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第3話 レシュト村

 朝の訪れを感じて銀次は目覚めた。

 銀次がこの異世界に転移してから三ヶ月目の朝だ。

 目を覚ました銀次は眠い目をこすりながらもベッドから抜け出し、そばに置いてあったリュックから砂時計を取り出して異世界に来てからはじめた日課を始める。

 両腕を水平にのばし下半身は椅子に座ったような姿勢をとる。

 ノブおじさんのコレクションにあった拳法マンガにのっていた馬歩という姿勢を砂時計の砂が落ちきるまで続ける。

 前にキャラバンが村を訪れた時に買った砂時計の砂は100円ショップにあった10分計の物と同じくらいの量があった。

 その後、同じ拳法マンガに書いてあった回避の足さばきの基本を同じ時間続けてから部屋を出た。

「おはようございます」

 部屋を出て居間に行き、この家の家主とその家族に朝の挨拶をする。

 銀次に挨拶を返す家の住人は村長のベイとその家族だ。

 ベイ村長の家族は妻のロミルの他に15になる息子のロシュと12の娘のナティがいる。

 この三ヶ月間銀次はベイ村長の家で居候しながら奥さんのロミルに言葉と読み書きの勉強をしてもらっていた。

 住み込みで勉強させてもらう費用の代わりに、銀次は事前に狩っておいたサンドワームを一匹差し出した。

 村の外れでアイテムボックスからサンドワームを出した時は驚かれたが、思わぬ獲物に村人一同大いに喜んでいた。

 念のため元冒険者だったロミルにアイテムボックスのことを聞いてみたところ、アイテムボックス自体はあるが高級品で品質によって収納量に差があるらしいとのことだった。なので銀次が持っているものはかなりの高品質ということになるらしかった。

