表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/41

エピローグ

 水音の魂が離れ、千古も渋音を去ってから一年と九ヶ月が経った。十二月二十三日の夜、裕也は一人で新宿のサザンテラスを歩いていた。水音が欲しがっていたプラズマボールが渋谷のロフトにも東急ハンズにも無かったので、新宿まで買いに行ったその帰りだ。


 裕也がふと前を見ると、黒のダッフルコートが目に入る。小柄なシルエット。裕也はそのシルエットを見ただけですぐにそれが分かった。千古が近づいてくる。裕也は無性に嬉しくなった。

「千古さん、二年ぶりだね。会えて本当にうれしいよ。元気だった?」

千古はにこにこして立ち止まり、以前とまったく同じように落ち着いた調子で話し始める。

「裕也さん、街のイルミネーションがとってもきれいですね。目覚めてから三度目のクリスマスですが、何度見ても心がうきうきしてきます。」

「その黒いダッフル、懐かしいね。まだ同じのを着ているんだね。」

「実は服の選び方がまだよく分かっていないんですよ」

そう言って千古はにこにこした。裕也も

「じゃあ、今度一緒に服を買いに行こうね」

と言って笑う。裕也と水音は人の流れからちょっと外れて線路側の手すりのところに寄った。

千古は落ち着いて微笑みながら、淡々としゃべりだした。

「裕也さん、実は私が一度お別れした人に再びお会いするのは、これが初めてなんですよ。そういう事は私の感性に反しますから。でも、裕也さんにはどうしてもお会いしたくなって……」

「ははは。それはどうもありがとう。僕もずっと千古さんに会いたかったよ。また会えて本当にうれしいよ」

「お元気でしたか?」

「ああ。元気だよ僕は。あれから一度も憑依されていない。もう霊気が漏れるのは止まったのかな?」

「そんな事はないです。これからもいつでも霊には気を付けてくださいね。……実は裕也さんを見ていて、どうしてもお伝えしたい事があってきたんです」

「え?千古さん、今まではどこにいたの?日本を出るかもしれないって言ってたけど」

「案外近くにいたのかもしれませんよ」

「え?……とにかく、戻って来てくれてありがとう。もうどこにも行かないで欲しい。ずっとそばにいてよ」

「今年は渋音のクリスマスコンサートはやらないんですよね。渋音はだいぶ有名になってきたようですけど」

「ああ、紗木子は音コンで全国優勝したよ。他にも入賞する人が結構出ている。渋音は新興勢力で注目されている。本当に千古さんのおかげだよ。でも、なんか最近は千古さんのいた時のようなパワーがないなあ。今年のクリスマスは誰も音頭をとらなかった」

「裕也さん、大学はどうするんですか?」

「音大には行かない。普通の大学に行って作曲を続ける」

「そうですか……」

「実は水音のヴァイオリンがだんだん下手になってきてさ。もう彼女には音大は無理だ」

「だから裕也さんも音大をあきらめるんですか?」

「そう……だね。水音はたぶん普通の大学にもどこにも受からない。でも僕だけ音大に行く気もしなくって……」

「まだ水音さんの事を愛されているんですね」

「そう…………だね。ずっと僕はずっと水音を守っていく」

「ゾンビ娘萌えですね」

「そうだよ」そう言って裕也は笑った。

「裕也さん、実は今日はお別れを言いに来たんです」

「え?戻ってきたところじゃないの?」

「裕也さんにクリスマスプレゼントを用意しました。明日のイブの夕方、学校の練習室に行ってください」

「え?何?」

「しかし、そのクリスマスプレゼントを用意するために、私の妖力をほとんど使ってしまいましたので、しばらくは人間の型を保っていられません。だからたぶん、こうしてお会いするのは最後になります」

「ちょっと待って。千古さん、どこにも行かないで」

「裕也さん、魂の抜けた水音さんの身体を守っていきたいという気持ちは分かりますが、ずっとそれを続けていくのはいかがなものかと思いますよ。それは元の水音さんの気持ちにも反するでしょう。それで私も……」

「……」

千古がめずらしく涙ぐんだので、裕也はとまどって何も言葉が思いつかなかった。

「すみません。偉そうな事を言って。でもこの事がいいたくて今日は来ました」

「千古さん」裕也はサザンテラスを歩いていく多くの人の眼も顧みず、千古を手すりに押し付けて、黒いダッフルの上から、その身体を抱きしめた。

「千古……」


 そして裕也はベッドで目覚める。十二月二十四日、クリスマスイブの朝。裕也はしばらくはぼーっとしていたが、やがてベッドから出て部屋の中央に立ち、まわりを見回して大きな声で言った。

「千古さん、夢だか現実だか夢落ちだか分からないのはやめてください」

それから小さな声で続けた。

「千古さん、お願いだよ。どこにもいかないで」


 裕也はふさぎ込んだまま部屋で半日を過ごし、四時頃になって、渋音の練習室に行ってみた。いくつかの練習室を覗いて歩いていると、後ろから水音に声をかけられた。

「裕也」

「ああ、水音。来たんだ。イヴなのに練習?待ち合わせは六時だよね」

「そうだよ。ちょっとなまっちゃってね。練習しなきゃ」

水音はそう言って笑った。

裕也がなおも他の練習室を覗いた。二つ目の練習室を覗こうとした時に水音が言う。

「千古さんなら、来ないよ」

「へっ?どうしてわかるの?」

水音は静かに裕也の顔を見つめている。

「え?もしかして、水音、戻ってる?」

その瞬間、水音の顔が崩れて涙をポロポロこぼした。

「……裕也、元気だった?」

あと一話で完結です -北風とのう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