12転目 意味
愛女との会話から1日が過ぎた昼下がり。
2人がいつもの河原の橋の下で能力の特訓をしていた時の事......。
「ねぇ、お兄ちゃんたちなにやってるの?」
「うお、びっくりしたぁ!」
突然話しかけてきたのはおよそ7才程の小さな子供だった。
「あー、見られちまったかぁ」
両手に光る何かを持つ2人、当然ながら子供はそれが気になって仕方がない様子だ。
「やっぱまずいかな?」
「いや、どうせ破滅でこの世界線は消えるし、毎回どっかしらで誰かがばらしてるだろうから問題ねぇな」
2人の話に首を傾げつつも更に興味を示す子供に、朱莉がかがみ込んで優しく答えた。
「お兄ちゃん達なぁ、マジシャンなんだ! だから魔法みてぇなことも出来ちまう!」
「ほんとに!? じゃあさっきの光ってる玉みたいなのもマジック?」
「その通り! よく分かったな! お前さてはぁ、頭いいなぁ?」
「えへへ」
「て、手馴れてやがる...」
強面ヤクザの朱莉だが、以外にもビビられることなく、それどころか今あったばかりとは思えないほど懐かれていた。
「お前、お母さんは?」
「...迷子なの」
「そっかぁ...じゃあお兄ちゃん達が一緒に探してやろう!」
「ほんとに!? ありがとう!」
子供が満面の笑みを浮かべる一方、偽気は少しの間を開けゆっくり首を傾げた。
「ん? たち?」
「なぁにとぼけたこと言ってやがる! お前も来るんだよ。あったりまえだろぉ?!」
「......えー!」
明らかに嫌そうな顔で反対する偽気だったが、そんなものが通るはずもなく、あっさり連れてかれる事となった。
――――――――――――――――
ひとまず近くの商店街へやってきた2人。
まだ破滅までそこそこ時間が残っていることもあり、この辺りはまだ賑わいを見せている。
とりあえず子供を肩に乗せ街を彷徨って見るものの、家族らしき人は一向に見つかる気配がない。
肩車をしているとはいえ、子供1人の目では埒が明かないと色々尋ねてみることにしたのだが.......。
「お前の母ちゃんってどんなだぁ?」
「んーとね、優しいよ!」
「そっかぁ、他には?」
「髪の毛がとっても長い!」
「...これは手強そうだ」
朱莉の質問に快く答えてはくれるが、さすがに子供の説明では情報不足である。
その後もあの手この手で母親を探せど見つからず、一行はとある事件に巻き込まれる事となる。
――――――――――――――――
街から少し離れた通りへやってきた2人。
この辺りは災害により人が殆ど寄り付かないゴーストタウンとなっていたが、母親の心情ならば子供が心配でここを訪れたとしてもおかしくは無い。
廃ビルの間を縫うように探す2人に子供が遠くを指さした。
「なにあれ! あれもマジック?」
その子供が指を指す先で2人がみた物は――。
紫色のかすみがかった不気味な空間。
その一帯は、不自然に溶かされたビルや道路、いくらゴーストタウンと言えどあまりに異常な光景だった。
そしてその中に浮かぶ2つの人影――。
「意石持ちか! ...まずいな」
霧の中からは何やら怒号が響いてくる。
近づくにつれ、その言葉は聞き取れるようになっていった。
「なんでてめぇには肉の美味さがわかんねえんだ! 卵なんかよりもずっとうめーだろうが!」
「そんなギトギトの油っこいもん食ってたまるか! 卵はたんぱく質たっぷりな上に脂質はすくねえんだぞ! てめえは食わねえからこの素晴らしさがわからんだろうがな!」
「当たり前だろ! 俺は卵アレルギーだ! これだからてめえとは合わねえんだよ玉緒!」
「うるせえ! そりゃこっちのセリフだ鳥助!」
どうやら昼食の相談で揉めているようだ。
「あれはぁ......無視だな!」
「無視!?」
「あぁ! バカに関わるとろくなことにならん!」
しかしその判断も虚しく――。
「なんだてめえら!」
「なにこっちみてやがる!」
「あっおう...」
バカ2人に運悪く見つかってしまった。
「人の会話を盗み聞きたあ癪に障る野郎だ! 玉緒、こいつらぶちのめそうぜ!」
「久々に意見があったな! 鳥助。俺も気に食わん! ボコボコにしてやろうぜ!」
玉緒、鳥助と名乗る2人が手を前に構える。
「不味い...! 偽気逃げろぉ!」
2人の男が構えていた腕からは、明らかに異質な物が噴出する。
間一髪横に跳び躱したそれは、異様な色をした液体と気体......。
毒と酸である。
「なにあれ! あれもマジックなの!? すっげー!」
「じ、地面が溶けた!?」
「酸と毒だ! 酸は絶対触れんな! 毒は液体から出る煙を吸うな! いいなぁ?!」
「お、おう!」
体勢を立て直し、偽気と朱莉はすぐに臨戦体勢を取る。
(不味いな......偽気はまだ戦闘も意石もなれちゃあいない。 その上この能力は......。 あいつ、液体を波でどうにか出来んのかぁ?)
