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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第五章 渋音祭
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-3

 次の日の学校で、昼休みが始まると水音は前の席の裕也を突っついて言った。

「ねえ、裕也、千古さんと最近話してる?」

「えっ?なんでそんな事聞くの?水音のいない所では会ってないよ?でも、メールでちょっと頼まれた事があってさ。それをこれからやるんだ。よく見てろよ」

そう言うと裕也は立ち上がり、教室の後ろの方に歩いて行った。そしてまだ前の授業に使った教科書を片付けている紗木子の前に立ち、ちょっと緊張した面持ちで声をかけた。

「霧島さん」

紗木子は教科書をカバンに入れる手を止め、ちょっと上目使いに裕也を見る。

「何?」

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、昼休みにいいかな?練習室に行っていい?」

まだ昼休みが始まったばかりで他の生徒もほとんどが教室にいた。そのほとんどの生徒が一斉にふり返って裕也と紗木子を見る。教室に緊張感が走る。

「いいよ」

それから席に戻ると裕也は手短に水音に言った。「紗木子にベートーベンのクロイツェルソナタの伴奏頼むんだ」

「へ?」

「千古さんから頼まれたんだ。話聞いてるでしょ?」

「あの狐女!」

「水音は本当にクロイツェル弾けるの?」

水音は突然立ち上がった。

「よし、弾いてやろうじゃないの。今度の土曜日に裕也の家に行ってもいい?クロイツェルの練習するから」

「OK分かった」


 そして、裕也と紗木子は連れ立って教室を出て行った。

普段誰とも話さない紗木子はクラス中で完全に浮いていたので、たとえ昼休みとはいえ、紗木子の事を裕也が突然誘った事に皆は驚いた。しかも以前に裕也のメアドをポツンと聞いてきた紗木子を。すかさず数名の女子が残っていた水音を取り囲む。

「いいの水音?裕也は美人が好きなのかな」

「別に。なんか渋音祭で演奏頼むらしいよ。それと、誰だって美人は好きでしょ」

「水音だって可愛いのにね。」

「まあ、あんまり干渉すると嫌がるから」

「ははは。水音も大人になったね」

「…………」


 練習室に入ると、紗木子は無言のまま裕也の書いた曲の楽譜を取り出し、ルーレットでパーツの順番を決めて弾きだした。美しいパートとそうでないパートが融合し、立体的な世界を作り出していく。どの部分も丁寧に弾きこまれ、重りあう声部やクラスターが深い陰影を刻み込む。みごとな演奏だった。裕也が感嘆する。

「素晴らしい。こんなにきちんと弾いてくれてありがとう」

すると紗木子は静かに言った。

「上条君、やっぱり思った通り、上条君が書いた曲を弾いている時は心が離れないわ。どうもありがとう」

「でね霧島さん、お願いがあるんだけど。今度、渋音祭の演奏会で水音の伴奏してくれないかな?」

「いいよ。曲は何?」

「ベートーベンのクロイツェルソナタ」

「わかった。楽譜貸してくれる?」

「いいよ。明日渡す。霧島さんなら安心だよ」

「そんな事ないよ。失敗したらごめんね」


* *


 土曜日の朝、水音は家を出るとまずクロイツェルソナタの譜面を買いに行き、それから裕也の家に行った。


「水音、これ本当に弾けるの?」裕也が聞く。

「まあね」

「じゃあ、ちょっとやってみようか」

裕也がピアノに向かうと、水音は調弦をして、冒頭のソロの部分を弾き始めた。緊張感のある音楽が始まる。裕也の方はピアノがあまりうまくないので省略して弾かない音符もあるが、音楽に対する理解の深さを表すようにカッチリとしてほりの深い音楽を繰り広げる。二人は一楽章を一気に弾き終えた。裕也が水音を褒めるより先に、水音が裕也のピアノを褒めた。

「裕也、ピアノうまくなったね。初見?」

「いや、三日ぐらい前に僕も譜面買ってきて練習した。それより水音もこれ、いつこれ練習したの?」

「まあ、昔ね」

「前にも言ったけど、水音が二年前からヴァイオリン弾き始めたっての嘘でしょ。まあ、深くは追及しないけどね」


 水音はその質問には答えずに、ちょっと不満そうな顔で裕也を見て言った。

「裕也さあ、なんで私が紗木子と演奏会にでなきゃならないの?それ狐女が仕組んだんでしょ?」

「どうしたの?『千古さん』って呼んでたのに『狐女』に戻ったじゃない。そうだよ。ちなみに会って話したんじゃなくて、メールだけど」

「この選曲は誰?」

「これを選んだのも千古さんだよ。出落ちだからニュースイレブンにはいいんじゃないかって」

それを聞いて水音は興奮して声を荒げる。

「出落ちじゃないだろ、この曲。ベートーベンに失礼だな。あの狐女。死ねよ」

「どうしたの水音?」

「ねえ、曲、変えようよ。これテレビで流すには難しすぎるし、サビが長すぎるでしょ。やっぱり小品がいいよ。もっと有名な曲」

「でも、もう紗木子に言っちゃったよ?」

「で、紗木子はやるって言ったの?」

「やるって。二つ返事だったよ」

「なんで私じゃなくて裕也が頼みに行ったのか聞かれた?」

「いや、全然聞かれなかった。だから、それが紗木子なんだって。他人への関心が全くないから。演奏会に自分が出る事だけにしか考えがまわらないんだよ。」

「まったく、裕也を使えば私も紗木子も言うこと聞くと思ってるな。ああムカつく」

「でも、いい曲じゃない。最高のヴァオイリンソナタの一つだろ」

「そうだけど……じゃあ、裕也と私で、別の曲もやろう。テレビで流れそうな曲」

「僕のピアノじゃ演奏会までに間に合わないよ」

「大丈夫だよ。簡単なのにしよう。それと、ホールじゃなくて、食堂で弾こう。あそこにもピアノあるから。その方が面白いよ」

「いいけど。何やるの?」

「誰でも知ってて、数秒流れただけでも分かる曲だよ。クロイツェルは冒頭部分だって一分ぐらいは聞かせないとだめでしょ。ニュースイレブンではそんなに流れないよ」

「で、何にする?」

「愛の悲しみとか、タイスの瞑想曲とか、カッチーニのアベマリアとか」

「うわ~。そんなの恥ずかしくて演奏会でできないだろ」

「だから食堂でやるんだよ。ゲリラ・コンサートだ」

「わかったよ。じゃあやろう」

「ありがとう裕也。裕也の伴奏で弾けてうれしいよ」

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