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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第五章 渋音祭
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-5

 さて、渋音祭の当日、秋晴れの気持ち良い日になった。例年どおり朝から大勢の来訪者が来て……特に食堂がにぎわった。水音と裕也は一時間毎に食堂に行き、勝手に数曲を弾いた。客のほとんどは高校生の男女だ。

 やがて午後二時。水音と紗木子のクロイツェルの時間になった。ホールの客の入りは半分ちょっとと言ったところだ。

「まあ、こんなものかな」と水音がつぶやく。

水音と紗木子の演奏は対決型の緊張感の高いものだった。水音は極めて凝縮された演奏をし、それに対して紗木子はいつもどおり、ほの暗いピアノで答えた。テレビのカメラもずっと二人を捉えていた。


 水音たちの演奏が終わると三十分の休憩があって、その後が男子チェロアンのコマだ。その三十分の間、みるみるうちにホールは渋音女子生徒と外部から来たと思われる女子で一杯になった。聴衆の九割が女子。演奏が始まる頃には通路にも人が溢れ、大変な盛況になる。このホールにこれだけ人が入ったのは、渋音の歴史の中で間違いなく初めての事だろう。テレビのクルーも驚いたようで、何が起ころうとしているか分からず、客席で待つ女子たちを熱心に撮影していた。

やがて、チェロアンのメンバー八名が入場すると会場は黄色い歓声に沸く。まるでロックのコンサートのようだ。裕也は編曲と指導をしていたので舞台の袖にいて、水音もその前のコマの出場者なので、そのまま袖で裕也と一緒に聞いていた。紗木子は当然、さっさと帰って行った。

 何曲か演奏され、会場は盛り上がった。最後はソプラノ付のブラジル風バッハ五番だ。舞台の袖には千古の姿が見えたので、水音は慌てて千古に声をかけた。

「千古さん、ソプラノ歌うの、まさか千古さんじゃないよね」

千古は笑って言う。

「まさか」


 そして八台のチェロがスタンバイしていると、客先最前列の一人の男子生徒が突然立ち上がり、そのまま舞台に駆け上がる。彼は声楽科三年、バリトンの登坂信吾。すらっとした高い身長に整った顔つきのイケメンだった。彼はまだ高校生なのになぜか白髪が多く、イケメンな顔と白髪の組み合わせが醸し出す渋さが女子たちに絶大な人気を誇っていた。彼が八台のチェロの真ん中に立つと、曲が始まった。水音が裕也にそっと話しかけた。

「これ、ソプラノしか聞いたことなかったけど、男声もいいね~。これ結構うけるんじゃないかな」

「そうだね。素晴らしい。千古さんの企画だよ」


* *


 三日後の水曜日の夜、ニュースイレブンで渋音が流された。

『今日はいつもと少し違う特集です。みなさん、渋谷にも音楽高校があるのをご存じでしょうか。渋谷音楽学園です。先日ここの楽器博物館にある琵琶が正倉院のものに匹敵する歴史的価値のあるものだという事がニュースになりましたが、今日はその高校の文化祭、渋音祭を取材してきました』

そういうナレーションで、映像は学校の校舎、生徒たちの練習風景、チェロアンの時の会場の黄色い歓声をあげる観客が映った。それからほんの数秒だけ音声とともに水音が食堂でタイスの瞑想曲を弾いている映像が映り、映像はチェロアンをバックに歌う登坂信吾に切り替わった。チェロを弾くメンバー数名もアップで映しだされる。ナレーションが重なる。

『この日は年に一度の文化祭。生徒たちは独自の企画を考えて練習に励み、演奏会に望みます。渋谷という便利な場所にあるので、企画がよければすぐにそれがツイッターなどで流されて渋谷にいる人が集まってくるという事です。この日のお目当ては男子チェロ専攻生徒全員によるチェロだけのアンサンブル。ごらんのように会場は満席。まるでロックのコンサートのような歓声が上がっています』

