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第4話 砂漠の岩山

 日が沈み村の家々が夕餉の支度を始める。

 MFの操縦訓練を終えた銀次とナティも家路につきロミルと一緒に夕飯の準備をする。

 準備を終えた食卓には、今日銀次がナティと一緒に作ったマヨネーズのほかに熱々の唐揚げが並べられていた。

「ギンジ。明日連れて行って欲しいところがあるの」

 夕食の団欒の席でロミルがそう言う。

「いいですよ。どこにいくんですか?」

「あなたがゴーレムを見つけたという岩山よ」

「岩山ですか」

 行き先を告げるロミルの顔にはどこか哀愁のようなものを感じることができた。

「それなら私も行きたい!」

 ロミルの告げる行き先に興味津々となったナティは同行することを強く訴えた。

「ナティ。ロミルさんは遊びに行く訳じゃないと思うからだめだと思うぞ」

「えー!そんなのつまらない」

 目的地を告げたロミルの雰囲気にただならぬものを感じた銀次は同行したがるナティをたしなめる。

「いいえ。構わないわ。ナティも一緒にいきましょう」

「本当!やったー♪」

 言葉にできないような重たい雰囲気をまとわせていながらもロミルは娘の希望を叶えることにした。

「いいんですか?」

「大丈夫よ」

 目的の場所に対するロミルの思いを察したからこそ銀次はナティを置いて行こうと考えたが、ロミル自身は気丈な態度を見せ気遣いは無用という意志を見せた。

 そんなロミルの姿を見た後、村長でありこの一家の家長でもあるベイのほうへと銀次は視線を向ける。

「妻と君が一緒なら大丈夫だろう」

 銀次の視線が語るものを理解してベイはそう答えた。

 この三ヶ月の間にこの二人にここまで信頼されたことに銀次はどこかこそばゆい嬉しさを感じた。

「そうだ、どうせならロシュ。おまえも一緒にいくか?」

「ええ!」

 続くベイの意外な言葉に周りの者一同は大いに驚く。

 どちらかというと村の運営をベイは堅実で慎重に行っていたほうだ。

 そんな彼が元冒険者とそれを志望する母娘がそろって冒険にでるのを許すのみならず、次期村長のロシュに同行することを勧めるなど驚かないわけがない。

「どうしてまたロシュも一緒にと?」

 意外なことを言うベイに銀次が戸惑いながらも尋ねた。

「なに、大した理由はないですよ。ただ息子にも村の中にいるだけでは経験できないことを経験したほうがいいと思っただけですよ」

 照れ笑いを浮かべながら銀次の質問に頭をかきながらベイ村長は答えた。

「父さん」

 それを聞いたロシュをはじめとする一同は微笑ましい気分になった。

「わかりました。それなら明日は奥さんと息子さん達をあずからせていただきます」

「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。気楽にいきましょう」

 ベイ村長の気持ちに感じ入った銀次は恐縮した。

「あ!そうだ」

 そこでふと大事なことに思い至り銀次は大声をあげた。

「どうしましたかな?」

「明日どうやって三人もの人間を運んだらいいんでしょう?ファングのコックピットにそんなに詰め込むことなんてできませんし」

 銀次の呈した疑問に皆が一様に考え込む。

 戦闘用のMFに荷物を運ぶためのコンテナのような装備は存在していなかった。

 ゲームのミッションでも輸送車や貨物列車を護衛する任務はあったが、MFで直接持って運ぶといったことはなかった。

 手のひらに人を乗せるという考え方もあるが、はっきり言って危なっかしいからやめておいたほうがいいだろう。

 またスティングレイボードという装備もあるが、あれもMFが乗らないと動かないという仕様になっているので使えないかもしれなかった。

 そうなると歩きでの移動しか考えられるないが、それだと往復にどれくらいかかるかわからないし、道中の危険も増すだろう。

 銀次としても空を飛んで一気に駆け抜けたほうが早くて安全だと思っている。

「ふむ、それでしたら私に考えがあります」

 皆が頭を悩ませている中、ベイが妙案を思いついた。

「明日の昼までに用意しておきましょう」

 いつもは好々爺といった雰囲気のベイがそう言うとなんとも頼もしく感じることができた。


 翌朝。村から外れた砂漠には銀次と村長一家、そして一台の幌馬車があった。

 「これに皆を乗せれば楽に運べるでしょう」

 幌馬車はベイが用意したものだった。

 彼の考えはこの幌馬車にロミル達三人が乗り込み、それを銀次が乗ったファングで運んで行くといったものだった。

「そうですね。これくらいならファングの力でも充分持ち上げられそうです」

 ベイの考えに賛同した銀次はメニューを呼び出してファングの装備を変更した。

「ファング」

 アイテムボックスから呼び出されたファングには一目見ていつもと違うとわかる所が二カ所あった。

 それは頭とバックパックだ。

 頭部は通常のドーム状の形をした物から円盤型へと変更されていた。これは頭自体が高性能なレーダーになっているためだ。

 そして背中のバックパックは翼の両端にプロペラがついていた。

 これはツインローターウイングという装備で、ウイングバーニアよりは速度は劣るが翼のプロペラが90度回転して垂直離着陸が出来るという装備だ。

 幌馬車を持ち運ぶというアイデアを聞いた銀次はスピードよりは安全を重視してこのように装備を変更した。

 普段使っているウイングバーニアは設定ではマッハ1の速度が出せるようになっている。

 さらに素材合成で【加速B】、本体には【風圧軽減A】というスキルがついている。

 MFWではスキルのランクが一番下のEで性能が5%上がり、その後ランクが一つ上がるたびに5%づつ性能が上がる事になっていた。

 そうなっているので直線的な加速力はかなりのものとなっているだろう。

 こんな状態で幌馬車を持って飛んだら中に乗っている人間がどうなるかわかったものではない。

 銀次自身も安全な速度に加減して飛行する自信はなかった。

 そう言う訳でバックパックをいつものウイングバーニアから変更し、さらに索敵能力の高いレーダーヘッドをつけることで早期に危険を察知してそうそうに回避しようと試みることにしたのだ。

