13転目 襲撃
「いってええええ!!」
まだ日が昇り初めて間もない朝、都内のマンションの一室から1つの悲鳴が鳴り響く。
「うるっせぇなぁ! 手当してやってんだから我慢しろぉ!」
先日の争いにより前身大火傷を負った偽気は、傷の痛みからまともに眠ることも出来なかった様だ。
その後朱莉によってすぐに大型の病院へ駆けつけた――。
......のだが、戸籍すら持たない偽気は普通の治療をさせて貰えず、仕方なく朱莉の応急処置で済ませることになってしまったのである。
「くそぉ! まさか保険証どころか戸籍もねぇとはな」
「しょうがないだろ! 俺はそもそもその戸籍なんてのも知らなかったし」
「別にそりゃぁいいけどよ! お前まじで何者なんだよ!」
今のご時世、日本に産まれ十年以上住んでいるにも関わらず戸籍のない人間など、一体何人いるのだろうか......。
「...まぁにしても診察だけで万単位はねぇよなぁ、俺に医学の知識があって助かったぜ」
「お前こそ何者だよ!」
偽気の火傷は入院レベルまで達している為、病院で治療をすれば莫大な金がかかってしまう。
その上保険金もないとなれば、今後の分も考えると明らかに資金不足だ。
「とりあえずおっけーだ! 今度は襲撃も待ってんだ! あとは根性で治せ!」
「襲撃ってあと一週間切ってますよね...? それまでに治せって......まさか! 意石で傷の治癒とか――」
「出来るわけねぇだろ」
「あんた鬼か」
――――――――――――――――
そして無慈悲にも時は経ち、約一週間。
ついに約束の日がやって来てしまった。
「んー、やっぱ治んないよなー...」
「まぁあんだけ爛れてた皮膚がここまで綺麗になったんだから善戦した方だろ! だが今度はもっとひでぇ身体になるかもしれんがな!」
「怖いこと言わないでくれ.......」
夜の静寂が辺りを包む中、爆音で鳴り響く鼓動が、偽気の心を揺さぶっていた。
「...てかよぉ、なんでお前までいんだよぉ!」
朱莉が指を指し声を張った先にいるのは、いつも後ろから音もなく現れる悪趣味な忍者 篠尾愛女である。
「ダメ? 一応私だって戦えるよ?」
「ダメ? って... あのなぁ......おめぇを守る為の戦いなんだぜぇ?」
確かに彼女の隠密スキルなら戦えないことはないのだろうが、何せ敵のターゲットである。
下手をすれば足でまといにもなるだろう。
「それに、わざわざお前が出てこなくても――」
しかし、楽観視していたのは恐らく彼女ではなかったようだ。
「恐らく私も戦わなきゃ誰か死にます」
愛女は、先程の明るい表情とは一転し、暗殺者と呼ぶにふさわしい、冷たく無機質な声で告げた。
思わず息を飲む2人。
彼女は月詠の使い手、どこまで見えているのかは分からないが、実際に未来を見ている人間の言葉はやはり重い。
「守られるようなヘマはしません、私も戦わせてください!」
「んー...まぁ、いいけどよぉ... まさか玉が前線に出てくるとはなぁ」
納得の行かないまま、一先ず愛女の言葉を信用した朱莉は自信に活を入れ直す。
「しゃあねえ、やってやろうじゃねぇか! だが、いざとなったらちゃあんと守ってやるんだぞぉ? 偽気ぃ!」
「言われなくても分かってるわ!」
茶化されて顔中を赤く染める偽気を見て、朱莉は嘲笑する。
しかし、それを見た偽気も呼応し再び煽りを返す。
「お前こそ俺に守って欲しいんじゃねえのか? 可愛い可愛いあかりんちゃん??」
「テメェ! ぶちのめ――」
その時である――。
しょうもない言い争いを続ける2人を中心に突如として大きな爆発が巻き起こり、辺りの建物はその衝撃に耐えきれず崩壊する。
「おいおい、話とちげえぞ!! なんでターゲットが変なガキ共とつるんでんだ??」
「......そう言いながらなんで予定と違うターゲットにいきなり攻撃したの......」