それから映像はチェロアンの練習風景で裕也が指導しているところを映し、最後は再びチェロアンの演奏会の風景になって終わる。全部で三分ほどの特集だった。


 水音は自宅で家族とテレビを見ていた。家族たちはほんの一瞬でも水音が映った事を喜んではしゃいでいたが、水音は不機嫌そうだった。そして裕也にすぐにメールする。

『お互い三秒だね。まあいいや。それより紗木子は映らなかったんだね』

水音はそのままニュースイレブンを見続けたが、番組が終わる十二時十分ぐらいになると、さらに不機嫌になる事になる。


『では今日のニュースイレブンもそろそろ終わりです。今日の最後は、先ほどの渋谷音楽高校の生徒さんが弾く、このピアノをお楽しみください』

アナウンサーが時間を気にして早口でしゃべると画面は渋音の練習室を外から撮ったものに切り替わった。音楽が小さな音で聞こえる。クライスラーの『愛の悲しみ』をピアノ独奏に編曲したものだ。カメラがドアの一つに近づき、ガラスのスリットの中を映すと、そこにはうつむいてピアノを弾く紗木子がいた。やがてクルーがドアを開けて、紗木子に最初から弾いてくれるように頼むと、また音楽が始まった。紗木子のほの暗い音楽性が妙に曲にマッチし、アンニュイで幻想的な世界が広がっていく。長い漆黒の髪の間から、紗木子の美しい顔がのぞく。しばらく演奏が続き、ニュースイレブンのエンドロールがテロップでかぶさったが、曲は最後まで流れた。


「何これ」水音は怒っていったが、水音の母親はなんで水音が怒っているのかわからずに言った。

「きれいな子がいるのね。この曲、知ってるわ」


* *


 翌日の学校では、オンエアされたチェロアンと紗木子の話で持ちきりになる。いつもやる気のないのがデフォルトの学校だったが、この日の興奮はその歴史を変えるのではないかと思われるほどのものだった。教員室でもこれを仕切った千古はスターになった。

「千古さん、素晴らしいよ」学長も千古をベタほめした。


 水音は裕也に「お昼ごはん、一緒に食べようね」と優しく声をかけたが、裕也の方は千古が何を言ってくるか分かったようで、困った顔をしていた。それでも二人は生徒食堂で天ぷらそばを食べながら話す。

「裕也が映った所、かっこよかったよ。なんか自信を持って指導してるって感じでさあ」

「ははは。三秒だけどね」

「でさあ裕也、説明してよ。なんで紗木子があの曲弾いてるの?裕也が弾かしたんでしょ。だってあの子はショパンしか弾かないじゃない」

「いや、僕が弾けって言ったんじゃないよ」

「じゃあ千古さん?」

「いや、違うと思う。千古さんと紗木子は繋がりがないでしょ」

「でもわからないよ。狐女がなにするか」

「ごめん。僕が切っ掛けなのは確かなんだ」

「……じゃ、説明して」

「……」

「怒らないから」しかし水音は明らかに怒った顔だ。

「別に、怒られるような事じゃないよ」

「何?」

「あのさ、愛の悲しみの雰囲気がピアノ独奏でどこまで出せるかと思って編曲したんだよ。ラフマニノフが編曲したのがあるんだけど、あれはちょっと違うな、って思って僕も編曲してみた。それで、その譜面を持って練習室に行ったら紗木子がそれを見つけて興味を持ったんだ。ほら、あいつが自分からショパン以外の曲に興味をもつなんてめずらしいだろ。だから譜面を貸してやったんだよ。それで彼女が弾いている所をたまたま千古さんが見て、クルーを呼んだんだよ」

「で、なんで紗木子と話してるの?あの子は誰にも興味がないんでしょ」

「紗木子はなんでもないよ。信じろよ僕を。楽譜を持って練習室に行ったら、彼女がクロイツェルを練習しているのが聞こえたから、ちょっと入ってみたんだよ」

「本当?」

「本当だよ。信じろよ。彼女だろ?」

「……。で、狐女のチェロアンの企画には?」

「だから選曲と編曲を手伝ったんだよ。いい企画でしょ。結果的に大当たりじゃない」

「だからクロイツェルはだめだって言ったんだよ」

「何言ってるんだよ。水音と紗木子のクロイツェルは素晴らしかったよ。先生たちも絶賛していた。この学校でこんなレベルの高い音楽が鳴るとは思わなかったって」

「裕也はどう思ったの?」

「もちろん素晴らしいと思ったよ。惚れたよ。本当」

「どっちに?」

「水音に決まってるだろ。もう。いい加減にしろよ」

「……まあいいや。とりあえず渋音祭をニュースイレブンで流す事は成功したね」

「そうだよ。今週末お祝いをしよう。二人で中華街に行こうよ」

「そうやってごまかしているでしょ」

「違うって。じゃ行かない?」

「行くよ。嬉しいよ、デートできて」


* *


 それからすぐに、紗木子の弾いた愛の悲しみはようつべにアップされ、三日間で五万再生を突破した。

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