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アハ体験令嬢シリーズ

「君のように冷たい女は愛せない」と雪国へ追放された悪役令嬢ですが、前世の記憶が蘇ったので『冬季五輪』を開催します!氷上で四回転半をキメたら冷酷辺境伯に溺愛され、元婚約者はカーリングで弾き飛ばしました

掲載日:2026/02/21


「エカテリーナ! 氷のように冷たい君との婚約は、ただいまこの時をもって破棄する! 君のような血も涙もない女は、極寒の北の最果てへ追放だ!」


 王立学園の卒業パーティーを祝う華やかな大広間に、王太子レオナルドの甲高い声が響き渡った。

 きらびやかなシャンデリアの下、ざわめいていた貴族たちの声がぴたりと止み、すべての視線が広間の中央に集まる。


 そこに立っていたのは、公爵令嬢である私、エカテリーナ・フォン・シュタインベルクだ。

 銀糸のような美しいプラチナブロンドを揺らし、私はただ冷ややかに目の前の茶番を見下ろしていた。


「レオナルド殿下。婚約破棄については承知いたしました。しかし、私が血も涙もないとは、一体どのような理由からでしょうか?」

「しらばっくれるな! 君が僕の愛するミレーヌに数々の嫌がらせをしたことはわかっているのだ! 教科書を破り、階段から突き落とし、さらには彼女のドレスをハサミで切り裂いたそうだな!」


 レオナルドの腕の中には、小動物のように震える男爵令嬢ミレーヌがいた。彼女は「ひぐっ、殿下ぁ……エカテリーナ様が怖いですぅ……」などとわざとらしく涙をこぼしている。


(教科書? 階段? ドレス? ……馬鹿馬鹿しい。次期王妃教育で分刻みのスケジュールをこなしている私が、どうしてそんな暇を持て余した真似をしなければならないの)


 すべてはミレーヌの自作自演であり、それにまんまと騙された愚かな王太子の暴走である。

 私が反論しようと口を開きかけた瞬間、レオナルドは勝ち誇ったように言い放った。


「言い訳は聞かん! 君の瞳も、表情も、いつも氷のように冷たい! 君には温かい人間の心が欠落しているのだ! よって、公爵家の権力も及ばない北の最果て、一年中雪と氷に閉ざされた『ノルトブルク辺境伯領』への永久追放を命じる!」


 広間がどよめいた。

 ノルトブルク辺境伯領。そこは魔物が跋扈し、猛吹雪が吹き荒れ、草木も生えない死の雪原と呼ばれる場所だ。

 そこを治めるのは『冷酷無慈悲な氷の辺境伯』と恐れられる男。そんな場所にうら若き令嬢が送られれば、寒さと過酷な環境で命を落とすのは明白だった。


「……承知いたしました。殿下のご決断、謹んでお受けいたします」


 私は深くカーテシーをして、背筋を伸ばしたまま広間を後にした。

 誰もが私を哀れみ、あるいは嘲笑する視線を向けていたが、私の心はどこまでも凪いでいた。

 どうせこの国は、あんな愚かな王太子が継げばそう遠くない未来に滅びるだろう。むしろ、責任の重い次期王妃という立場から解放されたのだから、せいせいしたくらいだ。


 しかし、この時の私はまだ知らなかった。

 その『極寒の追放先』が、私にとって天国よりも素晴らしい場所であったということに。


     ❄️ ❄️ ❄️


 ガタゴトと揺れる粗末な馬車の中。

 王都から数週間が経過し、窓の外はすでに一面の銀世界へと変わっていた。


「う……あたま、が……っ」


 猛烈な吹雪の中を進む馬車が大きく跳ねた瞬間、私の頭に激痛が走った。

 視界がフラッシュバックし、見知らぬ——いや、よく知っている『別の人生』の記憶が濁流のように流れ込んでくる。


(そうだ……私、エカテリーナになる前は、日本人だった……!)


