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21:Unus sed leo.


挿絵(By みてみん)


 帰った場所は、燃える家。

 呼んでも、呼んでも、返事はない。

 父さんも母さんも、真っ黒で。私はどっちがどっちだったのか。もうよく思い出せないでいる。


 弟の遺体は上がらなかった。小さな子供だったから、焼けこげてしまったのか。今も瓦礫に埋もれているのか。

 私は復讐を求めた。

 家を襲った奴隷商。それを突き止めるためセネトレアへ海を渡った。

 悪どいこともいろいろやった。私は心身共に汚れた罪人だ。それを悔いることもない、性根の腐った人間だ。

 いつか私自身が刺されることもあるかもしれない。その時はその時。返り討ちにしてやる。弱い奴が悪いのよ。

 頭と力と金。それがあれば身体は生きていける。


 だけど心はそうは行かない。私の心は復讐を求める。

 憎き貴族トリオンフィ。何のために私の世界を奪ったの?


 ようやく手に入れた手がかり。その名前。

 お前の大切なモノ、そのすべて。私がこの手で奪ってやる。


 上がり込んだ家。

 性悪そうな夫人。尻に敷かれた夫。偽善者で野蛮な姉、寡黙で気味の悪い妹。

 そして、両親に似ない青目の少年。

 私は知った。どうして私の家が焼かれたのかを。


 正体を明かし、共に復讐を。

 そう思ったこともあった。けれど、弟は過去を覚えていない。奴隷商に捕まった際、数術使いに脳を弄られた結果だ。

 そして優しい弟は、悪人を殺さず自分が逃げることを考えた。

 裏でいろいろ支援をしたりしてみたが、彼は運が悪いのかなかなか成功しなかった。

 いっそのこと一家惨殺でもしてやろうかと思ったが、彼が復讐を我慢しているのに私がそうするわけにもいかない。

 そんなことを考えているときだった。星が降った。

 私は何を願ったのだったろう。

 そうだ。あの不幸な弟が、上手く逃げおおせるように。彼の幸せを。

 思えば私の願いはいくつも叶っているのだ。

 彼はあの家を出、カーネフェリアの名を取り戻し、そしてその傍にいられる私。

 彼が過去を思い出すことは、絶望的だと知った時……家を焼かれたとき程の絶望は感じなかった。

 私はこの“今”が、結構好きだったのだ。


 屋敷に来た頃は、笑うこともなかったあの子が……今は、嘘じゃない。心から、笑って泣いて悩んで怒って悲しんで。

 そういうこと。そんな些細なこと。隣で見ているのは幸せだった。

 金でも力でもない。それが私の心を満たしてくれる。

 気味の悪いお嬢様もそう。彼女も年頃の少女らしく笑って泣いて、恋に悩んで。私が失った、普通の女の子らしく生きている。悩む彼女は微笑ましかった。


 彼らを守って支えているつもりで、支えられてるのが私の方だと次第に気付かせられた。

 彼らは私が思っているほど、子供ではない。

 だけど私は二人を子供扱いするのが好きだ。彼らは甘えると言うことを知らない子供だ。私もそうだ。だからだ。


 私としてはこんな気味の悪い場所、さっさとおさらばして、とっととアルドールを即位させて。それで小姑のごとく居座っておもしろおかしく過ごそうと思っていたのだ。

 もし彼が絶対即位したくないって言うのなら。その手を引いて盗んだ馬車で逃げ出すことも厭わない。それはそれで面白そうだ。

 それでどこかでひっそり隠居してくらしていれば、こんな審判ゲームなんかもう終盤に入っていて漁夫の利的に残った雑魚を蹴散らして、どうにか終わらせることだって出来たかも知れない。

 でも彼はそんなことはしないんだろうな。

 即位式の後は、あの騎士様といろいろ料理を作って二次会でも開こう。連れ戻したフローリプにもあれは見せてあげたい。イケメンはナルシストか性悪しかいないと言っていた彼女に彼を見せてやりたい。きっと驚く。料理の見た目の酷さにも。

 他にも、他にも。

 7年ぶりのカーネフェル。変わったところ。変わらないところ。行きたい場所。見せたい場所。いろいろある。

 私の故郷。懐かしい場所。

 私だって王都はそこそこ詳しいんだから。もう一人の騎士なんかにいろいろ言われるかも知れないけれど気にはしない。

 謎の多い女の子ってミステリアスで素敵じゃありません?こうでも言えばアルドールは細かいことを気にしない。

 しかしいつもホラを吹いていたせいか、身体が鈍ったかな。

 シャトランジアは平和呆けしていていけない。セネトレア時代だったら、もっと上手くやれたのかしら?

