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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
第三章 決意
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 裕也は水音と千古のやりとりに無駄な疲れを感じたようだが、運ばれてきたコーヒーを一口飲むと話を続けた。

「で、先週の木曜日、千古さんと水音は何を話したの?」

「この学校を世界一の音楽高校にしようって話」と水音が決然と言う。

「はあ?」裕也が笑い出した。「それって、前に聞いた時にお前も笑ってたじゃないか」

「でもやるんだよ」

裕也は千古の顔をまじまじと見て言った。

「千古さんてすごいなぁ。簡単に人を言いくるめられるんだなあ。水音はあんなに怒っていたのに。一回話しただけですっかり怒りが収まって……」

「……そ、そうかな」水音がちょっと気まずそうにつぶやく。

「で、どうやって世界一の音楽高校にするの?」

「やっぱりテレビだね。早く有名になるなら」水音が言う。

「いや、コンクールで優勝する奴がガンガンでないとだめだろう。テレビでちょっと紹介されたって、何にもならないよ」と裕也があきれたような顔をする。

「両方やりましょう。それも同時にやらないと間に合わないです」と千古。

「えっ、何に?」裕也が聞く。

「もちろん、裕也さんが普通の高校に転校させられる時にですよ」

「……水音、その話したの?」

「有名ですよ。お二人の受験の時の話を渋音の教職員で知らない人はいませんよ」

「本気なの?千古さんも」

「本気ですよ。水音さんと約束しましたから」


 裕也は少し真面目な顔をして話し出した。

「う~ん、千古さん、ここの生徒の半分は実はクラシックファンじゃないんだ。音楽が本当に好きかどうかも疑わしいよ。単に勉強が嫌いだから、普通の高校に行きたくなかったから来たんじゃないかって連中もいる。

 千古さん、音楽は技巧の上に成り立っているんだ。だからこの世界で抜きん出るには、常人では考えられないような練習量が必要なんだ。才能があるかどうか以前に、そんな気違いじみた練習をする人がいないよ、ここには」

裕也がそう言い終えた時、そこで口をはさんだのは裕也が話しかけていた千古ではなく、横で聞いていた水音の方だった。

「はい。上条君、演説ご苦労様」水音はめずらしく真剣な顔をして続ける。

「だけどね、時が来れば、……環境が整えば、そういう勉強が嫌いだからここに来たような人たちが毎日十時間も練習するようになるんだよ」

「そうかな」

「誰も彼女たちの音楽を聞いてやってないだろ?裕也はそいういう連中の演奏を一度でも真剣に聞いたことある?もしも胸の内に表現したい事があったとしても、それを誰も聞いてくれないんじゃ、練習する気にもならないよ。まず、それを聞く場を作るのさ。自分の表現したい事を真剣に聞いてくれる場のある音楽高校が最高の音楽高校だよ」

「水音さん、素敵です。さすがですね」千古が関心する。

裕也も納得した、いや納得させられたというような顔をして言った。

「……わかったよ、水音。わかった。で、具体的にはどういう作戦なの?」


「あのさ、うちらで一番、有名になりそうなのは千古さんの琵琶だよ」

「それはそうだけど」裕也も千古も笑い出した。

「じゃあオカルト番組に投稿する?」裕也がからかうように言う。

「それでとりあえず渋音の認知度を上げよう」と水音。

「え~。だめだよそんなの。霊を見世物にするのはよくないよ。却下」

今度は千古が提案する。

「では、『開運!なんでも鑑定団』に琵琶を出したらどうですか」

「水音さん、知ってるの?」裕也が笑った。

「う~ん、千古さんの琵琶はもっとすごいと思うよ。例えば正倉院の宝物庫にあるような」と水音。

「ああ。あのラクダの絵が描いてあるやつでしょ」

「じゃあ、上野の博物館に持ち込んでみたら?」

「そうですね。相手にしてもらえるかどうか分かりませんが、やってみる価値はありそうですね」


* *


  千古が国立博物館に電話をすると、あっさりと琵琶を見てくれる事になった。たぶん『お宝鑑定』も国の博物館の仕事の一部なのだろう。

 そして次の土曜日。『ダメ元』で琵琶を持ち込んだ三人だったが、それを見た時の学芸員の驚きようと興奮に逆に三人が驚かされた。要旨は以下のとおり。

千古の琵琶には弦が五本あり、弦門ネックが真っ直ぐ。このタイプで現存しているのは世界中で正倉院の物ただ一つ。これが本当に唐で八世紀頃に作られた物なら、世界で二つ目の物になるという。そして繊細かつ大胆な螺鈿の技法からして、おそらく本物だろうという事だった。