 それゆえにロミルからは、冒険者として実力がつくまではアイテムボックスのことは言いふらさないほうがいいと忠告された。

 それ以来銀次はアイテムボックスからアイテムを取り出す時はリュックに手を入れてから取り出すことにした。

 居間に来るとロミルと娘のナティが朝食の準備をしていたので、それを手伝う。

 居候なのでこういう細やかな気遣いは必要だろうと思い銀次は家の手伝いをよくする。おかげで村長一家の好感度は良好だ。

 準備ができたのでパンとスープの朝食をいただくことにする。

 居候の銀次を交えて一家の団欒の時間が続く。

 村長のベイと息子のロシュは農業のことやキャラバンから聞いた噂話のことについて語り合っていた。

 ロシュは次期村長となるべく両親から多くのことを学んでいた。

 一方娘のナティは母親のロミルから魔法と薬草のことについて学んでいた。

 ロミルは若い頃、魔法を学ぶかたわら薬草の知識も身につけていた。

 銀次が初めに連れて来られた離れは、採取した薬草を集めて調薬するための小屋だったのだ。

「ギンジ。そろそろマヨネーズがなくなるから作るの手伝って」

「わかった。午前中はいろいろやることがあるから昼過ぎでいいか」

「うん。ありがとう」 

 ナティの頼みを銀次は心地よく引き受ける。

 レシュト村に来た銀次はノブおじさんのメモ帳に書かれていた品を幾つか作ることにした。

 お酢はキャラバンから仕入れ、卵はデザートレックスというラプトルに似たモンスターの卵を失敬して作った。

 一人暮らしをすることもなく料理の経験などまったくない銀次にとって初めてのマヨネーズ作りは大変であったが、なんとか完成させることが出来た。

 出来上がったマヨネーズを食卓に初めて出した時は、皆が恐る恐るという感じで見ていたが、銀次の言う通りに野菜につけて食べてみたら大層大喜びして受け入れてくれた。

 続けて唐揚げも作ったらこれも大好評だった。

 ノブおじさんの異世界転移の心得にある「まずは食べ物で好感度をあげるべし」という言葉を実行するのにメモ帳は大いに役立った。

 砂漠の真ん中に転移された時にメモ帳を見たときの絶望感が嘘のようだ。

 食事と後片付けの手伝いをした後、銀次は裏庭に出て剣を出して素振りを始める。

 これも異世界に来てから始めたことだ。

 元の世界で特に運動部などには入っていなかったので、マンガやアニメを思い出しながら剣術の練習を続ける。

 家事の終わったロミルがナティと一緒に離れへと入って行くのを見た銀次は剣の鍛錬を終えて、自分もそこへと入っていった。

 娘に続いて銀次が離れに入ってきたのを確認したロミルは二人に今日の授業をはじめる。

 ナティには魔法と薬草、銀次にはこの三ヶ月間続けてきた言葉と文字の勉強だ。

 三ヶ月の猛特訓と必要に迫られた緊迫感が相まってみるみる内に銀次は言葉と文字を憶えていった。

 もはや先ほどのような日用会話なら問題なくかわせるようになっていた。

 そしてそれだけには留まらず銀次はこの世界の成り立ちや一般常識、魔法や薬草に関することも学んでいった。

 そのおかげで冒険者として薬草採取を申し分なくこなすこが出来る自信はついたが、魔法のほうに関してはさっぱりだった。

 やはりたった三ヶ月では魔法を身につけることは出来ないようだ。

 銀次はロミルから渡された本を音読している。

 渡されたのは創世神話の書かれた本であった。

 書かれた内容によると、初めは暗い空と混沌なる海だけが果てしなく広がっているだけの世界があり、そこから意志ある者が海から浮かんできたと、そして掬い取った海の水から大地を造り、意志ある者は世界神になった。

