行方不明と失踪
零華が友達と晩御飯を食べて帰るというので、今日は1人で帰っている。BGMは、2000年くらいに発売された女性シンガーのアルバムの11曲目。歌詞の意味のわからなさが結構好きなんだけど、同い年で聴いてるやつはあんまりいないんだよなぁ。まぁ、自分たちが生まれた頃の曲なんて普通聞かないか。この手の話を人とすることがないので本当のところはどうかわからないけれど。というか、学校で人と話すことがそもそもそんなにないのだけれど。
僕は学校に友達がいない。
小学生の頃はそれなりにいたはずの友達もなぜか中学に上がった途端に疎遠になり、中学ではより良い高校にと思って勉強に従事していて、友達ができなかった。部活にも入ってたんだけどな。
高校ではもはや友達の作り方なんてもうよくわからなくなっていて、結局学校では1人でいる。今思えば小学生の頃の友達も友達ではなく、あれはサッカー仲間だったんだろうな。
仲間と友達はだいぶ違う、と仲間も友達もいない僕はそう思う。仲間も友達も両方いたらそうは思わないのだろうか。
でも、まぁ友達がいないのは別に気にしていない。いまどき友達の少ないラノベの主人公なんて珍しくないし。友達がいない代わりにハーレム形成しているやつも多いけど。それはまぁ別にいいや。甲斐性がないのは自分でよくわかっている。
1人で歩く裏道はとてつもなく暇だ。特に何があるわけでもない普通の住宅地に面白味なんてあるはずもない。
別にお腹も空いてないしちょっと寄り道して帰るかと思って、僕はよく知らない曲がり角で曲がった。
その先は行き止まりだった。この辺は住宅街だからなぁ。しょうがないかと、もと来た道を引き返す。
裏道にそろそろ出ようかというところで1人の男に出会った。黒いスーツに黒いネクタイをして、その上から白衣を着ている。近くに止まっている黒い車もこの男のものだろう。僕がこの道に入る時にはまだ止まってなかった。
その男が僕に気づいて、話しかけてくる。
「そこのお前、この奥に怪我人を見なかったか?」
怪我人どころか普通に人を1人も見ていない。
「いえ、見てないですけれど」
「そうか」
「怪我人ってなんか事件でもあったんですか?」
そこに怪我人がいるのが当然のような聞き方に違和感を覚えた僕は、その男にそうたずねる。
「さぁな。俺は依頼があったから来ただけだ。今回はいたずらだったようだが」
「依頼って、何のですか?あなたは何者なんですか?」
「俺は霧島誠治。医者をしている。医者と言っても闇医者だがな」
なんでこの人そんなことを笑いながら言えるんだよ。全く笑えねぇ。
闇医者に依頼ってことはまぁそういうことだろう。事件かと僕は聞いたけれど、あながち間違ってはいなかったようだ。
「そういう君は、学生かな?制服は着ていないようだが」
うちの高校に制服着用の義務はなく、僕は一年を通してほとんど制服を着ることがない。
「ええ、そうです。私立応教高校2年の霜鳥空音です」
僕は生徒証を霧島さんに見せた。霧島さんは僕の手からその生徒証をとって、眺める。そして、スーツの内ポケットからカード入れを取り出し、そこから名刺を取り出して俺に渡した。そこにはさすがに闇医者とは書いてなかった。
「応教高校ね。まぁ未成年だからそんな事態にはならないとは思うが、何かあったら連絡してこい。金さえ払えば学校にも内緒で手術でも何でもしてやる」
「えっと、はい。ありがとうございます。とりあえず、生徒証を返してもらってもいいですか?それ、名刺じゃないんで」
◆◆◆◆◆
そんなことがあった翌日、日曜日。昼間から俺は孤児院の共同スペースでソファに座ってテレビを見ていた。ちなみにテレビもソファも零華が作ったものだ。ソファはともかくテレビの中の構造までしっかり作れてるのはどういうことなんだろうか。
