10:Quae nocent, saepe docent.
二人が戻ってくる頃には俺はいつも通りの顔が出来ていたと思う。
でも、二人の顔を見るとルクリースの言葉が思い返されて。他ならぬイグニスの頼みだから、軽々しく引き受けた言葉。その前の日に奴隷商から助けた少年のこともあった。それでも俺に最終的な判断を下させた要因は、イグニス。
フローリプが俺に刃を向けたのは、あの時の俺が彼女を顧みることが無かったから。家族でもない他人であるイグニス達にだけ心を砕いていたから。俺が、いい兄ではなかったから。
俺は……イグニスとギメルの無事を知った時、彼女に殺されても構わないと、本当にそう思った。他のことなんかどうでも良かったのだ。
そんな俺に新たな生きる理由を与えてくれたのも、イグニスだった。きっかけは、彼かも知れない。それでも、今は違う。
俺はそこまで自分が大事ではなかった。だから死んでも良いと思えたのだ。そんな俺をルクリースやフローリプは守ってくれる。俺が、Aだからとか……そんな理由じゃなくて、俺をアルドールとして必要としてくれる。相変わらず俺はそこまで俺が好きじゃない。でもそんな風に俺を思ってくれる人たちが、俺だって大切だ。
俺を嫌っていたイグニスが、初めて俺の力を必要としてくれた。そんな彼の力になりたい。
それでも王になるということは、誰も選べないと言うこと。親友も、妹も……
俺はいつか、ルクリースだけじゃない。イグニスとフローリプをも失うという犠牲。カードを手にしAになった時、俺はその犠牲を背負う覚悟を強制されたのだろう。
俺のためにと土産話に花を咲かせ、屈託無く笑いかけてくる妹を、俺はどんな顔をしてみればいいのか解らなかった。ちゃんとうまく笑えていただろうか。
そんな俺を知って知らずか、イグニスはぎこちない俺に逃げ道を与えてくれる。
「もうそろそろお昼ですね」
「あ、俺…薪でも拾ってくる」
ルクリースは修理。二人は今までの往復で疲れているだろう。だから俺。一人になれるいい口実だ。
ここでフローリプが数術で火でも着けてしまえば、その逃亡も阻止されたのだが、彼女はそうしなかった。きっと疲れているんだ。でも、助かった。
薪を拾うついでに顔でも洗ってこよう。さっぱりすれば心にかかった葛藤の霧も少しは流せるだろう。
あんまり遠くに行かないでくださいねとルクリースには念を押される。
わかってるって、いつも通りの空元気らしく俺はそう言い残し、立ち上がる。
後ろから聞こえる落ち葉の鳴る音。振り返ればイグニスがいた。
「一人になりたいのはわかるけどさ、君は自分がAだってわかってる?」
彼は神子という立場上、アルドールという俺よりカードとしての俺を優先させなければいけない。それを今の言葉で俺は思い知った。
大多数の幸福のため、少数の犠牲は避けられない。俺は王となるべき人間なのだから、個人的な感傷を捨てろとは言わないけれど、それに行動を左右されては困るのだと彼は言う。
突き放すだけ俺を突き放した後、彼が付け加える一言。そこにだけ、イグニスがいた。
「唯でさえ君は幸福値が低いんだから」
呆れたようなその言葉。……心配してくれている?
彼がコートカードだと知ったのは昨日。彼自ら俺に同行したのは、カーネフェルへの使者としての役割もあるが、それだけではなく俺の護衛のため。幸福値が高い人間が傍にいるだけで、俺はAとしての幸福値の低さをカバー出来る。偏に、俺を死なせないためだ。現に俺は……コートカードのルクリースが傍にいなければ、フローリプに殺されていたはず。
それに今は"道化師"と、タロック軍という新たな脅威が加わった。周りは敵だらけ。俺は何時殺されてもおかしくない。
「俺が、死んだらイグニスは困る?」
「勿論困る。君の死は、カーネフェルの死だ。君はそれが解っていない」
あくまで俺をエースとしてイグニスが俺に言う。
「いいかいアルドール。Aというカードはそれだけ大事なんだ」
「それは俺が、エースだから?」
彼は違うと言ってくれた。しかしそれは俺の望んだ否定ではなかった。それどころか彼は真新しい俺の傷口に爪を突き立ててくれたのだった。
「いや、エースだけじゃない。数兵であるヌーメラル……その中でも上の三枚は国にとっての三本柱だ。"敵"がアージンさんから殺したのは、理由がある。君が王になれば、当主となった彼女は公爵」
「シャトランジアの国王派からしたら、カーネフェル王の君が教会派の僕が推薦した君が王位に就くのなら、王妃は手駒を送りたい。プライドだけがお高いカーネフェル貴族達では国は守れない。これを機にカーネフェルを事実上の属国にしようという奴らも出てくるだろう」
イグニスの話の先が見えない。俺が王位に就くことと姉さんに何の関係があるって言うんだ。
「要するに、だ。君を従えさせることが出来る人物を王妃に据えたい。トリオンフィ家を継いだ彼女は、聖十字を辞める代わりに議会への参政権を得る。彼女がデュースだったのは君がエースに選ばれた時点で、もっとも未来のカーネフェル女王に近かったから」
「……え?」
そんな意味があったなんて聞いていない。
「え、じゃないよ。上から三枚……エース、デュース、トレイは国の中枢に関わる三本柱のカード。この三つが折れたらその国の現在の滅亡は確かだ。変革とでもいうのかもしれないけれどエースは王、もしくは国の実権を持つ人間。デュースは女王……女性じゃないこともあるし、陰の支配者ってところかな。トレイは騎士……兵士中でももっとも士気に影響するような優れた者が選ばれる。この三枚を破れば、否応なしに国は変わる。カーネフェルは既に選ばれるべきカードが無かった。だから新たに選ばれたのが君と君のお姉さんだ」
実権が消え、陰の支配者も消え、兵士の士気も消えたなら……確かに国は動かない。その三枚が大事だってのは解ったけど。
それならどうして……
(どうしてイグニスは、姉さんを守ってくれなかったんだ?)