「それじゃ皆さん乗り込みましたね」

「大丈夫だよ」

 ロミル、ロシュ、ナティの三人がちゃんと幌馬車に乗り込んだのを確認した銀次はファングを操作してそっと幌馬車を持ち上げる。

 シートベルトなどというものは当然ないので扱いは慎重であった。

「それじゃ行きます」

 プロペラが風を切る音をあげて回り始める。

 ふわりと垂直に離陸してある程度の高さまで上昇した処で銀次はファングを南へと飛び立たせた。

 その姿をベイは幌馬車を引っ張るために連れてきた馬と一緒に見送った。


 地平線の彼方まで続く砂の海原のあるこの地は虚無の砂漠と呼ばれていた。

 伝説によると勇者と疫病の邪神の戦いの影響でこの地は砂漠になったのだと言われている。

 虚無の砂漠の北には大河とこの国の首都があり、東には海、西には山脈、そして南にはメラルト王国という大国がある。

 そんな砂漠の地平線の向こうに小さく突き出た物が見えてきた。

 目指す目的地がすぐそこまで近づいてきたのを知って銀次は安堵の笑みを浮かべる。

 急ぐ旅でもなかったので砂漠の平野で一晩野宿してから目的地に向かうことにしたのだ。

「もうすぐで目的地です。もう少し我慢してください」

 外部スピーカーのスイッチをいれてから銀次はそう叫んだ。

 ゲームの時には半分飾りだったスイッチ類もこの世界に来てからは実際に使えるようになっていた。

 そのおかげで前は飾りだったエアコンのスイッチをいれて、昼夜の温度差の激しい砂漠でも快適にすごすことができた。

 そうこうしている内にファングは岩山まですぐ目の前という所まで近づいていた。

 銀次は巨大な岩山の周囲を一周してから洞窟の入り口へとファングを着陸させた。

 手にした幌馬車をそっと地面に降ろしてから銀次はファングから降りた後、中の様子を少し不安げな表情で覗き込んだ。

「すごいねギンジ。空の旅はやっぱり楽しいよ♪」

 昨日もそうだったがナティは空の旅を充分堪能したとてもいい笑顔をしていた。

 ロミルは瞑想するように静かに座っており、ロシュはナティとは逆にとても気分が悪そうな顔をして寝転んでいた。

 これも昨日、野営するときにみんなの様子を見た時と変わらない光景だった。

「大丈夫かロシュ」

 ぐったりしているロシュを起き上がらせた銀次は水筒の水を飲ませる。

「ありがとうございます」

 水を少し飲んで落ち着いたようで、そのまま立ち上がって馬車から外に出る。

「ありがとうギンジ」

 ロシュの様子を見ていたロミルが銀次にお礼を言ってから馬車を降りた。

 幌馬車の外では真っ先に降りたナティが目の前にそびえる巨大な岩山の姿に茫然自失としている。

「すごい!すっごく大きいよギンジ」

 大自然の造り出した雄大な景色にナティはとてつもなく興奮してそう叫んだ。

 続いて幌馬車から降りた二人も同じように感動しているようだ。

「本当に、本当にあったんだ…」

 この三人の中でロミルの感動がひとしをのようであった。なにせ噂話だけを信じて砂漠を突き進んだあげくに仲間を失っているのだから。

「さあ皆、中に入ろう」

 ファングを収納し終えた銀次が三人を促した。

 三人ともそれに従って洞窟の中へと足を進めていった。


 薄暗い洞窟の片隅に人の頭程の大きさの石が置いてあった。

 銀次に案内されてここまで来たロミルはそれが何を物語っているのかを理解して瞳に涙を溜めていた。

「これがレドックさんのお墓です」

