10転目 不意
程なくして偽気達は、能力の修行の為人通りの少ない川辺まで来ていた。
「修行っつっても具体的に何やんの?」
「いい質問だ!」
修行とはいえ無闇に能力を使えば怪我をしたり何かを壊したり、誰かに見つかってしまう恐れがある。
そこで朱莉が考え出した修行法は――。
「簡単だ! 能力を使わなきゃぁいいんだよ!」
「...は? あ、そういや俺用事が――」
「まてまてまて! 話を聞けぇ!!」
回れ右する偽気を朱莉が慌てて止めに入る。
「いいかぁ? そもそも意石を使うにはなぁ! あるものを消費するんだ!」
「なんだそれ」
「まあ、簡単に言うならそうだな...ズバリMPだ!」
「??」
「SPとかでもいいぞぉ?」
「???」
朱莉の自信満々の説明に対し、偽気は聞けば聞くほど首を傾げるばかりだった。
「...あー、もしかして、ゲームとかやった事ない?」
「げえむ...?」
「...うそ、だろ!? じゃ、じゃあアニメとかは!!」
「しらん」
「漫画は!!!!」
「あー...うん、あれね、あれあれ」
「おめぇ...どんな閉鎖空間に住んでたんだよ」
偽気は産まれてこの沙汰ほとんどの娯楽を味わったことがなかったようだ。
(まさかぁ...日本に14年も住んでて漫画を知らん奴がいようとは...)
正確に言えば知らない訳では無かったのだが、体験たことがなく、名称と大体どんなものかという知識を何となく持っているだけらしい。
「安心しろぉ!これからはぁ漫画もアニメもゲームもいっくらでも家でやらせてやるからなぁ?」
「は、はあ、どうも」
涙ぐむ朱莉の表情に、偽気はむしろ気まずさや申し訳なさを覚えるばかりであった。
「話が逸れたな! すまねぇ!」
朱莉は涙ぐむ眼を擦りながら話を再開した。
「ようするにぃだ! 元々俺らには能力を使うための力が備わってんだ! でもそれは使うと疲れちまう。走ると疲れるだろぉ? あれと同じだ!」
恒例のホワイトボードを三度取り出した朱莉先生は、的確な説明をしてみせる。
「ほほぉ...!」
「そしてだ! この修行では俺と手押し相撲をしてもらう!」
「...はぁ?! ...ちとやっぱ予定が――」
「待てってぇの!!」
再び帰ろうとする偽気に大きなゲンコツが降り注いだ。
「いってーな! 人のことぼこぼこぼこぼこ殴りやがって! このくそ教師め! 教育委員会に訴えてやる!」
「お前なんでそんなん知ってんだよ...」
ゲームも知らぬ子が教育委員会とは......。
朱莉にとって、偽気の謎は深まるばかりである。
「とぉにかく! 話を聞けぇい! 手押し相撲っつってもただの遊びじゃねぇ!」
そう言って朱莉は手のひらから、輝く結晶のようなものを作り出した。
「シャボン玉...じゃないのか?」
「これはいわゆる力の源だ!」
朱莉によると転生さえすれば誰にでも作れるものらしく、能力を1度発動していれば感覚を掴むのも難しいことではないらしい。
「いいかぁ?こいつは触れようとしても弾く性質がある。どんな手を使っても直接触れる事は不可能だ! そして炎も風も水も重力も磁力も、本人が力を解かない限り、あらゆるものを弾きながら浮き続ける性質にある!」
朱莉の言う通り、現にその光る物質は作り出した手のひらから一定の距離を保ち浮遊している。
これが固体なのか液体なのか気体なのかすらも、偽気には不思議なまでに分からなかった。
「そしてぇだ!これを他の人が作り出した源とくっつけようとするとどうなるぅ?」
「...反発しあう? それを利用して押し相撲か」
「そのとおりだぁ! ちなみに反発の力は本人の力に左右され、その反発の力を越えるものに接触しかけると、そのまま消えてしまう! つまり先に力が消えた方が負け! 簡単だろぉ?」
しかし胸を張りドヤ顔で熱弁を終える朱莉の背には、音のない影が可愛らしい声と共に這い寄っていた。
「へー、面白いこと思いつくのねあなた。 案外頭いいんだ!」
不気味な笑顔と共にやってきたその少女は足音ひとつなく2人の元へ近づいてゆく。
「誰だぁ?」
「君は...」
その少女の声に偽気は聞き覚えがあった。
透き通り、心地の良い清らかな水のような美声。
忘れたくても忘れられない鮮烈な記憶に、偽気はハッとする。
「愛女さん...?」
「あやめぇ? お前、この女と知り合いなのか?」
「昨日ぶりね、偽気くん!」
「昨日ぶりぃ!?」
少女は、昨日の転生直後に唐突なデートを申し込んで来た謎の少女 篠尾 愛女だ。
「なんで愛女さんがここに...?」
「理由なんてないよ? ただ面白そうだったから!」
愛女はそう言って再び持ち前の可愛らしい笑顔で2人の間に落ち着く。
「どういう関係かわからんがァ、味方じゃあねぇよなぁ?」
身構える朱莉だったが、彼女はニコッと笑って見せると朱莉の目の前でふっと姿を消した。
「き、消えた?」
偽気の驚きを他所に、朱莉は自身の背後に腕を伸ばし――。