 世界神は太陽神、月神、大地神を造って世界の運営を任せて眠りについた。

 悠久の時の流れの中を世界は美徳に満たされて過ごしていったが、混沌なる海より新たな意志ある者が浮き上がってきたことから情勢が変わっていく。

 初めは世界神と同じように大地を造ろうとしたがうまくいかず、何度も失敗する内に世界神を妬み憎悪し、やがて世界神の造った世界を欲するようになった。

 こうして新たなる意志ある者は邪神となり世界を奪わんと襲いかかった。

 邪神は世界に悪徳を瘴気を撒き散らした。

 瘴気に侵された生命達は次々と魔獣へと姿を変え暴れ回った。

 邪神の力により人心は乱れ大地は争いに満ちた。

 そうしている内に邪神の力を敬い瘴気を受け入れる者が現れた。

 彼らは邪悪にして強力な力を持った魔族となりさらなる混乱を世にもたらしていった。

 その中から傑出した力を持つ者は魔王となのった。

 魔王を名乗る者の中から邪神は特に優れた者を選んで屠殺、疫病、疑心の邪神へと昇格させた。

 邪神の猛攻に劣勢となった太陽神、月神、大地神の三柱の神は世界神の眠りを覚まして助勢を求めた。

 世界神は世界の変容を嘆き、三柱の神に選ばれた者に祝福を与えることにした。

 そして太陽神の選んだ勇者、月神が選んだ賢者、大地神の選んだ職人が世界神の祝福を受けた。

 まずは職人が作った武具を勇者とそれに付き従う戦士に与え、賢者が叡智をもって敵の弱点を看破し大魔法を打ち込む。

 最後に勇者が戦士達と討ち入り邪神と魔王を倒して行った。

 勇者に倒された魔王は屍をさらし、最初の邪神とそれに従う屠殺、疫病、疑心の三柱の邪神も封印された。

 戦いの後、世界神に祝福された勇者と賢者と職人は、その働きによりそれぞれ武勇神、叡智神、技巧神へと昇格した。

 こうして世界に平和がもたらされることになったが、神々も満身創痍となり魔獣と魔族を全て滅ぼすには至らなかった。

 かくして世界は未だに人と魔族が鬩ぎ合い続ける混沌の大地へとなったのだ。


 といった内容が書かれた本を銀次は読み終えた。

 読み間違いがないかを聞き入っていたロミルは静かにうなずいてから銀次に告げる。

「それだけ読めれば合格ね。もう私が教えることはなさそうね」

「ありがとうございます」

 感心しているロミルにそういわれ、銀次は喜びに満ちた表情で感謝する。

「やったねギンジ!」

 魔法の勉強をしていたナティからも祝福される。

「それじゃあいよいよ」

「ええ、言葉に関しては問題ないと思うから町にいっても大丈夫だと思うわ」

「そうですか……」

 ロミルに太鼓判を押されて感慨深くなる銀次。

 今までの特訓に次ぐ特訓の日々が報われたのだ。

「いいな。私も一緒に行きたいな」

 万感の思いにふけっている銀次の様子を見てナティが羨ましそうな顔をする。

「あなたは未だ早いわ」

 そんなナティをロミルがたしなめる。

 幼少の頃から母ロミルの冒険譚を聞かされてきたナティは冒険者になることを夢見てきた。

 そのためロミルから魔法や薬草のことを学び続けてきたが、冒険者になるのは14になってロミルが納得する腕前になってからだと言われてきた。

 それに比べ剣の腕はそこそこなのに言葉を憶えただけで旅に出ることを許された銀次を見ていると、ナティはどうにも羨ましくて仕方がなかった。

「それじゃ、オレはこれから市場のほうに行きますね」

 不満そうな顔をしたナティを置いて、銀次はリュックを背負って家を出てキャラバンの開いている市場へと向かった。


 村の外れにある開けた場所にキャラバンが市場を開いていた。

 食料品や日用品、装飾品を売っている店が数多く出ているが、銀次はそれらに目もくれず周りより一回り大きな天幕へと入って行く。

 中に入ると商品と呼べる者はどこにもなくカウンターがあるだけの殺風景な場所であった。

 天幕の中に入った銀次は迷うことなくカウンターの前に立ち、リュックの中から幾つかの包みを取り出して並べていった。

「買い取りをたのむ」

 銀次が訪れたのは買い取り所であった。

 ここでは村人達がいろいろな収穫物を現金か物々交換で取引してくれるので、銀次はここでサンドワームの素材を買い取ってもらっていた。

 カウンターに並べた素材を鑑定してもらい提示された料金に少し色を付けてもらおうと銀次は交渉する。

 しばらくして納得出来る料金になったので銀次は買い取り所を後にする。

 初めのうちはこうした交渉もロミルにやってもらっていたが、今では銀次一人でも充分出来るようになった。

 レシュト村からの旅立ちは近いという実感がひしひしと感じられるようになってきた。

 今のところ銀次には異世界に来た原因を確かめたり、元の世界に帰ろうという気持ちは欠片もなかった。

 幼少の頃から、ノブおじさんから何度となく異世界転移に関する憧れを聞かされてきたのだ。

 当然同じ憧れを抱いていた。そしてそれは偶然にもはたされたのだ。望郷よりも冒険心のほうが強く刺激されるのは当たり前のことだった。

 だからこそ思いつく限りの鍛錬を行い軍資金を貯めてきた。

 チート能力があればそんなものはいらないと思うかもしれないが、MFがなければ自分はただの少年だということをよく理解していた。