 もしかしたら違うかもというかすかな思いも通じず、残酷な事実を告げられたロミルはそのまま膝をついて嗚咽をもらした。

 その姿にいたたまれなくなった銀次はそっとロミルの側から離れた。

 目をそらすようにして改めて洞窟の中を見渡してみる。

 あの時はただひたすら外の世界に出ることしか考えていなかったのでこの中がどうなっているかなど全然興味がなかった。

 天井の亀裂からかすかに漏れる光に、どこまでも続いているかのような暗闇。

 今はあの暗闇の奥に何があるのか探ることができる。

 銀次は背中のリュックから事前に充電しておいた懐中電灯を取り出し、アイテムボックスからロープを出して肩に担ぎ続いてホウキを取り出した。

 ホウキを取り出して何をするのかというと10フィート棒の代わりに使うのだ。

 銀次が滞在していたレシュト村には10フィート棒など当然置いてなかった。村を訪れるキャラバンも同様だったので仕方なく代用品として持ってきたのだ。

 地面を照らしながらホウキで前方を探り始める。

 ホウキは10フィート棒に比べて探索がやりにくいというのがよくわかった。

 このまま続けても意味がなさそうだったので普通に掃き掃除をするように奥に進むことにした。


 しばらく掃き続けていると、掃いた砂地の下に岩盤と思われる物が見えてきた。

 屈んで調べてみるとそれは金属のようなひんやりとした手触りがあった。

「これは!?」

 砂の下に何かしらの人工物がある。そう確信した銀次は隠れたものを暴きだそうと大急ぎで砂を払いのけた。

「どうしたの?」

 慌てた様子を見せる銀次にナティが駆け寄って尋ねる。

「砂の下に何かある!掘り出すのを手伝ってくれないか」

「わかったわ!母さん、兄さん。ちょっと魔法を使うわよ」

 銀次の頼みにそう返事をした後、ナティは呪文を唱え始めた。

「トルネード!」

 呪文が完成し魔法が発動する。

 ナティの得意な魔法は火の魔法だが風の魔法もそこそこ使うことができる。

 洞窟の中ということで威力を押さえた竜巻が発生し、砂を吹き飛ばして隠れていたものを露出させる。

 そこから姿を現したのは大きな金属製と思われる円盤であった。

 かつてファングが立っていた辺りを中心に、ファングが両手を広げた以上の大きさがそれにはあった。

 しかも、その表面には魔法陣と思われる複雑な模様が描かれていた。

「ロミルさん。これが何かわかりますか?」

「これは…」

 先ほどまで泣き崩れていたロミルが状況の変化を察知して銀次の方へと寄って来た。

 現れたものをよく見ようと明かりの魔法を使って周囲一体を照らし出したロミルは驚愕の表情を浮かべる。

「今まで見た事がないような複雑な魔法陣ね」

 自分の知識を総動員しても謎の解けない魔法陣にロミルは眉間に皺をよせて大いに悩み続ける。

「確かな事は言えないけど。この魔法陣には世界神の力が宿っているようなきがするわ」

「世界神!?」

 世界の創造をおこなった存在が関連していると聞いて銀次は思わず身震いする。

「もっと手がかりが欲しいわね。皆でもっと奥の方に行きましょう」

 そう言われて一同は洞窟の奥へと進んで行く。

 洞窟の奥は魔法陣の端から十歩ほど進んだところで行き止まりになっていた。しかし、様々なゲームをやり続けた銀次の経験から、洞窟の奥行きはここまでではなくどこかに隠し扉があるものだと確信していた。