休日というのは本当にすることがない。平日は学校があるので授業をぼーっと聞いて時間を潰せるのだけれどそれもできないし、バイトでもないと時間が余って仕方ない。
遊びに出かけるにしてもこの辺り何もないしな。都心から電車で約30分のベッドタウンには特に遊ぶ場所がない。都心に行くにはそれなりに便利ではあるのだけれど、特にすることもないのにわざわざ電車に乗るのも面倒くさい。家の近くにある大手スーパーの中にはゲームセンターがあるけれど、景品が欲しければ零華に作ってもらえばいいし、特にしたいゲームもない。
そんな訳で休日はゴロゴロと何もせずに過ごしている。
目を覚ました。どうやらソファで寝てしまっていたようだ。テレビがつけっぱなしになっている。
昼のバラエティ番組が終わって夕方のニュース番組が始まっていた。もうこんな時間なのか。
零華はもう帰ってきてんのかな。帰ってきてんなら起こしてくれればよかったのに。僕はそう思って2階に上がる。
「零華、もう帰ってる?」
零華の部屋の扉の前に立ち、ノックをしながらそう尋ねる。
「あっ、起きたんだね。おはよう」
零華の部屋からそう返事が返ってくる。呑気な声だった。僕はドアを開けた。そこには回転する椅子に座って何やら作っている零華がいた。
「起こしてくれればよかったのに。それかテレビを消すか」
それか毛布をかけるか。
……まぁいいや。
「いやぁ、結構ぐっすり寝てたから起こすのはかわいそうかなぁと思って」
次からは起こすよ、と零華は笑った。可愛いから許してやろう。
「で、何してんの?」
僕は零華にそう問いかける。
「最近物騒だからね。護身用の武器を作ってるんだよ」
そういえば昼間に連続失踪事件とかなんとかニュースで言ってた気がする。ところで、失踪と行方不明はどう違うのだろうか。明確な意図が見えれば失踪、みたいな感じでいいのだろうか。
「護身用って催涙スプレーとか?」
女の子が持つ護身用グッズならそんなものではないだろうか。
「それでもいいけど、メガネでもしてたら効かないからね。不審者がメガネをかけてないとも限らないでしょ?」
……確かに。なら、どうするのだろうか。
「相手が男なら股間を蹴って終わりなんだけど、不審者が男とも限らないしね。世の中男女平等を目指してるわけだし」
なかなか恐ろしいことを考えている。使えなくなったら可哀想すぎるだろう。まぁ、護身術というか、撃退法としては間違っていないけれど。
それと、不審者に男女平等は関係ない。
「というわけで、護身用の武器だよ」
ホイッと零華から手渡される。
手渡されたのはナイフだった。刃渡り6・7センチくらいの折りたたみナイフだ。普通に武器じゃねえか。武器っていうか凶器だ。
「犯罪だろ」
「自衛目的だよ。それに銃刀法には引っかからない」
「たぶん他の法律に触れるし、自衛目的でも認められてない」
「バレなきゃいいんだよ。街中で振り回したり、職質でも受けない限りは平気平気」
この子の倫理観が不安になってきた。
「ってか、お前の護身用じゃなかったのかよ」
てっきりそうだと思ってた。女の子が持ってなきゃならないってわけじゃないけどさ。というか、この護身用武器はそれこそ男女平等に持ち歩いてはいけないものだと思う。
「私はあらかじめ作っておく必要がないからね」
「そりゃあそうだろうけどさ。万が一ってこともあるじゃんか。備えあれば憂いなしという言葉を知らんのかね」
僕は偉そうに零華に説教する。半分悪ふざけ、半分本気だ。
「人に備えてもらってる人が何言ってもねぇ」
逆に呆れられてしまった。
「それに、万が一も億が一も起こらないから安心して」
そう自信満々に返されると何かしっかりとした根拠があるのではないかという気がしてくる。
「何を根拠に」
「私だから」
何を自信満々に言ってるんだよ。
ちゃんとした根拠なんてありませんでした。
