第1話 トリップ
「…うっ」
短いうめき声を漏らした後に、銀次の暗闇に沈んでいた意識は目覚め始めた。
「ここは?」
目覚めたばかりで意識は未だ混濁しており、自分が今どのような状況におちいっているのかが理解できないでいた。
ぼんやりとした眼差しで周りを見渡す。
照明で照らされた狭い室内。密閉された空間には計器にスイッチにレバー。そして正面には大きなモニターがる。
モニターに映し出されていたのは暗闇であった。
「そうか、オレは…」
銀次の混乱していた頭はやっとはっきりしてきたので、気を失う前の状況を思い出すことができた。
自分の大好きなゲームのプレイ中に大地震に襲われたということに。
銀次はまずは筐体の外に出ようと思い、シートベルトをはずしメモリーカードを取り出す。
このゲームはメモリーカードを紛失しないようにするためにカードをスロットから取り出さないと筐体から出られないようにできていた。
座席の後ろに置いておいたリュックにカードを入れてから、座席下のレバーを引く。
パシュー
空気の漏れる音がしながら筐体の正面が持ち上がり、開け放たれた空間が前方に広がると、そこには何も無いくらがりだけが広がっているように見えた。
地震で停電したのかと思いリュックから懐中電灯を取り出す。
取り出した懐中電灯は災害時に強い手回し充電機能のついたLED照明である。
ハンドルを回して蓄電してから正面を照らす。
何もなかった。そう、なにもだ。
ゲームセンターにあるはずのゲーム機も自分と同じ客の姿も店員さえも。
客と店員がいないのは避難したからではないかと思わなくはないが、ゲーム機がないのはおかしかった。
銀次がMFWをプレイするのに通っていたゲームセンターはそれなりの大きさのある施設だったのだ、目の前に多くのゲーム機がないのはおかしい。
いつまでもここで座り込んでいるわけにもいかず銀次が立ち上がって外に出ようとしたところで懐中電灯の明かりが消えたので再びハンドルを回す。先ほどは少しだけだったので今度は勢いよく多めに。
自分の今置かれている状況に焦りと不安をとてつもなく感じていたが、ハンドルを力強く回しているうちになんだか気持ちが少し落ち着いてきた。
改めて明かりをつけて、冷静に外の様子をうかがってみる。
やはり周りは真っ暗だと思ったが、正面から小さな明かりが出ている事に気づく。
だが、明かりが漏れている位置が妙に目線が低くかんじる。
明かりのある所に向かおうと思い、筐体から恐る恐る出てみる。
周りに注意を向けながら筐体から這い出てみると、一歩か二歩歩いたところで床がなくなっていることに気づいた。
慌てて飛び出していたら危ないところであっただろう。
床が崩れたのだろうかと思い下を覗いてみる。
完全な暗闇かと思っていたが、一条の明かりが天井から漏れていたらしく、自分のいる周囲が照らされていたらしく周りの状況が少しづつだがわかりはじめてくる。
「…?!」
そっと下を覗いて思わず驚く。それは自分がいる場所と地面までの高さなどではなかった。
続けて左右を見回して見る。
自分が立っている場所から巨大な脚と腕がのびているように見えた。
そして、わずかな明かりに暗闇に目がなれはじめた時、自分がいるのが町のゲームセンターではなくどこともしれない洞窟の中だと気づいた。
銀次はどうにかして下に降りられないかと思案する。このまま飛び降りてもケガをするだけなのはわかっていたから。
ふと上を見る。筐体だと思っていた物が上部に開いた部分に三角形の輪がある。
思いっきり引張ってみると、その手の物によくあるウインチだと解った。
ウインチを操作して下に降り、自分が今まで中に入っていたの物がなんだったのかと振り向いてそれを見る。
天井の亀裂のような穴から差し込む光に照らされたそれは、確かに銀次の知るものであった。
全長約10メートルの白く塗られた巨人の機体。
ドーム状の頭には赤く光る縦長のカメラアイ。そして左右に丸いサブカメラが光っている。
両腕についた盾と腰にはチェーンソー。
紛れもなくゲームの中で銀次が使い続けた、彼の浪漫が詰まった夢の愛機。
「…ファング」
自分の今置かれている状況を忘れてしまうくらい、それは衝撃的で感動的な光景であった。