彼には沢山の部下が居る。人一人守れないはずがない。そんなに大事なカードなら、どうして守ってくれなかったんだ?
今更。終わってしまったこと……理不尽なことを考えているのは解っている。それでも。
「恨んでくれていいよ」
俺の瞳に浮かんだ"どうして"を、イグニスはくみ取り俺を見る。
「僕は君を守るために、彼女を捨てたんだ」
「どういう、こと、だ?」
「君や彼女がどんな気持ちを持っていたとしても、彼女は将来、国王派の駒になる。君の姉さんは、カードになった時、教会派の僕の敵になる未来を手に取った。家のために。議会から命令されれば彼女は引き受けるしかない。それに、君だって姉と弟として暮らしてきた彼女に強く言われたら、強くは反発できないだろう?国王派はそうやって教会派の駒である君を丸め込もうとしただろう」
「君か彼女がいればカーネフェルは動く。それでも他のカードからすれば、どちらも邪魔だ」
同じ属性のカードでも、敵はいる。国内に派閥があるのと同じ。エースとデュース、どちらかがいればそれでいい。国にとっては支障はない。
周りにカードの居ない彼女と、コートカード二枚に守れた俺とじゃ、どちらから攻めるのが楽か……目を瞑っても明らか。
未来の敵を囮にした。効率的な……計算だ。
イグニスの言うことは解る。けれど、……俺は姉さんがそうならなければならなかった理由にはなり得ない。
彼の知る未来。それは姉さんの望んだことだったのだろうか。
そのきっかけ……何を願ったのかは知らない。それでも彼女がカードを手にしたのは、そんなにいけないことだったのだろうか。何の罪も犯していない彼女が、あんな惨い方法で殺される理由があったのだろうか。
「アルドール。僕は神子だ。平和のための道具だ。そのためにはなんだってするよ、良いことだって悪いことだって」
「カーネフェルは力なく脆く、シャトランジアは偽りの平和に腐敗し、セネトレアには悪徳が蔓延り、タロックは残虐を良しとする。世界に必要なのは、革命。君はその楔。僕が間違っているというのならそれでもいい。僕が君の影、悪になる。君は君の信じる道を進めばいい、君の信じる善を持って。……それでもアルドール、君には見えない?聞こえない?空いっぱいに広がる悲鳴、海底に敷き詰められた多くの悲しみ。その全てを統べる悪意の色が」
俺と彼の見る景色は同一ではない。彼には見えて、俺には見えないものがある。
俺は言い返せない。だって、見えないから。
それ以上彼の琥珀を見ていられなくて、俺は屈む。薪を拾う振りをして、彼から逃げたのだ。
でも、これで逃げたと言えるだろうか。彼の言葉の雨は、まだ止まない。それは強い酸のように俺の心だけを射抜き、破る、破壊の矢。
そこからどらりと流れていく感情は、自分のものだとは信じたくない、暗く酷く惨めで……嫌な気持ちだ。
「シャトランジア国王達は、教会の反旗を恐れて法の壁を作った。法の鞘に収められた宝刀。それが自分の者でもない癖に、それをひけらかして利を得ている。シャトランジアは……カーネフェルが欲しいんだよ」
押し黙る俺に、イグニスが静かに語る。シャトランジアは中立のはずだと振り向かずに小さく返す。
「表向きはね。でも実態はタロックとそう変わらないよ。だってそれは平和的な侵略だ。教会が増えたのを国王派は悪用しようとしている。平和を説く場所を侵略の足がかりと考えたんだ」
古代兵器、最強の軍。聖十字が居るだけで、タロックには脅威。
彼らは聖十字の居ない小さな村から侵略を開始。
もし彼らの居る所から攻めたら……正義の軍は、目の前の悪を見過ごせず、掟に背いて戦うだろう。
けれど、それが違う場所なら……先に判断を下すのは上だ。その上が法を掲げている以上、聖十字は彼らを助けに行けない。
教会の行動を制限するのは国王達、議会の法律。イグニス達は力はあっても、何も出来ない。
「ある程度侵略されて、カーネフェルが抗う力もなくした頃、きっと僕らに命令が来る。"これ以上の悪事は見過ごせん、平和の敵を殲滅せよ"ってね。でもそれはカーネフェルのためじゃない。タロック軍を追い返し、復興の手伝いをするふりをして……土台を固める。要するに、植民地さ」
「国王派はあんな小さな国土で満足していない。先代達の守ってきた平和じゃ満足できない。目の前に美味しそうな餌がある……それを手に入れてもいい理由が与えられた。それともこう思っているのかな。"世界は戦争ばかり。自分たちが支配してあげれば、きっと平和が作れるはずだ"って。何様だって話」