「まあまあ落ち着けカス共、元々暗殺なんてコイツに出来っこないだろ」
「あ゛あ!?」
爆心地へ向け暗い路地から現れたのは、兄妹らしき男女三人組。
そして――。
「くれぐれもしくじるなよ。ようやく見つけたんだ、なんとしても殺せ。」
奥にはもう一人の男が立っていた。
「ゴホッゴホッ! 大丈夫かぁ?お前らぁ!」
「な、なんとか...ゴホッ!」
「大丈夫です...多分......ケホッ」
須らく咳き込む偽気達は、舞い上がる煙からなんとか這い出でる。
「暗殺じゃねぇのかよ! しかも音もなくって!」
「恐らく向こうもこちらの状況が変わったことを見て手法を変えたみたいですね......!」
「んのやろォ! いきなりめんどくせェ挨拶噛ましてくれやがって! ぶちのめしてやるッッ!!」
立ち上がった三人は、現れた殺し屋と邂逅する。
互いの思惑が外れ、冷たくピリピリとした空気が重苦しく漂っていた。
「んだよ! まだ生きてんのか!!」
「...だから言ったのに......」
「雑魚も雑魚なりに頑張ってるってことみたいだな」
両者の距離は20m程。
互いに様子を伺いながらジリジリと距離を詰めてゆく。
そして最初に動き出したのは三つ子の次男と思わしき人物。
「焦れってえ!! あんなちんちくりん共俺の爆破で――」
しかしその動きを朱莉達は見逃すはずもなく――。
「偽気ぃ!」
「おう!」
爆破男が両腕を前に突き出し拳を握ると、予告通り虚空からは火花が散る。
それは激しさを増していき再び爆破に至る――。
はずだった。
「...あ?? 不発!?」
「悪いがお前の技は通用しねぇぜ!」
男の起こした爆破は、圧力の開放からなる技であり、朱莉はそれを素早く見抜いていた。
そして偽気は圧力の中心に波紋を起こし、力の方向を無理やり分散させたのだ。
(ほんとに出来た...)
自ら起こした波紋に驚く偽気は、朱莉に言われたことを思い出していた。
「いいかぁ?お前の能力に力関係は存在しねぇ!
お前が上手く使いさえすればどんなもんでもねじ曲げられる!
つまり格上にも絶対通用するっつうことだ!
こいつぁ攻め手には欠けるがぁ、防御面では間違いなく最強の能力だぜ!」
(最強の能力...!)
実際に相対し、自身の能力を実感した。
あながち朱莉の言うことは間違えていないのかも知れないと。
「たくっ何やってんだよカス」
「うるせえ!! 俺が知るか!!!!」
失敗が嵩み苛立ちを隠せぬ兄弟に、朱莉が笑みを漏らす。
「あいつらさては馬鹿かぁ? ニィッヒッヒッヒ!」
隙だらけの相手を好機と捉え、悪魔の如き笑顔で自身の最大張力で生み出したシャボン玉を相手に投げつけた。
「さっきのお礼だぁ! 受けとれぇ!」
「なんだあれ!! シャボン玉だァ?!?!」
「あの雑魚、俺たちを舐めてやがるのか?」
「......もうお兄ちゃん達と組むのいや...」
能天気にシャボン玉を見上げる2人の男とそれに呆れて涙を流す妹と思しき女の元に、その巨大なシャボンはついぞ到達する。
そして――。
シャボンは先程と比べ物にならない爆発を生み出し、三人組を巻き込んだ。
「やったか?」
「いやぁ、流石に呆気なさすぎるぜ! 今のは挨拶兼遊びだ」
立ち上る煙が次第に晴れてゆくにつれ、3人の影が再び現れた。
「ゲホッ!! ゲホッ!! あっぶねー!! 助かったぜ三波!!!!」
「どうせだったら煙も何とかしてくれればよかったのにな」
「......もっとかっこいいお兄ちゃんが欲しかった...」
煙から出てきたその三人は、汚れこそあるものの、傷や火傷の跡は見られない。
恐らく爆発の影響は皆無のようだ。
「本当に挨拶だったのかよ...」
偽気は自分が喰らった時のことを想像し冷や汗を流す。
(今の感じ...あの女、なんの能力だぁ?)
