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第2話 オアシス

 銀次はファングを天空へと飛び立たせていた。

 人里を求めて旅に出たわけではない。愛機をゲームのとおりに動かせるかどうかを確かめるためだ。

 MFの操作は二本のレバー、フットペダル、そしてインカムによる音声入力が基本となっている。

 他にも計器やスイッチがいくつかあるが、ゲームの時にはほとんどが飾りだったものだ。

 ゲームで出来たことが現実でも出来るとは限らないので、朝目が覚めた銀次はファングを洞窟の外に出して訓練を始めたのだ。

 ちなみアイテムボックスと化したカードにファングを収納することで洞窟の壁を壊すことなく外にでることができた。

 銀次はゲームの時のなれた手つきで機体を急上昇、急下降、急旋回を繰り返していく。

 暴れ馬のように機体を振り回す操作をしているが、銀次にくる体の負担はゲームの体感システムと大差なかった。

 おそらくこれは【衝撃耐性A】というスキルのおかげなのかもしれない。

 ファングの機動性を確かめチェーンソーによる素振りを終えた後、銀次は昨日できなかったことが機体に乗り込んでいる今なら出来るのではないかと思い試してみた。

「ハンドグレネード」

 MFの武器を呼び出すつもりで名前を呼ぶ。すると、ファングの右手には棍棒のような物が握られていた。

 それは映画などでよく見かける旧ドイツ軍が持っている手榴弾だった。

 昨日、ファングに乗り込んでいなかった銀次はMFの装備類を呼び出そうとして失敗した。

 アイテムボックス内の他の機体はパーツを組み替えることができたが、洞窟内で仁王立ちしていたファングの装備を変えることはできなかった。

 一旦収納しないと変更はできないのかと失望していたが、今ファングを操作している内にもしやと思い試してみたのである。

 ファングを一旦地上に降ろした銀次は、さらに機体の換装がどこまで出来るかを試してみた。

 その結果、頭と胴体意外の両腕、下半身、バックパックが換装出来ることがわかった。

 そこまでわかった銀次はハンドグレネードを手に持ち、再びファングを上昇させる。

 ある程度の高さまで機体を上昇させたところで手にしているハンドグレネードを砂漠の大地に投下した。


 ズドン


 何もない砂漠に砂塵と爆音が撒き散らされる。すると爆発がおきた地点を中心にいくつかの砂の盛り上がりがおこり、そこから何かが飛び出していく。

 姿を現したのは砂漠の大ミミズ。サンドワームだ。

 ハンドグレネードのおこした衝撃にサンドワームは目を覚まし、長くて大きな蛇のような体をさらしている。

 銀次の操るファングは両手にチェーンソーを持ち、臆することなくサンドワームの群れへと突っ込んでいった。


 ゲームでのランクがCのサンドワームは、機体評価A+のファングとそれを操る銀次の技量によってなす術もなく蹂躙されていった。

 チェーンソーによって無惨にも切り刻まれたサンドワームの死体にファングが手を触れる。すると瞬く間に死体が消えて行ってしまった。

 その様子をモニターごしに見ていた銀次は安堵の表情を浮かべる。

 死体がなくなったのはもちろんアイテムボックスに収納したためだ。

 銀次は起動中のファングが触れただけでアイテムボックスが機能したことに安心していた。

 これでモンスターを倒した後もいちいち機体から降りて収納しなくてすむということがわかったのだ。その意味することは大きい。

 全ての死体を収納し、ここで検証するべきことはもうないと思った銀次は洞窟内の死体を埋葬してからここから旅立つことにした。

 やはり死体を放置しておくことに何か気の引ける思いがあったのだ。

 亡くなった相手とはいえその持ち物を失敬したのだから。

 かくして三度目の飛翔を行ったファングは今度こそ砂漠にそびえる岩山から飛び立った。


 銀次はファングを北へと向かわせていた。

 強い目的意識があったわけではない。

 ただゲームのミッションに砂漠のオアシスにある補給基地を叩けというものがあり、ミッションの最中に補給基地の南の地平線にあの岩山がちらほらと見えていたような気がしていたのだ。