同じ島国のセネトレアが世界一の繁栄を迎えている。自分たち良り歴史の浅い小さな国が。それも悪行ばかりを犯して。
「要するに、うちのお貴族様達はパクス-セネトレーアに不満なんだ。どこの国でも貴族のプライドが高いのは同じなんだろうね」
善ばかり説いてもやってくるのは厄介ごとばかり。神に溺れ、国王への敬愛も薄れた国。教会は教会で実権を持ち、反発してくる。いざという時に従うかも怪しい。
国王派が覇権を得るために、必要な足がかり。それが、カーネフェル。もしカーネフェルがタロックの手に落ちれば、世界中が敵だらけ。古代兵器が国王派の手にない以上、為す術はない。
国王派が自分たちを守るために、必要なのは……やはりカーネフェル。
シャトランジアは平和に浸った。だからその怠惰を続けるために、贄が要る。それはがタロックに奪われるくらいなら、完全に自分のものにしてしまえ……そういう考え。
今見ている緑も、あの海も。カーネフェルの豊かな自然は、いずれタロックかシャトランジアに蹂躙されてしまうのだ。
王が居ないから。誰も守ってくれないから。だからイグニスは俺が必要。今の世界をの善を守りつつ、今の悪を壊すために俺が必要。
イグニスは立派だ。神子として、世界を基準に物事を見、考える。そこに彼自身の心など無い。自らを道具と語るように。
俺は年下の子供が出来るような事も出来ない。これじゃあ俺の法が、駄々をこねてふてくされている小さな子供みたいだ。
彼の導き出した過程の計算が気に入らないと、引かれた数を嘆いている。
俺が彼をイグニスだと思っていても、イグニスは違う。俺をカードとして見ている。
立場も責任もある彼に、ルクリース達のように俺をアルドールとして見て欲しいだなんて……俺の我が儘。
俺が屋敷に囚われていた二年間、彼と俺の間を隔てる壁はあの頃より低くなったのに……その分密度を増して厚くなった。あの頃は俺はそれを登ることが出来なくても打ち破ることが出来たはず。
今はいくら拳を打ち付けても、俺の手がボロボロになるだけ。よじ登ろうにも……俺の両足には重い鎖の枷。片方はカーネフェルという国。もう片方は……フローリプやルクリース、そしてこれから俺が心を開くであろう誰か、その可能性。
俺が王になるのなら、俺は彼のようにならなければいけない。
それが誰かを守ることなのだ。大多数の幸福。そのために、自分の心を操り飼い殺す。出来るはずだ。俺より幼い彼に出来ていること。それをどうして、俺が出来ない?
「そう考えるなら……彼女を殺したのは、国王派のカード。もしくはシャトランジア、カーネフェル間の繋がりを絶とうとする者。そう考えられないこともない」
ここまでが、神子としての言葉。すぅと深く息を吸い込んだ後、彼は仮面を外す。
そこにいたのは、いつものイグニス。妹が大切な、お兄ちゃんとしてのイグニス。俺の、友人としての彼。
狡い。イグニスは狡い。
俺が仮面を手にしようとした瞬間に、仮面を外す。いきなり自分の胸の内を語る。そんな、顔を見せる。俺を突き放したいのか、招き寄せたいのか、わからない。俺を唯の手駒のように語ってみたりするくせに、こんな風に心を預けたりする。役立たずのお荷物だと俺をぞんざいにしながら、俺を守ってくれる。普段は全然頼らない癖に、彼が俺を助けてくれることばかりなのに、不意にこうやってもたれ掛かる。
彼は俺をなんだと思っているんだろう。いろんな方向にねじ曲げられた彼の心は歪すぎて、なにがなんだか解らない。
俺はイグニスが好きだ。それは絶対のはず。嫌いになるなんて事は、絶対にない。それでも俺は姉さんのことで、彼に初めて不愉快を抱いていて。
それでも嫌いじゃないから、凄く苦しい。彼のことが好きだ。なのに、俺は今……彼の顔も見たくない。声も聞きたくない。この二年、ずっと求めていたはずのそれが、目の前から消えてしまえばいいとさえ思う。大切な友人をそんな風に思う自分が心で呼吸をしている。それを殺してしまいたい。俺は、俺を殺してしまいたい。俺の心も、歪に歪んでいくのが解る。
「僕は……あれがギメルだなんて、思いたくない。あり得ないとも思う。でも……一つだけ否定出来ない要因がある」
姉さんの死。
それを囮とし向けたのは彼かも知れない。神子としてのイグニスはその行為を胸を張って正義のためだと断言するだろう。それでも、友人としてのイグニスは俺を傷付けたことを彼は悔いているように見える。彼は矛盾している。その矛盾が、俺の心を迷わせている。