「偽気ぃ! 俺がこのガキを守りながら戦う! お前は能力で煙を――」
朱莉が作戦を告げる間もなく、毒による無慈悲な追撃が朱莉目掛け飛んで来た。
「おわっと!」
思わずその場から飛び退き距離をとるが、偽気とはかなりの距離を取らされてしまった。
そしてその位置は、朱莉が偽気に任せようと試みた毒使いの射程圏内だ。
「なるほど? お前らも意石持ちか。あの小僧と分断されるのはまずかったみたいだが、残念だったな! 確かにそのガキ抱えて俺と戦ってちゃあ色々と不味いもんな?」
それからも続けざまに攻撃を仕掛け、朱莉を偽気から突き放すのは毒使い 玉緒だ。
(ちぃ、聞こえてやがったか......)
朱莉は一度心の中で舌打ちをするが、一呼吸置くと直ぐに余裕な素振りを見せた。
「いやぁ? そうとも限らねぇぞぉ?」
朱莉が距離を取り、肩に乗せた子供をシャボン玉に包み込むと、自分の背に置いた。
「いいかぁ?ガキンチョ! 絶対動くなぁ? 兄ちゃん達は今からマジックバトルをする! お前はそこで大人しくみてなぁ?」
「マジックバトル......!! わかった!大人しくしてるね!」
子供はシャボン玉の中にちょこんと座ると、これから始まるショーをこの目に収めんと、朱莉をじっと見て目を輝かせた。
「なんだ? そんなんで守ってるつもりかよ!」
シャボン玉は確かに毒のガスには効果的だが、そんなことだけで守れるとは朱莉ももちろん考えてはいない。
そう、これは――。
「これは俺とお前が主演を務める映画のVIP席だ! そしてぇ? この映画のタイトルはぁ? 〈朱莉様最強伝説〉だぁ!」
「いえーい!」
朱莉が空へ手を掲げ、高らかに宣言する。
子供もそれに合わせ手を掲げた。
「いいかぁチンピラ! てめぇじゃこの俺は愚か、ガキにすら指一本触れられねぇぜ!」
朱莉が玉緒を指差し、思い切り格好つける。
子供も当然一緒になってはしゃぎだす。
玉緒の怒りは頂点に達し、電子レンジの卵のように激高した。
「上等じゃねえかてめえ!」
「何怒ってんだよ...主演だぞぉ? めでてぇこったァ!」
「ぜってー殺す!」
――――――――――――――――
そしてもう一方。
「どうやらあいつらはまんまとハマっちまったみたいだな!」
「何がだ!」
「お前、経験が浅いんだろ」
遠目に朱莉と玉緒のやり取りを見ていた酸使いの鳥助が偽気に話しかける。
やはり先程の会話は聞かれていたようで、鳥助は薄気味悪く口を綻ばせた。
「そうとも限らねえだろ!」
「いや、限るね! 確かにガキに毒を吸わせないことは大事だが、あいつの能力ならなんとでもなりそうだ! そのあいつがあんなに慌ててたっつーことは当然問題はガキではなくお前だ
お前は微かだが手を震わせている。 それに状況把握が遅すぎる」
彼の考察は当たっていた。
偽気の波は、確かに大気を往なす事も、力の方向をねじ曲げる事も可能だが、偽気は液体を往なす方法をまだ知らない。
加えて偽気は一人で戦闘を行った事が未だない為、朱莉のサポートを受けられないこの状況は芳しくないだろう。
「ぐっ......!」
「ほうれ! まずは小手調べだ!」
狼狽える偽気に鳥助が酸を撒き散らす。
「舐めんな!」
偽気が両手を掲げて空気中に波紋を起こし、酸はあちらこちらに飛散していくが――。
「遅えな!」
撒き散らした酸で姿を眩ましていた鳥助が、すぐさま偽気の懐に潜り込む。
偽気は反応を取れず体勢を崩し、酸を纏った拳で腹を殴りつけられた。
「あっづ......!!」
服はあっという間に溶け、偽気の腹に痛々しい拳型の火傷跡を残していた。
「オラオラまだまだァ!」
「そう何度も喰らうかよ! 見せてやる俺の新技!」
『クレイグ...!』
距離を取ろうとする偽気に鳥助は再び飛びかかる。
しかし、偽気はあくまで冷静に地面に手を当て、大量の波紋を流し込んだ。
すると――。
「のわっ! 地面が......!」
小範囲ではあるが、一瞬大きな地震を引き起こす。
鳥助はバランスを崩し偽気の目の前で手を着く。
もちろん偽気はその隙を逃すことなく、おおきく振りかぶった蹴りを入れる。
「ぐはっ!」
そこまで大きなダメージは入っていなかったのか、鳥助は地面を2m程転がると直ぐに起き上がった。
「へぇ.......結構やるな! 不思議な能力だ。」
(こっからどうすっかな...もう攻撃手段あんまりないんだよな......)
