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14,5 Amor caecus est.

アルドール達が馬鹿やってた頃のフローリプの挿話かと思うと……

ヤンデレ警報入ります。

 

 目を開けた時、他の色が解らないくらい暗い場所に私は居た。

 今まで目を閉じていたのなら夜目が利くはず。見えないって事はまずあり得ないのに私の瞼の中にはもう一つ瞼が張り付いているようで、私は黒以外の色が見られない。

 見えない両手を重ね、私は手の自由を。身を起こし、両足の自由を知る。

 でも立ち上がったのは軽率だった。私はすぐに足下の何かに躓き転んでしまう。暗闇に響く音。遠くまで響く。よく見えないけれどここは広い場所のよう。

 自分の無様な姿が自分で視覚として捉えられないから、誰も私を見ていない……見られていないというのは間違いだ。私の醜態に聞こえる笑い声。くすくすというその声に、私は目覚める以前を思い出す。

 

 「ようやくお目覚め?フローリプ=トリオンフィさん。こんなに寝ちゃったら夜眠れないんじゃない?」

 「……お前は」

 「永眠の前の最後の夜なのに、勿体ないなぁ。随分お疲れだったみたいだね。強行軍で頑張りすぎちゃった?」

 

 最初は右。今度は左。声のする方に顔を向けてもそこには何も映らない。まだ何かが私の目を覆っている。目隠し?でも私を覆うモノは何も感じない。

 私からは何も見えないのに、何も解らないのに……この女は私を見透かし嘲笑う。私の幸福値の少なさを嗤っている。自分のそれに私が足下にも及ばないと知っている。

 絶対に勝てない相手が相手。

 

 「黙れ、混血!」

 

 ここまで圧倒的不利では抵抗のしようがなく、逆に腹が据わる。どうせ勝てないのなら媚びを売る意味など無い。私の攻撃は届かないし効かない。だから私の手足は自由。

 私に残されたのはこの口だけ。唯一届く武器。この女の身体は傷付けられなくとも、心は抉れる。相手がどんな得体の知れない者でも、それは人間。人間には心がある。傷つかない心など無い。言葉の悪意は必ず届く。それが私の死期を早めたとしても構わない。アルドールの足手まといになるくらいならさっさと殺された方がマシだ。

 しかし女はどんな気まぐれか私の要求を飲んだ。死のカウントダウンをがあと何秒続くか解らないが、私はその時間を思考に費やす。もし本当に気まぐれであったときのためにも。

 

(アルドールは道化師殺しのA。“ギメル”はハートの女王。道化師は……最強の切り札)

 

 アルドールはこの女を燃やそうとした。でも、殺せなかった。

 この女が私達の考えたように"ギメル"という人の姿を映した別人で、アルドールを殺そうとしている"道化師"なら……アルドールはこの女を殺せたはずだ。それが前提だったはず。

 それが覆されたとなった時……私が思いつくのは二つ。

 

(……幸福値が足りなかったのか)

 

 神子様がアルドールの守りを固めるのは長期戦に備えてだ。アルドールの幸福値は最弱。カードとしてはルール上倒せることになっていても、道化師の最高幸福値の前では容易い仕事ではない。多くのカードと戦い、それを屠り幸福を費やした所を潰す。

 唯でさえ多いとは言えない私の幸福値。私はそれを消費してきた。

 コートカードの神子様やルクリースが一緒だったなら、足し算で道化師の幸福値に勝ったかも知れない。それならアルドールがこの女を殺せなかったのは……私の幸福値の少なさのせい。

 この仮定は有力な線を行っている。この女が現れるのはアルドールが一人の時……それか私が居た時だ。コートカードが現れた途端、この女は戦線離脱。圧倒的有利な初期に宿敵Aをさっさと屠りたい。それが襲撃の意図。だからこんな初期に現れた。

 

 戦闘行動から考えるのなら此方が有力。

 けれどこの女のそれ以外の行動を見た場合……私はアルドールが望まない方の答えに至ってしまう。

 この女は……アルドールが想いを寄せているギメルという少女、本人。自身を奴隷へと貶めたトリオンフィ家を恨み、その復讐を行っている。

 だから私の家族を殺した。姉様も、父様も母様も。彼女は今、最後の夜と言った。私には明日の夜がない。それまでに私を殺すと言っているも同然。

 彼女が彼女ではなく、唯の道化師なら……カードの私や姉様は解る。けれど父様と母様を殺す理由が無い。私をこうして攫った理由もわからない。すぐに殺せばいい。道化師に数兵の私が敵うはずがないのだから。幸福値の差は彼女自身笑い飛ばす程かけ離れている。彼女もそれを知っているはずなのにどうしてまだ私は生きている?