 数術使いめ。やってくれたな。

 言わなきゃいけないことがあったのに。アルドールに、神子様に。

 そうよ。いつもの私ならこのくらい、何とかなったはず。

 あの妙な鎖。破るには、代償が要る。ずっと囚われているわけにはいかなかった。

 私はお姫様ではなく、メイドなのだ。助けられる存在ではなく、助ける側の存在なのだ。


 顔も知らない神様。あんたなんかに願いたくなんかない。あれが最後よ。わかってる。

 どうせ、もうそんなに残っていないんでしょう?私の、幸福値……?



 *



 けたたましいその音。俺は覚悟する。痛みにだ。

 大丈夫。痛いのは慣れてる。

 脱走に失敗する度、養母さんにいろいろやらされてきたじゃないか。

 こんなの痛くない。全然痛くない。大丈夫。大丈夫だ。


「ユーカーっ!」


 騎士を呼ぶ声。俺の声じゃない。イグニスの声でもない。

 ルクリースのそれだと気付いた時、俺とイグニスは騎士に蹴り飛ばされる。思い切り駆けてきた彼からの全力疾走スライディング。

 その時ようやくやって来る激痛。

 彼は俺たちを蹴り飛ばしたまま、シャンデリアをその勢いで潜り抜けた。


「……痛ぅ」

 

 痛み。それを認識した後、今居る場所。その安全を確認した後、芽生える疑問。

 それは、何故?

 反射的に振り返る。そこに、彼女が居た。 


「ルクリース!?」


 シャンデリアを受け止めた彼女の両手。

 いつも微笑んでいてくれた顔も傷だらけだ。女の子なのに。血だらけだ。

 重いそれを支えている両足が、震えている。


「…………」


 何か、口の形だけで彼女が俺に……それを聞き返そうとした。その時、時間が来た。

 衝撃、痛み……遅れてやって来たそれ。俺に来るはずだったそれを、全て彼女が引き受ける。

 音は先程より大したことはなかった。なにか、大したことはない物を……潰したような音だ。

 大したことがないって……どういうことだよ。俺の大切な人だ。大事な人だ。それを押しつぶしていて、大したことがないって……そんな程度の音しかしないなんて。命を馬鹿にするにも程がある。


「ルクリースっっっっ!!!!!!!」


 駆け寄る。硝子と金属の下から流れる赤い色が嫌だった。その色が嫌いで、見えなくなればいい。そう思うと視界が滲んでくる。

 でも見える。シャンデリアって密閉された箱じゃない。隙間がある。照明と飾りと鎖の間。金色の髪。彼女の着ていた服。暗闇を怖がって、俺が掴んだスカートの裾。彼女の長くて綺麗な足。格好いいブーツ。


「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 両手が血まみれになる。気にするか。

 痛くない。この程度。彼女はもっと、痛いんだ!

 持ち上げようとする照明。上がらない。重い。なんで上がらないんだ。俺が今まで何もしてこなかったから?もっと俺が強ければ、鍛えていれば何とかなったのか?

 ルクリースはコートカードだろ?幸福値が、俺何かより……いっぱい与えられているんだろ?その幸福で、危険を跳ね返せるんだろ?それなのに、どうしてこんなことになるんだ?彼女は、強くて、誰にも負けない、カードなんだろ?

 自分の無力さ。それを思い知る。湧き上がる怒りは、責任転嫁。

 幸福なカードの彼女に訪れた不幸、その理不尽さに俺は納得できず、涙が止まない。


「くそっ!くそっ!くそっっ!何でだよっ!ルクリースっ!!」


 握りしめた手に、硝子の破片が突き刺さる。

 大したことはない。今は、胸の真ん中にもっと大きな破片を突き立てられている。

 俺の渾身の力でも持ち上がらない照明。それがゆっくりと浮遊した。


「フローリプ……」


 浮遊数術。それを彼女のために使うと言うことは……道化師からの洗脳。完全に傀儡の糸を断ち切ったのだ。

 照明の下から現れた彼女は……直視するのに勇気が要る。そんな酷い姿になっていた。

 綺麗な金髪は血で汚れているし、一番近かった腕と頭が一番酷い。脳がやられている。顔もだ。上から流れる血のせいで、顔半分が赤色だ。火傷も酷い。彼女は幸運なカードだけど、四大元素の守護が薄い。最弱の(エース)の俺は、炎を受けても火傷はしない。だけど彼女は……そうはいかない。だけど、高幸福値の彼女なら、どうにでもなったはずだ。どうして?どうして?どうしてなんだ?