しばし呆然としていた銀次だったが、すぐ気を取り直して本物のコックピットになってしまった元筐体から見えた明かりの方へと向かう。
明かりは当然洞窟の出口であった。
途中にあった干涸びた戦士風の死体を見たときは少し驚いたが、それでも無事洞窟の外に出た。
少し涼しい洞窟から一歩外に出ると、そこは焼け付くような陽射しに照らされた砂の海。砂漠であった。
強い陽射しに眩しさを感じながらも砂の上を数歩歩く。そして後ろを振り向くと巨大な岩山があった。
さっきまで銀次が遊んでいたゲームの背景として見ていたのと、とてもよく似た岩山がそこにあった。
銀次が今まで中にいた洞窟は、この岩山の中にあったもののようだ。
「これは、まさか…」
自分の今おかれた状況を見て、一つの可能性に銀次は思い当たった。
「これが噂の異世界トリップってやつなのか?!」
地平線の彼方まで続く砂の海の上で銀次の驚きの声が何処までも響いていった。
「オレは本当に異世界に来ちまったよ。ノブおじさん」
続いて漏れたつぶやきには、未知の世界に落とされた不安と、これから訪れる冒険の喜びが半々に入り交じっていた。
加山 銀次には自分のことを可愛がってくれた伯父がいた。
本名は知らないのでいつもノブおじさんと呼んでいた。
俗に言うオタクで仕事は何をやっているかは解らなかったが、マンションを二部屋借りて、その内の一つを自分のコレクションルームにしていた。
そんな伯父の影響で銀次はロボットアニメが好きになった。
銀次に大きな影響を与えた伯父は常々こう言っていた。
「僕はいつか異世界に転移か転生してエルフと猫耳少女を嫁にするんだ」
異世界にいくことに大きな憧れを抱いていた伯父から高校の入学の時にプレゼントされたものがある。それは今持ち歩いているリュックサックだ。
伯父はこのリュックサックを銀次に渡した後こう言った。
「この中に異世界に行っても役に立つ物を入れておいた。ただし飲食物は自分で用意しておけ」
そう言ってリュックを渡した後、仕事と称して海外に出かけて行ったが、そのまま行方不明になってしまった。
親戚は皆死んだと思っているようだが、銀次は憧れの異世界に行ったのではないかと思っている。
それ以来、銀次は形見というわけではないが、出かける時は必ずこのリュックを持ち歩いている。
「まさか本当にこいつが役に立つ日が来るとは」
もらった時に軽くだが中を見ていたが、今回改めて中を見てみる。
中に入っていたのは先ほどの懐中電灯のほかに、サバイバルナイフ、缶切り、アルミブランケット、ゼンマイ式ラジオ、折りたたみノコギリ、レジ袋、ビー玉、おはじき、メモ帳に筆記用具。
それに付け加えてゲームセンターに行く前に買っておいたスナック菓子とペットボトルのお茶。そしてMFWのメモリーカードである。
これらの物を並べて考え込む銀次。そして幼い頃に聞かされていた異世界トリップの心得の一つを思い出した。
「まずはチート能力がないかを検証するんだったよな」
そう呟いた後、この手のものの定番の台詞を叫んでみる。
「メニュー!ステータス!」
元気よく恥ずかしがらずに叫んでみたが何もおこらなかった。
「…」
誰も見る者がいなかったとはいえ何の変化もおこらないと恥ずかしさで顔が赤くなる。
恥ずかしさをごまかすよう慌てて手帳を手に取り内容を確認する。
手帳の最初のページには、伯父さんからのメッセージが書かれていた。
「銀次へ。おまえがこれを読んでいるということは、君は異世界に見事にトリップしたということだね。おめでとう。ここには異世界にいったら役に立ちそうな知識をしるしておく』
そこに記された伯父の心遣いの言葉に感謝しながら次のページをめくる。
次のページに書かれていた内容はマヨネーズの作り方であった。
何とも言えない気分になりながらも続けてページをめくっていく。
残りのページに書かれていたのはプリン、唐揚げ、ケチャップ、ソースといった食べ物や調味料の作り方であった。
もちろん食べ物以外の情報も載っていたが、残念ながら今の状況で役に立つ情報は何一つ書いていなかった。
「オレの感謝の気持ちを返せ」
妙に疲れた気分になり銀次は洞窟の中で寝転がってしまった。
天井を見上げて銀次はいろいろと考え込む。
今の彼の衣服は、トリップ前は夏休み最初の日曜日だったのもあってティシャツとジーンズと割と軽装だ。
