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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第六章 京都
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-5

 一方、裕也は完全に力の抜けてしまった水音の身体をなんとか座った体制で持ちこたえていた。水音の首を立てて、キスしているバカップルのふりをしようと努力する。人気の無い二条城の敷地の端、かつ木々の間に隠れた芝生だが、裕也はもしも人に見られたらどうしようかとびくびくしていた。


 しかしその不安は的中する。見回りの警備員が歩いてきたのだ。警備員は裕也を見つけると近づいてくる。裕也は驚く。身長が優に二メートルはあり、その顔は赤黒く、肌は一面の吹き出物で見るに堪えない様相だった。しかも表情がこわばり、まったく瞬きをしない眼を大きく見開いて裕也を見ている。裕也には霊が見えないのだが、何度もの経験から人間でない物の雰囲気は分かる。しかし今目の前にいるのはそういう微妙なレベルではなく、あきらかに凶暴な何かだった。

 裕也の身体がこわばる。心のなかでつい「水音、水音」と叫んだ。逃げたくても逃げられない。水音の身体を抱えているのだから。そして警備員がぎこちない動作で近づいて来る。あいかわらず無表情な顔で眼だけを大きく見開いて裕也を見下ろしている。


 しかしその時、とんでもない事が起きた。裕也が警備員を見上げているその時に、急に裕也の身体に冷たい水がかかった。そして、耳元でじゃぼじゃぼ、という音がする。一瞬の事だ。裕也が抱いている水音を見るとそこには水音の身体は無く、代わりに崩れ落ちる瞬間の透明な水があった。ざぼーんという音がして、一気にその水は裕也の身体にかかり、そして地面に散ってしまった。裕也は驚いて飛び上がる。芝生の上を水が流れていき、やがて消えた。後に残ったのは水音の着ていた服だけだ。

すると警備員も驚いたようで、さっと方向転換して裕也の元から走り去って行ってしまった。裕也は何が起こったか、どうしたらいいか全くわからず、びしょ濡れになった身体で茫然と立ち尽くしていた。


* *


 さて、水音はなんとか檻にたどりつき、骨で檻のかんぬきを押し上げ、そして手で触らないように扉をうまく開けた。白い狐がそっと出てくる。そしてもう一匹は美しい銀の狐だった。洞窟の壁の濃い青の光が銀の毛のところどころに反射してとてもきれいだ。しかしそれを見ていた水音はあまりの大きな叫び声に飛び上がって驚いた。子鬼の一人がものすごい形相で水音を指さし、

「ああ~あああ」っとスローモーションのような変な声を発している。とてつもなく大きな声。水音はすぐに方向転換して走り出した。狐たちも一斉に走り出す。後ろの方で、何かどかーんと大きな音がしていた。そしてばたばたと鬼たちが走り出す気配がした。

「うわ~ああおお~」叫び声が洞窟中にこだまする。そして鬼の一匹が水音の横を駆けて追い抜き、前に回って振り向いて両手を広げた。水音と狐たちは慌てて立ち止まる。だめだ。囲まれてしまった。水音の身体がこわばる。


 しかしその時、洞窟の入り口の方からごーっという音が聞こえてきた。鬼の声のように大きな音ではなかったが、なにかものすごい大きな物が発している音のようだ。するとまず白い狐が水音の胸に飛び込んだ。水音が受け止めて抱きかかえる。そして、もう一匹の銀の狐も水音に飛びついた。水音は少しよろけたが、なんとか二匹の狐を抱きかかえる。そして水音は、前に立ちはだかる鬼を睨んだ。しかし鬼の方は不安そうな顔で音のする方を振り返っていた。


 その時、足元に水が流れ始める。一瞬ちょろちょろと流れた水はあっという間に五十センチ、一メートルになり、鬼はうろうろし始めた。水がかかった部分の鬼の身体はぼーっと赤く光っている。鬼はいきなり「ぎゃー」っと叫びだした。

 一方、水音の身体は水を受けてもまったく動じず、水かさが増しても流されず、水の中に安定して浮いているような状態になった。後ろを振り返ると鬼たちが水に流され、飲み込まれていくのが見える。必死で壁に捕まろうとしたが、圧倒的な水の勢いになすすべもなく、押し流されていく。水音の前にいる鬼も水音の方に流されて来た。膝から上が水から出て安定している水音に捕まろうとしていたが、あえなく流されて、他の鬼たちと同じく洞窟の奥の方に流されていった。


 まもなく水音の意識は途切れがちになり、そして気を失った。


* *


 水音が眼を覚ました時はすでに夕方。水音は裸で、神泉苑の池のふちの岩に上半身が覆いかぶさり、下半身は池の中だった。

なぜか寒くはなかった。ふと見上げると千古と女将が池の淵に静かに立って水音の様子を見ている。

「水音さん、大丈夫ですか。着替えを買ってきましたよ」

千古はそう言って、水音の手を引いて池からひきあげ、特大のふかふかしたタオルで包んだ。そして水音は服を来た。千古と女将も同じようにどこかで服を買ってきたようだ。ふたりともいかにも新品のTシャツにジーンズだったからだ。

