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妖狐とゾンビの渋音恋物語  作者: 北風とのう
序章  那須高原の夜
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序章  那須高原の夜

<この回にはグロテスクな表現が含まれます>

 五月二十日。夜も更けていく中、ある貸別荘のリビングでの話。高一の男子五人がアミダくじの紙を真剣に見つめていた。紙の下側がくるくると折りたたまれ、そこに赤いマジックで『地獄行き片道切符』と書いてある。五人の男子に対して五本の線。運なんだから考えても仕方がないが、かなり真剣に選んでいるようだ。その周りには女子も十人ほど集まって、そのアミダくじをのぞきこんでいる。

 全員が自分の線を選ぶと、女子の一人が「では、行きます」と元気な声を出して紙の下の折りたたみを開いていった。五人が即座に自分の線をたどっていく。

「ああっ。僕だあ」とそのうちの一人が声をあげた。どっと笑いが起こる。

女子の一人がすかさず「よろしくね。裕也君」と言った。

「よし、裕也、みんなのために死んで来い」そう言って他の男子も、くじが当たって茫然としている男子の背中をばしばし叩く。


 この貸別荘は結構深い森の奥にあり、アミダで当たった者が森を抜け国道沿いのコンビニまで夜食のお菓子を買いに行くことになっているのだ。遠いし、森は真っ暗で怖い事は目に見えている。男子五名が泊まる棟でお菓子が底をついた時に、肝試しを兼ねた買い出しのアイディアが浮上。それを別棟の別荘三棟に泊まっている女子たちにメールすると、彼女たちも面白半分にやって来てアミダくじを作った、といったところだ。先生も隣の棟に泊まっているが、生徒の行動を知ってか知らずか、まったく音沙汰なし。


 裕也と言われる男子が立ち上がると、一人の女子が言った。

「私も行くよ」

広いおでこにパッチリとした目、ゆるくカールする暗褐色の長い髪。今風の可愛い顔をしてスタイルのいい子だ。

「ひゅ~。ひゅ~」

「でた。保護者」

水音みずね、裕也を襲うなよ」他の生徒がはやし立てる。

「襲わないよ。一人で行ったら危ないでしょ」

水音が言うと、他の女子が言った。

「裕也君、いつも水音に付きまとわれて嫌じゃないの?」

「結構嫌だ」

「おいっ」水音が肘で裕也をつっつく。

それでも二人は連れ立ってペンションを出て行った。


* *


 渋谷音楽学園。通称、渋音。ほとんど無名の小さな音楽高校だ。今は一学年の二つのクラスのうち一つ、総勢三十名で那須高原に合宿に来ていた。


 日中は五月の風が爽やかに感じられたが、夜の森は湿気をはらんで肌寒く、新緑の枝はひたすら黒い影の塊に変わって不気味な姿をさらしている。

 別に二人は腕を組んでいたりはしなかった。ただ普通に森の小道を、懐中電灯を持って速足で歩いていた。頭上を見上げると道の上の部分だけは木々の枝の隙間ができ、群青色の空が見える。


 そして、別荘の建物が見えなくなるほど歩いた時、事件は起きた。

 二人の行く手、十メートルぐらい先の茂みで突然バサバサっと鋭い音がして、大きな犬が小道に出てきた。裕也が思わず「わっ」と叫んで立ち止まる。犬はじっと二人の方を向いて立っている。ドーベルマンのようだ。懐中電灯の光に片目だけが灰色に光っている。光っていない方の眼は潰れているようだ。よだれを垂らしているが、そのよだれがなぜか黒いように見える。

 裕也は水音に「ちょっと下がってろよ」と言って二~三歩前に行き、近くの茂みの中から丈夫そうな木の棒を取り出した。可愛い顔をしている裕也だが、すらっと背が高く、棒を構えたところは結構凛々しい。

しかし、水音は裕也の肩に手をかけて言った。

「あれはまずいよ。死んでいる」

「えっ?」

「逃げた方がいいね。犬の死体に動物霊が憑いている。ゾンビ犬だよ」

「…………」

「戻ろう」そう言って水音は裕也の手を引っ張った。

 しかしその時、犬はゆっくりと歩きだし、それからじょじょに速度を上げ、最後には駆けって近づいてきた。二人が走り出す間もなく、犬はジャンプして裕也に飛びかかる。なんとか棒で振り払おうとする裕也。棒は犬の胴体に当たり、ボスっと鈍い音がした。とたんに猛烈な死臭が漂う。やはり生きている犬ではないようだ。犬は一旦は二人を飛び越して、数メートル離れたが、すぐに振り向き裕也たちをじっと見ている。