「どこかに隠し扉があるかもしれない。壁を注意深く探してみてくれ」

 壁をホウキの柄で叩きながら銀次は左へと進んでいく。

 ロミルとロシュとナティもそれに習って壁を叩いて調べていく。

「ギンジ。ここの壁が何か変!」

 一番右側を調べ続けていたナティが大声をあげる。

 それを聞いた全員がナティの元に集まる。

「この辺りの感触が他の所と何だか違う気がするの」

 ナティが示した辺りを中心に銀次は壁を叩いて調べる。


 コンコン コンコン


 確かに音に違いを感じる所があった。

 それを確信した銀次は音が変わる境目に指をはわせる。

 しばらくなでるように触り続けているとそれはあった。壁と隠し扉を隔てるかすかな溝が。

 溝にそって指をはわせているうちに重要なことに気づいた。すなわち自分には鍵開けの技能がないということを。

「ロミルさん。この扉を魔法で開けることはできませんか?」

 素人の自分にはこの扉の仕掛けを解除して開けることができないということに気づいた銀次はロミルに状況の打開をお願いする。

「私の術なら壊すことしかできないわよ」

 ロミルの得意魔法も火魔法だ。

 その実力と赤い髪と瞳を持つことから冒険者時代には灼熱と呼ばれ恐れられていた。

 その娘であるナティも遺伝されたと思われる火魔法の才能を覚醒させつつあった。

「いくわよ。ファイヤーボール!」

 隠し扉の向こう側に被害が及ばないと思われる威力の火球をロミルは打ち出した。


 ズドン


 盛大な爆音を響かせて隠し扉は破壊された。

 立ちこめる煙が晴れると、そこには虚空へと続くかのような暗い入り口が口を開けていた。

 銀次はそっと中の様子をうかがいながら懐中電灯で暗闇の奥を照らして見る。

 静寂に包まれた空間の中には机と本棚とベッドがあるのが見えた。

 注意深く奥を覗き込んでも人の気配を感じ取ることはできなかった。

 そっと銀次は中に入る。入った途端に発動する罠はないようだ。

 続いて入ってきたロミルが魔法の明かりで部屋の中を満たす。

 充分明るくなった室内には先ほど銀次が見つけたものの他に、さらに奥へと続く扉があるだけだった。

 まず手始めに銀次は机を調べようと思い近づいて行く。

 机の上には革表紙の分厚い本が一冊置いてあった。

 革表紙の本を手に取った銀次はページをめくって内容を確かめる。

 本の最初のページには年号と日付に続いて以下のことが書いてあった。


 遂に私は全ての修行を終え、師匠の元を旅立つ時が来た。

 師匠からの餞別と課題をかねた贈り物として次元転移魔法の基礎理論をいただいた。

 これからはこの魔法を習得するために人生の全てを捧げようと思う。


 どうやら日記のようであった。

 この書き出しの後に次元転移魔法の基礎理論とやらに対する考察が延々と続いている。

「ロミルさん。これを見てくれませんか」

 本棚に並んでいる本を手に取ろうとしていたロミルに銀次は手にしていた日記を手渡した。

 魔法を習い始めて三ヶ月の自分より本職の魔法使いであるロミルに見てもらったほうがいいと判断したからだ。

 日記を受け取ったロミルは手早く黙々と読みふけっていく。

「……!」

 一通り目を通した後、とても興奮した表情となって叫んだ。