強いイグニスが、俺にだけ見せる弱さ。こんな時に気の利いた励ましの言葉の一つも言ってやれない俺は、それでも友人だなんて胸を張って言えるのだろうか。
イグニスは不安を抱いている。絶対と信じていたものが揺らぐような感覚。トリオンフィ家の虐殺。それをやってのけたのが、自分の片割れかもしれないという恐れ。
「ギメルは君が好きだよ、昔から……ずっと」
何も言わない俺に、彼が告げたのは……ギメルの心。
こんなに嬉しくない告白もないだろう。うり二つの他人伝えに聞いた彼女の言葉は、俺の背筋を凍らせた。
俺は彼女が好きだった。今だって、そうだと思う。
誰かを想い想われるというのはもっと温かい感情のはず。それなのに、今その言葉は鉛のように重く、俺の胸の中へ沈む。何にも溶かすことの出来ないその暗い鉄は、俺の心に闇を築いて、俺を冷たく凍らせていく。
「その感情だけ僕は否定できない。だから君の伴侶に別の人間が選ばれる未来が許せなかった。そう考えるなら……筋が通ってしまう」
あれが道化師などではなく、水の女王としてのギメル本人である可能性。彼女の想いという観点で見るなら、それは0ではなく、かぎりなく1に近い。彼女の片割れ自らそう言うなんて。
なんで彼は今、そんなことを俺に言うのだろう。俺は、あれが彼女ではないとそう……思いこむことで何とか立っていられるのに。俺を守ってくれるルクリースだって、それだけは守ってくれない。それでもイグニスは……イグニスだけはそれを支えてくれていた。その彼が今、その可能性を否定した。
どうしろっていうんだ。何を信じればいい?
ルクリースは俺に、心を閉ざすなと……そういった。それは人を信じなさいと言うこと。でも、みんなの言うことを信じたら、俺がいなくなる。ギメルを信じたいという俺の気持ちが丸ごと否定される。みんなのことは信じてる、信じてる……でも、これだけは別だ。
もう訳がわからない。姉さんのこと、シャトランジアのこと。いっぺんにいろいろなことを話されたせいもある。それが引き起こしたのは感情の洪水だ。多くの矛盾した心が俺の中を駆けめぐる。
初めて数術を使ったときに似た感覚だけどあの時の比じゃない。
空気を吸ってもそれが燃やされて体中に行き届かない。気持ちが悪い。身体が熱い。流れていく汗が、すぐに乾いてしまう高温が俺の表面を纏っている。
その異変に気付いたイグニスが俺に寄ってくる。彼の白い手が俺に触れようと、迫る。来るな、来るな、来ないでくれ。
「……アルドール?」
「…っ、来るなっ」
伸ばされた手が触れるより早く、俺は後ずさる。その拒絶に彼の動きが止まった。その隙に俺は道から外れた森へと逃げ込む。
今なら、彼まで燃やしてしまう。制御できない。
でも、俺はそんなことはしたくない!絶対に。
何をしようとしまいと、結局はイグニスはイグニスなんだ。その絶対は揺るがない。
間接的に姉を殺されたとしても。その死を肯定されても。俺は彼を許してしまう。そんな風に簡単に何もかもが許せてしまう、自分が許せない。
姉さんのことは嫌いじゃなかった。でもイグニスのことはそれ以上に……
少しだけ肯定出来ていたはずの自分がどん底まで落ちていく。嫌いになっていく。
その混乱が引き起こす混ぜ合わされた感情は、怒りに似た何かに変わり、俺に数術の発動を促していく。
もっと人気のないところへ。消化の出来る場所へ。それを求めて、俺は思い通りにならない身体で走る。
「はぁ……っ、……くっ」
帰り道も見失うほどに、俺は無我夢中で走った。
その先、ぶち当たった川。
ここなら、水の元素が満ちている。俺の炎をきっと抑えてくれるはず。
そのほとりに立って俺はトリオンフィを引き抜いた。
すぐさま展開される数術は、青い光に変わって激しい熱風を引き起こす。
熱風が肌を撫でるのを感じた俺は咄嗟に剣を足下に突き立てる。
俺を中心に、空へと立ち上る青い火柱。それが森を焼いていく。
俺が出した炎が俺を焼くことはない。それでも、風は別だ。熱風に俺は弾かれ、柄から手を離す。
倒れ込んだ俺の内側で尚も燻る激しい炎。熱さで揺れる視界。辺りは俺の数術が生んだ炎の元素が青く輝き、俺の命令のため待機している。何時でも燃え上がることができるのだと。消すことが出来るのだと。それでも炎達は俺を燃やすことは出来ない。俺がどんなに俺が嫌いでも、炎は俺を傷付けない。
(消えて、しまいたい……)