「水音、祓える?」

「無理だよ。あんなに暴れているのは」

「…………」

両者とも動かずにしばらく時間が過ぎた。犬のよだれは、やはりどず黒い色に見える。そしてまた犬が走り出した。二人の身体がこわばる。


 と、その時、裕也たちの目の前に突然、白い狐が現れた。茂みから今度は白い狐が飛び出してきたのだ。犬は急に現れた狐を見ると、瞬間的に標的を変えて狐に飛びかかる。そしてその首筋に噛みついた。狐は犬に押し倒され、よろけて倒れた。

「ああっ」水音が声をあげる。

裕也は倒れた狐を見下ろしている犬にそっと近づき、棒でおもいっきり頭を殴った。ボスっ。また鈍い音がする。犬は殴られても全く反応しない。裕也は再び棒を構えて二~三歩後ずさりした。すると倒れていた狐がよろよろと起き上がって、裕也と犬の間に立った。裕也たちを守っているように見える。

 その時、水音が「危ない。ちょっと下がって」と鋭く言って裕也の手をぐっと引っ張る。どういうわけか犬の身体に青白い炎が付いてゆらゆらと燃え出したのだ。回りの木々がぼ~っと青白く照らし出される。炎は一瞬で犬の全身を包んだが、犬は全く動かず片目で裕也の方をじっと見続けている。

「わ~。」裕也が気持ち悪さにたまらず叫び、後ずさりした。

やがて犬は、ばったりと倒れる。炎につつまれたのに全く暴れなかった。やっぱりゾンビだ。そして狐の方もその場にうずくまってしまう。


 二人はしばらく呆然と立っていたが、やがて裕也が狐を覗きこんで言う。

「この狐、僕らを助けてくれたのかな?」

しかし水音は裕也の手を引っ張った。

「だめだよ裕也。その狐も、ものすごい妖気を出している」

狐は立ち上がれず、苦しそうにはあはあと息をしている。裕也は狐の傷に触った。

「だめだってば。やめなよ」

「でも、こいつは僕らを助けてくれたんだ。妖怪でもほっておけないだろ。僕なら助けられるかも」

「やめなよ。関わらない方がいいって。ゾンビ犬より、こっちの方が危ないかも知れないよ」

しかし裕也は水音の手を振りほどいて狐を抱きあげ、首筋にある噛まれた傷口を押さえた。水音があきれた顔をする。

「けっこう重症だよ。妖気がダダ漏れ。もうだめだと思う」

ところが五分ほど裕也が傷口を押さえていると、狐は急に頭を起こした。そして裕也の腕の中から抜け出して地面に飛び降り、あっという間に茂みの中に消えていった。

「……まあ、運がよければ助かるかもね」心配そうに狐の去った方を見ている裕也に、水音がなぐさめるように声をかける。

「そうだね。じゃあコンビニに行くか……」

「うん」


* *


 二人が大量のお菓子を買って帰ってくると、渋音の生徒たちは歓声を上げる。

「わお~っ」

「しっ、静かに。先生に聞こえるよ」


 しかし皆でお菓子の封を開けて紙の皿に盛っている時に、裕也はジャケットを持ってすっと立ち上がり、さりげなくリビングから出て行った。玄関に行って靴を履いている。そしてすぐに水音も席を立つ。


「どうしたの?」

「いや、別荘の横にスコップがあったから……」

「へ?」

「埋めに行くんだよ」

「え?」

「さっきの犬の死体を」

「うそでしょ」

「本当」

「やめなよ。危ないよ」

「水音は来なくていいよ」

しかし水音は裕也を思いとどまらせようとしていながら、自分も靴に手をかけた。

「いいよ。来るなよ」

「一人で行ったら危ないでしょ。あんな事があったばかりなのに」


裕也と水音が犬に襲われた現場に行くと、犬は小道の真ん中、さっき倒れた状態のままだった。しかしその死体は黒こげではなかった。水音が言う。

「やっぱりね。あれは狐火だから。本当の火じゃないんだよ」

裕也はその言葉には返事をせずに、茂みをまたいで草木の空いている場所を探しスコップで穴を掘り始めた。息を切らせながら話す。

「ドーベルマンなんて飼い犬に決まってるよね。死んだら森に捨てるなんてひどいよ。だから化けて出るんだ」


 裕也は三十分もかけて穴を掘ると、その犬を丁寧に埋めてやった。


* *


 二人が犬を埋めて別荘に帰ってくると、生徒たちは二人を見てにやにやしていた。

「お帰りなさい。服に泥が付いてるよ。二人とも」女生徒の一人が言う。

「ちょっとお子様には刺激が強すぎるかな。ははは」

水音が怒っていう。

「なんでもないよ」

他の女子がからかう。

「そう。幼馴染だから、何でもないんだよね」

裕也は水音に怒って言う。

「だから『来るな』って言っただろ」

この物語には『丹羽子抄』『妖狐抄』という二つの前日譚があります。そのうちにどちらか一つを選んでお読みいただくと、本編である『渋音恋物語』がより楽しめると思います。   -北風とのう

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