第六章 京都
渋音祭が終わって一週間ほど経った日の放課後の事、裕也、水音、そして千古は楽器博物館の小部屋にいた。
水音が千古に向かってにこにこしながら話しかけ……
「千古さん、男子チェロアンの企画、大当たりだったね。さすがだよ。素晴らしい……って私が言うと思った?」っと、途中から急に顔つきを変えて言い終えた。
「え?なんでしょうか?」千古が、とぼけているのではなく本当に何かわからないといった顔で聞く。
「ターゲットをしっかり決めてアピールするって言ったでしょ。腐を集めてどうするんだよ。渋谷中の腐を」
しかし千古はそれにまったく動じず、きっぱりと言い放つ。
「水音さん、ターゲットは『夜十一時以後にテレビを見ていて、同時にPC画面でネットも見ているダブルスクリーンなサブカル・オタク』ですよね。その人たちの半分は女子ですよ」
「そんな事は無い」
「そうですよ。それに男子チェロアンを見に集まったのが腐だとは限らないじゃないですか」
「うちの学校の八割は女子だよ。女子を売り出して男のサポーターを方が集めた方が楽でしょ」
「水音さん、聞いてください。男子生徒の中からスターを作れば、人数の多い女子生徒が必死に練習に励むようになります。受験生も女子の方が多いわけですから、その人たちにアピールすれば渋音の受験生も増えて渋音のレベルは上がっていくでしょう」
「……でも、うちらがやろうとしているのは外部の知名度を上げる事だから…」
「では、外部の事を話しましょう。もしも女子を売り出そうとしても、一流の音高には、技術もあって見た目も麗しい女子が溢れてるじゃないですか。三流校で誰かを立てても、男のオタクが釣れますか?彼らに受けるのはメンヘラ美女の紗木子さんだけですよ。水音さんだってほどほどに可愛くてヴァイオリンもうまいのに、テレビには三秒しか映らなかったじゃないですか。ツインテにでもしてみますか?」
「……」
千古が立て板に水のようにしゃべるので水音も裕也もあっけにとられていた。
「もしもオタクのほとんどが男なら、女子のスターを立てるしかないと思いますが、現実にはオタクは男女半々なんですよ。女のオタクは表に出てこないだけです」
さらに千古は少ししゃべる速度を落として続けた。
「平安でも唐でも、どこでもそうでした。宮廷に女性が多い時は、少数派の男性の中からスターを作れば、その宮廷の内政は安定します。多数派の女性が頑張るからです。男性のスターがいなければ、その宮廷は腐敗します」
「……」
水音が圧倒的に不利な感じになってきたので、裕也が割って入る。
「まあ、水音、いいじゃないの。チェロアンの企画は面白かったし、音楽も良かったよ。音程合わすの大変なのにみんな必死で練習してさ、それがテレビに映ってよかったじゃないの」
部屋がかなり寒くなったので、千古が立ち上がってエアコンの温度を上げた。裕也が引き続き、必死で雰囲気を変えようとして質問をする。
「ところで全然違う話なんだけど、千古さんはなんで那須にいたの?元々京都にいたんでしょ」
「そうです。眠りに入る前は京都にいましたが、陰陽博士の清嗣さまが占いを立てられ、『千年後には都が蝦夷に移っている』っておっしゃるんで」
「ははは。北海道か。それ、面白いな。大外れだ」
「そうなんですよ。清嗣さまご自身も『当たるも八卦、当たらぬも八卦』とおっしゃっていましたが」
「でも、なんで北海道じゃなくて那須なの?」裕也が聞く。
「それはですね。あまり寒い所に行きたくなかったからです。那須まで来たときに、『このぐらいが限界かな』って思いました」
「ははは。そうだね。僕もそう思うよ」
「それでですね、再来週の週末に京都に行こうと思うんですけど、お二人も一緒に行きませんか?」
裕也と水音は突然の話の展開にとまどって顔を見合わせたが裕也が言った。
「水音、行こうよ。千古さんと一緒に行けば歴史とか色々教えてくれるだろ」
「ええ?行きたいけど、私お金が無いよ」
二人の顔つきを交互に観察していた千古が、これで行く事は決まりだという感じで言う。