朱莉は何か不吉な物を感じる。
「あれ? てか奥にいた奴は?」
「あぁどっか隠れてっからその女守ってな! 俺はあいつらをやる」
奥で一人呟いていた男は見る影もなかった。
恐らくはその最後の一人が『坂崎』であろう。
朱莉は偽気に警戒を促しつつ、真っ直ぐ敵の元へと歩き出した。
「お、おう! ...ん? 1人で3人って...」
「そうだなぁ...まぁあんなの3人じゃあ役不足だろうなぁ!」
朱莉は、三兄弟に歩み寄りながら、余裕な素振りで返答する。
「おいおい随分舐められたもんだな!!!!」
「もっと落ち着いてって...」
「せっかくだし雑魚に目にもの見せてやるかな?」
「ちょ、ちょっと......」
3つ子の末っ子 三波が必死に止めるが、2人は聞く耳を持たない。
統率の取れない3人だが、先程の爆発を見るにあの兄弟達から繰り出される技は決して侮れるようなものでは無いはずだ。
しかし、朱莉は悠然と歩き続ける。
「喰らえこの野郎!!!!」
「震えろ雑魚め」
再び構えを取る敵などものともせず、朱莉は心配する偽気と愛女を背にニヤリと笑った。
「いいかぁ?偽気! 格の違いってのを見してやるよ」
『プレスグレネード!!!!』
『イグニッション』
空気中に火花が散り、その火花は大きな火柱となり更に膨張を続ける。
それは次第に広がり、勢いを増し、朱莉を襲う。
「圧力と摩擦力ってとこかァ? いいコンビネーションだが随分と火力が弱ぇなァ!」
朱莉はその火柱に向け大量の液体を空中に撒き散らした。
「そんなんで炎が消えるとでも思ってんのか!?!?」
「雑魚は雑魚らしくおねんねしてな」
怒号とキザなセリフを吐く二人に朱莉の目的が分かるはずもなく――。
「まぬけがァ! 鍛え直して来な!!」
撒き散らしたその液体は、炎を包むように広がり、そして丸く形成されて行く。
その範囲は広く、シャボンとなった液体は、2人の男を炎諸共包み込んだ。
「シャボン玉だと!?!? こんなもん爆破で――」
炎はついに解放され大きな爆発となるが、シャボン玉は割れることなくその炎を包み込んでしまった!
「まさか...!」
二人が直前に気付いた危機感は正しい物であった。
シャボン玉の中は須らく炎に包まれ、自身らを飲み込んで行く。
「「ぎゃあああああああ!!!!」」
二人は炎に飲み込まれ、黒い影だけがシャボン玉に映し出された。
「俺様特製の、熱に高い耐性を持ったシャボン液だッ! 雑魚はてめェらだったなァ!!」
その後もシャボン玉が割れることはなく、シャボンを形成する液体が蒸発するまでの約10秒間、2人は蒸し焼きにされていた。
「チェックメイトだァ!」
朱莉は焼け焦げた2人を見下ろし、けたけたと笑い続ける。
「これが...勝浦 朱莉......」
残虐非道な戦いぶりに、悪魔のような高笑い。
愛女はこの男が敵でなく味方である事に心の底から安堵した。
そしてこれには偽気も毎度ながら――。
「こいつマジで鬼だ......」
...いや、流石に引いていた。
今回のお話は転生から破滅までの疫病及び災害を表した時系列になります。
書ききれなくなる恐れがありましたので日本のみに焦点を当て、大きな物のみを抜粋しています。
※かなり現実的かつ残酷な表現が含まれます。こちらを読まずとも本編はお楽しみ頂けますので苦手な方は飛ばしてください。
ちなみに転生と破滅が起きるのは
7月17日、8月16日です。
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7月15日 光莉の命日
7月17日 転生の日
意石を持つ者達が破滅を迎えると、皆この日の午前6時に転生します。
(偽気がこの日辺りで連続殺人事件があったと言っておりましたが、それは狂死郎によるもので、偽気が最初に破滅した時期のみの事件です。)
7月19日 北海道にて疫病が蔓延
7月23日 孤島が水位上昇により浸水
7月25日 九州にて過去最大の火災旋風
月詠(欠け)
7月29日 四国で津波が発生
7月31日 東北で噴火が相次ぐ
8月4日 中国(地方)の生物が突然の凶暴化
8月6日 近畿にて大規模な電波障害
8月9日 月詠(満ち)
8月10日 中部にて台風の甚大な被害
8月12日 関東直下型地震
8月16日 破滅の日
この日の午後6時に破滅が起こります。
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如何だったでしょうか?
かなり現実的かつ恐ろしい物であったかと思います。
ただ、この設定を作った事には意味があります。
破滅の理由にも関わるため多くは語れませんが、メタ的な事を言ってしまうと、この世界の人々が皆死に何かしらの形で触れる事で、それぞれ危機感を覚えるようになります。
死に直面した人間が現すのはきっとその人の本質です。
これにより、人々の心情変化や人間性がより引き出せると考えました。
それと、この破滅転生を含めた災害の日時にはちょっとした法則性があります。
少し難しいかもしれませんがぜひ探してみてください!