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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第八章 ゾンビ娘
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第八章 ゾンビ娘

 裕也の眼には急に涙が溢れてきた。慌てて水音に電話をかけたが、圏外または電源が入れられていないというメッセージが流れてくるだけだ。


 それから裕也は何度も電話をかけたが、ずっと圏外のままだった。

 日が昇ると、裕也は朝食の時間を待った。「まさかこんなに朝食が待ち遠しいと思う事があるとは思わなかったな」っと裕也は心の中で自嘲ぎみに笑う。

 そして朝食を済ますと直ぐに家を出て、山手線、京王線、井の頭線を乗り継いで水音の家に向かった。電車に乗っている間、何度も何度も、自分が夢の中にいるように、自分が自分でないように感じる。もちろん裕也は、それが水音のメールをみたショックと絶望から来る現象だと分かっていた。そして、『夢を見ているよう』であれば、本当にこれが夢であって欲しいと切に願った。


 水音の家に着いて呼び鈴を鳴らすと、水音の母親が出る。そして母親が水音を呼びに行く気配がした。『どうか、水音、出てきてくれ』裕也は心の中で真剣に願う。

 しばらくして、玄関のドアがあき、水音が出てきた。水音は明るい顔をして、しかし不思議そうに聞いた。

「どうしたの裕也?」

「水音、大丈夫?」

「何?」

「何ってお前、今朝、変なメール送ってきただろう」

「何?」

「天国に行きますって……」裕也は水音に出てきて欲しいと願ったのだが、本当に水音がでてくると、ほっとするより、それに驚いた。

「じゃあ、これを見ろよ」

と言って、裕也はスマホの画面をスクロールし水音のメールを開けようとする。しかし裕也は何かを考えたようで、その動作を途中でやめてスマホをポケットに閉まってしまった。水音が聞く。

「何?私なにか送っちゃった?昨日の夜は興奮して眠れなくてさ、ずっと夢うつつな感じなんだ」

裕也は平静を取り繕っているような顔をし、水音に言う。

「水音、部屋に上がっていい?」

「へ?」

「水音の部屋に行っていい?」

「ああ。いいよ。ちょっと待ってて」

水音は一旦部屋に帰り、五分ぐらいしてから裕也を呼んだ。

「うちはすっごく狭いよ。二人がぎりぎり座れるぐらいしかないけど」

「ありがとう」

二人は部屋に入り、裕也は水音の勉強机の椅子に座り、水音はベッドに腰掛けた。水音が明るく言う。

「裕也、私の部屋に来てくれたの初めてだね。なんか嬉しいよ」

裕也は状況が全く分からなかったが、自分の言葉で水音を傷つけないように、その事に細心の神経を払って、水音の様子を探っていった。

「水音、昨日のコンサート良かったね。水音はどの曲が一番良かった?」

「う~ん、銀花さんと弾いたヘンデルのパッサカリアかな。あと、チェロのクリスマス・キャロルのメドレーもよかったね」

「紗木子のは?」

「紗木子さんのは……う~ん、あんまりよく覚えてないなぁ……」

「しかし銀花さんは美少女だね。何を着ていても和風の雰囲気があるのが不思議だ……」

「また、銀花さんの事ほめる」水音は笑って言う。

「銀花さんから何か迫られた?彼女、水音の事が好きなんでしょ?」

「いや、別に何にもないよ。それに私は裕也しか好きじゃないもの。絶対、何にも心配しなくていいよ」

「僕も水音の事大好きだよ。ディナーも良かったね」

「うん。最高。ずっと前から裕也とイブのディナーをする事が私の願いだったんだよ」


二人は三十分ほど他愛のない話をし、裕也は水音の家を出た。水音は、

「で、結局なんの用事だったの?」と聞いたが、裕也が、

「いや、別に。ちょっと水音の顔が見たくなったんだ」と言うとすごく嬉しそうに「そう。じゃあ、さようなら。また連絡するからデートしようね」と言った。


* *


 裕也は、浜田山の駅に着くとすぐに千古にメールをした。

『千古さん、水音がおかしい。今から会って相談したいんだけど、学校で会えないかな?』

『じゃあ裕也さんの家に行きますよ。それでもいいでしょうか?』

『わかった。僕は今、外だから、一時間後ぐらいに家に帰る』

『じゃあ、その頃にお伺いします』


 裕也が家に帰ると、まもなく千古が訪ねてきた。裕也は千古を部屋に呼びソファに座るように言う。しかしその声は震え、顔は引きつっていて、わざと自分を落ち着かせる時間をとるために、千古にソファに座るように言っているかのようだった。

