18転目 日常
あれから約1週間が経過したとある朝。
三波が久しぶりに目を覚まし捉えた景色は、見知らぬ天井であった。
「私...一体......。」
「お! 起きたかぁ?」
「ひっ...!」
野太い声と共に開かれた扉からは、朱莉が顔を覗かせていた。
「そ! そんなにビビるこたぁねぇだろ!!」
そうは言うものの、目が覚めたら知らない部屋に強面ヤンキーと2人きり。
怯えるなという方が無理な話である。
「...ここどこ?」
「相変わらず無愛想だなぁ! ここは俺ん家だ。まぁ、くつろいでけ!」
朱莉はそれだけ言い残すと、すぐに部屋を後にした。
「一体何で......ッ!」
ひとまずこの部屋から出ようとは思うものの、体中のあちこちが軋み、上手く動けない。
それもそのはず。 助かったとはいえ一時は生死を彷徨い、瀕死のまましばらく放置されていたのだから。
重ねて朱莉は先日の事件で資金をかなり使ってしまっていた為、大した治療も出来ずにいたのだ。
三波が軋む身体にムチを打ち、上体を起こした所で再び扉が開いた。
「お! 三波さんだっけ? 目が覚めたみたいで良かった!」
次に彼女の元に訪れた人物は、戦闘中にも関わらず自身をずっと気にかけていた偽気だ。
「心配だったよ...1週間も目を覚まさないんだもん」
「貴方は! えっと...」
「萩原偽気だよ」
「偽気...さん?」
「偽気でいいよ!」
「...偽気くん。」
どうしても緊張が解れないようで、互いにどこと無くぎこちない様相だ。
「あはは...まあ、それでいっか! そういえば俺もさん付けだしね」
偽気が苦笑いを浮かべる。
「あ、私...なんでここにいるの?」
朧気だった意識がようやっと定着し、ハッとした三波が恐る恐る偽気に尋ねる。
偽気は優しく微笑み、ベットの傍にある椅子へ腰掛けた。
「んー、まあ...強いて言うなら気まぐれかな? ほっとく訳にも行かないし、色々話したいこともあったしね!」
「そっか......」
「あ! あのさ、ずっと気になってたんだけど... こんな真夏にコートとマフラーって暑くないの?」
何やら怪訝な顔を浮かべる三波を気遣い、偽気は慌てて話題を変えた。
「あ...これね。私の身体、ほぼ死んでるの。だから痛みも感じないし、熱も感じない。」
「身体が...死んでる?」
聞きなれない表現に首を傾げる。
「なんていえばいいんだろう...私、特異体質みたいで...ご飯とかあんまりいらないの。代わりに神経は殆ど死んじゃってるし、燃やすものもないから熱も持たない...むしろコート着てても足りないんじゃないかしら......」
「ほえぇ...」
既に月詠というチート能力を目の当たりにしているせいか、さほど驚くことは無かった。
しかし周囲で起こり続ける非日常を当たり前に受け入れる自身に、だんだん人間から遠ざかっている予感がしたのも否めないようだ。
「じゃあじゃあ、三波はどうやって意石を見つけたの?」
「それは...お兄ちゃん達から貰って......」
「うーん、そっか...」
彼女はあまり喋りたがろうとはしない。
きっとその兄弟たちは半ば強引に三波へ渡したのだろう。
「......ねえ、なんで殺しのこととか聞かないの?」
意外にも三波から禁句と思われた質問を問われた。
「え、なんでって...そりゃあ、辛いことより楽しい事話した方がいいと思って」
「楽しいことなんて私にあると思う...?」
「...」
本人からしたら不自然に気を遣われているように見えたのだろうか。
だが図星だった偽気は言葉に詰まってしまう。
結局空気が沈んでしまった...。
「ま...まあ、これから楽しめばいいさ!」
「...え?」
三波が聞き返す。
「それってどういう――」
「わんだらぁ! 飯だぞぉ!」
三波の質問は、朱莉の集合の声によってかき消された。
「お、もうそんな時間か! さて...三波さんも一緒に行こ!」
「...私もいいの?」
「ん?もちろんだよ!」
「私、あなた達を殺そうとした人間なのに...?」
「今はしてないだろ? じゃあよしだ!」
三波は自分の常識では考えられない待遇に、驚きを隠せずにいた。
だが同時に、偽気の明るい声、優しい言葉が先程の質問の答えなのかもしれない。
そして何より......。
「はい! 肩貸すよ」
(この人たちは、あまりにも優しすぎる...)
