19転目 広告
「のわあああ! 金がねぇ!!!!」
まだ日が空けて間も無い朝、外では心地よい鳥のさえずりが聞こえる。
そんな清々しい一日の始まりが、朱莉の悲鳴で幕を開けた。
「うっせえな...なんかあったか? あかりん」
「ナンもカレーもあったもんじゃねぇ! ねぇんだよ! 金が!!」
朱莉がそう言って取りだしたのは、タンスの奥深くにしまってあったヘソクリの封筒だ。
「どうせ人が多いから使っちまったんじゃねえの?」
偽気は他人事だと力のない返事をする。
「んなわけあるか! この俺様に限ってそんなミス......」
焦る朱莉。
しかしその焦りで視界が定まらなくなっていた朱莉の目は、やがて部屋の隅にいる二人に留まった。
「...?」
「...?」
「....なぁ偽気ぃ。うちにスモブラなんてあったかァ?」
「いや、ねえな。ナンテンドースイッテも1台しか無かったしな...」
朱莉の形相がみるみるうちに変わってゆく。
「くッ! バレたぞ兄貴!」
「そうだなあ...よし、弟よ。ここは華麗に戦略的撤退――」
「逃がすかァ!!!!」
そろりと立ち上がり逃げ出した一輝と二娯郎を、朱莉は逃がすまいと追いかける。
「朝から賑やかだね」
まだ目覚めて間も無い愛女が欠伸をしながらやってきた。
「あ、おはよう愛女さん」
「おはよ! 偽気くん。どうしたの? この騒ぎ」
愛女が、家から飛び出し外で暴れ回る3人を見て不思議そうに言った。
「ああ、なんかあいつらあかりんのヘソクリ使っちゃったらしくて...」
「あの人...絶対前世は女の子だよね」
ヤクザの様な手つきでコソコソとへそくりを貯めるあかりんを想像し、2人は苦笑した。
ガチャッ!
そこに、2人の首に両腕を回した朱莉が丁度戻ってきた。
「おいおめえら! 事情が変わった! 買い物手伝え!」
――――――――――――――――――
そんなこんなで朱莉に駆り出された2人は、大量の広告用紙を手に、近くの小さな商店街までやってきた。
「まったく、なんでこんなに大量のタイムセール広告持ち合わせてんだあいつ...」
「まあ、これのおかげで破滅までの1週間もやし生活は免れたし、いいんじゃない?」
愛女はお使いを頼まれた事が初めてなようで、その表情は心做しか嬉しそうだ。
そしてその綻んだ可愛らしい顔に、偽気は釘付けだ。
2人は、災害によってすっかり寂れた商店街をしばらく歩いていた。
街は言わゆるシャッター街の様だが、そんな中でも商売を続ける店がチラホラと見受けられた。
そしてその店は、もれなくシャッター街とは思えぬほどに繁盛している。
人間不思議なものだ。
生きることを諦め、仕事を辞め、死を覚悟していながらも、限界まで生きようともがき続けている。
一時の自由を味わいたいのか、或いは死をまだ受け入れられていないのか......。
そんな疑問がふたりの頭で交錯する。
独特な空気を前にしばらく無言で歩いた2人だったが、偽気はふと尋ねた。
「そういえば、愛女さんが最初にデートとか言って俺を街に連れてったのってやっぱり坂崎の時の為?」
「あぁ......あれね...。まあそんなとこかな...?」
愛女は何故か言葉じりを詰まらせる。
特になんの変哲もない回答に、偽気は二つ返事をする。
「そっか」
「まあ、本当はデートなんてつもりじゃなかったけどね」
「じゃあなんで?」
愛女が、俯き少し頬を赤らめた。
「歳も近かったし...偽気くん、可愛かったから......」
「な...!」
虚をつかれた偽気の顔もまた、みるみる赤くなってゆく。
「な、ななな何言ってんだ! 俺は男――」
「それと、ちょっと普通の女の子になってみたいなって...」
「......そっか」
先程まで慌てふためいていた偽気だったが、愛女の切ない願いを聞くや否や、冷静さを取り戻していた。
「ありがとね。私、嬉しかったんだ! 偽気くんが、何一つ疑うこと無く私に付き合ってくれたこと!」
偽気自身ただ浮かれていただけなので、こうして感謝されるというのは中々胸にむず痒いものがあっただろうが、そんなことは彼女の顔を見れば直ぐに吹き飛ぶだろう。
偽気は、素直に聞き入れた。
「私馬鹿だし、口説き文句なんて何も知らないからさ! 怪しかっただろうけど、ごめんね!」
「うん、大丈夫」
2人は、笑みを取り戻した。
そうこうしている間に1つ目の広告店を見つけたのだが、ここで2人の顔は再び曇りがかる事になる......。
「広告のお店って...ここだよね......」
「うん...そのはずだけど......」
店は入口など見えぬほどに人が盛り、入店すらも困難な状態であった。
「まだタイムセール始まってないのに......。完全に舐めてた......」
「あ、諦めないでくれよ! これ一個でも買い逃したら俺たちもやし生活だぞ!?」
「そ、それは困る...」
二人は、立ちはだかる人の壁に絶望と恐怖を感じながらも、店の床を強く踏みしめた。
今回の小話はあかりんや偽気が倒した坂崎のその後です。
基本的にあかりんは命を奪いません。
それは偽気も同じです。
ですから坂崎の時は意石だけを抜き取り、後はそのまま放置しました。
きっと彼は破滅後の事を全て忘れ、再びただの人間として1ヶ月だけの世界を生きていくことになるのでしょう。