 

(わからない。この女はわからない)

 

 何を考えている。彼女の心はこの一面の闇のように、何も見えない。塗り潰された色全てが悪意。

 

 「お前は何なんだ?なぜアルドールを付け狙う!?」

 「黙れの次は話せ?本当貴族って嫌な生き物。何でも命令すれば思い通りになると思ってるの?……まぁいいや。貴女はそんなにお兄ちゃんが心配?」

 「当たり前だ!」

 「ふぅん……そっか。そうだよね。兄妹ってそう言うモノだよね。私もお兄ちゃんは大事だから気持ちはわかるかもだよ」

 

 私の返答に口では同意しているが、声から隠そうともしない嘲りがひしひしと伝わってくる。何処まで私を馬鹿にすれば気が済むんだこの女は。

 私も姉様もアルドールも、何もしていない。

 止められなかった、止めなかった、知らなかった。その何もしなかったが、罪だと言うのか。

 

 「母様のしたことはアルドールとは関係ない。あいつは何も悪くない。それなのに何故お前はあいつを責める?それは筋違いだ」

 

 何かをした。罪を犯した者ではなく、アルドールの無力さが悪だと言うのか?それは責任転嫁の自業自得。そのツケは自己責任で支払うのが筋だろう。

 その日私は教会に行っていたし、姉様は剣術の稽古に出かけていた。当事者でもない姉様が、あんな死に方をしなければならなかった理由は何処にもない。姉様は、人に恨まれるような人間ではない。正義のために神に仕え、聖十字兵として街のため人のために尽力していた。その働き全てに対する仕打ちがあんな惨い死だなんて、私は納得できない。

 

 「姉様もアルドールも悪くない。悪いのは……お前の方だろう」

 

 メイド達の噂話で耳にしたが、元々この女がうちの庭に忍び込んだのが悪い。それが母様の怒りを買った。アルドールは悪くない。

 不法侵入の一つや二つで奴隷商に売り渡す母様も母様…………それは確かにやり過ぎだが、この女も十分やり過ぎだ。

 この女に復讐の権利があるのなら、私にだってこの女に復讐する権利があるはずだ。

 私は家族を三人も奪われたのだ。この女はどうだ?自分も神子様も生きている。セネトレアでどんな精神肉体的苦痛を受けたかは知らないが、死なずに済んだのだ。それならこの女の復讐は成立しない。してはならない復讐を、この女は行った。神子様は法でそれを裁くと言った。死以外の方法でそれは償われるべきだったのに、この女はそれをした。

 

 「貴女、勘違いしてる。私はね、そんなことでアルドールを憎んでるんじゃないんだよ」

 

 全ての嘲りを静めたその声は、ある種の真摯さを感じさせる程落ち着いた声色。

 

 「同じにならなきゃ、アルドールは私の気持ちはわからない。私は彼と同じ景色を分かち合いたい。知って欲しい。その時の彼の顔が見たい。それが欲しいの」

 「同じ空を見上げて同じ色を見て……それを同じように美しいと思うような些細な幸せ。私が欲しいのはそんな些細な絶望。私の見たあの深淵を彼に見せたい。彼がどんな風に絶叫するのか。泣き叫ぶのか。誰の名前を呼ぶのか」

 「そこまで辿り着いてから、やっとアルドールは私を憎む権利が与えられる。その時私達はやっと殺し合えるの平等に。彼は私を殺せないよ。だってまだスタートラインにも着いてないんだもん。あの日私が見た景色は……まだまだ、あんなモノじゃない」

 

 彼女が私に解くのは憎しみであったはず。けれど彼女は恋の歌でも語るよう嬉しげに、愛しげに、幸せそうに……アルドールの未来の絶望を空想する。

 

