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落下する輝き

作者: 白河律


 それは、最初は――親友である彼女とのちょっとしたお遊びだった。

 お互いが気になっている男の子に〝ふたり〟で、お近づきになろうなんていう。


 ――女の子同士の些細な約束。


 そんな事を始めた最初の頃を思い出す。

 あの頃は今、思い出せば少し滑稽だったように思う。

 言い出しっぺの癖に、なかなか話しかけられない彼女を見かねて、その手を引いて彼の傍にふたりで行く。

 わたしが些か強引に会話を始めて、彼女がそれに続き、突然の事に戸惑いながらも受け応える彼。

 どこか不自然に始まるやり取りは――それでも途切れる事は無く、段々と回数を重ねる内に自然なものになっていく。

 それは詰まる所、わたし達のウマが合ったという事だった。

 春の陽気の中、桜色の季節――わたし達の時間は重なり始める。



 明日、どんな服で行ったらいいと思う……?

 初めて〝三人〟で出掛ける約束をした休日の前日、彼女から深夜まで携帯を通じて、そんな相談を受けていた。

 いつも通りでいけよ、面倒くさい。

 わたしは適当に返しつつ、クローゼットの前に立って、次々と服を取り換えていく。

 まったく……そんな風に相談されたら、わたしまで変に意識しちゃうだろ!


 その次の日。


 待ち合わせの場所に時間通りに来ていたのは彼だけ。

 わたしは少し遅れた。

 彼女は……十五分くらい遅れてやって来た。息を切らせながら、折角めかしこんだ格好を少し乱しながら。

 必死に何度も謝る彼女を、わたし達は笑って許す。

 何ともそんな事が彼女らしかったからだ。

 そんな事が許せるくらいには、わたし達はお互いの事が分かり始めていた。

 それから事前に立てた予定通り映画館に入り、食事をしてから街を見て回った。

 そこには互いに必要以上の気兼ねなんて無くて、ただただ楽しい時間が流れては過ぎ去っていった。

 学校が夏休みに入ってからも、それは変わらなかった。

 プールに夏祭り、花火……ああ、遊び過ぎて宿題が三人とも終わらなくて、最終日に夜通しでした事もあったっけ。


 この〝三人〟の関係をなんていうか、わたしは知らない。

 多分、世界の何処を探してもきっと言葉に出来ない関係だと思った。


 暑い夏の日差しは陰る事無く、わたし達を照らし続けた――その輝きは駆け足で過ぎ去っていく。



 秋――落ち葉が深く色付いて、落ちていく季節。

 その中でもわたし達は〝三人〟だった。少なくとも周囲には、まだ表向きはそう見えていたと思う。

 でも段々と、ズレていく。


 ――わたしだけが。


 彼が、彼女が〝ふたり〟だけが、ふと雰囲気を合わせる事が多くなっていく。

 それは、わたしだけが入り込む事の出来ないもので焦りを覚えた。

 〝三人〟でいる時でも、わたしだけがひとりだけでいるように感じる時がある。

 その時間が段々と増えていく。

 〝ふたり〟だけの時間が積み重なっていく。

 その事にふたりも気が付いて、申し訳なさそうに合わせようとしてくれる。


 ――むしろ、その事の方が辛かった。


 色付いていく〝ふたり〟の想いの間で、わたしだけが取り残されていく。

 その中でわたしの想いは行き場無く、誰とも重ならずにわだかまり始める。



 冷たく乾いた空気が連日のように吹く季節。

 黒く厚い雲が空を覆うある日に、わたしは学校から〝ひとり〟で帰路に着いた。

 直ぐに家に帰る気も起きず、だからといって何処かに寄る気にもなれず、歩き続けていると、ふと気が付いた。

 空から輝きのように、白いものが降ってきている事に。

 それは生まれたてのモノのように、純白で純粋なモノのように見えた。


 ――雪だった。


 それは音も無く振り続いて地面に堕ちると、直ぐに土に塗れて薄汚れてしまう。

 それを掬って固めてみても、やはり白の中に土が斑のように混じってしまう。

 ふう、と息を吐く。

 白い、白い――けれど、直ぐに消えていく。

 身体が震える。視界が滲んで揺れている。


 ――わたしは泣いていた。


 もう限界だった。

 もう気持ちを抑える事が出来なかった。

 涙を零しながら、嗚咽を零しながら泣く。


 〝わたし〟はひとりきりになった。

 彼が、彼女が〝ふたり〟になったから。

 きっとふたりも、この雪をどこかで〝ふたりきり〟で見ているのだと思う。


 わたしは選ばれなかった。

 重ね合わせていく時間の中で、彼は彼女を選んだ。

 彼女と交わした最初の約束を思い出す。


 ――ふたりで。


 嘘つき――


 いや、違う。


 こんな約束、きっと最初から守れる筈がなかったんだ。

 わたし達はお互いに少なからず、彼に惹かれていたからこそ成立した約束だったから。

 そして、それから彼もまた時間を重ねていく事で――彼女に惹かれていった。

 ただ、わたしの想いだけが届かなかっただけだった。


 わたしの想いは堕ちていく。

 あの夏のような眩しい時間を折り重ねて生まれた想いは――堕ちて汚れていく。

 〝三人〟で楽しかった頃の日々の思い出を、悲しみの色だけに染め上げていく。


 想いは、思い出は――堕ちるまでが綺麗なものなんだって、今になって気が付いた。


 わたしは好きだったのだ。

 彼女が、彼が〝三人〟でいる時間が。

 そして、何よりも彼の事が――


 ――わたしは彼が好きだった。


 もう、この想いは届ける事が出来ない。

 彼を、彼女を悲しませてしまうから。


 それでもこの想いを、忘れる事は出来なくて――


 汚れた雪玉を、近くの壁に投げつけて割る。

 それでも想いが、思い出が止まらなくて、何度も汚れた雪玉を作っては投げ続ける。


 〝ひとりきり〟でわたしは泣き続けた。

 降り止まない白い雪の中で――


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