相手はどう見ても自分より数年年上。
よろけはしたものの、あまりダメージが入らない事は偽気にもよく分かっていたようだ。
頭を抱える偽気の気などしらぬ鳥助は、体制を建て直し頻りに酸を撒き散らし初めた。
「そんじゃもっぺん行くぞ!」
「同じ手を食らってたまるかよ!」
「それはどうかな?」
今度は大量の酸を地面に放流し、その酸は津波の如く偽気を襲った。
「げっ!」
咄嗟に波紋を起こすのだが。
「...くっ!!」
波を維持しどうにか全ての酸を流し切ろうと試みるが、やはりまだ偽気には経験不足だったようで、寿命間近の蛍光灯の様に、能力に綻びが生じる。
「ぐあああ!!!!」
波を掻い潜り内側へ飛散した酸が偽気に容赦なく降り掛かると、偽気はそのまま耐えきれず地面をのたうち回る。
「残念だったな! 悪いが、お前じゃ俺には勝てねえよ!」
勝ちを確信した鳥助が、ゆっくりと偽気へ近付いて行く。
それを見た偽気はニヤッと笑って見せ――。
「それは......どうかな!」
偽気が再び地面に波紋を起こす。
「へっ! 俺の真似事か? そういう強がりは――」
鳥助は既に揺れに順応していた。
どっしりと地面に手を付き、再び酸を放出しようとしたその時――。
その揺れは鳥助の足元でヒビを作り、鳥助が気付いた頃にはヒビは大きな地割れとなり、何やら生暖かい空気を放出していた。
「知ってたか? ここは災害で地盤が緩んでるんだ。そしてここは温泉都市でもある。つまり......。」
「お前...! まさか――」
「大当たりだ!」
割れた地面から70度はあろうかという温泉が蒸気とともに押し寄せる。
「あっぢいいいい!!!!」
吹き出した温泉の勢いに吹き飛ばされた鳥助はその場でじたばたすることしか出来なかった。
偽気はその隙を見逃さなかった。
再び波を起こし、温泉の飛沫を掻き分けながら鳥助の懐へと潜り込む。
どうすることも出来ずのたうち回る鳥助だったが、そこに慈悲無き踵落としが降り注ぐ。
「ぐはあ......!」
強烈な一撃に堪らず鳥助は意識を落とした。
「なんとか...なったか?」
死と隣り合わせという緊張で息を切らしていた偽気が、やっとの思いで安堵の溜息をついた。
が......。
まだ戦いは終わっていなかった。
「舐め...やがって......!!」
直ぐに意識を取り戻した鳥助が、よろめきながらも火傷だらけの身体を持ち上げた。
「なっ! まだ動けたのかよ!」
「クソが...どうせ死ぬならよお......お前も...そしてあいつらも......全員まとめて道連れだ!」
鳥助は手を上に掲げ、先程とは比べ物にならない程の酸を手のひらから放出する。
その酸は地べたを伝い、先程とは比べ物にならないほどの大きな波となる。
そしてその向かう先にいたのは――。
「まさか......!!」
――――――――――――――――――
「悪いがぁ、そろそろトドメだな」
「まさか...本当に指一本触れられねぇなんてな」
朱莉達の戦いが今まさに終わりを迎えようとしていたその時、大きな地響きに朱莉が気づいた。
「なんだありゃ!?」
その地響きの正体は――。
「酸...!? まさか偽気が負けたのかぁ!?」
取り急ぎ防御の構えをとるが、朱莉はひとつ大切な事を忘れていた。
「しまった! ガキンチョ!」
巻き添いを考慮し、子供から距離を置いていた為、今の朱莉では子供を守るには遠すぎた。
「クソ! 間に合わねぇ!」
朱莉が急いで子供の元へ駆けつけるが、間に合うはずも無く、そのまま酸の波に飲まれてしまった。
「ちくしょう! ガキンチョ......!!」
(だがぁ...後一歩防御が遅れてれば俺も一緒に酸でお陀仏だった。 不幸中の幸いってやつかぁ......)
