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■第3話 名前


 

 

『ねぇ、あたしの名前知ってる?』


ミホの問いに、『サワタニ。』とボソっとひと言だけ答えたキタジマ。

 

 

 

 『じゃなくて! 下の名前だってば。』

 

 

 

呆れ気味に小さく笑ったミホ。


木漏れ日をつくる公園樹のケヤキの卵型の葉が幾層も重なり、ミホの涼しげ

な目元や、何故か日焼けしない真っ白な頬や、いつも上機嫌に口角が上がっ

ている口元にやさしい葉影を映し出している。

 

 

いつもの日曜日の散歩。

いつもの公園の噴水が見えるベンチに、ふたり。

 

 

キタジマは ”苗字ではない方の名前 ”を問われ、一瞬照れくささを必死に

誤魔化す苦い顔を向けると、更に一拍おいて 『・・・ミホ。』


聞き取れるか聞き取れないかぐらいの蚊の鳴くような心許ない声で、小さく

小さく答えた。

 

 

すると、ミホはキタジマの口から聴こえた自分の名前に、嬉しそうに満足そ

うに、やはり上機嫌に上がっている口角を更に三日月のように吊り上げて、

数回『うんうん』と頷くと、腕を伸ばしその華奢な手を出して広げた。

 

 

涼しげな生成色のコットンシフォンシャツの袖口から伸びた細くしなやかな

腕にキタジマは一瞬目を奪われる。しかし、すぐさま慌ててミホの指先へと

意識を集中する。

 

 

すると、

 

 

 

 『サ・ワ・タ・ニ』

 

 

 

ミホは自分の苗字を一文字ずつ区切って数え、その文字数分だけ指を折って

ゆく。


親指・人差し指・中指・薬指と順に折りたたまれ、小指だけが立つその指で

『4文字。』 とキタジマの顔の前にそれを突き付けた。

 

 

そして続けて、『ミ・ホ』と同じように下の名前も数え、指を組み替えると

人差し指と中指でピースサインをつくった。

 

 

それを黙って見ていたキタジマは、ミホが何をしているのか全く分からず小

首を傾げ、確かに2文字であるそれをイマイチ理解出来ていない面持ちで、

『・・・あぁ、うん・・・。』と鈍くもどかしい反応を示した。

 

 

そんな歯がゆい反応も想定内とばかり、ミホは想像どおりのキタジマに可笑

しそうに頬を緩めて、ほんの少しだけ前のめりになり再び手を差し出す。

 

 

 

 『キタジマ君も一緒でしょ?


   ”シュ・ン ”で、2文字。

 

 

  ・・・2文字の方が平和じゃない?』

 

 

 

 

  ( ”平和 ”ってナンだよ・・・?)

 

 

 

キタジマは再びミホが指を折って数えた ”シュン ”という自分の名の2文

字を表す、目の前の白くて細いピースサインをぼんやりと見つめた。

 

 

”平和 ”の意味が正直よく分からなかった。

苗字より ”短い”と言いたいのだろうか。

 

 

すると、やはり言いたい事が伝わっていないキタジマが可笑しくて仕方なそ

うにミホはクスクスと笑い、突然ピョンと飛び上がるようにベンチから立ち

上がった。背中を向けて立つミホのミニ丈の空色ショートパンツから伸びる

脚に、今の今まで座っていたベンチの等間隔の板座面の跡がクッキリ付いて

いてほんの少し赤くなっている。


脚も腕も髪もミホそのものを表すように、真っ直ぐでナチュラルで飾り気が

なくシンプルなそれ。キタジマの目は一気にその後ろ姿に囚われる。

 

 

 

 『・・・だから。 平和な方でいかない?』

 

 

 

ミホがくるりと振り返り、そう言ってまた眩しそうに笑った。

 

 

振り返る動作に併せて揺らいだ黒髪が、ケヤキの樹の隙間から差し込む光に

反射して、まるで清流のように輝きたゆたう。


それはあまりに眩しくて、思わずキタジマはそっと目を伏せた。

 

 

 

 

盛夏の午後は照り付ける日差しが強かったけれど、木陰のベンチは日陰にな

っていて、ぬるいけれどなんだかやたらと心地良い風を送ってくれる。

 

 

 

 『ん・・・


  ・・・わかった。』

 

 

 

下の名前で呼び合う照れくささを隠すように俯いて、どこか不機嫌そうにキ

タジマが前髪を意味も無く指先で少しいじり、ポツリ呟いた。

 

 

やたらと時間が掛かって聴こえたその返事に、ミホは再びくるりと前に向き

尚って真っ直ぐ噴水から吹き出す水飛沫を見つめる。


腰の辺りで後ろ手に組んだ細い指先が、嬉しそうに恥ずかしそうにほんの少

しだけ桜色に染まって絡まる。

 

 

 

必死に噴水を見つめるミホの頬もまた、指先と同じそれに染まっていた。

 

 

 


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