「...かはッ!」
獲物を見据えた蛇のような腕の先からは、咽び返す声が現れた。
「わりぃがこっちゃ年季が違う。 俺を殺そうってんなら出直してきなぁ? お嬢ちゃん」
なんと再び姿を表した彼女は、既に朱莉に首を掴まれていた。
愛女は必死の抵抗で朱莉の腕を振り払うが、急に首を抑えられた事により咳き込み地べたに突っ伏してしまう。
「お前の意石、翼だろォ? 消える時、微かに翼の形が浮かんでいた」
〈翼〉
それは文字通り自在の翼を宿すことができる能力だ。
その翼は飛ぶためだけでなく、羽根の1枚1枚を意のままに操る事も可能だ。
難易度は高いが、洗練された翼は色彩を操り、記憶にあるものや近くの物を自在に映しだす。
使い方によっては今のように背景を写し出し、身体を覆い隠すことも可能なのだろう。
「それと、音を消すのがあまりにも上手すぎる。 お前...暗殺者の家系か何かか?」
「流石ですね...まさかこんなにあっさり見破られてしまうなんて......」
驚きを隠せない愛女は、地面に突っ伏したまま朱莉をまじまじと見つめた。
そして愛女は直ぐに立ち上がり朱莉に頭を下げた。
「いきなりこんなことしてすみません! ちょっとこれには理由があったの......。 敵じゃないから安心してください!」
「まぁ、さすがに今の今じゃあ信用出来ねぇな!」
先程とは打って代わり、愛女は丁寧なお辞儀をそのままに朱莉に誠意を示す言葉を紡ぐ。
だが、朱莉とて、今しがた不意を突き背後をとってきた相手を易々と信用出来る程お人好しではない。
「偽気ぃ、お前こいつとどこでなぜ知り合ったぁ?」
「あ、いや、その...」
気まずそうにどもる偽気へ、朱莉は首を傾げた。
暫くの後、焦れったそうにしている朱莉を見てか、偽気はようやく重い口を開く。
「転生直後に...デートのお誘いを受けまして......」
「...ん?」
偽気は呆気に取られる朱莉へ何とか弁解をしようと必死に言葉を探すが、色々な意味でそれは手遅れであった。
「いや、その――」
「お前ェ、まさか昨日約束すっぽかしたのってそれか」
「...はい」
痛いところを突かれた偽気に弁論の余地などない。
身体を震わせながらも一言、素直に白状した。
朱莉は、そのあまりに単純な偽気に対して思わず呆れ大きな溜め息を吐く。
「お前ぇ...怪しいやつは徹底的に疑えっつったよなぁ?」
「はい...」
「なぁに楽しそうに喋ってんだよ!」
「面目ない...嬉しくてつい......」
偽気の悲哀漂うシルエットに同情し、朱莉は仕方がなく質問を替えた。
「もういいよ...とりあえず愛女とか言ったっけ? 敵じゃないならなんで俺らを狙った。」
「実は...ちょっとあなた達の実力が知りたくて......」
愛女が小さく頭を上げ、モジモジとしながらもその経緯を話す。
今の彼女には既に先程の不思議なオーラはなく、許しを乞う子猫の様にも見えるだろう。
「私、家系が家系だから命を狙われることが多くて...ちょっと身を固めたかったの」
「なにぃ!? じゃあさっきのは求婚か!」
「それは違います」
朱莉の問に、愛女はすっと立ち直り強く否定の態度を示す。
興奮する朱莉を見た偽気は「自分と同レベルなのでは?」という疑問を覚えたが、その疑問は当然朱莉のヘッドロックの餌食になるため敢えて口には出さなかった。
「言い方が悪かったね...。実は少しの間、私を護衛して欲しいの」
「護衛? その為に俺らを試したと?」
「うん、あなた達前期であの変なピエロと戦ってたでしょ? あれを見て頼れそうだったからつい......」
あのピエロとは恐らく狂死郎のことだろう。
どうやら前期での戦いを見ていたらしく、その日の出来事をその場で説明して見せた。
「ほんともし良ければなんだけど、少しの間だけでも私の護衛をして頂けませんか...?」
彼女は再び頭を下げ、朱莉達に協力を求める。
しかしまだ彼女には謎が多く残されている。
信用しようなど普通であれば絶対に考えないであろう。
(まあ、いくらあかりんでも今さっき殺されかけた訳だしな...)
偽気も答え等決まっているだろうと静観を決め込んでいた。
しかし――。
「んー...まぁ、構わんが、具体的に何すりゃいいんだよ」
(あ、OKなんだ)
ほんとそれな。
ついOKを出してしまう辺り、朱莉はやはり相当なお人好しのようだ。
愛女も安堵の溜息を零す。
「ありがとう...具体的には、次の破滅までの間、ある男から守って欲しいの」
「ある男?」
「うん」
愛女の目が曇る。
それは後ろめたさや隠し事から来るものではなく、恐怖や不安から来るもののようだ。
手が震え俯く様を見れば、誰しもが同じ印象を受けるだろう。
「男の名前は坂崎 達也。 意石は雷」
愛女は、自身のポケットから30代後半程の男が写った写真を取り出した。
「なるほど......最近名を轟かせたやつだなぁ......」
(名をとどろかせる?)