もっと昔みたいに余計なことを考えないでいられたら。ただ、イグニスとギメルのことだけを信じられたらいいのに。
広げた心は雑音を生んだ。疑うこと、信じられない苦しさを。
俺は自分の力が燃やすだけだと思っていた。それは誤り。俺が消えてしまいたいと念じたとき、周りの元素が明るく輝いて数字が並び、何かを引き起こす。
炎を出したときとは違う数値配列。それは何を作り出そうとしているのだろう。力の暴走で起き上がる力も残っていない俺は、ぼんやりそれを見つめる。
完成したらしい数式の書き換え。それが放つは白い光。まばゆい光に拓ける景色。俺は目と鼻で、それが燃えても焦げていないことを俺は確認した。
ここはどこだろう。森には見えない。もっと拓けた場所だ。
よくわからないが大きな数術を二度も使ったのだ。それなりに疲れているが、数術に慣れたのだろうか。頭が痛むが気を失うほどではない。
気持ちだけなら逆に落ち着いている。心のもやを全て数術に変換した。だから平静を取り戻せたのか。
目の前に誰かの足。革靴だ。山歩き用のスパイクが付いている。踏まれたら痛そうだな。
誰かが探しに来てくれた?こんなに早く?そんなわけがない。
みんなこんなごつい靴は履いてなかったはず。大体俺たちは山越えをするわけでもないのだから、歩きやすい軽い靴の方が良い。
ルクリースだけは重い革靴を履いていた。なんでも彼女が独自に改造した一品らしく、蹴って骨を折ることも可能なのだとか。
「……行き倒れか?」
低い男の声。足が……いや、その足の持ち主が俺に声をかける。その声に視線をあげると……
ああ。そうか。俺はAだった。エースは……最低幸福値のカード。
そもそもカーネフェルには男が少ない。そりゃあ居るわけがないだろうそんな若い男が。
いるとしたら……そいつはカーネフェル人ではない。
男は漆黒の髪と夕日よりも赤い色の瞳をしていた。タロック人だ。それも、かなり血の濃い純血の。
まだ若い。二十を少し越えた辺りだろうか。それにしてはなんというか冷たい印象。無表情ではないのだが、表情の変化に乏しいせいかそういう印象を俺に持たせた。
影を感じさせるそれがよく似合っているのが不思議だった。俺がそれを真似したところで、ここまで格好は付かない。色のせいだろうか。
彼には黒がよく映えていた。髪だけではない、彼の纏うものの多くがその色。マントは黒。起き上がってから目に入った彼の馬も黒。俺が同じものを周りにおいても多分全然似合わない。
これだけ血の濃い彼は真純血だろうか。真純血のタロック人なんて初めて見る。
セネトレアの商人達は純血とは言っても血は薄まっている混血だ。何十年か遅く生まれていれば彼らも商品としての混血だったのかも知れない。
彼らの灰や茶色の髪とは違う、黒と赤。
暖かみを感じないその二つの深い色。突き放すような何にも染まらない美しい色だった。侵略者という言葉を冠するのが勿体ないような、綺麗な色だった。
そんな綺麗な色から発せられたのは、とても流暢とは言い難い発音。
「モシモシ、君ハ何処ノ村ノ子供?行キ倒レカ?」
男は俺がタロック語が解らないと思っているらしく、カーネフェル語を使おうとしていた。
だがそれはどうも片言のように聞こえて、俺はつい吹き出しそうになる。
悪い奴じゃなさそうだ。昨日の混血は、こちらがタロック語を使えないと言うだけで殺したのに、この男は此方に合わせようとしてくれている。
いやでも悪い奴か、少なくともここに侵略に来ているのだから。
「あの、俺……タロック語わかりますけど」
これ以上片言に耐えられず打ち明けてしまったが、それはそれで気まずい。
恥をかかせたとかいう理由で俺斬られたりしないだろうか。いや、大丈夫か。カードはカードにしか殺せないらしいし。そもそも俺のタロック語自体がちゃんと伝わっているか怪しい。シャトランジア共通語を使うか? あれなら伝わるはずだけど……カーネフェル人で共通語をきちんと話せる人間も少ない。カーネフェルの人間は、カーネフェル語さえあればここで生きていけるから。共通語を使った時点で俺の正体が怪しまれる。今更言い直せやしない。
俺は青年を、怖々仰ぎ見る。その途中で目に入ったのは黒金の荘厳な鎧や剣。着せられている感じは全くしない。場慣れしている?何の?戦争の、だ。
そうだ、そんな奴が敵国カーネフェルをわけもなく歩いているはずがない。十中八九彼は侵略者。そんな奴に俺はこんな事を言って良かったのか?
わき上がる俺の不安。彼の吐くため息。僅かに緩められた口元が作るのは安堵?