女将が丁寧に頭を下げて言う。

「水音さん、ありがとうございます。助かりました。私はこのあたりの狐をまとめている者で西宮銀花にしみやぎんかと申します」

千古も珍しく神妙な雰囲気で口を開いた。

「水音さん、どうもありがとうございます。まさか人間に助けられるとは思いませんでした。千年も生きて、何千人もの人を知っていますが、初めてですよ。あの凶暴な鬼たちを撃退した人は」

銀花がおっとりした口調で続ける。

「水音さんの身体は水の神さまが造られたものですね。素晴らしいです。この神泉苑の善女竜王様の加護を受けて、鬼たちを追い払われたのですね」

水音は、何が何だかわからずにぼーっと聞いていたが、ふと裕也の事を思い出した。

「そうだ、裕也が二条城にいる」

水音たちがあわてて二条城に向かうと、すでに拝観時間が終わっていたので、裕也はその入り口に立って茫然としていた。

水音は裕也を見つけると走っていき、裕也に抱き付く。

裕也は水音たちを見つけてもしばらく力が抜けたような状態だったが、気を取り直したように口を開いた。

「どうしたの?もうだめかと思ったよ。水音の身体はいきなりばしゃ~んと水になっちゃってさあ」そして裕也もさすがに涙ぐんだ。「水音、戻って来てよかった。もう会えないかと思った」

 千古が寄ってきて言う。

「裕也さん、ご心配をかけてすみませんでした。でももう大丈夫です。鬼は神泉苑の領内から追い出されて二条城に帰りました。水音さんのおかげです」


* *


 夕方、三人は新幹線で京都駅を出発した。銀花は駅のホームまで見送りに来て、何度も丁寧にお礼を言っていた。

水音と千古が裕也に何が起こったかを説明すると裕也が聞いた。

「京都は守られているんじゃなかったの?比叡山では子鬼がいたけど市街は安全だって」

すると千古がすまなそうに謝る。

「すみません、二条城だけは例外なんです。最初の区画を無視して東西南北が傾けられていますから。あそこは鬼のたまり場です。神泉苑は竜王さまに守られているので、絶対に入って来れないんですけど、私が二条城側から穴をあけてしまったので」

水音が言う。

「もしかして千古さんて弱いの?犬にかまれたり鬼に捕まったりして」

「えええ?それはちょっと理由があるんですよ。あの場所では狐火が使えないからです。お宝に燃え移ったら大変ですから。あと、鬼たちはバカですが、力が強く動きも早いので、銀花と私が洞窟内を調べている時に入り口から何人も入ってきて囲まれてしまったんです。

 しかし本当に驚きました。まさか人間が鬼を退けて私たちを助けてくれるなんて。しかも鬼の妖気が練り込まれている檻のかんぬきを開けるのに、人骨を使って中和するなんてマニアックなやり方をして、本当に感動ものです。銀花も心底感謝していると思いますよ」


「ところで千古さん」水音が言う。

「言うまでもない事だけど、念のために言っておくね」

「なんでしょうか」

「銀花さんの事だけど、恩返しのために渋音に転校してきた、なんていうベタな展開にはならないよね」

「ははは。いいねそれ。」裕也がものすごく嬉しそうに笑ったので、水音が肘で裕也を突っつく。千古が言う。

「そういうベタな展開は私の感性に反しますから、万一そうなりそうなら阻止します。でも水音さんと彼女は相性がいいと思いますよ」

「えっ?何で」水音が聞く。

「まあ、別にたいした意味はありません。そんな気がしただけです。」


 裕也がトイレに行くために席を立つと、すかさず千古が水音に話しかける。

「お宝が何かを裕也さんに黙っていていただいて、ありがとうございます」

「言えるわけないでしょ。でもあれ、全部、千古さんが集めたの?何やってたの?凶悪じゃない」

「平安京で疫病が大流行した時があったのです。大勢の方が亡くなりました。死体から病気が広がるんだと、その時の私は考えていました。しかし死体はどんどん鴨川の河原に置かれていったので、私が拾い集めて、あそこに埋めたのです」

「へえ、そう。それで銀花さんに上げる事ができたの?」

「ええ。鬼たちが少し荒らしてしまったのですが、まあ現代では考えられないほどの大量の物がありますから」

「何に使うの?」

「知りたいですか?」

「……いや、いいです。で、千古さんはいらないの?」

「いらないです。ぜんぜん。電気を使った生活の方が好きですから」

「そう……。もう一つだけ聞いていい?」

「はいどうぞ」

「私たちは鬼が死体の洞窟を占拠するのを阻止したけど、鬼はいけなくて狐はいいの?神泉苑にも入れるの?」

「狐はいいんですよ」

「なんで?神泉苑の竜王は狐の味方をしてくれるの?」

「そうです。昔から」

「へえ。そうなの……」

水音は疲れが出たのか、だんだん元気がなくなって力の無い声になってきたが、新幹線の窓の外をぼーっと見ながら話し続けた。

「ねえ千古さん」

「何でしょう。」

「私、なんか疲れたよ。今回も魂が離れた時に、もう戻って来れなくてもいいかなって、ちょっと思っちゃった……。」

しかし千古はそれには答えずに、別の質問をした。

「ところで水音さん、私も一つだけ聞いていいですか?」

「何?」

「昨晩はどこまでいきましたか?」

「……」

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