 私の前世の名前は、白鳥理花しらとり・りか

 五歳からスケート靴を履き、氷の上で青春のすべてを捧げた熱血フィギュアスケーターだった。

 血のにじむような練習を重ね、数々の大会で優勝。ついに夢だった『冬季オリンピック』の代表権を掴み取り、あとは本番で金メダルを獲るだけ——というところで、不運にも空港へ向かう途中で交通事故に遭い、命を落としてしまったのだ。


「私、死んで……乙女ゲームか何かの悪役令嬢に転生してたのね……!」


 前世の記憶と、エカテリーナとしての今世の記憶が完全に統合される。

 王妃教育の重圧で感情を殺し、「氷の令嬢」と呼ばれていた理由も合点がいった。前世で培ったアスリート特有のストイックさとメンタリティが、無意識に現れていたのだ。


「待って。ということは……」


 私はガタッと立ち上がり、馬車の小窓から外を覗き込んだ。

 そこには、地平線の彼方まで続く真っ白な雪原と、カチカチに凍りついた広大な湖が見えた。

 王都の人間にとっては死の情景かもしれないが、前世がフィギュアスケーターである私にとって、それは全く別の意味を持っていた。


「雪と氷がいっぱい? ……最高じゃないの!!!!!」


 私の口から、エカテリーナとしての人生で一度も出したことのないような、歓喜の叫び声が飛び出した。

 王都では、魔法で少し氷を出すだけでも「冷たい」「気味が悪い」と言われていた。しかし、ここなら誰に遠慮することなく、好きなだけ氷を出せる。好きなだけ滑れる!


「ああ、神様! 転生先でもう一度スケートができるなんて! しかも、一年中溶けない天然のリンクが滑り放題! レオナルド殿下、婚約破棄してくれて本当にありがとう!」


 悲観するどころか、私のテンションは最高潮に達していた。

 もうすぐだ。もうすぐノルトブルクの城に着く。そうしたら、まずはスケート靴を錬成して、あの湖で思う存分滑り倒してやる!


     ❄️ ❄️ ❄️


「……お前が、王太子から追放されたという元公爵令嬢か」


 ノルトブルク辺境伯領の居城。

 玉座のような椅子に深く腰掛け、鋭い隻眼で私を見下ろしているのは、辺境の主であるヴォルフガング・フォン・ノルトブルク辺境伯だった。

 白銀の髪に、氷のように冷たい青い瞳。長身で引き締まった体躯には、数多の魔物を葬ってきたであろう歴戦の覇気が漂っている。彼こそが『冷酷無慈悲な氷の辺境伯』だった。


「はい。エカテリーナと申します。この度はお世話になります、辺境伯閣下」

「ふん。泣きわめく温室育ちの令嬢が来るかと思っていたが……随分と肝が据わっているな。だが、ここは王都とは違う。自分の身は自分で守れ。俺はお前を特別扱いするつもりはない」


 ヴォルフガング様は冷たく言い放った。普通の令嬢ならここで震え上がるところだろうが、私の心は別のことでウキウキしていた。


「あ、あの! 閣下!」

「なんだ? 早速泣き言か?」

「お城の裏手にあるあの巨大な湖、私が自由に使ってもよろしいでしょうか!?」

「……は?」

「あと、専属の鍛冶師をご紹介いただけますか? 大至急、作ってほしい靴のブレード(刃)がありまして!」


 目を輝かせて詰め寄る私に、冷酷無慈悲と恐れられる辺境伯は、呆気にとられたように口を半開きにしていた。


     ❄️ ❄️ ❄️


 数日後。辺境伯の許可をもぎ取り、腕利きのドワーフ鍛冶師に特注の『スケート靴(ブレード付きブーツ)』を作らせた私は、城の裏手にある凍った湖に立っていた。

 