 それでもそれは俺のせいで、引き起こされたこと。目を背けるわけにはいかない。

 フローリプが俺より早く彼女の傍へと膝を着く。


「ルクリース……」


 何を言えばいいのだろう。名前を呼んで……何も言えなくなったフローリプ。

 しかし、その呼びかけに……ルクリースがぴくりと動いた。


「フローリプ……何処、行ってたんですか?……心配、したんですよ?」


 硝子の破片が目にも入ったのだろう。彼女は目を開けない。それが、彼女の視覚数術を解いていた。


「今日の夕飯は……貴女の嫌いな生魚でも用意、して……叱って、やるんですから」


 ルクリースが笑う。口だけだ。目も笑ったんだろう。だけど、目の中の硝子が痛むんだ。その苦痛に耐えるよう、彼女の口元が震えた。

 フローリプは血まみれの彼女の手を握り、そして静かに目を閉じる。


「駄目だ!フローリプさん!僕はそんなためにそれを教えたんじゃない!!」


 彼女はもう、手遅れだ。イグニスの言葉は残酷な……それでも的確な死の宣告。


「私は……ルクリースに叱られなければならない。そして……ルクリースの料理を食べるんだ。だから……私はここでこいつを死なせない!」


 イグニスの制止を裏切り、叫ぶフローリプ。

 それに呼応するは膨大な数式。

 一つ一つは単純な数式。それでも。数が集まれば……息を飲むような、美しさ。ホールは光り輝く生の数字の洪水だ。

 フローリプは、この治療に自身の命を賭けている。一目で分かった。これは危険な数式だ。


「私は馬鹿だ……私のこと、思ってくれてる人、ちゃんと……いたのに」


 恋という名前の愛に囚われて。周りが見えなくなって。道化師の言葉に踊らされた。

 それを心から悔いる声。幼さを理由に彼女は逃げない。自らの引き起こしたことに向き合って、その償いを彼女に求める。

 純血は、混血ほど才能がない。使い方を間違えれば、脳が沸騰して命を落とす。

 そして、フローリプの数術代償は……幸福値。これを使い切っても命を落とす。

 彼女は数兵、クラブの5。幸福値は決して高くない。そして時間数術。道化師が故意に彼女の幸福を削らせた。あと、どれだけ彼女の幸福値が残っているのか?

 俺はどうすればいい?

 今止めればフローリプは助かる。だけど、ルクリースは……絶対助からない。

 このまま止めなければ、ルクリースは……治るのか?フローリプは、こんな数式に耐えられるのか?

 止めなければ二人とも命を落とすかも知れない。

 だけど、上手くいけば……二人とも助かるかも知れない。


(だけど……だけど!)


 最悪、二人とも……


 迷い。躊躇い。それは、既に一つの選択。消極的に、俺は止めないと言うことを選んでしまっていた。

 その迷いを断ち切り、俺も数式を紡ぐ。その場凌ぎの術でも、この場が凌げれば。フローリプの負担を少しでも減らせれば。最悪は避けられるかもしれない。

 何もしないよりはマシだ。見ているだけなんて、馬鹿のやることだ。迷ったあの逡巡。それさえ、今では惜しいのに。


「ルクリース……っ!大丈夫だから!」


 いつも守って貰ってる。だから今度は絶対、俺が守るんだ。死なせるものか。

 まだお礼の一つも返せていない。給料だって払えていない。

 お前は金の亡者だろ?護衛だったんだろ?金を貰うまで這ってでも生きろよ。金を渡すまで俺は絶対にお前を死なせてはいけないんだ。


「どうして……こんなことしたんだよ。俺なんかのために」

「私には……何にも、無いんですよ」


 彼女は静かにそう言った。帰る場所も、家族も自分には居ないのだと。


「そんなことっ!」

「ええ、……今は。貴方と、フローリプが……私の、帰る家なんです」


 閉じた瞳の奥でから、彼女が俺とフローリプに微笑んだ。


「帰る場所を、無くしたくないって思うの……普通の、こと……ですよ」


 息をするように、当たり前だと彼女がそれを口にする。


「……私が死んだら、墓碑銘はどうなるん……ですかね」


 家名がないのは寂しいですねと彼女が苦笑する。


「そんな、弱気なこと言うなよ。お前らしくないっ!名前くらい俺がやるから!ルクリースも、フローリプも俺の家族(カーネフェリア)だ!」

「馬鹿、ですね。そういうの……悪い女に、引っかかりますよ?」


 同じことを言われても頷いちゃ駄目ですよと笑う彼女に叱られた。

 それが最後だ。

 それを最後に、彼女は何も言わなくなった。

 俺もフローリプも、それを認められなくて……静寂の中治療を続けた。

 やがて身体は綺麗に治されたけれど、彼女は何も言わなくなった。

 だってあんな冗談みたいな辞世の句があって堪るか。

 いつもの冗談だろ?寝たふりをして俺をからかっているんだろう?目を開けろよ。開けてくれよ。お金の好きなお前なら、金貨の音で飛び起きるだろう?


 手持ちの財布、ひっくり返した。それでも彼女は動かなかった。

 間に合わなかった。間に合わなかった。間に合わなかったのだ。


 金を積んでも叶わぬ願い。死んだ人間は、甦らない。

 奇跡のような数術でも、失った命だけは、呼び戻せない。



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