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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第三章 決意
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第三章 決意

 翌日、裕也と水音は教室でも全く口をきかず、放課後になると水音は挨拶もしないでさっさと帰ってしまう。裕也もすぐに教室を出て事務室に行ったが、千古は既に帰宅した後で、水音の姿も見当たらなかった。


* *


 千古と水音は、代々木八幡の小さなカフェにいた。ちょうどすいている時間だ。千古が微笑みながら聞く。

「水音さん、なんでしょうか」

水音の方は真剣な顔つきで、というか怒っている顔で話し出す。

「千古さん、あいつの体質知っているでしょ。霊気が少しずつ溢れてくるから。霊を呼びやすいんだ」

「分かりますよ。私はそれで助かりましたし、あなたも私も彼の近くにいるとほっとするんです」

「私は関係ないよ」

「あなただって、ほっとするでしょう」

「いや、私は別に関係無い」

「……まあ、あなたがそれを隠しておきたいのなら、私は誰にも何も言いません」


「裕也を狙うのはやめてくれよ」

「水音さん、ちょっと勘違いされているようなので言いますけど、上条君の霊気に引かれてそのまま憑いてしまうのは低級な霊だけですよ。ある程度の霊力があれば、一緒にいればちょっと気持ちいいですけど、それだけですよ」

「じゃあ、なんで裕也をじっと見ていたんだよ?楽器博物館で……」

「え?水音さん、見えていたんですか?」

「暗闇に眼が慣れてくれば見えるんだよ。現代人でも」

「そうなんですか?」

「ははは。ひっかかったな」

「……」

「もしかして裕也の事が好きとかじゃないだろうな」

「そんなことありません。そもそも年が違うじゃないですか。あなたが『妖怪ばばあ』と言ったように」

「あいつは年上好きだから」

「えっ?そうなんですか? ……じゃあ、狙っちゃおうかなぁ~」

「……」

「冗談ですよ。私は確かに上条君に助けられた恩があるので、この学校に来ました」

「たいした恩じゃないだろ。ちょっと傷口撫でただけだ。そんなの口実でしょ?」

「とにかく、私は別に上条君の恋人になろうとは思っていませんよ」

「だけど……」

「一つ、提案があるんです」

「……」

「上条さんのご両親は、彼がこの学校にいる事に反対なんですよね」

「そうだよ。何で知ってるの?」

「有名ですよ。お二人の受験の時の話を渋音の教職員で知らない人はいませんよ。で、水音さんはどうされたいのですか?」

「裕也は音楽の道に進みたいって言っている。だから私は彼を応援するよ」

「では、どうやって?」

「彼の作曲の実力をご両親に認めてもらうしかないな」

「どうやって?」

「コンクールに入賞させるとか、あるいは学校で演奏して聞いてもらうとか」

「水音さんならお分かりだと思いますが、実力があってもコンクールに入賞するとは限らないし、ご両親が心配されているのは、彼の将来の生活の事だと思うんです」

「まあ、最終的にはそうだろう」

「だったら、少しぐらいコンクールに入賞したってだめですよ」

「それはよく分かっているよ。全国一位になったって、ほんの一瞬、もてはやされるだけだ。実際にそれで生活できるわけじゃない」

「ご両親もそれが分かると思うので、コンクールに入賞したら、ますます音楽の道に進むのは反対するでしょう。」

「じゃあ、どうしたらいいって言うんだ」

「やっぱり、本当に両親を説得するには、在学中から売れなければだめです。それも、『ぱない』ぐらいに売れまくらなければだめです」

「う~ん、まあ、そのとおりかもしれない」

水音は声のトーンが下がってきた。怒りが収まったのではなく、裕也の将来が心配になってきたようだ。一方、千古の方は一貫したペースで淡々と話し続ける。

「いや、これは平安の都でも同じでしたよ。売れる舞師は修行中の時からパトロンがついて、引き取られていくのです。そうでなければ、いかに芸に秀でていても舞で暮らしていく事はできません」

「……、いや、それはちょっと違う意味じゃないかな……」

「違いませんよ。現代においてはパトロンが一人の人ではなく、メディアを通して多くの人がパトロンになっているんです。違いますか?」

「う~ん、まあ、そういう考え方もあるかも」

「ですから私はこの学校に勤める時に、この学校を世界一の音楽高校にしようと誓ったんです。それでメディアを惹きつけられるようになれば、彼を売り出す事ができます」

「ははは。そんな事、短期間で出来るわけないでしょ」

「できますよ」千古は微笑みながら水音の顔を真っ直ぐに見て言う。

「水音さん、あなたと私がしっかり組んだら、できない事は何も無いですよ。違いますか?」

「……」水音はほんの一瞬だけ沈黙していたが、すぐに決然と言った。

「わかった。やろう。裕也のためだ」


* *


 翌日、金曜日の朝、水音が登校すると先に来ていた裕也が聞いた。

「昨日どこに行ってた?」

「関係無いでしょ。彼女でもなんでもないんだから」

クラス中の視線が集まる。

「千古さんと話したの?」

「話したよ」

「何話したの?」

「言わない」

「あっ。そう」


 その日のお昼休みが終わる時、ちょうど午後の授業開始のチャイムが鳴った時、千古が教室に来て廊下から水音を呼んだ。

「水音さん、あれから色々考えてみました。……あのこれアイディアです」

水音が行くと、千古が何か封筒を渡す。すでに先生が教室に入って来ていたので、水音は「わかりました。後で事務室に行きますので」と言って封筒をそのまま席に受け取って席に戻った。

「何もらったの?」裕也が後ろの席の水音の方を振りむいて聞く。

「いや、別に」

「見せろよ。それ」

「嫌だ」

「いいから見せろ」

「嫌だ」

しかし授業が始まっていて、先生に注意されてしまったので、その会話はそこで終わってしまった。


 授業中、裕也は千古にショートメッセージを送った。

『千古さん、少しお話ししたいんですけど、今日の夕方はいかがでしょうか』

『すみません。今日は用事があってだめです。明日の土曜日でよければ、私は一日学校にいますので、いつでもいいです』

『じゃあ、二時頃行きます』


* *


 そして土曜日、裕也は学校に行った。ラルフローレンの紺のポロシャツにジーンズ姿。すらっとして背が高いのでジーンズが良く似合う。そして高い身長にそぐわない可愛い顔が、これもまた紺のポロシャツによく似合っていた。

 事務室には千古の他に誰もいなかったが、千古は廊下に出てきた。いつもどおりのブラウス姿だったが、下はグレーのキュロットをはいている。やはりレトロな雰囲気だ。

千古は裕也の顔を見つめて言う。

「あのう、上条さん、実は昨日の夕方も本当はあいていたんですけれど、たぶん話が長くなるんじゃないかと思って、今日にしてもらいました。嘘をついてごめんなさい」

「いや、別にいいですけど。そんなに時間はかからないですよ」

「そうじゃなくて、学校の外のカフェとかで話している所を他の人から見られたら、やっぱりまずいかな、と。一応、職員と生徒だから」

「なるほど。そういう事ですか。千古さんに迷惑かけているんですね。すみません。

今日も土曜日だけど、誰か来るかもしれませんよ」

「う~ん、そうですねえ……」

「じゃあ、教室棟の練習室に行きましょう。あそこに入っちゃえば誰にも分からないから」

「……じゃあ、そうしましょうか」

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