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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第三章 決意
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 二人は教室棟の一階奥の練習室が並んでいるエリアに行き、回りに誰もいない事を確認してから、その一つに入った。練習室には小型のグランドピアノが置いてあり、その手前には二~三人がヴァイオリンなどを弾けるぐらいのスペースがある。さすがに堅牢な防音仕様になっており、窓は一つも無く、ドアを閉めると街の騒音も全く聞こえない。ドアには中を覗くための郵便ポストのような小さなガラス窓が一つ付いているが、その窓にも外側に蓋が付いていて、それを開けないと中が見えないようになっている。

 密室と言っていい場所に入って、二人は少し緊張してぎこちなく行動しているように見えた。

「上条さん、ちょっと緊張しますね。何か曲を弾いてくださいませんか。そうだ、上条さんの作品を弾いてください」

「えっ、いいけど。ちょっと今は手がしびれていて」

裕也は右腕の肘から下の部分をさすりながら言う。

「えっ、大丈夫ですか」

「腱鞘炎かと思って医者に行ったんだけど、なんか違うらしくて、なかなか治らないんですよ」

「上条さん、ではちょっとピアノを弾いてみてください」

裕也はとりあえずピアノに向かって、自分の曲をぱらぱらと弾いてみせた。

「上条さん、ちょっと姿勢に無理があって、肩に余分な力がかかっています。そこから首の骨に負担がかかって神経が圧迫されているかもしれません。腕の痺れはたぶん、そこから来ているのでしょう。あまりよくないですよ」

「ええ、千古さん、どうしてそんな事わかるの?」

「私は医者でしたから」

「ええ?本当?」

「また、水音さんと一緒の時に、うっかりと私が医者だと知っていることを悟られないようにしてくださいね」と千古は笑う。

「千古さん、実は聞きたかった事の一つはそれなんだけど、千古さんは水音に、僕らが新宿に買い物に行った事を言ったの?」

「言いませんよ。聞かれませんでしたから」

「そう。それはありがとう」

「当然ですよ。それより、今日来る事は水音さんはご存じなんですか?」

「いや、言ってない」

「言っておいた方がいいですよ」

「いや、別に言わなくていいよ」

「そうなんですか?」

「それより、千古さんは眠りに入る前に医者だったの?」

「そうです。民間の医師をしていました。でも、現代では私の知識なんて何の役にも立ちません。この前テレビで見ていたんですけど、身体の中まできれいに見えるようですから」

「MRIとかね」

「萌えますね」

「そっ、そう?」

「それでも姿勢のアドバイスぐらいはできますから、ちょっとやってみましょうか」

そう言って千古は部屋の隅まで歩いて行き、そこに置いてあった背もたれのないタイプのピアノの椅子を持ち上げた。華奢な身体で重い椅子を持ち上げる様子が不思議な色気を醸し出す。

 ピアノの椅子にはコンサート用の背もたれのないタイプと、練習用の背もたれつきの椅子がある。裕也が座っていたのは背もたれ付の椅子だったので、千古はそれを背もたれの無いタイプに代え、しゃがんで高さを調整した。

「ピアノの先生はたぶん、上条さんが作曲専攻なので、姿勢についてはうるさく言わないのかもしれませんね」

「……」

「では背中を真っ直ぐにして鍵盤に手を下してみてください」

「……」

そして千古は裕也の真後ろに立った。裕也は緊張しているようだ。

「ちょっと肩に触りますよ」

そう言って千古は裕也の両肩の筋肉を摘まんだ。裕也のまだ成長途中の骨格に、これからいかようにでも成長できるような若々しい筋肉がついている。

「痛っ」

「すごい肩が凝ってますね。やっぱり姿勢に気を付けないといけません」

そう言って千古は肩から背中にかけて、ところどころを押す。

「痛い」裕也の身体はびくっと動いた。

「首をマッサージするのはあまりよくないので、肩と背中のツボを押します」

「ええっと」裕也は恥ずかしそう。


 千古はしばらく肩のマッサージをしていたが、唐突に裕也に聞いた。

「上条さん、私を信じますか?」

「え?……信じるよ」裕也は何を聞かれているか分からなかったようだが、とりあえず信じるという答えを返した。

「じゃあ、ちょっと痛いけど我慢してください」

そう言うと千古は裕也と背中合わせに立って、座っている裕也の肩甲骨に自分の腰のあたりを合わせた。裕也が緊張する。そして千古は裕也のすらっとした両腕に、後ろから自分の両肘を絡ませて、思いっきり自分の方に引っ張った。