「そ、そうか……それなら、話が早い。道を教えてくれないか?」
良かった。話自体は通じている。ひとまず俺は安堵。しかし続く言葉に面食らう。
「え?」
「私はこれより北上する予定だったのだがな……どうやら道に迷ってしまったようだ。同僚が不調でな。こういう時にだけ役に立つ奴だったのだが、肝心なときに全く使えん」
同僚を怒っているようにも見えるが、どうやら彼は照れているみたいだ。
そりゃあ照れるだろうな。いい大人が迷子になって現地の……敵に道案内を頼むなんて。照れるというか、むしろ恥。腰のものを俺に突きつけ命を脅し無理矢理聞き出すことも出来るはずだし、そっちのほうが余程侵略者らしい。真純血なんだから、きっと良いところ出身の貴族なんだろうに、変な奴だ。プライドというものが彼には全く感じられない。
普通の貴族だったら俺はもう殺されているよな。通行を遮ったとかそんな理由で。
俺が彼に抱いたのは好感。俺はこの国の王になるはずなのに敵国の侵略者を良く思うなんて酷い話だ。
教えてやれるものなら教えてやってもいいと思い始めるけれど、あいにく俺も迷子のようなものなのだ。答えようがない。
「…………侵略者に道を教える人間が居ると思いますか?」
「いないだろうな」
妥協案はもっともらしい理由での拒絶。
怒るだろうか。でも俺はカードだから大丈夫。そんな風に思ったから俺は、生意気な返答。びくびく脅えるのも馬鹿らしいというか、そんな気力も残っていなかったのだ。
だから捻くれた心のままの言葉が口から滑り出る。
けれど俺の言葉に機嫌を損ねる風でもなく、男は普通に言葉を紡ぐ。
「私に下された使命は都を落とすことだ。船の恩があるセネトレアの略奪を止める権限はないが、少なくとも私の部下達には君の村を襲わせない。避けて進軍させよう。これでどうだ?」
部下って……この人、結構偉い人なのか?進軍って……え?そんなに偉い人でも道に迷うのか?
この人は、変な人間味を感じさせる人だ。素っ気ない見た目とのギャップが酷いなと思うが、悪い感じはしない。
侵略者っていう言葉の先入観。昨日見たもの。それがまだ頭にこびりついているけれど、こういう人間もいるのかと俺は思い直す。
敵と一括りにされても人間。人間だからいろんな奴が居て、属するところが同じでも違くてもそれぞれが違うことを考えている。
この人は悪い人じゃないと思う。それでもこの人に下されている命令は悪いことだ。俺が認めてはいけないことだ。
信じて欲しいと言われても、俺は信じて良いはずがない。
「……そんなの、信じられませんよ」
そうだ。親友を信じられない俺が、どうして赤の他人を信じられるというのだろう。
ふて腐れたようにそう言った俺に、男はなぜか笑みを零した。苦笑というのだろうか。それにほんの少しの痛みが見える不思議な笑み。
「私は……今ここで君を殺すことが出来る。しかし、それを私は命令されてはいない」
そう言って彼が俺へと放り投げるのは重い長剣。受け取った両腕が軋む。
「……なんで」
「殺す意図がないと理解してもらえたか?」
「……剣って、大事なものじゃないんですか?」
「ああ、大事だ。私にとっては命の次に……いや、それと同等のものだ」
彼は俺に命を預けている。見ず知らずの、敵国の俺に。
今俺がコレを引き抜いて彼を殺せば……指揮官を失って烏合の衆になる部隊がいるはず。カーネフェルのためを思うなら、俺は彼を裏切るべき。
でも俺は、彼自身には恨みなどないのだ。信じることは出来なくとも、裏切ることだって……出来ない。
「………えと」
どうしよう。
数術でわけのわからないところまで飛ばされました?信じてもらえるかも怪しい。貰えたところでいい方向に話が進むとは思えない。最悪、捕獲……悪用される。
迷子です。我ながら胡散臭い。限りなく本当なのに。
でもこれ以上焦らすのは、おそらく無理だ。謝るなら今。逃げるにしても今。嘘を吐いて適当な道を教えてお別れをするのも今しかない。
「あの……」
ていうかこの人、無言になると途端に怖い。威圧感が……そんな睨まれたら蛇に睨まれた蛙状態。何言おうにも口が言葉を発させてくれなくなる。
一度深呼吸をした後、やっと言葉を紡げそう。俺は彼に尋ねる。
「き、北……でしたっけ?」
今居るところがどこかは解らないけれど、さっきまでいた場所なら解る。そこからの場所なら地図で見た。方角も今の日の位置から何となくは解る。
「地図あります?」
「ああ…」
彼に教える振りをしながら、俺も自分の帰り道でも探そう。
ギブアンドテイクだ。
もし彼に教えたのが間違っていても仕方ない。その時は運が悪かったのだ、彼の。敵だし、侵略者だし……その時はその時だ。気に病むことではないはず。
むしろそっちのがカーネフェルのためだ。
彼が示すのが大体の現在地。地図上の点は、さっき俺がいた場所からそこまで離れているワケではなさそうだ。歩いて帰れない距離でもない。
(それにしても……この人)
現在地が解るのに進行方向が解らないって言うことは、この人は日の読み方を知らないのか?