 確証のないことなので今一不安だが、今はそれしか行く当てはなかった。

 それでもコックピットの中の銀次は鼻歌交じりに操縦レバーを握って空の旅を楽しんでいた。

 なにせ彼は今、憧れの巨大ロボットを自由に操ることができるのだ。先の不安など今味わっている喜びと興奮の前では些細なことでしかなった。

 そんな調子でファングを飛ばしていると地平線の彼方から乾いた砂の大地以外のものが見えてきた。

 それはゲームでよく見た軍事基地ではなくオアシスに作られ村だった。

 まばらな緑と住居が入り交じった景色に、銀次は自分が飛ばされた世界が単純によくプレイしたゲームと同一ではないという思いを強くしていった。

 上空から村の様子を見ていた銀次はいきなり村の真ん中にファングを降ろそうとはせず、村の外れに静かに降ろした。

 機体から出た銀次はファングを収納しミスリルの剣と小さな円柱型の物体を呼び出した。

 銀次が呼び出したのはチェアマンという保安ロボだ。

 この高さ約1メートルほどの大きさのロボットは拠点施設の防衛と保安を行うために作られたという設定になっているものだ。

 事実、拠点攻略ミッションを行った時はわらわらと出て来てよく蹴散らされていた。

 チェアマンはポイントで買おうと思えば買えるが、おそらく購入した人はいないだろう。なぜならこういった保安ロボは拠点攻略系のミッションを失敗した時の残念賞的な意味でもらえるものなのだから。

