20転目 傀儡
満身創痍で何とか買い物を済ませた偽気と愛女が帰路を辿っていたその時、ベビーカーを引いた見知らぬ婦人が二人に話しかけてきた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは!」
「あ、どうも」
「今日も本当に暑いですね...!」
婦人はにこやかとした表情で、何気ない世間話を持ちかけてくるのだが……何かが歪だ。
偽気と愛女は、その理由にいち早く気付いたようだが敢えて触れようとはしない。
「ほんとっすよ...まじで毎日熱中症寸前ですから」
2人がそれとなく笑顔で返していると、意外にも婦人は歪な空気を生み出していたそれに一石を投じる。
しかしそれを偽気らは聞きたくなかったのだろう......。
なにせそれは、更なる混沌を招くものなのだから。
「2人とも見て! 可愛いでしょ? うちの子なの。もうすぐで1才になるのよ?」
婦人がベビーカーの日除けを空け、自慢の我が子を二人へ見せようとしてくれる。
「......とっても可愛らしい...ですね」
「ええ...本当にとても。」
一見微笑ましい会話だが、二人の表情はやはり困惑を隠せずにいる。
しかし、婦人が気に止める様子は無い。
その後もあまりに歪、そして不快な空気は二人の間を漂い続ける。
地獄にも思えたその時間は、婦人の帰宅によってようやく終わりを告げるが、二人を縛る空気が消えることはなかった。
「ただいま...」
「おう、おかえり! ちゃぁんと買ってきたんだろうな――」
偽気達の帰宅に、朱莉はいつものテンションで出迎えるが、二人の暗い顔に何かを察する。
エコバッグの容積から見るに、ちゃんと買い物は済ませたようだが.......。
「...なんか、あったのか?」
――――――――――――――――――――
朱莉が偽気の部屋(元 光莉の部屋)まで招き入れると、二人は、顔を俯かせたまま経緯を話始めた。
「今日、ベビーカーを引いた綺麗な奥さんに話しかけられたんだ。」
言葉を発したのは偽気だ。
愛女はそれを聞きながら、テーブルにグダリと突っ伏している。
ただならぬ予感を感じながらも、朱莉はその話に静かに耳を傾ける。
「最初はただの世間話だったんだけどさ...その.......見せてきたんだ。赤ちゃんの乗ってない、ベビーカーを...それも、うちの子可愛いでしょって......。」
「...」
そう、違和感の正体は簡単だ。
炎天下の商店街にも関わらず、ベビーカーに乗っていた物は子供用のおもちゃと毛布。
そこにいるはずであった赤子が何処にもいなかったのだ。
「私も...最初は色々考えたの。お父さんが抱っこしてどこか行ってるのかな? とか...。でも最後の言葉を聞いて私......」
二人の追いつかない理解は、不気味で、歪で、不快感すら覚える淀んだ空気としてあの場で漂っていた。
そして今も尚、それは何処にもやり場の無いまま二人の身体中を這いずり回っている。
朱莉が宥めようとその婦人について語り出すが、それは逆に二人の心をさらに締め付ける事になるかもしれないものだった。
「...まぁ、なんだ。その人は、この辺じゃちょっとした有名人でなぁ。丁度二週間前ぐらいにお子さんを亡くしてる。それからは色んな人にベビーカーを見せてはそう言って回るんだ...。お前達がそんな気に病む必要はないさ」
朱莉の言葉には全てが詰まっていた。
二週間前と言えば、転生してすぐのことだ。
そして、亡くなったお子さんというのは......。
本来ベビーカーに乗っているはずだった赤ん坊だろう。
「きっと、もう現実を見られなくなっちまったんだろうなぁ...」
偽気と愛女の心が、酷く傷んだ。
それはその婦人と赤ん坊に向けられた物だけでなく、そういった悲劇がこの世界で何度も何度も繰り返し起きている事実に......。
「とりあえず、お使いご苦労さん!」
朱莉は、労いだけを残して部屋を退出した。
二人も、それが自身らの気持ちの整理を付けさせるための時間だと察し朱莉に感謝する。
「...どこまで残酷なんだろうね。」
偽気は愛女の目に映る先を眺め、同じことを考えた。