「賢者パルパラス!これは賢者パルパラスの遺産だわ」

 あまりもの興奮の勢いに周りの者達が驚いて一歩引いてしまった。

「何者ですか?その賢者パルパラスって」

 この世界の有名人に関する知識をまったく持っていない銀次がロミルに尋ねる。

 聞かれたロミルは先ほどまでの悲壮感などまったく感じさせないくらい興奮して件の人物を説明する。


 賢者パルパラス。それは千年前に突如現れた謎の魔導士にして錬金術師。

 西にあるカルドラル帝国にふらりと現れるまでその半生を知る者は誰一人としていなかった。

 彼の最大の功績は練金術を急速に発展させたことだろう。

 パルパラスが現れるまでは病傷の類いは神殿の神官による回復魔法か薬師が作る漢方薬のような薬だけであった。

 ゲームでよくあるポーションなどのような魔法薬はまだ研究が始まったばかりの分野だった。

 それをパルパラスは瞬く間に発展させてS、A、B、C、D、E、Fのランクに分かれた各種のポーションを完成させてしまったのだ。

 さらにそれだけではなく様々なマジックアイテムやゴーレムの開発にも革新的な功績を残していった。

 そしてそれらの成果を一部の人間が秘匿して独占することがないように世界中に情報を公開したのだった。

 それだけの功績を残した偉人であるパルパラスの人柄は温厚で功績を鼻にかけるような尊大な人間ではなかったと言われている。

 こうしてパルパラスが魔導技術の向上に精を出している頃、帝国に最大の危機が訪れる。それは魔王の襲来である。

 炎蛇の魔王の脅威にさらされた帝国を救うためパルパラスは人心をまとめあげ陣頭に立って指揮をした。

 その結果、彼は己の叡智と3万の軍勢のみで炎蛇の魔王を打ち破った。

 彼は勇者がいなくとも優れた叡智が魔王を倒せることを証明したのだ。

 こうして魔王を倒した最大の功労者であるパルパラスはその実績により神へと昇格することを認められたのだが、本人はそれを辞退してしまった。

 何故か神になることを辞退したパルパラスは突如として行方をくらまし以後人前に姿を現すことはなかった。

 

「そして彼が神になることを辞退し、行方不明になっていた理由がここに書かれているわ」

 賢者パルパラスに関する偉業の数々を説明した後、ロミルは日記に書かれた一文を皆に見せる。


 長く苦しい戦いの末、我々は遂に炎蛇の魔王を倒す事が出来た。

 私の策略により相手の力を半分以下に抑えることができたが、このような幸運が何度も続く事はないであろう。

 何か対策を立てておく必要があるだろう。


 そう書かれているのは彼が10年以上の歳月をかけて次元転移魔法を完成させて間もなく魔王の襲撃を受け、からくもそれを撃退した後のことだった。

 パルパラスは神に昇格する代わりにあることを願った。

 それは自分の作ったマジックアイテムに神の力を宿すことだった。

 こうして出来上がったのが次元転移魔法と神の奇跡が組み合わさったマジックアイテム。すなわち洞窟の中にある魔法陣だった。

「この日記によると世界に危機が訪れる時、あの魔法陣が奇跡の力をおこすと書いてあるわ。ただその奇跡がどんなものかはまさに神のみぞ知る。まったくランダムでわからないらしいわ」