 銀次も全てのミッションを成功させたわけではないので、何種類かの保安ロボを持っていた。

 ゲーム中ではマスコット的な意味合いしかなかったが、こうして現実に呼び出すことができるのなら心強い味方となるだろう。

 銀次は抜き身の剣を持ち、二体のチェアマンを左右に配置して村へと近づいていく。

 ファングを収納したのは村人を驚かせないようにするためであり、剣と保安ロボで武装するのは、この村が万が一盗賊の住処だった時のための用心だ。

 保安ロボとして一番ランクが低いチェアマンの武装は射程1メートルの電撃だけだが、それでも魔法の使えないファンタジー世界の住人には充分な戦力となるだろう。

 剣が抜き身なのは単に元の鞘が風化して使えなかっただけだ。

 少し歩いただけで向こうから4、5人の人間が怯えと不安の入り交じった様子で、こちらに近づいて来た。

 そのような雰囲気を見せているのは、やはり遠目とはいえファングの姿を見たからだろう。

「旅の者だ。一晩泊めてくれないか?」

 敵意がないことを伝えるため銀次は剣を地面にさし、両手をあげてそう叫んだ。

 向こうの反応は、こちらの声を聞いて何やら驚いた様子を見せた後、集まって何か相談しはじめた。

 初めての異世界文化交流に緊張しながら銀次は相手の反応を待った。

 村人達は話が決まったらしく再びこちらに近づいてきた。

 先頭に立つ年配の男女の後ろに壮年の男性が幾人か着いて来ているように見える。

 彼らの服装は砂漠の村らしく中東の人間が着ている物ににている。その中で女性だけが魔術師を思わせる杖を持っている。

「”#$%&?」

 先頭に立つ代表者らしき男が何かを言っているが何を言っているかまったくわからない。

「なんて言ったんだ?」

 聞き返してみたが返って来たのは、やはり理解出来ない内容であった。

「言葉が…わからない」

 銀次の頭から血の気がひいていく。

 今まで異世界転移とチート能力を持てたおかげで興奮していたので、最も考慮すべき問題を忘れていた。

 すなわち言葉だ。

 元の世界でも国境を超えれば言葉が変わるのだ、異世界に行けばこの問題はより顕著になるであろう。

 村人達のほうも言葉が通じないことを悟り、どうするべきか再び相談しはじめた。

 そうこうするうちに杖を持っている女性が地面に杖を撃ちつけながら話を強引にまとめあげているように見えた。

 一緒に先頭に立って歩いていた代表者と思える男性が、その様子をハラハラしながらなだめているのが見てとれた。

 やがて話がようやくまとまったらしく杖を持った女性が、さらに前に出てこちらを手招きする。

 どことなく険しい表情をしているが敵意は感じられなかったので、銀次は招きに応じる事にした。

 地面にさした剣を取ったときは一瞬、表情に緊張感がはしったが、左手で逆手で持ち切り掛かるように見えない持ちかたをしたらそれもなくなった。

 銀次がすぐ近づいてきたら、右手を強く握ってズンズンと村の奥へと連れ込んで行く。

 後から続く村人達はとても不安そうにこちらを見ている。その様子に銀次は軽く相手に会釈した。

 女性に腕を引張られて銀次は村を突っ切って行く。

 そんな様子の二人を村の中の人達は驚きや好奇、そして不安の入り交じった顔で通り過ぎるの見送って行く。

 やがて女性の家と思われる周りの民家より一回り大きい家に近づいて来た。

 このまま玄関を開けて家へと招き入れるのかと思いきや、裏手に回ってこじんまりとした離れに連れ込まれた。

 銀次が連れて来られた離れの中は薄暗く、周りがどうなっているのかわからなかった。

 やがて女性は雨どいを開けて部屋に光を差し込むと、部屋の奥にある戸棚から何かを取り出して戻ってきた。

 持ってきたのは壷であった。

 壷の中身を確認して満足した女性は、銀次を座るように促した。

 相手の身振りでそのことを察した銀次は、部屋の中に椅子らしき物がないため胡座をかいた。

 女性は壷の中にある物を一摑みして銀次の頭上へと振りかける。

 振りかけられたのは何かの粉末であった。臭いとかはしなかったので何の粉末かまではわからなかった。

 その後女性は銀次に杖をかざして何事かをつぶやく。

 銀次がまるで呪文のようだと思っているとポンっと乾いた破裂音のような音がした。

「これで言葉は通じるかしら?」

 女性が自分と同じ日本語を話してだしたのを見て銀次は驚き、そして大いに安堵した。

「ああ、わかる、わかるよ!」

 感動に撃ち震える声で銀次は答えた。

 女性はロミルと名乗った。ロミルは元冒険者の魔法使いで、今は村長のベイの妻をしている。

 後ろから先ほどロミルと一緒に前を歩いていた年配の男性が入って来た。彼が村長のベイである。

「#$%&`*」

「ええ、これから話を聞くところよ」

 ロミルの言葉はわかるのだがベイ村長の言葉は相変わらずわからなかった。

「あなたは冒険者かしら?」

「はい、そんなところです」

 水を入れたコップをこちらに渡しながら尋ねる。

 銀次は恐縮しながらコップを受け取って答えた。

「さっきの空を飛んでいたモンスターはあなたなの?」

「はい、あれに乗って来ました」

