#1
夏のうだるような暑さも、ひとたび冷房が効いた室内に入ると火照り過ぎた身体も暑さを忘れてくれる。
「─で、なんだよ?相談って···」
(まさか、妊娠したって訳じゃねーよな?おいおい、やめてくれよ?)
「私の思い違いかも知れないんだけど···」
「あ?あ、アイスコーヒー下さい」オーダーを伺いに来たウエイトレスにそう言い、冷たいおしぼりで顔を拭った。
「うん···。先週、かな?ほら、ふたりで映画観に行ったでしょ?」
「映画?まぁ、行ったけど?」腕時計をチラッと見ながら、言い返す。
「忙しい?」
「うん。それなりに···。で、なに?」
「ずっと、跡を誰かにつけられてるんだけど···」
「ストーカー?お前が?ははっ」頼んだアイスコーヒーが、テーブルに置かれ一気に半分飲んだ。
「最初は、通り道が一緒の人かな?って思ったんだけど···」
「うん···」歩美の話によると、午後大学を出る位からなんとなく背後から見られてる視線を感じるが、背後を見ても自分の事をジッと見る人は誰もいなく、アパートについて洗濯物を取り込もうとベランダに出たら、キャップを目深に被った男が自分の部屋をジッと見てたらしい···
「怖いな···。お前になんかあったら困るし。と言って俺が毎日送ってやれる訳にもいかんし」
歩美の大学が終わるのは、遅くても午後の16時。俺の仕事が、終わるのだいたい21時近い···
「うん···」
「どうにかしてあげ···あ!そうだ。お前バイト見つかったんだろ?なんのバイト?」
「うん?お化け屋敷だけど?」
「······はい?」
(雷でもキャーキャー言ってるお前が?)
「あぁ、モギリとか?」怖がりな歩美の事だから、てっきり受付やモギリだと思ったのに···
「ううん。おばけの役だよ。でも、耳栓するしずっと下を向いてるだけだから、怖くないって···。真也?どうかした?」
「いや···なんか、お前がお化けの役って···怖がりなお前が···」笑っちゃいけないのに、笑えてしまう。
「で、何時に終わるの?そのバイト」ぬるくなったアイスコーヒーを飲み干し、口元を拭う。
「だいたい21時には終わるの···」
「はいはい···。送ってけばいいんだろ?その変わり···飯食わせて。ほら、前にお前の故郷の煮物!また食いたいから!」
少し安心したのか、歩美の顔に笑顔が戻った。
「うんっ!!良かった!最近なかなか会えないから、なんか不安になっちゃって···」
「最近、ほんと忙しいんだよ。お前は、大学出たら俺の嫁になるんだから、その心配はねーけど」
「うん···」
カフェを出て、歩美をタクシーに乗せる。
「これなら、大丈夫だから。いいな?家からあんま出るなよ?」
「うん。ありがとう。じゃぁね!」
走り去るタクシーを見送り、慌てて社へと戻る。
(気を付けるように、言っておかないと)
社へ戻った俺に、課長はニコニコしながら、
「常務が呼んでる。早く行ってこい」と言う。
(これから忙しくなりそうだ)
帰り支度をした俺は、小さく笑った···