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ファミレスナイト

作者: 極楽天

 夜中のファミレスというのは思ったより客がいるもんだな。

 入店を知らせるチャイムを耳にしながら、店内を見渡す。二人組の男や、テーブルに突っ伏しているサラリーマン風の男など、あわせて六人くらいの客が店内で時間をもてあましていた。時間が時間だけに誰もいないと思っていたので、これは意外だった。

 会社で嫌なことがあり、行きつけのバーで独り愚痴を肴に酒を飲んでいると、とっくに終電もなくなっており、途方にくれていた俺は、あと数時間をここでつぶそうと思って入ったのだった。

「空いてるお席へどうぞ」

 と、やる気のないおばさんの店員に促され、俺はできるだけ人がいない、窓際に席をとった。さすがに店内はかなり静かで、普通の声で話をすると他の客に聞こえそうなくらいだった。現に二人組みの男はひそひそと声を低めて話をしていた。

 あと三時間弱か。

途方もなく長く感じられる時間だった。俺も突っ伏して寝ていた方がよさそうだ。

 注文をとりに来た若い男のウェイターに、アイスコーヒーを頼み、とりあえず羽織っていたスーツを横に置いた。外は熱帯夜というのに相応しい気温だったが、店内は少し寒いほどだった。これだけ温度差があれば、そりゃあ身体を壊す人もでるだろう。

 ちょうどウェイターがコーヒーを持ってきたとき、また客を知らせるチャイムがなった。何となく、そちらの方に目をやると大学生らしき男の三人組だった。その中の一人が、少し興奮気味に二人に向かって話し掛けている。

「絶対いた。間違いないって、俺マジ見たもん」

 髪をつんつんに立て、黒ぶちのメガネをかけた男がまくし立てるように、他の二人にしゃべっている。二人は散々その話を聞かせられていたらしく、少しうんざりした顔をしていた。

「いや、何もいなかったって」

 それをあっさり否定する茶髪の少し小さめの男。他の二人に比べ、顔つきも幼く見える。その言葉に対し、メガネの男はますますヒートアップしていく。恐らくかなりの量の唾も飛んでいることだろう。その二人を横目に、髪を短く刈った男が、店員に軽く会釈をして、話し続ける二人を無視して、さっさと席につく。それを見て、喧喧諤諤と話を続けていた二人も、その後に続いた。今まで静かだった店内は一気に騒がしくなり、突っ伏していた男も何事かと目をこすりながら起きた。

「マジで。マジで見たの。髪の長い、何か肌の白いさあ」

「何それ。べたべたじゃん」

「んなこと言ったってよ。あっちがそういう格好、好きなのかもしれないべ」

「あっちの世界にも流行があるってか」

「そんなんじゃないけどよ。話、茶化すなって」

 相変わらず二人は議論を続けている。そんな様子を尻目に髪の短い男は、まばたきを繰り返しながら、伸びをしている。時間が時間だけに眠いのだろう。大きく一つあくびをしている。

「肌が白くて髪の長い女がよ。あのトンネル抜けたところにいたんだって」

 もういい加減にしてくれといった感じに、茶髪の男は大きく息を吐き、そして向かいの席に座る髪の短い男に話し掛けた。

「タツ、見た?」

 タツと呼ばれた男はゆっくりと首を横に振るだけで、言葉は発しなかった。それ見たことかと茶髪の男は、メガネの男に得意そうな顔を浮かべた。

「だって、タツ寝てたじゃん。見るわけねえし」

「これで見た派と、見ない派は一対二になりました」

「は? だからタツをカウントに入れんなって」

「んなこといってもねえ。民主的に行こうぜ、ノリ」

「お前ねえ、いつでも真実は少数派なんだよ。ガリレオ先生を見ろよ」

 なんとも凄い会話である。聞こうとしなくとも、あれだけ大声で話されれば誰の耳にも届いているだろう。どうやら幽霊を見たとか見ないとかの話をしているようだ。ノリと呼ばれたメガネの男だけがその姿を目撃したらしい。

「ガリレオとお前は全然違うべ。お前はスズキノリアキっつう立派な日本人だわ」

「だーかーら。そこで話をそらすなっていうの」

 その議論の最中、ウェイターが遠慮がちに水とおしぼりを持ってきた。

 その数四つ……?

 髪の短いタツ、メガネをかけたノリ、あとは茶髪の小さい男。

 俺の目には三人に見えるのだが、どうして四つなんだ?

 背中にわずかに悪寒が走る。

 ウェイターはそれぞれの前に水とおしぼりを置いていく。まずタツに、そしてノリ、茶髪の順に。最後に誰も座っていない席の前に、ゆっくりとそれらを置いた。ノリと茶髪はそのことに気づかず、まだ議論を続けている。タツは自分の隣に置かれた水に視線を向け、それからゆっくりとウェイターの方を見た。

「よくこいつのことが分かりましたね」

 と、にっこりと笑いながらウェイターに言った。

 それに対し、ウェイターは黙って礼をし、また厨房の中に戻っていった。

 その何とも不思議な光景を俺はまばたきもせずに、凝視していた。

 俺に見えない何かが、あそこに座っているのか。

 さっきまでわずかだった悪寒は、大きく膨れ上がり、肌に無数のイボを立てた。どっと恐ろしさが身にこみ上げてきた俺は、急いで伝票を手にし、席を立った。幽霊とかそういうたぐいの話は信じている方ではなかったが、こういう光景を見せられては、どうしようもない。一刻も早くここから離れたかった。

 できるだけ冷静を装い、早足でレジまでいくと、さっきの店員が軽く頭を下げて、俺の伝票を手に取った。

 きっとこの人にはあそこに誰かが見えているのだろう。そう思うと何だかこの男も恐ろしいもののように思えた。できるだけ視線を合わせないようにして、財布から千円札を一枚取り出し、釣りはいいですと言って出ようとした。するとまた客を知らせるチャイムがなり、その音に思わず「ひゃっ」と情けない声を上げてしまった。そんな俺を不審そうに見ながら、背の高い細身の男が入ってきた。男は店内をゆっくりと見渡し、人を探しているようだった。そして、

「あったあった。運転席の下に落ちてたよ〜」

 と、右手に携帯を高々と上げ、さっきの三人組の男たちに向かって大きく手を振った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ありがちなホラー?とみせかけて、意外なラストに笑えました。その後の主人公の顔を想像するとおかしいです(^^)
[一言] とても良いお話だと思います!! 最後の意外性につながる、途中の導入の仕方も上手いです^^ 読んでから、主人公の行動に思わず笑っちゃいました♪
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