 私の持つ規格外の『氷魔法』を使って湖面の凹凸を平らに均し、ザンボニー(整氷車)も真っ青のパーフェクトなスケートリンクを錬成済みである。


「すぅーーーーー……はぁーーーーー……」


 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。

 足元から伝わる、氷の感触。前世で死ぬ直前まで感じていた、あの愛おしい感覚。


「いくわよ……!」


 私は氷を蹴り出し、一気に加速した。

 シュッ! シュッ! というブレードが氷を削る心地よい音が、静寂の雪原に響き渡る。

 風を切る快感。重力から解放されたかのような浮遊感。

 ああ、私は生きている。いま、氷の上で、確かに生きている!


 スピードに乗ったまま、私は思い切り踏み切った。

 空中で三回転半。トリプルアクセル。

 完璧な軸のまま空を舞い、美しい放物線を描いて氷上に降り立つ。シュパッ! と氷の飛沫が舞い上がり、着氷は微かな音も立てないほどに滑らかだった。


 そのまま片足を高く持ち上げ、背中で両手でブレードを掴む『ビールマンスピン』へと移行する。

 白銀の雪原の中、私はただ己の情熱の赴くままに舞い続けた。


「……信じられん。まるで、氷の精霊だ」


 ふと気配を感じて回転を止めると、湖のほとりにヴォルフガング様が立っていた。

 いつもは無表情な彼の顔が、驚愕と、そして何かに魅入られたような熱を帯びて赤く染まっている。


「ヴォルフガング様! 見てください、この氷! エッジの食いつきが最高です! ここ、控えめに言って世界最高の環境ですよ!」

「えっ、あ、あぁ……そうだな。お前は、寒くないのか……?」

「滑っていれば温かくなりますから! ヴォルフガング様も一緒に滑りませんか!? 最高に気持ちいいですよ!」

「お、俺はいい……! だが、その……とても美しかった。その、舞が……」


 冷酷無慈悲な辺境伯は、なぜか顔を真っ赤にして口元を覆い、逃げるように城へと戻っていった。

どうしたのだろう? 風邪でも引いたのだろうか。


     ❄️ ❄️ ❄️


 それからというもの、私の辺境ライフはスケート一色……になるはずだったのだが、一つの問題があった。

 辺境の民たちの娯楽があまりにも少なすぎたのだ。


「そぉい!」

「ぐわあっ! 雪玉の中に石を入れるなと言っただろうが!」

「へへっ、戦場にルールなんてねえんだよ!」


 非番の騎士や領民たちが、ただただ野蛮な雪合戦(物理ダメージ大)をして暇をつぶしているのを見て、私の前世のアスリート魂に火がついた。


「あなたたち! そんな生産性のない遊びはやめなさい! 氷と雪があるなら、もっと知的に、もっと熱く燃え上がるスポーツがあるでしょう!」

「エカテリーナ様? スポーツ……とは?」


 私は氷魔法と土魔法を駆使して、瞬く間に城下町に広大な『カーリングシート』を錬成した。さらに、石工に頼んで丸い花崗岩に取っ手をつけたストーンを作成。


「これは『カーリング』! 氷上のチェスと呼ばれる、高度な頭脳戦と技術が要求されるスポーツよ!」

「ほう……ただ石を滑らせて的に入れるだけか。簡単そうだな」

「甘い! 甘すぎるわ! 氷の上のストーンは摩擦で曲がるの! そこでこのブラシ(ただの箒)を使って、氷をこすって摩擦熱でストーンの飛距離と方向をコントロールするのよ! さあ、やってみなさい!」


