降り注ぐ激戦区――。
その下方にて今尚落下を続けていた道化師は、再び浅ましい笑顔を作り出した。
『イリュージョン』
自由落下を続けていた身体が急激に落ちる角度を横に変え、降りこめる羽根をすべて躱して見せる。
その進路上には先ほどのビルがある。
ビルへ近づくに連れ減速をすると、手足をピタリと貼り付け、彼はそのままビルの上へ歩み始めた。
「いや~驚いた! キミ未来でも見てるのかい? ボクの計算全部壊されちゃったじゃんか〜 忍には奇妙な力があるって聞いてたけど、まさかここまでしてやられるとはね~」
ビルの壁を優雅に登り歩くピエロへ、愛女は笑みを崩すことなく言葉を続ける。
「やっぱり...似てるんだね......」
その言葉に狂死郎は何かを察したように問うた。
「一体...誰にだい?」
「あなたの親友よ」
「なぜ...そう思う......?」
狂死郎の顔が次第に曇り始める。
消したかった忌々しき友が頭によぎり、無性に苛立たしく聞こえたのだろう。
その顔に、愛女は笑顔で応える。
狂気のピエロのそれを、遥かに上回る邪気を孕ませて。
「だってあなた、私の不意打ちへの対応がまるでそっくりだったもの。随分と仲良しさんなのね♡」
狂死郎は徐々に足を早める。
次第に殺意を孕ませたその表情からは、その怒りの程が読み取れる。
だが返答はあくまで穏やかだ。
「なんでだろうね...あいつと僕は、何もかも違うはずなのにね......どうして......。」
「...?」
突如狂死郎は動きを止めた――。
歩く足、しゃべる口、それらすべてを。
『ミス・ディレクション』
〈ミス・ディレクション〉とは、手品師がタネを見せぬよう、観客の視線を誘導する技術である。
愛女の月詠には穴があった。
それは、情だ。
月詠は、生きるための術を見出す力。
自身の命を狙うものを生かすための選択は見ることができない。
狂死郎はその穴を坂手に取る。
愛女は、狂死郎に一瞬でも情を向けてしまったのだ。
その時点で、愛女が見た月詠のルートから逸脱していた。
「……ッ!」
愛女は知る由もなかった。
自身に磁力が付与されていた事を――。
「僕の能力は自分を覗いた生物やそれが纏う物には磁力を付与する事が出来ない。だけど、鉄や磁石のような元々磁力に影響のある物なら話は別さ。それと......。どうしてキミは、そんなにも情に飢えているんだろうね~」
後頭部に鉄の塊を受けた真っ黒い天使は、羽ばたく力を失い、堕天した。
(いつの間に......。何処に...磁石を仕込まれて......?)
愛女の思考はやがて途絶えた。
彼女の肢体は風を受け、どこまでも落ちていく――。
「...ごめんね。君の術より、僕の手品が上だったらしい」
空中に描かれた真っ赤な色彩が、乾いたアスファルトへ吸い込まれていく。
今まさに養分として降り注ぐ――。
『リセル』
彼女の身体は、ふと止まった。
辺りの万有引力がことごとく凪ぐように。
それから再び力を生み始めた身体は、幼い腕に抱き止められた。
「随分と遅かったじゃないか~、二人共?」
天使を抱える偽気、そして朱莉の眼前には、狂気の象徴が降り立った。
「...」
「さあ、この間の続きをしようか」
今回の小話は力についてです。
頭のいい皆さんのことですからきっと
「張力も圧力の一種なんじゃないの?」
と思った方もいたのではないでしょうか?
今回の小話はそんな皆さんの疑問にお答え致しましょう。
結論を言いますと、これはただ筆者である私がこのふたつを使い分けたかったからです。
お陰であかりんのシャボン玉にも、より特別感が出たはず...!
(有識者の方、協力求む!!)
似たような例として、意石には重力というものが存在しません。
これはもちろん重力の正体が万有引力であるためというのもありますが、重力でまとめてしまうと「-」つまり斥力もその中に含まれてしまうと思いました。
ただでさえどこまでも強くなれそうな能力なのに、それでは強すぎます。
ただ、逆に引力と斥力で分けたことにより、何かを引き寄せたり遠ざけたりみたいなことも可能になります。
必然的に、磁力の存在感が薄くなってしまいました。
てか、むしろ強くなってない!?
今更変えるのも手間がかかるし...
これには作者もお手上げです。
狂死郎くんごめんね!
まぁ、磁力なら引き寄せ押し出しどちらもできるし許して(笑)
あとはあんま力学ガチガチになると、着いて行けない人もいるだろうなぁ...と言った所で、ある程度作中ではわかりやすいものをより分かり安く描けるよう心がけて参ります。
この作品が
「物理学×ローファンタジー」
という性質上、それでも分からないという方もいるかもしれませんが、もしかすると教材になるかも知れません!
だからどうか諦めないで!!
あと「この作者頭悪いだろ」と思ったそこの君。
後で職員室に来なさい。