ああ……そうかタロックとカーネフェルじゃ日の位置が違って見える。それに大陸は広い。彼の常識が通用しないのも無理はない。
その常識で進んだのだろう。それで迷ったと。
「ええと、ここがテジャスですから…ここからまっすぐ進んでそのままザビル河の方へ向かえば良いんですよ」
「何?ここがテジャス?此方ではないのか?」
「いえ、その街の隣です」
なるほど。そこで地図を見て、目印にした都市名を間違えたのかも。それでさらに迷ったと。あの片言なら無理もない。
「助かった。恩に着る……君の家は何処だ?」
重い剣を彼へと返しながら、俺の口から出た名前はこれからの家。
「俺の家は……ローザクアです」
「……そうか」
「攻めるの止めてくれませんか?」……そんな含みを持たせた俺の言葉に、彼はすまないと小さく一言言い残す。
彼自身が悪い人ではなくとも、彼にとって命令は絶対のもの。命令以外なら見逃す優しさを持っていても、彼は命令だけは覆せないのだろう。
「タロックの王様って、どんな人ですか?」
狂王と呼ばれているその人。
この人はどうしてそんな王様の命令に従うのだろう。悪い人ではない彼が、悪い人に従う理由が知りたかった。
「……優しい方、だった。私の憧れだった。剣を捧げるが私の喜びだった」
確かな誇りと悲しみ、深い苦悩を持って……過去形で語られる人物。この人は、今の彼が悪であるとは気付いているのだ。
「悲しい話だが、変わらない物などこの世界にはないのだろうな」
「変わったのに、貴方はついて行くんですか?」
「君も、そういう人に出会えばわかる」
それが良いことなのか悪いことなのか。彼は教えてくれなかった。たぶんそのどちらでもあるのだろうと俺は感じた。
「私が言えるようなことではないが……君が出会わなければいいと願う。君には剣よりも農具の方が似合いそうだ」
不意に頭を撫でられた。驚いて俺が目を見開くと、彼はやはり少し苦しげに笑うのだ。
そんな顔をされると、驚いた俺が気に病む。でも、普通驚く。親にも撫でられたことがない俺が、敵に頭を撫でられるなんて思わない。
消えていく一人と一匹の後ろ姿を見守りながら、あの人には二度と会いたくないなと思う。
死んでくれないかな。俺の知らないところで、ひっそりと。それか、撤退してタロックで隠居して適当に余生を送ってくれないだろうか。
ルクリースは、恨みも何にもない人間の方がずっと殺しやすいと言っていたけれど、俺は恨みのないあの人を易々と殺せるとは思えない。例え俺に力があっても。
それとも俺は……今の人に心を開いてしまったのだろうか。心を閉ざすなとは言われた。それでも……何も敵にまで心開くことはないだろう。
大丈夫。俺は、何とも思っていないはずだ。
「変わったのに……ついて行く、か」
きっとあの人は……狂王が好きなんだろう。例え変わっても、見放せないのだ。
変わらないものは何もない。そう告げた彼だけが変われないまま、取り残されているように見えた。
まるで、俺みたいに。
イグニスもギメルも変わった。それはたぶん自然なこと。
二人がいない二年間、心を凍らせていた俺は、あの時から変われていなかった。
俺の時間は、カードになった時からようやく時を刻み始めた。
その二年の時間の差を、俺は壁のように感じている。でも俺も、これからきっと変わるのだ。
時間がいつか、その壁を溶かしてくれる。
「アルドールっ」
「……イグニス?」
振り向くより先に、襲いかかる衝撃。落下しながら彼が俺へと抱きついた。
珍しく感情の揺らぎを感じる、イグニスの声。
「良かった……君に何かあったらっ、ルクリースさんに半殺しにされるところだよ…」
俺を捜索、空間移動で飛んできたのだろう。疲労が酷い、肩で息をしている。
そんな時でもイグニスの言葉は無駄な装飾が多い。
俺のためとも自分のためとも取れる言葉だが、彼の心配は感じられる。神子じゃない、イグニスの。
しばらくそのままでいたが、俺が起き上がる気配を感じた彼が俺から手を離す。
「帰ろう、アルドール」
空間移動のため、差し出された手。俺にはそれが再会したときのそれと重なって見えた。
彼の手を取ることの意味。俺はそれをちゃんとわかっていなかった。手を取ると言うことは、選ぶと言うこと。
俺は彼の手を取る代わりに、その手で掴んでいたものを失う覚悟を決めなければならなかった。それが姉さんでありトリオンフィの家だった。
これからも、何かをこの手に奪われるかも知れない。それでも俺はこの手を掴めるだろうか。
変わらないものなんて何もない。それでもこの手を取れるだろうか?