 「お前はっ……アルドールを愛していたのではないのか!?どうしてそんなことが出来る!言える!?なぜお前は想いを寄せる相手の不幸を願う!?」

 「好きだからだよ」

 

 好きと言う癖に、その言葉は酷く冷めていた。今の今までそこにあった感情全てを刹那の間にどこかへ丸ごと投げ捨てて…

 

 「どんな酷い行為もね、愛って一言添えるだけで世界はそれを許しちゃう。その一文字がイカレてるのか世界がぶっ壊れてるのか私にはわからないけど。人間として生まれ、人間として生きてきたお嬢様に理解しろって言う方が難しいかな」

 

 彼女の言う暴論。

 解らない。解りたくもない。それでも私はそれを、知っている。

 母様のアルドールへの愛は……それだ。

 愛しているから、逃がさない。愛しているから、体罰も許される。愛しているから、屋敷に閉じこめる。母様の愛は一種の狂気だった。

 ようやく手に入れた跡継ぎ息子。血の繋がりのある私や姉様より、母様はアルドールを愛していた。執着という意味でなら、父様よりもずっとずっと好きだったんだと思う。

 愛しているのに逃げる。愛しているのに愛されていることを認めない。その愛情を拒む。だから母様はアルドールを傷付ける。自分だけの籠の鳥じゃなきゃ満足できない。

 それは……本当に愛だったのか?私にはわからない。唯思う事がある。

 母様はアルドールを傷付けたいから、愛している振りをしているんじゃないか。だって本当に愛しているならその人を傷付けたりする?私ならそんなことは出来ない。

 だから母様は、アルドールを愛していなかった。私はその結論に達した。

 家を継がせたくて引き取ったんじゃなくて……アルドールをいたぶりたいがために手に入れた。だってとても楽しそうだった。鞭と一緒に聞こえる笑い声も、拷問器具の手入れをする母様も。

 母様はアルドールに家督を譲る代わりにアルドールの意志と自由を奪った。お人形遊びだ。生きた人間を使った……お人形遊びだ。

 

 混血は珍しく、稀少だから価値があり……愛玩される。

 カーネフェルの男も、稀少……価値がある。少ない物は珍しい。珍しい物を所有しているのはステータス。アルドールは母様にとっての、ステータスだった。だから絶対に逃がさなかった。

 私がアルドールを哀れみ始めたのはその考えに至ってから。彼への憎しみは同情に変わった。

 逃げたいのなら逃げだせばいい。今度は上手くいけばいい。そう思っていた頃の私はアルドールを好きでも嫌いでもなかった。同情はしていたがどうでも良かった。無関心だったのだろう。私には関係のないことだったから。

 でも今の私なら……彼が逃げるなら私も一緒について行く。何処までも一緒について行く。傍にいたい。それは……逃がしたくない。そういう気持ちなんだろうか。これじゃあ駄目だ。アルドールに嫌われる。私は母様と同じではないか。

 

 「子供だね。何も知らない、良いことも悪いことも知らない世間知らずのお嬢様。私は貴女みたいな女の子が大嫌いだよ。見ていると、殺したくなっちゃう」

 

 私の気持ちも知らず、女は私を馬鹿にする。

 この女は私の何を知っているというのだろう。一から百まで全てを知らない癖に、私を決めつけ否定する。私がどんなことを思い、苦しんできたかも解らない癖に私を貴族の娘という枠で括りたがる。

 

 「私だってお前なんか大嫌いだ。お前はアルドールを傷付ける」

 

 吐き捨てた私の言葉に女は愉快気。くすくすくすくす…四方八方から私を交互に嘲笑い、それに飽きた後言葉で私を嘲った。

 

 「……本当にお兄ちゃんが好きなんだ。私もお兄ちゃんは好きだけど、貴女のそれは……違うよね?」

 

 付け加えられたたった一言。否定を繰り返す私の胸、不意打ちでその深奥……私の核心をすとんと突いた。

 

 「そんなのは愛じゃない。愛って言うのは、もっと汚い感情なんだよ。ドロドロしてて汚くて醜くて……人間の持つ感情の中で最も本能に忠実な欲。その人の全てが欲しい。自分だけを見て欲しい。欲しい欲しい……欲しい。そう、死んで欲しい」