「理由になってない」
「科学的に証明されている」
「嘘つくな。科学的という言葉が万能だと思うなよ」
最近、科学的といえばなんとかなると思っている人が多すぎる気がする。
「万能なんていらないよ。だって私、全能だもん」
「全能と言っていいのは神様だけだ」
正確には全知全能だけれど。
「じゃあ、私は神様だ」
あぁ、もういいや。心配しても無駄だろう。
「そういえば、昨日よく知らん人から名刺をもらったんだよね」
もちろん、自称闇医者の霧島さんのことだ。
「名刺?へぇ、見せて」
僕は自分の部屋から昨日もらった名刺を持ってきて、零華に手渡す。
「これ、どこでもらったの?」
それを見て、零華は興味を持ったのかさらにそう聞いてくる。
「というかお前、神様なら聞かなくてもわかるだろ?」
「私、全能だけど全知じゃないの。全知は5歳の時に人に押し付けた」
「人に押し付けたってそんなに簡単にできるのかよ」
それを聞いて零華は笑う。
「全能を使って全知を人に押し付けたんだよ。あれ、持ってても面白くないからね」
面白そうだけれど、それは僕が持ってないからなのだろうか。
「たぶん持ってる人は特に意識してないんじゃないかな」
「そんな程度の扱いなのか⁉︎」
全知があればもっと楽にテストの点が取れそうなのに。
「実際、全能さえあれば全く困らないし」
そりゃそうかもしれないけどさ。って、何こいつがさも神様であるかのように話してんだよ。こいつは人間だ。たぶん。
「全能があれば全知もできるってことか?」
「もちろん」
えーっと、じゃあ結局僕に聞く必要ないじゃないか。
「なら、僕に質問するな」
「はいはい、自分で調べますよっと」
零華は自分のカバンをガサゴソと探りはじめる。スマホと充電器とイヤホン?なんかそんな感じのものがカバンから出てきた。
「何それ?」
「GPS受信機と盗聴セット」
なんだその犯罪臭漂うものは。こえーよ。
「なんでそんなものを取り出したんですかね」
「いやいやいや、わかるでしょ?ソラにGPS発信機と盗聴器を仕掛けてるんだって」
僕は自分の体を探り始める。
どこだ?どこに仕掛けてあるんだ?
そんな怖いもん僕につけるんじゃねぇよ。
「無理無理、探したところで見つかんないよ。見つかったところでどうせ他にもあるから。体の中にも」
え!?嘘。嘘、ですよね?体の中なんて胃カメラじゃないんだから。
「で、どんな人だったの?」
零華は誤魔化すようにそう聞いた。僕はなぜかそのまま流されるように質問に対する答えを考える。
「どんな人って、どうなんだろうな。しっかり会話をしたわけじゃないからわからない」
強いて言うなら変な人だった。変人といってもいい。
「今までに会ったことがあるとか、なんとなく見たことがあるような気がするとかは?」
僕は記憶を辿る。5歳の頃までしか戻れなかったが、見た覚えはなかった。
記憶を辿るとかなりの数の黒歴史やトラウマがフラッシュバックして精神的に辛い。
「特にないな」
僕がそう言うと、零華はホッとしていた。
「そう、ならいいや」
「なんでそんなことを聞くんだよ」
「会話からあまりいい印象は抱かなかったから、かな」
まぁ、闇医者だからな。
「職業だけじゃなくてね、名前もなんだけど」
名前?霧島なんてよくある苗字だし、下の名前もあまり特殊なものではないと思うのだけれど。
「まぁ、なんにせよあまり関わらないでね。怪我なら私の方がうまく直せるから。傷跡一つ残さない自信があるよ」
「神様だからな」
「何言ってるの?神様じゃないよ。神様級に可愛いけど、れっきとした人間だよ」
「お前、さっきと言ってることが違うじゃねえか」
これだと僕の頭がおかしいみたいだ。
罠か?罠なのか?
そうやって零華と他愛もないどうでもいい話をして、僕の平和な休日は終わった。




