9転目 兄弟
房州弁が大量に出てくるので少し解説をば...
わんだら→お前ら
あじした?→どうした?
あて→俺や私 等の一人称
かぁねぇ→食べない
おいねぇ→駄目
かっくらす→ぶん殴る
けぇてくれ→食べてくれ
そうけ→そうか
ちいちゃっけぇ→小さい
はー→もう
けぇれねぇ→帰れない
次の日――。
「起きれわんだらぁ!!」
何処ぞのヤクザによく似た声で偽気達は目を覚ます。
「...あじしたァ? 親父ぃ」
声の主は勝浦 朱莉の父、勝浦 剛だ。
「飯だぁ! あてはそろそろ仕事かん、さっさとけぇ!」
「ねみぃ...おれまだかぁねぇでえぇわ」
「おいねぇべ! さっさとかぁねぇとかっくらすぞ!」
偽気は目を覚ましていたが、先程から飛び交っている理解不能な会話に全く着いて行けないようだ。
「おぉ、偽気くんすまねぇなぁ! チャチャッと片付けちまうからけぇてくれ!」
「!? そ、それは、かかかかかえってくれって事でいいすかね??」
朱莉の父 剛は朱莉以上の強面で、何かやらかせば瞬時に海へ沈められそうなオーラを放っていた。それだけに留まらず、あの朱莉を片手で締め落とし、一瞬で黙らせたりなど、その鮮やかに朱莉を絞める様はまさに掃除屋のそれだ。
朱莉自身も「能力使ってもあいつにだけは勝てる気がしねぇ」と公言する程である。
故にまだ偽気はまともに話をする事が出来ずにいた。
「ちげぇよ、飯食えってことだ! 洗いもんくらい俺がやってやんのにこのジジイお前に親らしいとこ見せたくて――」
「朱莉ィ...」
「ひゃぁい!」
「次はどうやって落とされてぇ」
「めめめ滅相もございません!!!!」
偽気は、恐怖に包まれた空間から一刻も早く抜け出すべく、ビビり散らかす朱莉と共に大人しく食卓へ移動するのであった。
「あんだけ大口叩いた割におかずは目玉焼き1枚かぁ?」
「ん?文句かぁ?」
「い、いえ何も!」
朱莉も家では頭が上がらず、常にペコペコしている。
そして偽気にはその姿が微笑ましく思えたようで、思わず笑みを零す。
「偽気くんはぁ、普段何処で寝てたんだい?」
「だいたい小川の橋の下とかです。」
「はぇー、若いのにご苦労なこったぁ!」
余計なことを聞くなと目配せする朱莉には気付きもせず、剛は質問を続ける。
「親はあじしたんべか?」
「...?」
「あぁ、それ親はどうした?って聞いてんだよ」
「...なるほど」
偽気は房州弁が分からなかったが、久しぶりの学びは楽しいようで、深く関心を示していた。
「親はいましたが、訳あって縁を切らせてもらいました。」
「ほぉー、そうけそうけ! そんなちいちゃっけぇに立派なもんだぁ!」
「...親父」
「あいよ! はー聞かねぇよ」
呆れる朱莉と気をつかわせたと焦る偽気を見て、父はようやく席を立った。
「そんじゃ、仕事行ってくんべ! 出張だから1ヶ月けぇれねぇから頼んだぞ朱莉ぃ!」
「もちろんだ!」
「しかし、なんだかいいなぁ...まるで光莉が帰ってきてくれたみたいだっぺ...」
「あぁ、ほんとに」
しばしの沈黙の中、剛はドアの音だけを残して消えていった。
「...光莉さんって朱莉さんの弟さんですか?」
偽気が躊躇いながらも聞くと、その気持ちを察した朱莉が明るく振舞って見せた。
「あぁ! そうだぜ! お前より少し小さいな、12歳の弟がいるんだ......。 まあ、一昨日おっちんじまったけどな」
「それって...」
突然告げられたその言葉は、偽気を足の先から頭の先に至るまでの全てをすくませ、凍りつかせた。
朱莉の言う一昨日について言葉が偽気の喉元まで出かかるが、既で飲み込んだ。 理由は明白だ。
