いきなり頂上決戦『大和VSサガワ(※大手宅配業者ではない)』
『有給なんてもん取れるわけないだろ、ウチのセンターがギリギリだって、お前が一番分かってるよな』センター長の怒鳴り声が響く。
『だいたい携帯の電波が届いてるのが一番怪しいんだよ!そこは本当に異世界なんだよなあ!?』
「いやーそういわれましても…」平行世界に詳しい方急募。そんなことを思いながら、さらなる条件を模索する。
『いいか、橋下さんが代理出勤受けてくれるかわからんが、お前今度14連勤だぞ』
「はい、もうそれでいいです。それがなかったら命に関わるんで」
そんな適当な嘘をついて通話を切る。
はあ…肺の中のものをあるだけだした深いため息。
海岸沿いの宿を取り、われわれ戦争女王とゆかいな仲間たちは明日に備える。
明日、人魚たちの住まうマルトロル島に出向き、勇者一行を討伐する。
その英気を養うべく…今晩餐が開かれている。夕方あれだけ食べたのに。
「うむ!大和の(海の)ミルクは濃ゆくて、格別じゃ」
「陛下、そんな下々の採ったものなど食べず、私の大きいものをどうぞお召し上がりください」
「ベルガ隊長、姫の調子に合わせないでください。姫が言いたいのは下ネタだけですよ」
『なんでそこに俺の名前がつくんですかねえ』そう思いながら食堂の方を見やる。
右には淡々とした調子でカキの殻を剥くメイド長。
左には自分の採ったカキはそれだと指差すベルガ隊長。
こんな調子で宴は深夜三時まで続いた。
翌日、手漕ぎボート10艘でマルトロル島に上陸。島の奥にある祠を目指した。
「うー気持ち悪いー」と船酔いの女王。
出発の時点から食べ過ぎで堪えていた。
人間、食いだめはできないのだからほどほどにしておくべきなのだが…
「しかし、連中はどのようにしてあの人魚の祠に入ったのでしょう?」
メイド長が女王に訊く。しかし今の女王にそれだけの余裕はない。
ベルガ隊長におぶられ、島の奥深くに入っていく。
道無き道を進むとはまさにこのことで、見たこともない植物を踏みつぶしながらの行軍となった。
「もっとゆっくり歩け」「揺らすから吐きそう」とベルガ隊長への小言のオンパレード
『あー、このクソガキ殺してえ』なぜか俺がベルガ隊長のフラストレーションをため込んでいた。
持参したアクエリアスはすべて女王に飲まれ、カラカラの喉がひび割れるような感じがする。
そんなころ…『洞窟?』ひんやりとした風が肌に触れ、一気に体温を下げる。
「よし!着いたな」女王がベルガ隊長の背中から飛びおり、奥に駆けていった。
本当に調子のいいやつだなあ…俺はあきれ返る。
そこにあったのは本当に洞窟だった。
そこにためらいもなく入っていく。
「ここの主のポセイドンがおるんじゃが…」
「へえ…」この無能世界にもまともに戦えそうなヤツがいるのか。
今日は早く帰れるかもしれない。今日の夜の予定を組み立てはじめた。
「おお!ちょうどいい、あれじゃ、あれじゃ」と女王が指差す。
「えぇ…」
もう捕まっていらっしゃるご様子。亀甲縛りで梁に吊るし上げられている。
うめき声をあげ、必死にもがく。鮮度は上々だ。
何かの絵本で見たことあるような、白髪に髭を蓄えた好々爺、その人柄を表すようなふくよかな体型、柔和な面立ちをしている。
しかし現在は拷問を受けており、その顔は苦悶に歪み、凄惨な爪痕を赤子のような体躯に刻みつけている。
簡潔にまとめると、下半身魚のくせに外見が焼き豚。
口もとからだらしなくいろいろ垂れてて非常にジューシー。
拷問の鞭の痕すらタコ糸の痕にしか見えないのだからもうどうしようもない。
下半身だけが凄惨さを物語っており、鱗が赤く変色している。
「ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔぅ!!」梁の上から垂れている何かに悶える。
血じゃないのかよ…SMに興じる輩がいるらしく鱗にベタベタと赤いロウが落ちてくる。
「ほら、どうしたんだよ!お前らの領主様を助けに上がってこないか」
パシーンと勇者の仲間(※チン○に弱い)が鞭を振るう。
「きゃあああああああああ」
それに反応する人魚たち。しかし、その黄色い声の中には喜悦が混じっているように感じられた。
いろいろご満悦の様子だ。デジカメで撮影しているものまでいる。
きゃあ…じゃねよ。誰か助けてやれよ。
「人魚も陸に上がればただの無能でしかないからな」
「つまり自分から陸に上がって捕まったってことですよね」
「たぶんな。ああやってたっぷり脂が乗っておるが、若いころはイケイケのマッチョマンだったんじゃよ。仕方のないことじゃ」
「そうなんですか」…いや、仕方ないで済ますなし。
「でも、なんでこんな通路を放っておいたんですか?」
「逆じゃ。あまりに面倒だからワシが掘らせたんじゃ。毎度毎度、魔結晶を使って水中トンネルを抜けるのが面倒だったんでな」
「もしかして今回の原因って…」
