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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第二章 琵琶
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「水音さん、やっぱりお分かりになるんですね。これは阿倍仲麻呂さまの霊ですよ。この琵琶は仲麻呂さまが唐にいた時にお持ちになっていた物です。仲麻呂さまが日本に帰れなかったので、霊がこの琵琶について日本に帰って来たのだと思いますよ」

裕也が聞いた。

「じゃあ、水音さんが唐から持ってきたの?」

「いいえ。私じゃありません。私が眠りにつく少し前に、陰陽博士の清嗣さまが私にくださったんです。その前に宮廷でひとりでに鳴るというので問題になって処分に困り『私なら弾きこなせるだろう』とおっしゃって」

「おまえ、何でそんなもの裕也に上げようとしたんだよ。こいつは霊に憑かれやすいの分かるだろう?」

「大丈夫ですよ。仲麻呂さまがこの琵琶から離れる事はないですよ」

「本当か?祓ってやろうか」

「やめてくださいよ」

「でも、最初に見た時はぜんぜん何も見えなかったなあ」

「そうですね。もう消えてしまわれたのだと思いました。八百年も前からですよ」

「じゃあ、なんで急に出てきたんだろう。……あっ、裕也だ。裕也がこの前、琵琶を弾いたから霊気が移って元気になったんだ。やっぱり祓っておいた方がいいな。裕也に憑くかもしれない」

「やめてください。絶対だめです」

「あぶないだろ」

「仲麻呂さまがこの琵琶から離れる事はありません」

「そんなのわからないだろ」


 しばらく二人の押し問答が続いたので、裕也が見かねたように言う。

「水音、いいよ祓わなくて」

「……」

「せっかく楽器に憑いている霊だ。あんなに音色ねいろが深かったのは阿倍仲麻呂が琵琶に憑いて千年もの時代を経たからだよ。千古さんと一緒にせっかく目覚めたんじゃないか。その感慨が音に出ているんだと思うよ。僕は現代の日本をしっかり見てもらいたいな。それにこれからの日本も、ずっと見ていてもらいたい」

千古は暗闇の中で関心したように裕也の横顔を見つめた。かわいい顔で真剣に水音を説得しようとしている顔を。

水音が聞く。

「何やった人だっけ?阿倍仲麻呂さんって」

「科挙に受かって唐ですごく出世した方です。ベトナムの総督もやっていらっしゃいました」

「へえ、そんな日本人がいたんだ」

「水音、いいじゃないか。そっとしておいてやろうよ。もしも僕に憑いたら、その時に水音が祓ってくれればいいじゃないか。水音に祓ってもらうの大好きだよ」

千古はまだ裕也の顔をじっと見つめている。

水音はしぶしぶ裕也の言う事を受け入れたようで、

「……わかったよ。でも、裕也はやっぱり千古さんに近づいちゃだめだよ。危なすぎる」と言う。

「なんでそうなるんだよ。今は琵琶が危ないって話をしているんだろ?」


 三人はしばらく琵琶の傍にいて様子をうかがっていたが全く音は鳴らなかったので、あきらめてその場を離れた。再び千古が二人の手を引っ張って暗闇の中を歩いて行く。


 そして展示室を出ようとしてドアに手を掛けた時、琵琶が鳴った。

ボロ~ン。

「……」

「仲麻呂さま、おもしろいわ」千古が微笑みを浮かべる。


* *


 三人は楽器博物館の小部屋に入り、今度は電気を付けた。テーブルを囲んで椅子に座ると、水音が場を仕切り直すようにはっきりした口調で話し始める。しかしその内容は琵琶が鳴った事ではなく、千古の事だった。

「千古さん、唐にいたの?」

「そうです。遣唐使船に乗って日本に来たんです。懐かしいですね」

水音は千古の発言を噛みしめるように確認すると、裕也の方を向いて聞く。

「裕也、なんで千古さんが唐にいたって知ってんの?」

「えっ?何?」

「さっき、『琵琶は千古さんが唐から持ってきたんですか』って聞いたでしょ」

「いや、それは『この琵琶は阿部仲麻呂さまが唐で持っていたものです』と千古さんが言うから」

「その話を聞いたら、最初の質問は『えっ、千古さんは唐にいたの?』でしょ」

「いや、『琵琶は千古さんが唐から持ってきたんですか』もあり得るだろ」

「いや、ない」

裕也は自分の失言に対して自分で頭に来たせいもあるのか、イラついた調子で水音に言った。

「お前、細かいところまで突っ込むなよ。干渉しすぎだよ」

千古はにこにこして二人の会話を聞いていたが、やがて仲裁するように口をはさむ。

「水音さん、実は、最初の作曲のレッスンの時に、私も先生に挨拶に行かなければならなかったので、上条さんと一緒に行ったんです。その時に少し私の話をしたので」

「裕也、なんでそれを言わないんだ」

「おまえに言う必要はない。別に彼女でも何でもないだろ」

裕也は強い調子で言った。

水音は泣きそうになったが、それをこらえるように言う。

「別に裕也が誰と付き合っても裕也の勝手だけど、この女だけはやめろ。だって狐だよ。人間じゃないんだよ。」

「僕、狐好きだあ」

「ばか」水音は下を向いて涙ぐんでしまった。

「水音さん、別にちょっと話しただけですよ」

「……」

水音はしばらく下を向いて必死に泣くのをこらえているようだったが、やがて顔を上げ、赤い目をして言った。

「裕也はもう帰れ。今十二時だけど、目白なら帰れるだろ。タクシーでもいいし」

「嫌だ」

「私は千古さんと話があるんだ」

「ならなおのこと、僕は帰らないぞ」

「上条君、今日は帰ってください。私からもお願いします」

「嫌だ。絶対帰らない。二人っきりにしたら喧嘩するだろ」

「じゃあ、仕方がない。私が帰る」水音が言った。

「では、私も帰ります。みんな帰りましょう」

「……。水音、タクシーで帰れ。僕がお金出すから」

「いいよ。大丈夫」

三人は険悪な雰囲気の中で博物館を出た。

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