「そうか……イグニスだったのか」
あの騎士の言葉を俺は理解した。掴める。俺は、出会っていた。
多分俺は、これから何度もこの手を掴んでしまうだろう。
嫌いになんてなれない限り、俺は何度もこの手を取る。彼を、自分を許してしまう。
「……何?」
俺の言葉、俺の視線に疑問の声を上げる彼。
手を掴んだ瞬間、感じる罪の重さ。俺に背負えるだろうか。
犠牲の肯定。こんなに辛いことだなんて俺は知らなかった。何かを手放しこの手を掴むことは、この手すら失うことなのだ。
何も掴めない。この手には何も残らない。
俺の大切な人たちの犠牲。その犠牲の上に、多くの誰かが両手に幸福を掴むだろう。
この手を振り払うこと。それは今更だ。戻れない。
そうしたところで失われた命は帰らない。俺が無自覚に犯した罪はなかったことになどならない。
歩き出した俺がここで立ち止まれば、俺は無意味。俺が犠牲にしたものも、無意味。
姉さんは、死んでも意味さえ与えられない存在に成り下がる。
彼女の犠牲は、俺がこの道を歩み続け何かを為せたとき……ようやく意味を持つ。これからも犠牲は増えていく。俺はだから立ち止まれない。両足で踏んでいるものを無価値にしてはいけない。その命の重さを、尊さを。
「イグニスは、……俺を助けてくれるよな?」
傍にいてくれるとは聞けない。果たされない約束なんて虚しいだけだから。
「……何今更」
当然のように返される声。それだけでいいんだ。彼の声が俺の背中を押す。
「いや、それならいいよ」
俺は歩ける。きっと歩ける。例えこの手を失っても。
*
教えられた方向に愛馬と駆ければ、見覚えのある野営地。私は無事に戻って来ることが出来たようだ。
心の中でもう一度少年に礼を言った後、私は一つのテントへと向かう。
昨日別れた同僚は、片腕を亡くした姿で帰ってきた。
こんなのでもあの方のお気に入りだ。捨て置くことも出来ないだろう。
生憎数術使いなんて彼以外には居ない。彼が自力で治すまでは応急処置が必要。
こんな色では街にも行けない。火傷に効く草でも摘んでこようと思ったのが……そもそもの間違いだった。
摘んできた薬草はどうやら無駄になりそうだ。
寝台の上で呻く少年の腕は二本ともちゃんとくっついている。目覚めて自力で治したらしい。
「殺す。絶対殺す……カーネフェル王」
数術使いというのは化け物のようだ。
どうやったのかは知らないが切れた腕を何事もなかったように再生させるのだから。
「……どこいってたのさ、双陸《シュアン=ルー》」
迷ったとも薬草を取りに行ったとも言えず、私は適当に自分探しだと答えておいた。我ながら無難な答えだ。
「あっそ。寂しい奴」
……と思ったのだが、どうやら不評だ。
やっぱり捨て置いておけば良かっただろうか。そんな気がしてきた。
「そういうお前こそ……寝ぼけたのか数術使い殿?カーネフェル王なら先の軍が討っただろう」
「いるんだよまだっ!生まれたんだクラブのエースが!」
目覚めて早々怒鳴り散らすとは元気なことだ。
(……エース?)
その言葉に私は引っかかる。エースとは確か……あの方の手に刻まれた文字のこと。王の証だ。
クラブとはカーネフェルの象徴。
単純に考えるなら、カーネフェル王が生きていたと見るべきか?では討たれたのは影武者?
しかしこの少年は今、生まれたのだと言った。
「即位なんかさせちゃいけない。このまま都を落とせば、士気はがた落ち!タロックの勝利が決まる!」
「わかりやすく言って貰えないか?」
「だから王の後継者が居るんだ!見たんだよ昨日!あの村で!青い炎を纏った剣……数術使い!僕と同じくらいの子供だ!金髪で青目の男!今すぐ手配するんだ!見つけ次第僕が処刑する!」
「待て。あの方の命令為しに……大体今度は都を落とした際に首をはねるべきだろう?」
今度こそカーネフェルの終わりを国民に見せつけなければ、戦争は終わらない。決定的なものとしなければ……
「それに後継者だと?王族の生き残りか?そんな者……全て根絶やしにしたのではなかったのか?」
「……知らないよ!僕の方が聞きたいくらいだっ!とにかく!長い髪の、三つ編みの青目の少年!そいつ見つけたら僕に教えること!いいな!」
そう言い残し、消える数術使い。
数術を使い、自分でも捜索を始めるのだろう。
もし見つけても……いつもこいつは一方的だ。やって来るのも居なくなるのも突然で、どうやって教えればいいと言うのか。
「長い……三つ編みの少年?」
その言葉に思い返されるのは、帰り道を見失った私が出会った子供のこと。
彼も十代半ばくらいに見えた。カーネフェルらしい金の髪に海のように青い瞳。
「まぁ、……人違いだろう」
カーネフェルであのくらいの年の男に会うのは初めてだったが……どうみても普通の少年だった。
黙る私に脅える様は、昔見た誰かのよう。
長らく離れていたせいで、話題が、会話がなかった。だから自然と無言になってしまう私に、会う度あいつもそういう反応ばかりしていた。
そうだ、何処にでも居るような、唯の子供だ。あんな表情の子供には剣など似合うはずもない。