 千古たちは二時間ほどで国立博物館を後にし、琵琶を持って渋谷に戻った。学芸員たちは、必死になって「すこし預からせて欲しい」と言ったが、何分これは千古の持ち物。無理強いはできない。千古は

「今日のところは持ち帰らせてください。渋谷音楽高校の楽器博物館に置いてあるので、たぶん保存にもあまり問題はないと思いますし」と冷たく言って、さっさと琵琶を風呂敷に包んでしまったのだった。


 渋音の楽器博物館に琵琶を置くと、三人は最初の行動の成功を祝うために、松濤カフェまでシフォンケーキを買いに行き、再び渋音に戻って本館の食堂でささやかなティーパーティーを開いた。水音が聞く。

「千古さん、そんなすごい琵琶だとは夢にも思わなかったね。世間に公開しちゃっていいの?もう千古さんの好きなようにはできないよ」

「五弦の琵琶がそんなに珍しいとは思いませんでしたね。インドではみんな五弦でしたし。平安京で私のいた名栗王さまのお館にも他に五弦の琵琶はあったと思います」

「えっ?千古さん、インドにもいたの?」裕也が聞く。

すかさず水音が裕也の方を見て突っ込む。

「ほら、裕也、それが最初の質問だろ」

「もうその話はもう終わっただろ」

水音の怒った顔を横目で見ながら、千古が続ける。

「ははは。ごめんなさい。ちょっとからかってみただけです。

そんな事、ぜんぜんかまいませんよ。もともと裕也さんに差し上げようと思っていたところですし。しかし裕也さん、すみませんが、もうあの琵琶を裕也さんに差し上げる事はできなくなりましたね。やはりここの楽器博物館に寄付する事になるでしょう」

「僕は、いいけど、千古さんはそれでいいの?」

「私が持っていても表に出ない物です。貴重な物ならもったいないでしょう。長い間生きていると、人に言えないような経緯を経て私のところに来る物もあるのですが、それを世の中に返すのは実は非常に難しいのです。世の中に出せないというのは、例えば私の那須の洞窟にずっとしまってあるという事で、そうなってしまえば、もうこの世から消えてしまったも同然なのですよ。それが再び世に出て、人々の眼に触れ、そして音楽を奏でられるというのは素晴らしい事だと思います。」

「ふ~ん」水音が関心する。

「さて、もうお昼を過ぎてしまいましたが、私は今日の午後は少し仕事があるのです。今日はこれで失礼させてください」

「ああ、そう。じゃあまた月曜日にね」と水音が明るく言う。


 二人が本館から出た所で、裕也が

「ねえ、練習室に誰か来ているかもしれないから、ちょっと覗いてみようよ」と言い出した。

「えっ?何で?誰も来てないよ」と水音はいぶかしがったがしぶしぶ裕也に付いて来た。二人は練習室のある教室棟の入り口まで行ったが、それ以上、中に入る必要は無かった。入り口に張り紙がしてあったからだ。

  『七月五日(土)は改修工事のため教室棟に立ち入り禁止』


* *


 次の月曜日、裕也はその改修工事が何だったかを知って、すぐに千古にSMSを送る。練習室のドアがすべて、大きなガラスのスリット付の物に代えられていたのだ。

  『千古さん、練習室のドア代えたの?

   もしかして怒ってる?』

  『何の事でしょうか?ドアは代えましたよ。

   セキュリティ上の問題です』


* *


 さて、千古が学長に、琵琶が歴史的価値のある五弦琵琶だった事を説明し、それを楽器博物館に寄付すると言うと、もちろん学長は驚いていたが、にわかにはその貴重さが実感できないようだった。しかし、翌日、国立博物館から調査のために伺いたいという連絡が来ると、ようやく今後の対応について真剣に考え始め、理事と教師を集めて千古を入れた会議を開く。

 千古は寄付にあたって一つだけお願いをした。毎年三月に行われる選抜演奏会は校内の小さなホールで行われるのだが、それを再来年の三月からは校外のどこかのホールを借りて、一般の人にもできるだけ宣伝して欲しいというものだった。

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