偽気は、意石持ちの中でも何かコミュニティのような物があるのだろうかと疑問を覚えたが、すぐに頭の片隅に追いやった。
それからしばらく朱莉は腕を組み、考え混む。
数秒の沈黙が続いたが、朱莉は腕組みを解くと言葉を続けた。
「分かった、引き受けてやるよ。とりあえず今日はここまでにして明日またここで話そうぜ! こっちも準備ってもんがある」
「本当に!?」
彼女の目に輝きが戻り、先程の妖美を感じさせない純粋な表情で感謝を唱える。
「ありがとうございます! さすが偽気くんの自慢のお兄ちゃんですね! 話に聞いた通り――」
「ん?俺は兄貴じゃねぇぞ?」
その時、三人の間に一筋の戦慄が走った。
「え、でも偽気くんが...」
「あ、やべ」
愛女が指を指すと、そこには今にも逃げ出しそうな偽気の姿があった。
「お前ェ...自分だけに留まらず味方の情報まで晒したのか! しかも嘘だし......」
「誠に反省しております」
逃げられないことを悟った偽気は、深々と土下座をした。
死を覚悟した偽気だったが、以外にも朱莉の反応は良かったようで――。
「まぁでも、兄貴か、うん、そんぐらいならしゃあないな! うん!」
その言葉に驚いた偽気が顔を上げると、朱莉はそっぽを向くも隠しきれぬ程にほくほくとした表情を浮かべていた。
満更でもなさそうな朱莉の姿を見て愛女はつい笑みを吹き零した。
「ふっ...あはは! やっぱり2人とも面白いね!」
「ん? お、おぉ! そうかぁ?」
「ええ! とっても!」
お腹を抱えて笑う愛女を見て、2人は戸惑い互いの顔を伺いつつも少し安堵する。
「そっか! まぁそりゃあ何よりだな!」
「えへへ、ありがと!」
その笑みやはり先程までどこか不気味な雰囲気を纏っていたとは到底考えられない、実に少女らしい可憐なものだった。
それからしばらくして、2人は愛女に別れを告げそそくさと帰る事にした。
そしてその帰り道――。
「...ありゃあ、黒だな」
「なにが?」
「あの女だよ」
朱莉の表情は険しく、またその顔とは似つかぬ落ち着いた声で話し始める。
「え?なんで?」
「そりゃあ怪しいだろ。殺し屋が護衛だぁ? しかもなんも知らんやつに正体明かしてかぁ?」
「...確かに」
考えてみれば謎が多い。
なぜ自分の転生先を知っていたのか。
なぜ最初に話しかけてきた時はデート等と言ったのか。
他にも謎は多くあるが、今考えていても仕方がないのだろう。
「...あ、お前あいつの苗字分かるかぁ?」
「確か...篠尾......忍び?」
「やっぱりかぁ...」
朱莉は頭を抱え、大きなため息を吐いた。
「いいか偽気...あいつは名の通り、本物の忍だ」
「本物の忍...?」
「その通りだぁ。正真正銘、最凶最悪の殺し屋だよ」
〈篠尾〉それは殺しの世界でも最上位と謳われている伝説の家系。
そのあまりに残忍かつ確かな実力からその名を呼ぶことさえもタブーと言われている。
もちろんその名を語って殺しを行おうなど以ての外である。
はるか昔から続く家系らしく、とある一説では篠尾という名を知るものは全て殺されてしまうが為に隠語として〈忍〉又〈忍者〉等の言葉が産まれたとまで言われている。
そんな恐ろしい名を偽気に明かしたのはきっと、事が済んだら自分たちを消すつもりでいるからなのだろう。
そう考えてしまうまでに忍は朱莉にとって恐ろしいものだった。
「多分...俺に奇襲をかけたのもほんの小手調べだろうなぁ......。一体何を考えてやがるぅ...?」
「......」
珍しく険しい表情で話す朱莉の一方で、偽気はただそれを黙って聞いている事しか出来なかった。
今回の小話はそれぞれの過去についてです。
偽気は家族から虐待を受け、周りの人達は、偽気の傷跡や、歪な雰囲気を見るやすぐに避けて行きました。
彼にとって避ける、無視すると言った行為は恐らく家族から愛されていなかった分、 更に孤独を感じさせる行為であり、ただ虐められるよりも遥かに辛いものだったと思います。
ちなみに当時偽気の欲しかったものは「縋れる物」でした。
朱莉には京四郎以外にも仲のいい友達が何人かおりましたが、危険に晒したくない、又そんな姿を見たくないという想いから転生後は一切関わっておりません。
京四郎は、手品師を目指しておりましたが、それをきっかけに虐められていた過去を持っています。
愛女は一人っ子であまりにも可愛らしく甘えん坊だったため、両親は娘を殺し屋として育てることを1度諦めかけたそうです。