 その内容を聞いて銀次は自分が何故異世界に来る事になったのか理由がなんとなくわかった。

 すなわち異世界ものの定番である勇者召喚であると。

 ゲームの中にしか存在しないはずのファングをはじめとする数々のMFを使う事ができるのも、あの魔法陣に宿る神の力とやらのおかげなのだろう。

 だがそうなると一つだけ疑問が残る。それは何故こんな砂漠の真ん中に魔方陣をしかけたのかということだ。

 その疑問を口にするとロミルはこう答えてくれた。

「どうやら勇者としての資質を問うための試練としてここに作ったみたいね。神の奇跡の力は簡単に手に入っていいものではないと賢者パルパラスは思っていたみたいだから」

 試練という言葉にロミルは何とも複雑な気分になる。

 もし20年前に自分達がここに来る事ができていたら銀次の持ってるゴーレムの数々は今頃どうなっていたのかと、そういう思いが強く胸の中を占める。

 もっともそれは銀次の持つゴーレムと思われる物がいかなるもなのかわかっていないからそう思うのだろう。

 一方、銀次はというと神の力で自分が勇者として召喚されたのかもしれないということを知って内心ワクワクしていた。

 世界の危機という看過できない単語は頭の片隅に追いやった状態で厨二心がくすぐられていたのだ。

「こらナティ勝手に入ったら危ないじゃないか」

「大丈夫よ。ここの入り口にも罠はなかったんだから」

 銀次が衝撃の事実に酔いしれてる間にナティが奥へと続く扉へと入ったようだ。

 こちらの部屋はナティが魔法で明るく照らした。

 中の様子はざっと見た限り倉庫のようでクローゼットや樽が所狭しと並べられていた。

 ナティはそのまま不用心に部屋の中へと入っていく。ロシュが心配した罠の類いはないようだった。

 不用心に部屋の中に入っていったナティは手近にあったクローゼットに近づき無造作に勢いよく開け放つ。

 中に入っていたのはなんの変哲もないように見える衣料品のみ。

 続いて樽のほうの中身を確認してみると雑貨や食料品があるだけのようだ。

「そっちはどうなっているんだ?」

 陶酔からさめた銀次がナティに尋ねる。

「見たかぎりだと日用品しかないみたいよ」

 RPGの主人公のように部屋を物色していたナティがそう答える。

 彼女の言うとおりで部屋にあるのは日用品ばかりで賢者の作った魔法の剣のようなものは見当たらなかった。

「魔力を探知する魔法は使ったのか?」

「あっ!」

 その一言で盗賊のような家捜しをやめ呪文を唱えはじめた。

「こんなに家の中を荒し回って大丈夫なんですか?もし主が帰ってきたら…」

 そんなナティの様子を見ていたロシュが心配そうに尋ねる。

 そもそも家主であるパルパラスは千年前の人間なので帰ってくることはまずありえない。

 この辺は冒険者と一般人の考え方の違いなのだろう。

「その心配はないわね」

 ロシュの不安を払拭するかのようにロミルは彼にそのことを説明し、さらに日記に書かれた最後の文を読み聞かせた。


 奇跡の魔法陣が完成した。

 これで思い残すことはない。

 私は師と同じく次元転移能力者となる。

 これで若き日に師匠に連れて行ってもらったアキハバラのメイド喫茶にもう一度行く事ができる。


 それは炎蛇の魔王が倒されて約10年が経過した後のことだった。

「ここに書いてある『アキハバラのメイド喫茶』というのがよくわからないのだけどギンジ、何か知ってる?」

「さあ、オレにはよくわかりません」

 日記に出てきたとんでもない単語にビックリしたが、そこは表情にださずごまかすことにした。

 銀次はなんとなくこの世界の住人には元の世界のオタク文化を触れされてはいけないような気がした。

「すごいよギンジ。この部屋にあるものはほとんどがマジックアイテムだよ!」

 そうこうするうちに魔力探知を終えたナティが興奮した面持ちで銀次にそう告げる。

 彼女の言うとおりここにあるものはクローゼットにある衣類から樽の中にある雑貨まで全てがマジックアイテムとなっていた。

 銀次はナティの言葉を受け、クローゼットに入っているマントを手に取る。

 それだけではどのような品なのか分からないのでアイテムボックスに入れて解説を見る事にした。


 温度調整マント ランクC

 どんなに暑くても、寒くても快適にすごすことができるマント。

 炎と冷気の攻撃に耐性がある。


 とてもすごい性能がついた品だということがよくわかる。

 さらに手袋も手に取って同様にして鑑定する。


 力の手袋 ランクC

 装備した人間の腕力を高める。


 こちらもなかなかいいアイテムであった。

 他にどんな物があるのかとさらにクローゼットの中を探ってみると、入っているのはマントと手袋のみのようだった。

 他のマントと手袋はどのようなものかと同じように調べてみると同じ性能の物しかないようだった。

 とりあえずマントと手袋を一組ずつみんなでわけお土産でベイの分をさらに一組もって帰ることにした。

 マントと手袋を渡されたロシュはなんとも困惑した顔をしていた。

 さらに雑貨の入っている樽もマジックアイテムだと教えられたので同じように鑑定する。


 浄化の樽 ランクC

 中に入れた水が飲用に適さないと水が赤く染まる。

 樽に入っている間に水は浄化され、飲めるようになると無色透明になる。


 地味に役に立つアイテムである。これも自分用と一家へのお土産ようとして二つ持って帰ることにした。

 樽の中にあったポーション類はまだまだ使えそうなので仲良く分けることにした。

 他に何かいいものはないかと探している内に冒険者の必需品ともいえる道具を見つけた。すなわち10フィート棒を。


 魔法の10フィート棒 ランクC

 罠のある所を叩くと変わった音がする。

 欠けた長さが1/4までなら一日で再生する。


 銀次が今いるフォーラム王国ではグラムとメートルという単位を使っているが、パルパラスがいたカルドラル帝国ではポンドとフィートが使われていた。

 武具の類いがなかったがそれでも充分な収穫があった。

 めぼしい物はあらかた銀次のアイテムボックスにいれたので、今日はこのままこの洞窟で一晩明かしてから帰ることになっていた。

 魔法陣の発動条件である世界の危機について考えてみるべきかもしれないが、それはレシュト村に帰ってからしようと銀次は思った。


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