巻き込まれた子供の事が頭を過ぎるが、彼は意石持ちではない。
まずは状況を確認する事が先決。
そう決めた朱莉が自身の身体の無事に少し安堵するが......。
(そうだ偽気は!)
急ぎ偽気の安否を確認する為辺りを見渡せば、視線の先で朱莉は信じられない光景を目にした。
「おめぇ...まさか......!」
視線の先に写っていたのは、子供を庇うように倒れていた偽気の姿だった。
あの波の中、能力と身体で子供を守り続けていたのだろう。
身体中の皮膚が爛れ、項垂れる偽気の元へ、朱莉は急いで駆け寄った。
「偽気ィ......! おめェ何やってんだよ!」
「知らねぇよ...! 身体が勝手に動いたんだ......!」
「だからって! ガキはまた次の転生でまた元通りになるんだぞ! しかも記憶だって残らねぇ! お前が助ける意味なんて――」
思わず声を荒らげていた朱莉が言葉を飲み込んだ。
「意味...? 意味なんていらねぇだろ!」
初めて見る偽気の顔。
そのあまりに真っ直ぐで真剣な眼差しに朱莉は気圧される。
「それによ...ここで助けられないようなら、俺はこの先本当に守りたいものだって守れなくなっちまう気がするんだよ!」
助けた所で世界に影響は無い。
もちろんこの子供も次の世界では何1つ覚えてはいない。
これはきっと偽気のエゴ、自己満足なのだろう。
だがそれでも彼は助けることを選んだ。
自分が傷付いてでも守ることを選んだのだ。
きっと偽気は、何かより強い自分へと変わりたかったのだろう。
それはもちろん肉体だけでなく、心をも......。
先程までいやいや親探しを手伝っていた少年とは思えないほど勇敢なその姿に、朱莉はただ立ち尽くしていた。
「てか...俺よりガキの心配しろよ......。」
「お、おぅ...そうだよな...」
偽気の言葉でようやく冷静さを取り戻すが、それでも尚朱莉は言葉を発することすらままならない程唖然としていた。
そんな朱莉を他所に、偽気は子供の元へと駆け寄った。
「大丈夫か? ガキンチョ! マジックショーすげえ楽しかっただろ!」
「でも...お兄ちゃん、ボロボロだよ...!」
偽気の痛々しい火傷を、子供は泣きながら見つめている。
そして偽気はそんな子供に心配させまいと、直ぐに立ち上がる。
「馬鹿野郎! これはな、名誉の傷って言うんだ! お前もきっと将来こういう傷を沢山作って成長して行くんだぜ? 覚えとけ!」
これは虚勢だろうか......。
彼の身体は誰がどう見ても満身創痍だ。
立っている事も辛いであろう。
しかしそれでも尚、偽気は子供に笑顔を向けている。
子供もそれに答える様に、涙を拭いた。
「...うん、ありがとう!お兄ちゃん! でも、怪我するのはやっぱり怖いや」
偽気が精一杯の笑顔で子供の頭を撫でると、子供も自然と笑顔を浮かべた。
――――――――――――――――――――
その後は朱莉が二人から意石を奪い取り、そのまま気絶させることで事態は収束した。
しばらくして――。
「お兄ちゃん達ありがとー! ぼく、今日のこと絶対忘れないね!」
「俺らの方こそ忘れねえよ!」
「立派な大人になるんだぞぉ!」
母親らしき女性に手を引かれ、その子供はどこかへと消えていった。
「絶対忘れない......か。」
子供の消えていった街角を見つめたまま目尻に涙を浮かべる偽気の頭に、朱莉はそっと手を乗せた。
「安心しろ、少なくともこの世界のガキンチョは俺達のこと絶対忘れねぇよ!」
「...まあ、そうだよな! 少なくともこの世界のあいつにとって、俺たちは英雄みたいなもんだもんな!」
偽気はこの世界がすぐに終わってしまう事を知っている。
それでもこの行いがきっといつの日か形になって意味をくれると、ただそう願うばかりだった。
「......あぁ! 本当に、お前はよくやったよ。さぁ帰ろうぜ!」
きっと次に逢えた時、あの子供は彼らの事など欠片も覚えていないのだろう。
2人は心に確かな疼きを感じながら自分たちの家へ帰るのであった。
この話は、とある世界で一人の子供を守る為に戦い、そのたった1人の子供にしか知られる事のなかった――。
〈マジシャン〉と言う2人の英雄のお話だ。
裏話です。
いつになるのかは分かりませんが、
破滅の終わったその先であの子供は立派な大人になり、手品師として沢山の子供を楽しませたそうです。