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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第四章 紗木子
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-11

 十時。学校の食堂に裕也、水音、千古が集まっていた。

「千古さん、昨日、裕也に襲われなかった?」

「まあ、ぎりぎりです」

「おい、何もしてないだろ」

「妄想されただけだと思います」

「おい、何も妄想してないよ」

「ははは、冗談ですよ」

水音が続ける。

「で、曲はできたの」

「できたよ。結構自信ある。この曲は十二のパートに分かれていて、それぞれ片手で弾ける。六つは紗木子の好きそうな美しい曲。三つは平凡な部分。最後の三つはかなり気持ち悪い不快な曲だ」

「……それで?」水音が驚いたように聞く。

「この十二のパートをこのルーレットで右手と左手に振り分けて、順番もルーレットで決める。ピアニストは同時に二つのパートを弾く事になる」

「ジョン・ケージみたい」

「水音、ケージの曲は美しいよ。他のどんな作曲家の曲も基本的には美しく書かれている。しかし、そうじゃない物を紗木子に弾かせるんだ」

「……」千古は熱心に聞いている。

「僕はじっくり紗木子と話した。紗木子は他人の事をほめる事もあるかもしれないが、それは本心じゃない。紗木子は百%自分の事だけを愛していて、他人の事は『自分は美しい人間だと自分で感じる』、そのための道具としてしか思っていないんだ。彼女が誰かをほめたら、それはその人を利用するためだ。

 今回『ピアノを弾いている時に僕の事を考えてしまう』って言ったのは嘘だ。僕をその気にさせて曲を作らせようとしたんだ。彼女がピアノを弾いている時に、考えてしまうのは、それを弾いている自分自身の美しさだ」

「…………」

「その関係は彼女と曲との関係にもあてはまる。彼女は音楽を愛していない。ピアノを弾いているという自分を愛するための道具としてしか考えていない。だからピアノを弾いている最中に自分の事を考えて、心が飛んでしまうんだ」

「裕也さん、……すごいです」千古が関心して言う。

「だから彼女はそういう曲を僕に望んだ。それを弾いている自分を好きになるような曲を。

 この曲のうち、六つの美しい部分は紗木子を満足させるように書かれている。しかし残りの六つは違う。紗木子が大嫌いな曲だ。これがランダムに出てくる。これは現実の世界を現しているんだ。技術的にはそれほど難しくないけど、同時に弾いて曲としてまとめ上げるのにはかなりの精神力が要求される。これは紗木子には大変な負担だろう」

「でも、そんな曲、紗木子は弾かないんじゃない」

「いや、弾くよ。意地でも」

「私も弾くと思います」千古が言う。

「紗木子さんは猜疑心が非常に強い方です。だから色々と事件のあった裕也さんの作った曲を弾かないと、あとで裕也さんが何か悪い事を言いふらすんじゃないかと思うでしょう。……もしかしたら、裕也さんの曲は紗木子さんが変わる切っ掛けになるかもしれませんね。これは本当に素晴らしい」

「千古さん、すごく関心しているね」

「水音さん、少し長くなりますが、私の話を聞いていただけますか。」

「はいどうぞ」

「私は長い間生きていて、なぜか時の権力者と言われる人の傍にいる事が多かったのです」

「そうだろうね」裕也が言う。

「生まれながらの王族の事もありましたし、闘争で権力を手に入れた人もいます。その中には、もちろん素晴らしい人格者もいました。しかし、今話しているような、自分の事しか愛していない、他人を本当に道具としか思っていない人もたくさんいました。そういう人は自分が他人を裏切るのが平気なので、他人も自分を裏切ると思っています。だからすごく疑り深いです。部下やまわりの人をどんどん殺していって、いわゆる恐怖政治をするんです」

「そういう話は歴史上で多いよね」水音もめずらしく千古の講釈を身を乗り出して聞いていた。裕也が言う。

「生まれた時から何でも思い通りになるから、そういうわがまま性格になったのかな」

「いいえ、違います。親からきちんと育てられなかったからです」

「……」

「…………」

「子供の頃からなんでも思い通りになる環境にいても、貧しい庶民よりはむしろ人格者になります。親がちゃんと接していれば」

裕也と水音がかなりショックを受けているようだったので、千古が聞いた。

「続けていいですか?」

「千古さん、たぶん、千古さんの言っている事は正しいよ。それで?」水音が身を乗り出す。

「私が医者として駆け出しの頃、殷の皇帝のかかりつけの医師の方について習っていた事があります」

「え?千古さん、医者だったの?ていうか殷ってすごく古いよね。千古さん、何歳なの?」水音が聞く。

「その方は八十四歳まで生きられて、三人の皇帝に仕えたのですが、その人の最大の医学的関心は、こういう自己愛が強く猜疑心の強い性格の方を治す事でした。たしかにそれは大事な任務です。それができれば、まわりの者には安堵が訪れるでしょうし、世の中もずいぶん変わったかもしれません。しかし私は、そういう性格は何をやっても直らないもの。医学的治療の対象ではないものと、思っていました」

「私もそう思うよ。まあ、直らないんじゃないかな」水音が相槌をうつ。

「だから今回、裕也さんが治療のための曲を作り、それを弾かせる事によって紗木子さんの性格を直そうとしているのに驚き、感動しました。これはやってみる価値があります。私が今まで、こういう方の治療を放棄していたと思うと恥ずかしいです。裕也さん、あなたは素晴らしいです。惚れてしまいますね」

「おい」水音が笑って言ったが、水音も感動しているようで、少し涙ぐんでいた。


* *


 三人が教室棟に行くと、ショパンが聞こえてきた。裕也が言った。

「僕一人で行くから。二人は廊下で待っていて。」

「まあ、大丈夫でしょう」千古が言う。

裕也は練習室に入って行き、二分ほどで出てきた。

「どうだった?」水音が聞く。

「『あ、ありがとう』そう言われた」

「へえ、それだけ?」

「そうだよ。だから僕なんかには関心はないんだよ」

「へえ、そうなんだ。失礼なやつ」

「ああ、終わった。じゃあ、松濤カフェに行こうよ」裕也が明るく笑って言った。

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