1-2
どうやら、今日は、理解できない事が続く日らしい。
別に、引っ張られて、車の助手席に乗せられた理由も分かる、乗せられた車のドライバーの女性に、「馬鹿じゃないの? みんな逃げたのに一人だけ残って」と、怒られた理由も分かる。
だけど、その次の言葉が、「……なんかさ、キミ、私と相性良さそうだから、私と契約してよ」なんて言われても、理解できる訳がない。
普通この流れなら、次の言葉は「逃げずに何してるの!!」であるはずだ。どう間違えても「私と契約してよ」なんて、言葉は出るはず無いし、そもそも、何と契約するかも訳も分からない。
とはいえ、いくら理解できない事を言われても、相手は人間だ。さっきまでのアレとは違い、話して意味を探る事もできる。
「あの……、急にそんな事を言われても、訳が分からないのですが……」
とりあえず、助けてくれた相手を立てるのも込めて、申し訳なさそうに切り出す俺に、向こうも慌てて取り繕う。
「あああ、ごめんなさい、なんか、君を見たら、ビビッと来て思わず、先走っちゃった」
ほうら、相手は人間だ、さっさとは違って、ちゃんと謎を自ら解き明かしてくれる。あとは、何がビビッと来たのか、言ってくれれば、解決だ。
「あの、その、なんていうかね……、一目惚れみたいなものかな?なんて、いうか、キミが私の中に入ってきたときに、この人だ!!と思ったの」
「……えっ!? 中に入ってきた⁉」
……いや、断じて無い。断じてそれは無い。この短時間で、そんなこと無理だし、した記憶も無い。そもそも俺は悲しい事に、魔法使い候補生の名簿に、バッチリと名前が載っている。
断じて、そんなオイシイ事は無かった。
「えっと……、あの、人違いじゃないですか?」
「えっ?だってキミ、今も私の中に……」
顔を赤らめている彼女を見て、俺は確信する。彼女は電波なんだと……。
話しが成立しなければ、意味なんて分かる訳が無いし、謎は更に増えるだけだ。
はっきり言って、まだ、さっきの状況の方が理解できる気がする。
対応に困っている俺を尻目に、電波女は、更に話しを進めていく。
「えっと、その、実は私、魔装変形少女なんだけど、国から、操縦者となるマスターと契約するまでは、変形するのが、封印されていて、是非も、マスターに私のマスターとなって、変形させてもらいたいの」
「はっ?はぁ……」
……もう、どこから突っ込んでいいのか分からないのだが、とりあえず、俺の事を呼ぶのが、キミからマスターに切り替わってる。
これ以上、この毒電波にあてられたら、ただでさえ、さっきの事でこんがらがっている頭が、更にこんがらがる。外を見てみると、いつの間にか、車は空き地に停車しているし、このまま逃げ出そうと思ったが、彼女の次の一言で、ドアノブにかけた手を止める。
「待って、マスター……、あの戦いを見たでしょ? 私も、さっきの奴と戦う力が欲しいの」
その一言は、俺の好奇心を撫でるように刺激してくれた。
「キミはいったい何なんだ?」
「だから、言ったじゃない、魔装変形少女だって」
どうやら、これは、電波女に出会った訳ではなく、急展開というモノらしい。
運転席に居たハズの彼女が、ふっと、一瞬で後部座席に移動して、後ろからシート越しに、俺に腕を回す。
「えっ?いつのまに後ろに」
本当に一瞬過ぎて、どう移動したのか、まったく分からなかった。
「契約してくれたら、マスターにイイコトしてあげるからさ」
顔ははっきり確認してなかったが、大人の女性というには、あなどけなさが残るその声は、多分、高校生の自分と同年代だろう。
そんな女の子に、吐息まで聞こえるような耳元で囁かれたら、女性経験の無い身としては、刺激が強すぎる。
「別にいい事なんて、して貰わなくても……
」
苦し紛れに取り繕うが、ドキドキして、思考が停止していく。
「私だって、急ってのは分かってるし、多分マスターがいまいち状況を把握しきれてないのは分かってるの。だけど、今まで、こんなにマスターになって欲しいって、思えた人なんて初めてだし、何より、お姉ちゃんがさっきの狼に押され始めたのに、応援もまだ来なさそうで焦ってるの……。だから、お願い」
本当に、耳元で囁かれた、このモノラルサウンドは、いろんな意味で、男しての俺に契約を結ばせるには、充分な破壊力を秘めていた。
状況なんて、知るもんか!!
「それで、契約とは、何をするわけ?」