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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第八章 ゾンビ娘
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-3

 一月八日、新学期始まって三日目、授業が終わると裕也が水音の方を振り返って言った。

「水音、一緒に帰ろう」

「えっ?渋谷に行くの?」

「いや神泉に行くよ。僕は明大前から新宿に出る」

ちなみに裕也にとってこの経路はまったく意味の無い遠回りで、単に水音と二十分ほど余計に一緒にいられるというだけの話だ。


 校舎を出た時は五時頃だったが。すでに日は落ちていて、暗くなり始めていた。

神泉駅は小さな駅で、駅前広場のような空間が全く無い。水音が登下校に使っている道も、ビルに挟まれた道幅三メートルほどの狭い道だった。そして、渋谷近辺とは思えないほど、驚くほど人通りが少ない。

 裕也と水音が学校を出て歩いて神泉駅の方に行くわずか五分ほどの間に、空がどんより曇り始め、あたりはみるみる暗くなった。

そして駅近くの狭い道に来た時に、二人は道の二十メートルほど先に五~六才ぐらいの女の子が立っている事に気が付く。

女の子は二人の方に真っ直ぐに向かって立ち、じっと二人を見つめている。小さな子供は普通は常に身体を動かしているものだが、その女の子は全く動く気配が無い。それに感情さえも無いような目をしている。裕也は気味悪さを感じて、思わず歩く速度を落とす。その時、水音が裕也の肩をつかんで言う。

「裕也、あれは人間じゃない」

「…………」

二人が立ち止まってどうしようかと迷っていると、女の子はゆっくりと二人に向かって歩きだした。水音は少し前に出て裕也をかばう仕草を見せた。しかし裕也が言う。

「水音、逃げよう」

そして裕也は水音の手を引っ張って、急いで元来た道を引き返した。


 二人は学校まで戻ると息を切らせながら練習室に入った。少し落ち着くと裕也は口を開く。

「水音、もうお前は霊に関わるな。僕が何とかする」

すると水音は関心したような顔をして

「裕也、しっかりしてきて嬉しい」と言った。裕也は

「そういう保護者目線はやめたんだろ」と笑う。そして、水音の手を引っ張って、ドアの窓から見えない死角に水音を連れて行き、壁に背を向けて立たせ、それから裕也は水音の左右の壁に両腕をついて水音を抱え込むように立った。

そして水音の唇にそっとキスをする。しかし、裕也の眼に涙が浮かんでいるのを見た水音は「どうしたの裕也」と聞いた。

「いや、なんでもない。今日は渋谷から帰ろう」と裕也は言って、二人は学校を出て行った。


* *


 家に帰ると裕也は千古にメールを打った。

『千古さん、明日の放課後、会って相談したいんだけど。水音を帰した後で。どこかで会えないかな』

『う~ん、放課後だと二人で会っているところを誰かに見られるかもしれませんよ』

『じゃあ土曜日に僕の家に来て』

『いいですよ。じゃあ二時頃に行きます』


 千古が裕也の家に着いて玄関で黒のダッフルを脱ぐと、裕也は驚いて言った。

「千古、ミニスカートなんてはくんだ。可愛いね」

裕也の母親もそれを見て関心する。

「千古さんのセンスっていいわね。いつもトラッドの中に一品だけ可愛いアイテムが混ざっていて」

「千古、はやく来て」しかし裕也はぶっきらぼうに言い、さっさと自分の部屋に入って行く。千古も慌てて靴を脱ぎ、裕也の部屋に入って行った。

「裕也さん、呼びすてにされるといつもそうですけど、ドキドキしますね。私も『裕也』って呼んでいいですか?裕也」

「ははは」

二人は母親が淹れてきた紅茶を飲んでクッキーを摘まむと、裕也は話し始めた。


「一昨日、学校の帰り道に、たぶん人でない者に襲われそうになった」裕也はその時の様子を千古に詳しく説明した。それを一通り聞いた千古は言う。

「その女の子が何者か分かりませんが、裕也さんたちの今の状況を説明しておきましょう。まず第一に、水音さんには霊を祓う力は全くありません。霊を祓うには意志が必要ですが、今の水音さんは回りの人の心の中にある水音さんのイメージを読んで適当に相応しい言動を返しているだけですから」

「わかってる」

「次に、裕也さんからは、相変わらず霊気が少しずつ出ていますので、今後も常に霊は寄ってくるでしょう。それを防ぐには、水音さんの遺言にもあったように、榊を使う事です。そこに置いてあるような枝だと持ち歩きにくいでしょうから、どこかで棒状のものを手に入れて、カバンに入れて持ち歩いてください。何かおかしな事があったら、それをカバンから出すだけで、弱い霊なら逃げて行きます」

「わかった」

「しかし強い霊なら、それでも取り憑かれてしまう事もあるかもしれませんけど、もしそうなったら……」

「一つ聞きたいんだけど。水音の方は霊の被害に会わないの?」

「それはあり得ません。水音さんは意志が無いから霊を祓う事はできない、と言いましたが、あの身体自身は水の神様がお造りになったもので、どんなに強力な霊でも何も手出しはできませんよ」

「わかった。ありがとう。…………もう一つ、相談したいんだけど」

「なんでしょうか」

「水音が選抜演奏会に出るよね。あれ、大丈夫かな」

「それなんですけどね。私も心配しています。水音さんは一番近くにいる人の記憶を使って行動しているようです。例えば、裕也さんと私で『これからデートです』って言いに行った時があったでしょう。あの時に裕也さんが考える水音さんらしい答えをしなかったのは、私が彼女の一番近くにいたからです」

「…………わかった。僕が伴奏する」

「そういう事です。ちょっとピアノの練習が大変だと思いますけど」

「いや、何とかする。水音のためだ」

「……」

しばらく沈黙した後で、千古が言う。

「ところで、最近、腕が痺れたりしませんか?もしもそうなったら、首の神経の問題かもしれませんから、気を付けてくださいね。根を詰めて練習する時に」

「わかった。ありがとう」

「ちょっとマッサージしましょうか」千古はそう言って立ち上がったが、裕也は

「いいよ。大丈夫」と上の空で答えた。

「千古さん、いろいろありがとう」

「なにをおっしゃいますか。命の恩人じゃないですか」

「……」裕也は会話のやりとりもおろそかになってきた。千古が雰囲気を変えようとして明るい口調で話す。

「裕也さん、すごくいいニュースがあります。この前とは違うテレビ局なんですが、取材に来たいと行ってきましたよ。深夜番組ですが。たぶん、選抜演奏会を映してもらう事になるでしょう。これで水音さんと私で立てた目標が達成できますよ」

「うん」しかし裕也はこの時には下を向いて声を殺して泣いていた。

「裕也さん……お気持ちは分かりますが、今の水音さんにあまり縛られるのは、いかがなものかと思いますよ。それは元の水音さんの意志に反するでしょう」

「そうなんだけどね。それは分かっている」

裕也が落ち込んだままさらに時間が流れて行ったので、やがて千古は言った。

「あの、今日は私は帰ります。またいつでも呼んでください」

「ああ、どうもありがとう。本当に感謝しているよ」

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