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そして二週間後、ニュースイレブン(の孫請け制作会社)から渋音に取材の依頼が来る。千古の送ったビデオを見て、「この娘、可愛い顔してすごい上から目線で面白い」と思ってピンとくるものがあったそうだ。学長は初め難色を示したが、千古が説得した。
男女一人ずつのスタッフが打ち合せに来て、千古が対応する。
「『頑張れ青春』的な爽やかなイメージにしたいんです。失礼ですが、あまり有名でない音楽高校だけど、こんなに頑張っているっていう」
「特に、送っていただいたビデオに写っている娘、この人にも話を聞いてみたいし、できたら演奏も撮りたいです」
* *
取材誘致の成功のメールを千古から受け取った水音は、学校の帰りに事務室に行って、千古をお茶に誘った。
「千古さん、ちょっと相談したい事があるんだけど。帰りにお茶していかない?」
「いいですよ。ちょっと待っててください」
二人がBunkamuraのロビーラウンジに行って注文を済ませると、水音が切り出した。
「ここ、いつも空いてていいよね。ところで、あのビデオ、送っちゃダメだって言ったでしょ」
「でも、燃えてるって言ってたじゃないですか」
「で、ニュースイレブンは取材してくれる事になったの?」
「はい。オンエアされるかどうか分かりませんけど、撮影には来るそうです」
「だったら、目玉は渋音祭でしょ」
「そうですね。それだと、ちょっと局の方が考えられているスケジュールより遅いのですが、私がなんとか説得します。渋音祭の演奏会と、それに向けて練習しているところを流してもらいましょう」
「そううまくいくかな?」
「大丈夫ですよ。私、人の説得には絶対の自信があります」
「まあ、そうだよね」水音は笑って言った。
渋音祭は十一月三日に行われる。弱小音楽高校の渋音だが、この時だけは結構な人出がある。場所がいいからだ。しかしほとんどの客の目的は、食堂で、焼きそば、ちぢみ、みそ田楽を食べる事と、教室で開かれるポップス系のコンサートだった。
もちろん、クラシックの演奏会も開かれ、こちらは学内の二百名ほどの小さなホールで行われる。一応、生徒は誰でも出場できる。希望者は実行委員会に申し込んで時間枠を割り振ってもらう仕組みだ。今年も弦楽合奏、合唱、古楽アンサンブル、それといくつかの室内楽などがエントリーしていたが、どれもいまいちテレビ映えしそうもないものだった。
水音が注文したホットチョコレートが冷めるようにかき混ぜながら言う。
「それなら、今の演奏会のプログラムだと地味すぎるよ」
「水音さんもそう思いますか。それは私も心配したんですけど、もう時間が無いじゃないですか。あと六週間しかありません。今から何かできる人なんて、水音さんと紗木子さんぐらいしかいないじゃないですか。お二人で何か弾きますか?」
「嫌だ」
「ははは。で、どうしたいんですか?弦合奏でアニソン特集でもやりますか?」
「いや、それは違うよ千古さん。『応援してくれる人の関心が、私たちの目指す音楽の方向と違っても構わない』って言ったけど。『応援する人の関心に私たちの方向を合わせる』のはいけないよ。それをしたら本末転倒だし、応援する人にも媚びてる感じが伝わるから、一気に興ざめしてしまうよ」
そう水音がきっぱり言うと、千古は関心して聞いた。
「……水音さん、水音さんは今の身体に入る前に、何をされていたんですか?ヴァイオリンが極うまかったのは知っていますが。それだけじゃないでしょ」
「いや、別にたいした事はやってないよ。それより、裕也に言わないでね」
「言いませんよ。黙っていますから、そのかわり、紗木子さんと演奏会に出てください」
「嫌だよ。紗木子だって出ないでしょ」
「出ると思いますよ。裕也さんから頼んだら。プライドが高いですから」
「……で、千古さんは出るの?」
「出る訳ないじゃないですか。私は職員ですから」
「なんだよそれ。ずるいな~」
「……じゃあ、私も企画を考えますよ。私が一枠なんとかします。それから水音さんも紗木子さんと弾いてください」
「……わかった」水音は不満そうだったが、とりあえず、冷めてきたホットチョコレートを飲んだ。
「夏にホットチョコレート飲むの大好きだ。ところで、さっき私の話が出たんで、一つ聞きたいんだけど……」
「なんでしょうか」
「ずっと聞きたいと思ってた事なんだけど……この前、私が紗木子の心の世界に行ってた時、私の身体をみていてくれたでしょ」
「はい」
「私の心が離れている時に、この身体の元の持ち主の意識が出てきた?」
「……実は私もそれはすごくに気なったんですけど、水音さんの心が離れた後は、何も感じませんでした。」
「……」
「実は私、水音さんの事を『死体に他人の霊が憑いて動いている』のだと思っていました。那須の時にみたゾンビ犬と同じですね」
水音は思わず飲んでいた水を吹きだした。
「ぶっ。千古さんひどいな……。う~ん、落ち込んだけど。よく考えると身体の方の視点から言ったらそうなるのかも」
「いいじゃないんですか。水音さんを見ていると、身体と心のチグハグ感があって萌えますよ」
「……そう?かな?でもそう考えると、こんな身体じゃ裕也に悪いなあ。だんだん落ち込んできた」
「しかしですね、この間、魂が抜けた身体を仔細に観察したら、その身体は今の水音さんの魂のためにわざわざ作られているように見えました。だから死体が動いているのではないです」
「えっ?どういう意味?」
「私もよくわかりませんが、その身体の元の持ち主、つまり本来の柏木水音さんの魂が存在した痕跡が全く感じられませんでした。私も長い間生きてきて医者でしたから色々な現象を見てきましたが、水音さんの身体のような物は初めて見ます。水音さんの身体は何かで作られていて、そこに水音さんの昔の魂がうまく収まっているんですよ」
「ええ?そんな事があるの?」
「首の傷も治っているでしょ?」
水音は首のカッターナイフの傷に手を当てたが、千古の言うように、傷は跡形もなく消えていた。水音はひどく心配そうな顔をしていたが、千古はさっと態度を変え、明るく笑って言った。
「ははは。今日はちょっといじめてしまいました。最近、裕也さんと仲がいいようなので、ちょっとうらやましくって、いじめたくなってしまいました。でも気にしなくて大丈夫ですよ」
「おい、裕也には興味が無いって言っただろ」
「いいえ、そんな事は言ってませんよ。裕也さんと恋人になるのが目的じゃないって言っただけです。でも、目的じゃなくても恋人になってしまう事もあるかもしれませんよね」
「おい。……裕也は絶対渡さないぞ」
「うらやましいですね。頑張ってください」