 「愛と憎しみは私とお兄ちゃんと同じ、双子の関係。愛してたのに裏切られた、だから憎む。憎むくらい強く執着していたらそれは愛に裏返ってしまった。コインの裏表と同じ。くるくるくるり……何度も何度も交互に顔を出して、その人を求め、欲しがる」

 「貴女は本当に誰かを愛したことも、憎んだこともない子供なんだよ。だから私が解らない。貴女の憎しみも、その恋も、お飯事のごっこ遊び」

 

 今度は前、その次は背中から。今度は斜め右。方向感覚が狂い出す。私を惑わす声とその言葉。

 ぐるぐるぐるぐる音の洪水。変わらない暗闇に起こる混乱の渦に私は再び倒れ込む。

 今倒れているのが本当に床なのか。上か下か。私は天井に張り付いている?それとも壁?わからない。もう、なにもわからない。

 

 「……貴女は本当の恋を知っている。それは愛だよ」

 

 何も解らなくなった私に彼女が答えを教え、私を導く。

 

 「常識、禁忌?そんなもの下らない。貴女はそんな数文字の言葉のせいで大好きなお兄ちゃんを手に入れられない」

 

 いけない…聞いてはいけない。耳を塞ごう。そう思うのに……私は自分手が何処にあるのかわからない。四肢がバラバラになって何処か別々の場所に置かれているよう。

 私に残されているのは、開けているのか閉じているのか不明……黒以外何にも見えない両目と、彼女の声しか聞こえない両耳と……時折思い出したように呼吸を繰り返す口一つ。

 

 「可哀想にね。血なんか繋がってないのに、妹としてしか見てもらえない貴女。血が繋がってる癖に、赤の他人として傍にいられる彼女。彼女は狡いよね。頼りになるし子供じゃなくて私達よりずっと女だ。だからアルドールも思っちゃうかもね。それは友愛じゃなくて、もっと違う言葉で言い表すものなんだって。一度意識すればあとはあっという間。奈落の底まで転がり落ちるだけ」

 

 「おかしいよね?他人の貴女は妹なのに、実の姉が恋人になれるなんて」

 

(私じゃ駄目なのに、ルクリースなら……選ばれる?アルドールの、一番に?それって……それって、おかしい)

 

 彼女の言葉を脳内で復唱した私は、その理不尽さに目を見開く。相変わらず何も見えない。それでも見える景色がある。それは私の記憶だ。

 この旅の途中、ルクリースと話したこと、守ってもらったこと、助けてもらったこと。それから強い彼女が見せた弱さと、彼への想い。私なんかより長い間、ずっとアルドールだけを思い続けていたルクリース。

 彼女と涙と重なるアルドールの面影。アルドールは泣いていた。私のために、泣いていた。私のために……好きだったはずの“ギメル”に牙を向いた。それは兄として、妹の私のために。

 アルドールは恋より家族を、私を選んでくれた。あの一瞬だけでも……私を選んでくれた。

 感情の洪水。嬉しさと悲しさ。切なさと充足感。

 私はアルドールもルクリースも好きだ。二人が笑ってくれるなら、この胸の痛みも気のせいだと自分を欺こう。二人が泣かないでくれるなら、私も嬉しい。私も幸せだ。

 私よりルクリースは強い。カードとしてもずっとアルドールにふさわしい。傍にいるべきなのは彼女の方だ。本物の……家族、なんだから。部外者は、私の方だ。

 二人の関係にどんな名前が付けられても、二人は引き離されるべきではないのだ。その名前の束縛がそうしてくれるなら、それでいいじゃないか。部外者の私やこの女が何かを言うのは無粋だ。

 

 「わ、私は……二人がそれでいいなら、それでいい!常識も!禁忌も!そんなモノ知らない!」

 「大好きだから、その人の幸せを望む?健気だねぇ。……いや、嘘つきだね。本当はそんなこと思っていない癖に」

 「違う!私はっ……」

 「悔しいでしょ?最後まで傍にいられない事。本当はさぁ、誰にも渡したくないんでしょ?」

 「私は……」

 「彼女が道を踏み外さなかったとしても……このままアルドールが王様になれば、貴女だけの"お兄ちゃん"はいなくなる。みんなのアルドール。誰かのアルドール。王様だもんねぇ、きっと貴族から王妃を押しつけられる。貴女の入る隙もなくなるねぇ。ああ、それ楽しそう。やっぱり生かして返してあげようかな。そっちのが長く愉しめるかも」