「うわ~、痛い~」

それから前に向き直ると片方の膝を高く上げ、裕也の背中に当てると裕也の両手をつかんで後ろに強く引っ張る。

「痛。痛。。。」

タイ式マッサージのようだ。


 ひとしきりマッサージが終わる頃には、二人ははあはあと息を切らしていた。

「千古さん、ありがとう。すごく気持ちよくなったよ」

「本当ですか?姿勢にはいつも気をつけてくださいね。腕がしびれるのは危険信号ですよ」

「分かった」裕也は立ち上がって腕をぐるぐる回した。今度は反対に千古がピアノの椅子に座って鍵盤をポロポロ弾いている。裕也は千古の後ろに回り、その細い首筋を見つめていた。千古が急に振り返ったので二人の眼があう。そして千古が聞く。

「ところで、私も一つ聞いていいですか?」

「何?」

「上条さんと水音さんはどういうご関係なんですか?」

「……ずいぶんストレートだなぁ」裕也は苦笑いをした。

「彼女でもなんでもないとおっしゃっていましたが、はっきり言って恋人のように見えますけど」

「いや、水音は幼馴染なんだ。それで昔、僕に憑いた霊を祓ってもらった事があって、それ以来、僕の事を心配してくれるんだ。だけど、結構うるさくって。……僕の身体から霊気が出ていて、霊とか妖怪とか寄せ付けるって本当なのかな」

「本当です。とてもきれいな黄金色の霊気が出ています。でも、この学校にいる時は大丈夫でしょう」

「どうして?」

「私がここに来た日にみんな追い出しましたから」

「へっ?」

「それに教室では水音さんが後ろにいて常に上条さんを見ていますし」

「あっ、だからあいつは僕の後ろの席に代えろって言ったんだ」

「上条さんの事を大事に思っているんですよ」


「……で、千古さん、今日本当に聞きたかった質問。一昨日の夕方、水音に会ったでしょ」

「はい。代々木八幡のカフェで話しました」

「何を話したの?」

「それは水音さんから聞いてください。私から聞いたらまた水音さんが怒りますよ」

「だから、そういうふうに保護者みたいにふるまわれるのは嫌なんだって。そもそも聞いても何も教えてくれなかった」

「では、三人の時に話しましょう」

「…………」


 裕也はムッとしているようで、しばらく沈黙が流れたが、そのうち千古が鍵盤をポロポロ小さな音で弾きながら躊躇するように話し始めた。

「……上条さん、水音さんのいないところで二人きりで会うのは、もうこれっきりにしましょう。やっぱりまずいですよ。水音さんが心配するように……」そこまで言った時、千古はびくっとして話すのをやめた。裕也が水音の真後ろに立ち、両肩に手を置いたからだ。千古が後ろを振り返り、裕也の顔を見上げる。裕也が前かがみになり、二人の顔の距離がゆっくりと近づいて行く。そして裕也は千古に……その小さな唇にキスをした。千古は手を鍵盤から離しもせず、そのままの姿勢で二人は長いキスをした。裕也は後ろから千古を抱きしめる。


 しかし、その時裕也は千古に起こされて目が覚めた。

「上条さん、お疲れのようですねえ。しばらく眠っていましたよ」

ピアノの鍵盤の蓋が閉められていて、裕也はそこに突っ伏して眠っていたのだった。


 教室を出る時、裕也が聞いた。

「キスは現実だよね」

「えっ?何のことでしょう」


* *


 二人が練習室から出てくると、少し離れた別の練習室でピアノを練習する音が聞こえた。ショパンのバラードだ。そこはかとない情緒ののった流麗な演奏。

「この学校にこんなにうまい子がいたんだ」

裕也がドアの小窓の蓋をちょっと持ち上げて除くと、中にいたのは同じクラスの紗木子だった。紗木子はすらっと背が高く、整った顔立ちの美人だが影のある感じの子だ。

「へえ、きれいな方ですね」一緒に覗いていた千古が言う。

「見られたかな。あの子に」

「え?何のことでしょう」

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