「ワシだな」女王がのんきに答える。
ちなみに人魚は完全な水中生活が可能で、ここは女王用の応接間兼宝物庫らしい。
いくら神の宝物だからといって金物をいつまでも塩水に浸けておくわけにはいかないのだそうだ。脆いなー神の力。
あまりに低レベルな戦いにあきれ返る。
自分の上司用の隠し通路を簡単に見つけられ、陸地が苦手だから僅か数人の勇者の軍勢に制圧され、それに何の策もなく捕まり、焼豚にされる。
突進するベルガ隊長。鞭女(※チン○に弱い)を梁から叩き落とそうと得物を振るった。
「お前の相手は私」そこに線の細い感じの女が湧いて出て、ベルガ隊長の一振りを受け止める。
「うげっ、あのメスゴリラの一撃を受け止めるのかよ」
両腕で押し込もうとするベルガ隊長。しかし女戦士(※チン○に弱い)と思しきそれは余裕で支えている。
よく見ると、ベルガ隊長の得物がピンクの卑猥な形をしている。
「陛下が(※チン○に弱い)というものでな、そこにあった張型の槍を拝借した」
「すんなよ!」つーかそんなもん作って遊んでるのかよ。
『あーさっさと勇者出てこねぇかなあ…』ニートぶん殴ってさっさと終わりにしてぇ。
「チーワス!」背後からの奇襲だ。さすがにこれはマズいと場に緊張が走る。
「待っていたぞ」勇者もとい某ニートの声がする。
クッソ…自分が有利な時だけ出てきやがって。うっとおしい。
外界の明かりがその男を神々しく照らす。伝説級…ファンタジー級のタイミングの良さに戦慄する。
「あれ?」女王が何かに気づいた。
「おっ!佐川のおっちゃーん!」女王が手を振る。誰だ?
「これはこれは女王さま、毎度どうもー」
「コイツ…」
佐川八郎さん(44)端山運送委託アルバイター。
昔配達エリアが重なっていたことから、何度か配達中に顔合わせしたこともある。
なんでこの男が…
「ああ、紹介しましょう。今日のためにビーチグッズを運んでくださった佐川さんです」とメイド長。
「知ってます」
「まあ、お知り合いだったんですか。世界は狭いものですね」
いや、広いですよ。配達するのにどれだけ苦労すると思ってるんですか。
つまり、この男がこのルートを知っているということは、可能性はかなり狭い範囲に絞られる。
はじめて配達に来た時に人魚に入り方を訊き、それを勇者一行にコイツが洩らしたということだ。
「おいゴラァ!デジカメ女ァ!!ちょっとこっちに来い」俺は思わず叫んだ。
「テメェも遊んでねえで降りてこい!説教の時間だあ」ベルガ隊長の斧を拝借し、梁を峰で叩いた。
「女王さま、どうしてここの人魚が通販できるようになってるんですか?」
「知らん…ワシは知らんぞ」
「言い訳はできませんよ。これは何ですか?」人魚から奪ったデジカメを女王に突きつける。
「だから知らんもんは知らんもん」泣きそうになる女王。
「あんたも逃げんなよ…」刃を首もとにつけサガワさんを足止めする。
「ちなみに一個いくらで配達受けました?」
「へ…なんでもみんな行きたがられないっていうからどんどん荷物が貯まっててさ」
「…だからいくらなんですかって訊いてるんです」
「…一個650円」
頭の中で連続して計算式が建てられていく。余裕で俺の時給より多い。
実に面白い。
そもそもこの女王のご機嫌取りなしで帰れるのだからそれは幸せなことだろうよ。
ファンタジーRPGの常識であるが、同ジョブ同士での戦いは非効率極まりない。
しかし、人間世界で同じ職種に就くということは、同じ弱点を抱え、その弱点をたがいに熟知しているのだから、勝負は一瞬のうちに決着する。
委託バイト風情が調子に乗るなよ。コッチは厳しく長い研修期間を終え正社員になったのだ。
俺は携帯を取りだす。電波は1本しか立っていないが十分。
「あ、もしもし端山さーん?」俺はフリーダイアルのサービスセンターに電話する。
「ウチの団地の近くでさあ、ドラバーさんが携帯電話通話しながら運転してるのに、危うくひかれかけちゃってさあ。
運送屋さんがよく貼ってる名札がなかったんだけど、ドライバーさんへの教育ってどうなってるのかなあ?って気になっちゃって。最近は企業コンプライアンスとかうるさいでしょう」
俺は全て見てきた。
この男の荒っぽい運転の数々を。駐車違反エリアに堂々駐車するクズっぷりを。
俺が2t車を遠くに駐車し、歩いてお宅まで伺っていた時も、コイツが細い路地をわがもの顔で走り抜けていったことを。
VIVA軽自動車!今こそ復讐の時だ。
「ひぇっ…」
「ああ、ドライバーさん捕まえました。今代わりますね〜」
そっと携帯を佐川さんに渡した。
お前は勇者一行だけでなく、端山運送からもシッポ切りされる運命なんだよ。
これがバイトと正社員の違いだ。思い知れ!
「この世に必要悪以外栄えない」
土下座し、許しを請う端山運送のサガワさん。
「なんだかんだ自分の置かれている状況をわかってらっしゃるんですね」とメイド長。
「ええまあ、社会人ですから」俺は屈託なく笑った。