 ファングのことは隠さないほうがいいと思い正直に答えた。

 後ろから着いて来ていた2台のチェアマンは、魔法のあるファンタジー世界なのでゴーレムだと伝えておいた。

 またロミル達村人が空飛ぶモンスターだと思っていた銀次のファングもゴーレムだと言っておいた。

「あれがゴーレム!空を飛ぶゴーレムなんて初めて見たわ」

 空を飛ぶ事が出来るゴーレムにロミルは心底仰驚いたという顔をする。

「オレはあれを砂漠にある岩山の洞窟で見つけました」

 本当のことを言っても信じてもらえないと思い、銀次はファングを遺跡で見つけたお宝のような言い方で説明する。

「砂漠の…岩山」

 銀次の言葉から出てきた単語の一つにロミルが反応を示す。そして銀次が脇に置いた剣を見て何かを思い出したかのような表情をして質問する。

「その洞窟に他に人はいなかったかしら?その痕跡とかでも構わないのだけど」

 銀次にそう聞くロミルの表情はどこか辛そうだ。

「はい、死体が一つありました。この剣はその死体が持っていたものを手に入れました」

 それを聞いたロミルの顔に衝撃が走り、次いで胸のわだかまりがとれたようなスッキリとした、だがどこか哀愁のある表情をした。

「見せてもらっていいかしら?」

「どうぞ」

 銀次から剣を受け取ったロミルは、それをまじまじと見つめ、やがて得心がいったという顔をしてから剣を返した。

「ありがとう」

 銀次に剣を返したロミルはしばし虚空を見つめた後、寂しげにつぶやいた」

「馬鹿ねレドック。お宝を見つけたのに死んでしまうなんて」

 ロミルの頬を一筋の涙がこぼれ落ちた。

 その様子に銀次と、彼女の夫であるベイ村長は戸惑ってしまった。

「ごめんなさい。突然こんなみっともない所を見せてしまって」

 そう言われて銀次は自分は気にしていないと告げる。

 それからロミルは一言ことわりをいれて自分の過去を話しはじめた。

 ロミルは20年前までは凄腕の冒険者パーティーに所属する魔法使いだった。

 彼女のパーティーリーダーのレドックという戦士が、とあるダンジョンでミスリルの剣を手に入れた。

 それを契機にしてまことしやかに囁かれていた砂漠の財宝を見つけにいこうとことになった。

 噂にだけ出て来る砂漠の中心にあるという巨大な岩山を求めて何日も彷徨った。

 そして運悪くサンドワームの群生地に迷い込んでしまい、そこでサンドワームの大群に襲われた彼らは散り散りとなり、彼女だけが傷だらけになりながらもこの村に逃げ込むことができた。

 それ以来彼女は町へは帰らず、この村に留まりパーティーメンバーの帰りを待っていた。

 1年、2年待っても誰も返らずやがて当時はまだ村長ではなかったベイに見初められ夫婦となり今へといたっていた。

 そして銀次が持っていたのがレドックの剣であり、見つけた死体が彼女のパーティーリーダーのレドックであろうと語ってくれた。

 その話を聞いてそれならばはと剣をロミルに渡そうするが、彼女はそれを辞退し剣は銀次が持っていてくれと言ってくれた。

「少なくとも仲間の一人がどうなったか知る事ができたわ。ありがとう」

 そう言われて銀次はなんだか申し訳ない気持ちになった。

 そのれから村長がロミルに二言三言告げて離れから家の居間へと通された。

 銀次は今までのロミルや村長の様子をうかがい、ここが最初懸念していた盗賊のアジトだという考えを捨て二体のチェアマンを収納した。

 その様子に村長と元冒険者のロミルは大いに驚いた顔をした。

 村長の家に通され一息入れた後、銀次は虚実の入り交じった自己紹介をすることにした。

 異世界から突然飛ばされたと言っても信じてもらえないと思い、自分は新米の冒険者で仕事でダンジョンに行っている最中に地震にあい気がついたら砂漠のど真ん中にいたといった感じの説明をしどろもどろになりながらも伝えた。

 説明に苦しいものがあるかなとは思ったが、ロミルが冒険者は訳ありが多いということで納得してくれた。

 さらに自分がどことも知れない異国に飛ばされたみたいだと告げると、ここがフォーラル王国にあるレシュト村だと説明してくれた。

 レシュト村は砂漠のオアシスにある小さな村で一ヶ月に一回キャラバンが通る辺鄙な村であると語ってくれた。

 さらに今のところロミルにしか言葉が通じず、これは銀次に言葉が理解できる魔法をかけたのではなく、ロミルが銀次の言葉がわかるようになる魔法をかけたからだと説明してくれた。

 そしてロミルには銀次に言葉を憶えさせる魔法を使うことができないのだ。

 だから銀次はロミルとしか今は会話をすることができないのだった。

 それを聞いた銀次はチートが言語にまで及ばなかったことに深く絶望した。

 これは言葉を憶えるしかないと思い、銀次はロミルに教えて欲しいと頼み込んだ。ついでに魔法も教えてほしいと。

 学校での英語の成績はそこそこだったが、彼にはノブおじさんと一緒にガ◯ラス語を習得しようとした経験がある。

 今回はその経験が大いに役立つはずだと思い銀次は言語習得に強い意欲を燃やすのだった。

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