 

 「惨めだねぇ、フローリプ=トリオンフィ。貴女じゃアルドールの永遠には辿り着けない。私は辿り着いたよ。彼の中には私が付けた傷がいっぱい。私の贈り物は彼の中に永遠に刻まれた。彼は私をずっと忘れない。何時でも何処でも私達は一緒」

 

 「そもそも貴女は妹だもんね。意識しろって方が無理だよ。アルドールにとって貴女は何時までも"可愛い妹"のまま。嫌だよねぇ。何時までも何時までも貴女はその殻を破れない限り妹のまま。貴女は蛹。繭の中で死んでいく蚕だ。貴女はその糸で誰の幸せを縫い上げるんだろう。空を知らず、本当の恋を知らずに」

 

 「貴女は羽化すればきっと誰にも負けない綺麗な蝶になれるのに。恋を知らずに死んでいくんだ。愛は魂の水。生きるためには水が必要。貴女はどんなに咽が渇いても誰も水を与えない。親も駄目。兄も駄目……恋人も、駄目。貴女は誰にも愛されず蛹の中で腐って干涸らびて死んでいく。彼の記憶の中に残るのは醜い幼虫だったときの姿だけ。ああ、可哀想に」

 

 「ねぇ、フローリプ=トリオンフィ。貴女はどうすればいい?本当は解ってるはずでしょ?」

 

 彼女の口から紡がれる私の未来。私の過去を、傷口を抉る悪魔の爪痕。この悪魔は私の古傷を引っかき回したその手を私に差し伸べ耳元で甘い誘惑を囁く。

 抗う意志がぽろぽろ私の両目からこぼれ落ちていく。涙でもこの暗闇は祓えない。

 

 「……私はっ、アルドールを守るんだ!」

 

 それでも屈するものか。涙の終わりが抵抗の終わりなら、私はずっと泣こう。声が震えても、情けなくても惨めでも。

 

 「あっそ。それじゃあ私が先に殺しちゃおうかな、アルドール」

 

 私の決意を凍らせる彼女の言葉。それは血の気と共に私の涙も凍らせる。

 

 「貴女が手に入れるのはアルドールの無表情と笑顔だけ。でも、私は違うんだよ?悔しそうな顔も、脅える顔も、泣き顔も……絶望を宿す青も、二度と閉じない瞳も、全部私だけのモノ。愛は与えるモノじゃない。奪うモノだ、惜しみなく。奪わないと、誰かに取られちゃう。早いモノ勝ちなの」

 

 「私はアルドールが大好き。だからね、奪ってあげるの何もかも。家族も、大切な人も、……彼自身も」

 

 この先の未来、私は見守らなければならない。生き続ける限り、ずっと苦しみ続けなければならない。

 私の大切な人が、誰かに奪われていく場面を幾度も幾度も。

 

(私は……"妹"だから)

 

 私はその枠から抜け出せない。どうして。酷いよ。私は、本当の兄妹じゃないのに。私はルクリースとは違うのに。

 血も繋がっていない。私が彼を想うことは禁忌ではない。神に許されている感情なのに。それなのに、私は……一番にはなれないのだ。

 この少女より、私の方が早く彼に出会ったのだ。どうしてそれが私ではいけなかったの?

 

 再び流れ出す涙は、屈服の証。

 声にならない声、その嗚咽さえ……この女は見透かし、私を暴く。

 

 「それはね、貴女が彼を奪わなかったから」

 

 初めて私にかかる優しい声。憐れみと慈しみを宿した聖母のようなその声で……彼女は私に悪を説く。

 

 「もし私がアルドールに出会うより早く、貴女がアルドールを殺していれば、彼は私を好きになんてならなかった。そうでしょう?」

 

 「手に入れられないなら、奪われるだけ。さぁ、もうそろそろ計算は解けたんじゃない?フローリプ=トリオンフィさん?貴女が何をするべきなのか」

 

 

 カラン……私の服から転がり落ちる凶器の音。

 その音が私の四肢を取り戻させる。手を伸ばした先、淡い光。鞘を抜いた先の白刃の輝き。それが私の闇を切り開く。

 ……そして私は、解を知る。


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