転生してもその人は記憶を持っていないのだからそこまで悲観する事では無い。
世の中には、今日が誕生日の人、今日が結婚式の人、そして今日が命日の人だっているのだから。
それはループをしていようがいまいが変わることは無い。
ただ、彼女が思うのはきっと......。
「まるで...操り人形みたいだな。」
「...うん。」
心を見透かされ一瞬の戸惑いを見せたが、彼女にはなんだかそれも偽気らしいと思えてしまったのだろう。
愛女は偽気の悩み込む顔を見て、少し笑って見せた。
自身の痛みを分かち合えるという初めての存在に、また少し救われたようであった。
だが幾度も同じ行動を繰り返させられる様は正に、運命に弄ばれる滑稽な傀儡のようにも見える。
もしかすると、二人の抱いた不快感の理由は、それなのかもしれない。
そんなことを互いに考えながら、二人は着くはずもない気持ちの整理に悩まされる夜を浪費していくのだった。
――――――――――――――――――――
「またなお前らぁ!」
「世話になったな!」
「お世話になりました...」
あれから療養を兼ね、皆しばらくの間朱莉の家で休養を取っていた三波達一行だったが、傷もまだ治らぬうちに別れを告げた。
そう、今日は破滅の日だ。
破滅を前に別れなど特に意味がある訳では無いが、暁色に染まる空を見て、鐘を聞いた子供達は少しの切なさを抱きながら家路を辿る。
その多くの人の心に根付いた風習が、彼らをそうさせたのかもしれない。
例えこんなイカれた世界であろうと、人はどうしても普通を求めてしまう。
そうして、先日殺し合いを互いに繰り広げた面々は明るい趣で夕の陽炎へと消えていった。
「あいつら、これからどうすんだろうな...」
消えていった三人を見つめ、偽気は同じ空を眺める朱莉に問い掛ける。
「さぁな、きっといつも通り欲求のままに暗殺を続けるんじゃねぇか?」
「止めなくていいのか?」
「いいのさ、俺らはヒーローじゃない。ましてや友達でもねぇ。あいつらを止める義理はねぇよ」
「そういうものなのか...」
朱莉の顔が少しだけ寂しそうに見えたのは、偽気だけだろうか......。
確かにその時、朱莉の顔はどこか切なさを帯びていた。
「んで何度も聞くようだが、ほんとにお前は俺らと来るんだなぁ?」
朱莉は視線を隣に立つ幼いしょうじょに移す。
「当たり前でしょ! この前のお礼にいくらだって役に立ってみせる! 死ぬ気で働くわ!」
「ほほぅ? その言葉ぁ、転生したって忘れんなよ?」
「あかりんこそ、先に死んだら許さないから!」
「お前まであかりんかよぉ...」
愛女は2人に打ち解けたようで、今ではすっかり笑顔の絶えない女の子だ。
沈み出した日を眺めながら、3人が会話に花を咲かせる。
こうして、愛女は正式に偽気達の仲間として迎え入れられる形となった。
「そういえばあかりん」
「ん?」
「破滅って言うけど、その破滅ってなんなんだ? 地球が爆発でもするのか?」
「んー......」
偽気の質問に、朱莉は険しい顔で腕を組んだ。
「皆光に飲み込まれて意識を失うっつーから分からん! だがぁ...お前の何にでも影響を与える能力なら、もしかしたらぁ...」
朱莉が偽気を半目で睨む。
「へ?」
「ほら、んな事言ってる間にお出ましだぜ?」
彼方の空が夕焼けにしてはやけに赤く染る。
黄昏に再び日が昇るように、その光は世界を満たして行く。
「んじゃ、転生したらまた俺ん家集合だ!」
「おう!」
「うん!」
光が全てを飲み込んでゆく。
空も、街も、人も......。
そして彼らも、次の世界へと消えていった。
今回の小話は偽気くんの部屋(元光莉の部屋)にある物と、そのお気に入りの紹介です!
携帯ゲーム機とソフト(ドリクエ)
漫画
机と椅子
筆記用具
意石や破滅転生に関わる事を纏めたノート(当然転生する度白紙になるのだが……)
あかりんと買った服が4セット程 (あかりんの服も気に入っているが、なぜか元々着ていたボロボロの服を頑なに着たがる)
布団
以上です。
他には何もありません。
こじんまりとしていてちょっと寂しいですね。