「千古さん、来てくれてありがとう。昨日の今日なのに」

「何をおっしゃいますか。命の恩人の裕也さんの呼び出しですから」

「水音がおかしいんだ」

「どうしました?」

裕也はスマホの画面で水音のメールを出し千古に見せる。千古はそれを読んだがあまり驚いた様子は見せなかった。裕也は言う。

「千古さん『医者はどんな時でも驚いた様子を見せてはいけない』っていう話を聞いた事があるんだけど…」

しかし千古はその言葉を無視して聞いた。

「それで、今日千古さんに会われたんですか?」

「会った。携帯に電話したけど出ないから、水音の家まで訪ねて行った」

「で、様子はどうでした?」

裕也は、水音との会話を一言一句、努めて正確に伝える。

「で、どこがおかしいと思ったんですか?」

「いや、どこもおかしくない。それがおかしいんだ」

「……」

「分かる?」

「わかりますよ。水音さん、普段はおかしいですから」

「……」

「で、どうしたいですか?」

「…………」

裕也は考え込んでしまう。あわてて千古を呼んだものの、どうしたいか、自分では何も考えていなかったし、何も決められない事に気が付いた。

「二~三日様子をみようか?」裕也が言う。

「裕也さんは水音さんがどうなってしまったと思っているのでしょうか」

「…………」

千古は落ち着いて裕也の返事を待っている。裕也に自分で考えろと言っているかのように、優しく裕也の顔を見ていた。


「千古さん、……口に出すとそれが確定してしまいそうで怖いんだけど、やっぱり言わないわけにはいかないよね。千古さんから聞かされるよりは自分で言うべきだ。水音の状態は、……すでに水音の心は、少なくとも僕が知っている水音の心はあの身体には無いんじゃないかって気がする」

「そう思いますか。では、私はもう一つの可能性をいいましょう。普通に考えられるのは一時的な記憶喪失です。このメールの送信時間は午前五時です。水音さんは昨日はコンサートで銀花とのデュオを弾き、コンサート全体に気を配り、銀花にあの手この手で誘われるのをなんとかかわして、そして裕也さんとも曲を弾いてディナーをしました。それからずっとあれこれ考えて眠っていなければ、若くても脳内の血流が不足して短時間だけ記憶喪失になる事もありえます。

この場合、水音さんはこのメールを送った事とその前後は忘れているという事になりますが、このメールは彼女の本心だと思いますので、そのうち、何か行動を起こすかもしれません」

「……」

裕也は非常に落ち込んでいるように見えたが、やがて口を開いた。

「千古さん、たぶん水音の心はもう離れているような気がする。今日の水音は銀花さんに付きまとわれたとは言ってなかった。彼女だったら、もしそんな事があったら僕にあーだこーだと大きな声で愚痴るはずだ。だけど言わなかった。それは僕がその時の事を知らないからだ。それと、昨日の曲の中で紗木子の演奏はよく覚えてないと言った。それも僕が紗木子の演奏を聞いていないからだ。つまり、今の水音は僕が知っている事しか知らない。僕が知っていて、かつ僕が『彼女も知っている』と思う事しかしゃべらないんだ」

「話している相手の記憶を読んで、適当な答えを返しているってことでしょうか?」

「……しかし、それでも千古さんの言う記憶喪失の可能性もあるよね。その場合はすぐに会いに行って彼女を引き止めなければならない」

「そういう事です」

「じゃあ、今から水音の家に行くから付き合ってくれる?」

「はい。じゃあ行きましょう」

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