「水音さんはてっきり、三人で行く事自体に反対されると思っていましたが、そうではないんですね。部屋は私と水音さんになりますけど、いいですね」
「えっ?一泊なの?」
「そうでしょ。普通」裕也が相槌をうつ。
「えっ?でもお金が無いよ。千古さんと裕也はいいだろうけど」
「水音さん、私が出しますよ。一応働いていますから。気にしないでください」
「だめだよ。そんなの」水音が困った顔をする。
「水音さんの場合、現世はたまたまはお金が無いというだけじゃないですか。前世ではすごいお金持ちだったじゃないですかあ?」
「えっ?そんなこと分かるの?」水音が焦った顔をする。
「ははは。かまをかけただけですよ」
「この狐女~」
「ははは。でも水音さんを見ていると、そういうお金とかを超越した品格がありますよ」
「……」
千古はさらに続けた。
「私のお金の事は気にしないでください。何とでもなりますから」
「……まあ、それは何となくわかるけどさ」
「水音、僕は行くよ」
「じゃあ八時頃の新幹線でいいですか?買っておきますよ。ホテルも予約しておきます」
「ちょっと待って。親に何て言おうかな。裕也の方は大丈夫?」水音が慌てているので、千古が冷やかすように言う。
「ははは。じゃあ今週末、私が水音さんのお友達という事で、水音さんの家に遊びに行って、その時にご両親に旅行の話をしましょう」
「いやだ。自分でなんとかする」
* *
十一月の下旬、京都市街は紅葉のピーク。この日は抜けるような青い空。少しぐらいの寒さもうきうきした気分で吹き飛ばしてくれるような秋の一日だった。裕也と水音はダウンジャケット、千古は黒のダッフルコートを着ている。
十時ちょっと過ぎに京都駅に着くと、千古は駅にある京都ホテル組合のカウンターに行った。カウンターの人は三人の荷物を預かり、今からでもチェックインできると言ったが、千古は先に市街を観光すると言った。するとカウンターの人は、ハイヤーが待っている場所まで三人を案内する。ハイヤーの運転手は丁寧に手でドアを開けると、
「千歳様ですね。今日はどこに行きましょうか」と尋ね、それに対して千古はいくつかの観光名所を告げた。水音が言う。
「千古さん、そんなに大名旅行じゃなくていいのに」
しかし千古がそれには答えずに、
「三人とも後ろの席でいいですよね。水音さんは真ん中でいいでしょうか。私が裕也さんの隣ではまずいでしょ」と言うと、裕也は
「いや、僕が真ん中に座るよ」と言った。
車が動きだすと、千古はやっと落ち着いて喋り出す。
「実は、京都にいる知りあいに旅行の手配を頼んだのですよ。その人は今晩泊まるホテルのオーナーで、宿泊も夕食もハイヤーも全て手配してくれました。ちょっと堅苦しいかもしれませんけどね。ちなみにお二人はお金の事は気にしなくていいです」
それから三人は清水寺や金閣寺など、定番の観光地をまわり、千古は昔と同じだと言って懐かしそうにその場所の由来を解説したり、あるいは全然変わったと嘆いたりした。裕也も水音も、今まで渋音祭の準備で猛烈に忙しい毎日を過ごしてきたので、この京都観光は気分転換で楽しそうだった。
三人が回ったのはほとんどが誰でも知っている観光地だったが、一つだけ千古が「あまり面白くないけど付き合って欲しい」と言った場所があった。水音が聞く。
「そこが千古さんが京都に来た理由なんだね」
「まあ、そうなんですけどね。ちょっと昔と変わってしまっているので。どうでしょうかね……」と、めずらしく上の空の返事をする。
運転手が連れて行ったのは神泉苑。しかし千古はちょっとそこを見ただけで、その北側に接する二条城に行った。
「う~ん、どうかな……。ちょっともう一つお願いがあるんですけど、今日の夕飯の後でホテルに行く前に比叡山に行っていいですか?」
「もちろん!」水音が嬉しそうな顔をする。
「夜景が見られる。さすが千古さんだよ。せっかくハイヤーなんだし」
「でもすごく寒いですよ」
「ぜんぜん大丈夫だよ。ね、裕也」
しかし裕也は心配そうに千古を見た。
「千古さん、大丈夫なの?何か昔の物を探しているの?」
「そうなんですけどね。まあ、なんとかなるでしょう」とまた千古にはめずらしく曖昧な返事をした。