何も知らずとも、勝浦家の反応を見ればすぐに分かるだろう。
「気にすんな! 親父だって子供じゃねぇ、お前になにか当たったりはしてねぇよ! むしろ喜んでる!」
「...そっか。よかった。」
偽気はどうしたらいいか分からずただそれだけを言った。 いや、それしか言えなかった。
だがそんな偽気に朱莉はさらに言葉を続ける。
「これもお前には言っとかなきゃなんねぇかな? 狂死郎っていただろ? この前襲ってきた道化野郎だ」
「...」
「あいつも俺の兄弟さ。正確には、そうなるはずだった人間...かな?」
「!? なんで......!!」
言いたいこと聞きたいことは山ほどあった。
だが、それ以上の言葉が偽気には出てこなかった。
何を言えば相手の傷に触らず疑問を伝えられるか、この答えは1日考えても出てきはしないだろう。
「まぁ、気になるだろうが情が移るだけだ。 お前はまだ余計なことを知るな。」
「...うん」
朱莉がそれ以上は語らないことを悟り、偽気は小さく頷いた。
「...実はあいつが意石持ちだと知ったのは俺も前々期、お前が転生を知る直前の事だ... 正直今もまだ動揺してる。 だがあいつは俺より前から意石を持っていたらしい」
それはつまり、自分らより能力の扱いや戦闘に慣れているということを示唆していた。
そして――。
「何よりあいつは滅期30年を生き抜いている。」
「滅期30年?」
「そうだ。腕利きの意石持ちがただひたすら殺しあった暗黙の歴史。 つまり 戦争 だ」
「...」
偽気はその言葉を聞き、ゴクリと息を飲んだ。
「まぁ、簡潔に言おう。俺は今あいつを助ける為に戦っている。」
狂死郎は今もきっと苦しんでいる。
だからそれを俺が救うのだと、朱莉は強く訴えた。
「...だが、もしお前がそれでも俺に着いてくるようなら、俺ぁお前の命の保証が出来ねぇ!」
もちろん彼は偽気のことを捨て身でも守るだろう。
ピンチの時は全力で救ってくれるだろう。
だが、それは出来る範囲での話......。
「もし下手をすればお前は間違いなく死ぬことになる! 俺の行く世界はそんな世界だ。 ...それでもお前は俺に着いてくる気か?」
さっきの戦争と言う言葉を聞いてから、心は恐怖で竦みきっていた。
しかし、朱莉には沢山の恩がある。
一度や二度殺されかけたことはあったが、彼は偽気の知る限りでは間違いなく善だ。
偽気は恐怖を押し殺し朱莉に力強く答えた。
「...ああ! もうとっくに覚悟は決まってる! 地獄だろうがなんだろうがどこまでも付き合ってやるよ! この俺を誰だと思ってんだ? あかりんの命の危機を救ったこの偽気様だぞ!」
偽気は高らかに宣言した。 戒めのその名と共に。
「またなんか危なそうなら、逆に俺が助けてやるよ!」
「...偽気ぃ」
震える足、汗ばむ手、恐怖が偽気の身体中を駆け巡っている。
彼が怯えている事は誰の目にも明らかであった。
そんな少年の勇気が、朱莉には嬉しかった。
のだが......。
「まあ! なんたってあかりんは女の子だもんな! 俺が守ってやんな――」
「やっぱり俺が殺す」
「ぐえぇ! 冗談! ギブ! ギブ!」
朱莉は表し様のない今の感情を偽気にやつ当たるように、自身の得意技であるヘッドロックを力一杯放つのであった。
「もう...だめ。」
あ...落ちた。
本日の小話
偽気は平均より小さいので、小学生に見られることがしばしばあります。
それと朱莉のお父さんは自衛隊で、格闘術や絞め技が得意です。
あかりんのヘッドロックも親譲りです。