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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第四章 紗木子
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 裕也はその通り、

『じゃあ学校で会おう。明日だけど八月三日の午前十時でいいかな』

とメールをした。一同、緊張してしばらく待っていたが返事は返ってこない。やがて水音が口を開いた。

「今晩、様子を見に来てから返事を出すつもりなんじゃない?」

「そうかもしれませんね。慎重な方のようですから」

裕也の不安そうな感じが増して来たので、水音が決心したように言う。

「じゃあ、仕方がないから、私が泊まろうか」

それを聞いた裕也が「いや、それまずいでしょ」と慌てる。

「そうですね。それに紗木子さんが来た時に水音さんが泊まっているのを見るのは良くないですね。今日も早く帰った方がいいです」

「そう……かな。じゃあ、どうする?」

「今日のところは怖くても独りで過ごしてください。裕也さんには何も見えないから気になりませんよ。」

「いや、気になるに決まってるだろ」裕也が不安そうな顔をする。

そこで水音がカバンの中から水晶の柱を取り出して裕也に見せた。

「じゃあ、これを机の上に置いておくよ。弱い霊には反応しないけど、強い霊が傍に来ると倒れるからわかる」

「えっ、何それ。霊が来たのが分かる方が怖いよ」

「じゃあ、いらない?」

「いや、やっぱり置いといて」


 そして水音と千古は帰って行った。

その日の夜、裕也は不安でずっと寝つけずにいたが、夜中の二時頃になって、突然、パチーンという鋭い音がして、机の上の水晶柱が割れる。裕也は怖くなってタオルケットを頭から被って寝たふりをした。そしてその十分後、紗木子からメールの返信が来る。

『ありがとう。じゃあ、学校の練習室のどれかにいるから探して』


 その後も裕也はなかなか寝られなかった。気持ちが敏感になっていたので、午前三時頃にまたメールが来て携帯が鳴った時には裕也は今度はさらに驚いてビクッとする。しかしそのメールは水音からだった。

『裕也、私は大人じゃないから……、一度だけ自分勝手なメール送らせてね。ごめんね。こんな時に。

今日、千古さんが裕也の部屋にいるのを見た時、すごくショックだった。紗木子のメールを私に見せられないから千古さんに相談したのは分かるけど。それでも私に相談して欲しかった。ごめんね。こんなメール送って。じゃあ、明日は頑張って、紗木子と話す時には自分のペースで話を進めるんだよ』


* *


 裕也はその後もなかなか寝られなかったが、ふと気が付くと朝になっていた。

半袖の縦じまのシャツを着て濃い茶色のコットンパンツをはき、麻のジャケットを羽織る。一応、女の子と休日に会うのだからTシャツとジーンズいうわけにはいかない、と考えたからだ。学校に行って紗木子に会うのはすごく憂鬱だったが、千古の狐姿が見られるのは楽しみだった。


 学校に着いてまず本館に入ると、廊下に白い狐がいた。小柄で白い毛がふさふさして『ペット』と言っても誰もが納得するような可愛さがある。狐は冷たい石の廊下で気持ちよさそうに伏せていた。裕也が近づいて

「おはよう。千古」

と言うと、ちょっと顔を上げて裕也の方を見上げる。裕也が抱き上げたが特に抵抗もせず、裕也の腕の中でさらに気持ちよさそうに丸まった。

 それから裕也は狐を抱えて教室棟に行き、ピアノの音が聞こえる練習室を探した。一番奥の部屋からピアノの音が聞こえる。今日もショパンだ。ドアの覗き窓が大きくなったので、中を確認するのは容易だ。紗木子がピアノを弾いている。

白いブラウスに薄手の黒いカーディガン。練習室の中は空調が効きすぎると言う子も多いから、真夏にカーディガンを着ていても珍しくはないが、漆黒という言葉がふさわしい紗木子の長い髪と、黒いカーディガンの組み合わせは、渋谷を歩いている多くの女子高生からはかけ離れた存在だ。

 

 裕也は片手で狐を抱いたまま、ドアを開けた。

 いきなり紗木子は大きな声を出す。

「なに、それ、狐なの?どうしたの?可愛い!」

紗木子はいつも暗い表情をしている子だが、この時はさすがに笑いだした。裕也が黙っていると、紗木子は続ける。

「なに、上条君のペットなの?」

「そう」

「本当?名前はなんていうの」

「え……っと、チーコ」

「へえ、抱かせてよ」

「ん、じゃ後で」

とりあえず千古の奇妙な作戦は成功しているようだ。紗木子が仕切り直すように言う。

「おはよう上条君。わざわざ学校まできてくれてありがとう」

「おまえ、何言ってんだよ。あんなメール来たら来るに決まってるだろ。」

「ははは。ごめんね。だけど誰にも言わないから。見たこと黙っているのもフェアじゃないと思ってさ」

「そうかな」

「で、誰なの?」

「言わない」

「そう、まあいいわ。……練習室のドアが変わったのね。タイミングが合いすぎているわ。偶然かしらね」

「おまえ、何が言いたいんだよ」

「いや別に。でももしかしたら私の他に誰かに見られていたのかもね」

「……」

「ねえ、ここを出て食堂に行きましょうよ。どうせ誰も来ていないから」

「誰かいると、話せないような事なのかよ」

「そんな事ないわ。つっかからないでよ」


 二人は教室棟を出て本館に入ると食堂に行った。チーコは裕也のすぐ後について歩いて来た。

「チーコちゃん、すごい慣れてるね。今日も山手線で来たんでしょ?抱いてきたの?注目されたでしょ」

「いや、今日は家の車で送ってもらったから。帰りは電車で帰るけど」

「へえ、そう。狐のペットいいなあ。私も欲しいなあそういうの」


 紗木子が言ったとおり、教室棟には誰も来ていなかった。渋音は原則的に休日も練習室を解放している。生徒が練習できるように、土日も警備員を雇ってまでその環境を提供しているのだが、これを利用する生徒はほとんどいなかった。本館の方は日曜だけは閉まっていたが、土曜や夏休みの平日は開いていた。

「最近、水音が毎日練習に来ているね」

「えっ?そうなの?」

「知らないの?ずっと音階練習してるみたい。渋音じゃめずらしいね。水音は去年からヴァイオリン始めたっていうの本当なの?」


 二人はしゃべりながら食堂に入り、自動販売機で裕也はミルクいちごを、紗木子は缶コーヒーを買って席についた。裕也は再びチーコを抱いて座り、首のあたりの毛を触りながら話した。

「そうだよ。僕が音高を受験するって言った時から始めたんだ」

「愛よねぇ……。私、ヴァイオリンのうまさってよく分からないけど、ヴァイオリンも五~六歳から始めなければだめだって言われてるよね。だけど水音は去年から始めたのに、かなりうまくない?もうクラスの真ん中ぐらいじゃない?」

「そうかな。それより紗木子もダントツにうまいけど、なんでここにいるの?もっといいとこ行けるだろ」

「落ちたのよ」

「えっ、そうなの?」

「私、極端に本番に弱いのよ。弾いている最中に他の事考えちゃって。音楽が平坦でつまらないって言われる」

「そんな事ないよ。紗木子のショパンはいいよ。なんかこう、ほの暗い情熱があってさ、それでいてアンニュイで」

「どうもありがとう。……ねえ、チーコ、抱っこさせてよ」

「えっ?いいよ」裕也は立ち上がりテーブルの反対側の席に座っている紗木子にチーコを渡した。チーコは相変わらずおとなしく、今度は紗木子の膝の上で丸まっていた。

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