ここがゲームの世界なら表の砂漠は危険がいっぱいだ。
憶えている限りでもサンドワーム、デザートレックス、ジャイアントスコーピオン、大アリジゴクといたモンスターがうごめいている。
この砂漠を無事に通り抜けようと思うのならリュックの中のアイテムだけでは足りない。目の前にある愛機ファングは絶対に欠かせないだろう。
だが天井から光をこぼれさせている穴も、銀次が洞窟の外に出るのに使った穴もファングをここから出すには小さすぎるのだ。
ファングをここに置いて行くのは却下したいので、壁をぶち抜くしかないであろう。
そこまで考えて上体を起こすとリュックの中身を確認しようと広げたものの中にあるメモリーカードに目が止まる。
なんとはなしにそれを手に取りダメもとでつぶやいてみた。
「メニュー。ステータス」
つぶやいてみると銀次が望んでいたものがそこに現れた。
一瞬驚いて落としそうになってしまったが、そこにはゲームでおなじみのメニューウインドウが宙に浮いていた。
メニューと書かれたウインドウの下には機体、パーツ、素材、合成という項目があった。
「これがオレのチート能力なのか」
銀次は早速能力の検証をすることにした。
砂漠に降り注ぐ暑い太陽の陽射しが地平線の彼方に沈み初めるまで銀次は色々試してみた。
その結果解った事はMFWのメモリーカードが無限にアイテムを収納出来るアイテムボックスになっているということだった。
カードを持っていれば自由にアイテムを出し入れ出来た。
収納したい物に手を触れて念じれば収納され、取り出したい時にはメニューのリストから検索して呼び出すか、対象を明確にイメージして呼べば出て来た。
また、手に持っていなくても服のポケットに入れていても同様の効果が得られた。
だが、機体は呼び出すことは出来てもパーツと素材は呼び出すことはできなかった。
それ以外にもカードだけではできないことが出来るようになった。
MFWでは敵のMFやモンスターと戦ってパーツや素材、ポイントをもらう。
それらのデータを記録したメモリーカードを専用の筐体かパソコンにつなげて機体の製作や強化、ポイントを消費して欲しいパーツを購入するのである。
本来なら筐体かパソコンがなければ出来ないこれらのことがメニューウインドウを呼び出しておこなうことが出来るのだ。
さらに、アイテムボックスに入れればMFWのパーツでなくても素材と合成することが出来た。
試しにサバイバルナイフにカマキリやハチのモンスターの素材を合成してみたら【斬撃E】【刺突E】【毒属性E】というスキルがついた。
さらに洞窟にあった死体の持っていた剣でも試して見ようと思い、収納した後に剣の解説を見て驚いた。
ミスリルの剣 ランクD
ミスリルで出来たロングソード。
片手でも両手でも使える。
死体の身につけている鎧や衣服は風化してボロボロだったが、剣だけは新品同様に白銀の輝きを放っていたのだ。
その理由が、ファンタジーの定番金属ミスリルでこの剣ができていたからだった。
どうやらここはMFWとは似て非なる世界ではないかと銀次は思った。最もそれはここにあった死体が剣と鎧を装備していたときからそんな予感がしていたが。
MFWは世界設定がSFのゲームだ。
大雑把なストーリーは未知の惑星を開拓しているとモンスターに襲われた。さらに開拓惑星に地球からの独立を目指す組織が誕生し、地球政府と独立組織が争うなかを傭兵となって渡り歩くというものなのであったはずだ。
だからチタンやカーボンファイバーはあってもミスリルやオリーファルコンはないはずだった。
銀次はこのような事実を深く考えず、合成作業を進めていった。
おかげで武器がかなり強化されたので、死体に手を合わせてからミスリルの剣を自分の装備品とした。
ミスリルの剣の性能はかなり高いものになったようだ。
ミスリルの剣 ランクD+
ミスリルで出来たロングソード。
片手でも両手でも使える。
スキル【斬撃D】【刺突D】【クリティカルD】【耐久D】【命中D】【毒属性D】【酸属性D】【麻痺属性D】
酸はアリ、麻痺はクモのモンスターの素材から得られた。
能力の検証が一通り終わったのでお菓子とお茶でお腹を満たしてから、銀次はファングのコックピット内で寝る事にした。