 それに銀次の大好きだったノブおじさんが「チートに溺れる者は、チートに泣く」と言っていたのを思い出していた。

 だからこそこの三ヶ月間は準備にあてていたのだ。


 午前中にやるべき事を終えた銀次は約束通りにナティと一緒にマヨネーズ作りをしていた。

「ねえギンジ。ギンジはもうすぐここを出いくの?」

 黙々と撹拌作業を続ける銀次に向かってナティが尋ねる。

 その声には寝食を共にした家族がもうすぐいなくなるかもしれないという思いのこもった寂しさがあった。

「うん。ロミルさんから合格をもらったからな。2、3日中には旅立とうと思っている」

 マヨネーズ作りの手を休めることなく銀次はそう答えた。

 今の銀次の心中にあるのは旅立ちに対する希望と一抹の不安、そして親身になって世話してくれた家族への感謝と別れの寂しさだった。

「ギンジは町に行って冒険者になるのでしょ。私のことも連れて行って一緒に冒険者になろうよ」

「でもナティは冒険者になるのは14になってからだとロミルさんと約束したんだろ?」

「そうだけど…」

 冒険者に憧れを持つナティがはやる気持ちを抑えきれずにわがままを言う。

「でもギンジと一緒なら許してくれるかもしれないじゃない!」

「そうかな?」

 銀次の持つロミルの印象では、そうゆうところは妥協せずきっちり約束は守らせる人物ではないかと思っている。

 しかも愛娘がなりたいと思っているのは冒険者だ。同業の先輩としては無謀なことをして早死にしないようにしっかりとした教育をほどこしたいと思っているだろう。

 昔仲間を失ったことに対する悲しみは何らかの形で後を引いている可能性があるだろう。

「でも、そうだな二年後にまたこの村に帰ってくるから、その時に冒険者として旅たてるようになっていたら連れて行ってあげるよ」

 少し考えてから銀次は妥協案を提示する。

 無下にことわると無茶をしてでも着いて来るような気がしたからだ。

「ほんと!?うれしい♪」

 銀次からの思わぬ提案に、ナティは飛び上がらんばかりに大はしゃぎする。

 それを銀次は微笑ましい雰囲気で見つめている。

「それじゃ二年後の砂落としが成虫になるころに迎えに来てくれる?」

「わかった。二年後の砂落としが成虫になるころにきっと迎えにいくよ」

「きっとよ!忘れたらしょうちしないんだから!」

 銀次がしてくれた約束にナティは大喜びした。

 ちなみにナティが言っていた砂落としとは成人男子並みの大きさのあるアリジゴクのことだ。MFWでも大アリジゴクという名前で出てくる。

 同じモンスターでありながら名前が違うことについては銀次は深く考えなかった。

 この砂落としは元の世界のアリジゴクと同じように砂地にすり鉢状の巣を作り、そこに獲物を落として捕食する。

 そして砂漠に雨期がやってくると成虫となり一週間で死んでしまうのだ。

 巨大なカゲロウが飛び交う姿は幻想的で、それを見るためだけにこの砂漠に訪れる人間がいるくらいだ。

 カゲロウが飛び交う中から銀次が迎えにくる姿を想像して、かなり気が早いがナティはウキウキしていた。

「そうだギンジ。これが終わったら、またゴーレムの動かしかたを教えてよ」

「うん。いいよ」

 銀次の動かすMFの勇姿を見たナティは一目で夢中になり、暇を見つけては操縦のしかたを教えてもらっていた。

 さすがにあの狭いコックピットの中に人間が二人入るのには苦労をしたが。

 そんな苦労をものともせずにナティは銀次の膝の上に乗って一生懸命操縦を学び続けた結果、今では銀次は座席後ろの荷物置き場に潜り込んでナティに操縦の指示を出して動かすようにまでなっていた。


 マヨネーズ作りの終わった二人は村長夫婦に一言告げてから村を出る。そして人気のない砂漠に入ってから銀次はMFを一体呼び出した。

「ディガー」

 呼び出したのは自慢の愛機であるファングではない。

 約5メートルの高さのある機体で、頭はなく胸部にあるコックピットがガラス張りになっている。

 腕が長くて足が短いずんぐりした体系をしていた。

 これは機体ランクE+のMFディガーだ。

 ディガーはMFWをやり初めた初期にランダムでもらえる機体の一つだ。

 普通ならランクの高い機体を手に入れるにしたがって廃棄されてしまいそうだが、銀次はゲームを始めた記念にとっておいたのだ。

 それに村の周囲に現れるモンスターならカスタマイズされたディガーでも充分対処できた。

 村人総出でサンドワームを解体した時も、銀次はファングは使わずあえてディガーを使った。

 能ある鷹は爪を隠すということわざのつもりでそうしたのだが本人が思っているほど自重しているようには見えなかった。

 また後で分かったことだがアイテムボックスに収納されたモンスター(この世界では魔獣、又は魔物とも呼ばれている)はメニューの中にある解体というコマンドで簡単に解体出来るようになっていたのだ。

 あの苦労はなんだったのかという脱力感はあったっが、そのおかげで村人達との連帯感が生まれたので一概に悪いことばかりとは言えないだろう。

 こうして練習用の機体として呼び出したディガーを使って今日も日が暮れるまで銀次はナティにMFの操縦を教えることにしたのだ。


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