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翌週学校に行くと、裕也は朝一番に水音を廊下に呼びだして言った。
「水音、選抜のシベリウスなんだけどさ、僕に伴奏をやらせてくれない?」
「ええっ!どうしたの?」
「いや、僕ももう少しピアノを弾く量を増やそうと思ってね」
「そう。大丈夫なの?作曲と勉強」
「大丈夫。この前の模試でも結構成績良かった」
「うれしい。さすが裕也ね。もちろんいいよ。ピアノ伴奏。じゃあ、恵に断らなきゃ」
「いいよ。僕が断る」
それからすぐに裕也は教室に入り、片瀬恵のところに行った。
「片瀬さん、本当に悪いんだけど、今度の選抜の水音の伴奏、僕がやりたいんだ。悪いんだけど代わってくれないかな」
恵はにやにやして、しかし呆れた顔をして言う。
「上条君、もちろんよ。彼氏の申し出を断れるわけないじゃない。最近水音に優しいね。うらやましいよ水音が。頑張ってね。譜面は明日持ってくるよ」
「どうもありがとう」
それから裕也は先に席についていた水音に言った。
「水音、今度の土曜日、家においでよ。シベを合わせよう」
「わかった」
* *
土曜日に水音が裕也の家に来た時、たまたま家族は誰もいなかった。裕也はコーヒーを淹れて水音の待つ部屋に入ったが、コーヒーの乗ったお盆をそのまま机の上に置くと、水音をベッドの方に手招きした。水音はソファに腰かけてヴァイオリンケースを開けようとしていたところだが、立ち上がって裕也の方に行く。裕也は小さな声で、しかし決然とした口調で言った。
「水音、僕は絶対に水音を守るよ」
水音は何を言われているかわからない、と言った顔をしていたが、だまってうなずく。それから裕也は水音に抱き付いて、二人はベッドに倒れこんだ。
「裕也、どうしたの?」
水音は笑って言う。裕也は水音にキスをした。
「裕也、どうしたの?」水音がまた聞く。裕也が泣いていたからだ。
* *
二月の受検シーズンになり、学校が受験休みに入る前の日、授業が終わると水音が裕也の背中を突っついて言った。
「ねえ、裕也、懐かしいね。去年は私たちが受験したんだもんね。お互いにひどい受験だったね」
すると裕也は下を向いて涙ぐみ、机に突っ伏して誰からも顔を見られないよう肘の中に顔を突っ込んだ。クラスの女子が目ざとくそれを見つけて、「上条君、本当にどうしちゃったの」と噂し合った。
* *
試験休みが終わり、三月に入った最初の金曜日、裕也は久しぶりに事務室の千古のところに言って千古を廊下に呼びだした。裕也は回りに誰もいない事を確認し、小さな声で言う。
「千古さん、明日、千古さんの家に行っていい?」
「私の家にですか?」千古が驚いて言う。
「水音の事で、じっくり作戦を立てたいんだけど、相談にのってくれませんか?」
「わかりました」
「で、僕の家に何回も千古さんを呼んだら親が変に思うかなって。学校で二人で会うのもまずいでしょ」
「……わかりました。職員と生徒ですからね。しかし小さくて古いぼろアパートですよ」千古はちょっと暗い表情で言った。
「ははは、今の世ではたまたまお金がないだけでしょ」
「いえ、私は質素な生活が好きなんですよ。贅沢な生活はどうしても好きになれません」
「う~ん、すごい発言だね」