あの時偽気が助けてくれた時に感じた初めての気持ちを、少し理解出来たようだ。
「お! 三波やっと起きたのか!!」
「フッ、あの傷で持ちこたえるとは...さすがだな妹よ」
「あ、お兄ちゃん...」
三波が部屋を出るとそこには、兄弟の一輝、二娯郎の姿があった。
二人は既にこの家の空気に馴染み、我が物顔でソファに座っていた。
「おらァ! 今日の昼飯は、朱莉様特製キノコたっぷりベーコンのキッシュだ!!」
朱莉が顔に似つかわぬ可愛らしいエプロンを腰に巻きつけ、絶妙な焼き色が付いたキッシュを手にやってきた。
「毎回毎回、よくこんな手のこった料理作れるね...」
愛女は関心しながらも、どこか悔しそうに言葉を綴る。
「相変わらず女子力の高いこってい」
朱莉の料理の味は絶品であり、偽気はもちろん、料理を頻繁に行っている愛女ですら一生叶わないと言い切る程である。
やはり、この男は魂の宿る先を間違えてしまった哀れな人なのかもしれない......。
「いやあ! 毎日毎日悪いなあ!!」
「殺そうとした相手からこんな美味しいものが頂けるとはな...」
「おめェらは勝手に住み着いてるだけだろうがァ!」
当たり前のように空気に溶け込んでいた一輝と二娯郎に、朱莉は雷の如き鉄拳を入れる。
その光景を他所に、偽気は三波を食卓の椅子へ座らせながら思い出すように言った。
「てか、あんたらも傷の具合は三波さんとそこまで差なかっただろ...よくピンピンしてられんな」
「まあ! 俺たちはなんせエリートだからな!」
「この程度造作もない」
「...お兄ちゃん達バカだから......怪我だけは慣れてるのよ...」
「「おい!!」」
格好つける2人だったが、三波から冷酷な事実が告げられてしまった。
そんな様子を眺める一行は、皆自然と笑顔を零していく。
その光景は三波が初めて味わう物であり、暖かな感情と共に胸の内にある何かを締め付けた。
「ご馳走様でしたー!」
「いやー! うまかった!」
「なあなああかりん俺にも料理教えてくれよ!」
「お前にやらせたらいつ家が燃えるかわからん!」
「えー!」
食事を済ませ各々くつろぎだす中、愛女はあの日のことを思い出していた。
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「いい? あなたは生き延びるのよ...! そしてどうか、幸せになってね...?」
雨の中、雷が鳴り続ける夜、美しい女性から両手を握られた。
この女性はきっと彼女の母親だろう。
月詠により、顔も名前も殆ど忘れてしまったが、確かにいたはずの女性。
その女性から、愛女は逃げるように走っていた。
後ろからは悲鳴が病むことなく響き続く。
ぬかるんだ地面は足を取り、轟が恐怖を加速させる。
そして彼女は、ひたすら走り続けた。
どこまでも。どこまでも。
その時齢10歳の愛女の頬には、雨とともに大粒の涙が伝っていた。
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「...愛女さん?」
「ん?」
明後日の方向に目を向ける愛女を気遣い偽気は声をかけるが、愛女はすぐに笑顔を戻し優しく微笑んだ。
「あ、いや、ちょっと悲しそうに見えただけ...」
「...大丈夫。ありがとね!」
ずっと1人で生きてきた自分の目の前に、こんなにも自分を気にかけてくれる友がいる。
愛女はそれが幸せで仕方がなかった。
「ねぇ、偽気くんはさ...今、幸せ?」
他愛もない質問だ。
愛女は初めて出会った時のような、ころころとした可愛らしい声で偽気に問う。
「んー...俺はあんまり分からないけど、こうやってあかりんや愛女さんと話せてるし、きっと幸せなんじゃないかな?」
「...そっか」
愛女は一言呟くと、楽しそうな声が響き渡る部屋を見渡しながらそっと微笑んだ。
「私も...幸せだな......」
(お父さん、お母さん、ありがとう。お陰様で今、私はとっても幸せです。)
愛女は、偽気達としばしの日常を満喫した。
今回の小話は、みんなの料理事情と得意料理です。
偽気:料理というものをよく知りません。
強いて言うなら、自生しているもので何が食べれるか等には詳しいですが、何かを作るという行為は自分で行ったことがありません。
朱莉:和洋中あらゆるものを全て1級品で製作可能です。
もはやこれは女子力というより人間力でしょう。
こんな友達欲しかった...
得意料理はラザニアです。
愛女:並以上には作れます。
難しいもの以外は一通り作れますし、趣味が無くなってからは唯一の楽しみと言えるでしょう。
得意料理はオムライスです。