 最初は半信半疑だった騎士たちだが、一度やってみるとその恐ろしいほどの奥深さに完全にドハマリした。


「ヤップ! ヤップ! もっと掃けぇぇぇ!」

「ウォー! ウォー! 曲がるな、そのままいけぇぇぇ!」

「っしゃあああ! 見事なテイクアウトだ!!」


 屈強な騎士たちが血走った目で氷を全力で箒で掃きまくる姿は異様だったが、彼らの情熱は本物だった。          

 カーリングは瞬く間に領民の間に大流行し、町内対抗のリーグ戦が組まれるほどの熱狂を見せた。


 私のウインタースポーツ布教はそれだけにとどまらない。

 山の斜面を魔法で改造し、『スキージャンプ』のジャンプ台(K点120メートル)を建設した。


「いい? 空中でスキー板をV字に開くのよ! 風を面で捉えて、より遠くへ飛ぶの! 鳥になりなさい!」

「うおおおおお! 俺は風だ! 鳥だぁぁぁぁ!」


 空を飛ぶ快感に目覚めた若者たちが次々とスキージャンパーとなり、雪だるま式に飛距離を伸ばしていった。

 さらに、氷のトンネルを猛スピードで駆け抜ける『ボブスレー』コースも錬成。


 気がつけば、何もない極寒の地だったノルトブルク辺境伯領は、連日連夜スポーツに熱狂する一大ウインターリゾート地へと変貌を遂げていた。

 周辺の領地からも「何か北のほうが異常に盛り上がってるらしいぞ」と噂を聞きつけた観光客が押し寄せ、領の財政はかつてないほどに潤い始めた。


「エカテリーナ。お前という女は……本当に規格外だな」


 温かいココアの入ったマグカップを両手で持ちながら、ヴォルフガング様が呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑う。

 最近の彼は、すっかり私に対して甘やかだった。私がスケートの練習を終えると必ず温かい飲み物を用意して待っていてくれるし、私が新しいスポーツのアイデアを出すと、無条件で予算と人員を割いてくれる。


「冷酷無慈悲な氷の辺境伯、なんて呼ばれていたのが嘘のようですね」

「……お前が俺の氷を溶かしたんだ。責任は取ってもらうぞ」


 ヴォルフガング様は私の頬にそっと触れ、情熱的な瞳で見つめてくる。

 前世ではスケート一筋で恋愛経験ゼロだった私だ。さすがに彼の猛烈なアプローチにはタジタジだった。

 毎日が充実していて、愛してくれる人もいる。最高に幸せな日々だった。


 そんな平和な辺境に、不愉快なノイズが響いたのは、冬も深まったある日のことだった。


     ❄️ ❄️ ❄️


「エカテリーナ! この卑しい罪人め、息災だったか!」


 きらびやかな(しかし防寒対策はゼロの)マントを羽織った王太子レオナルドと、その腕にすがりつくミレーヌ男爵令嬢が、護衛の騎士を引き連れて辺境伯城の中庭に踏み込んできた。

 彼らは「視察」という名目で、私が寒さと飢えでどれほど惨めな思いをしているか、わざわざ笑い者にするためにやってきたのだ。


「殿下ぁ、寒いですぅ……こんな野蛮な土地、さっさと用事を済ませて帰りましょうよぉ」

「ああ、すぐ終わるさ。おいエカテリーナ! 君が泣いて許しを乞うなら、王都の修道院くらいには入れてやっても——」


 レオナルドの言葉は途切れた。

 彼らの目に飛び込んできたのは、惨めな姿の私ではなく——きらびやかにライトアップされた巨大な氷の競技場と、そこで熱狂的な歓声を上げる数千人の観客の姿だったからだ。


「な、なんだこれは……!? ここは魔物が蔓延る死の雪原ではないのか!?」

「あら、レオナルド殿下。ようこそノルトブルク・ウインターリゾートへ」


 私は、氷魔法で作ったスパンコールきらめく純白のスケート衣装(超ミニスカート)を身に纏い、優雅に微笑んだ。


「ちょうどいいところへいらっしゃいました。本日は、この大陸で初となる冬の祭典『第一回・ノルトブルク冬季オリンピック』の開幕日なのです」


「お、オリンピック……だと!?」


 私の後ろには、周辺諸国の王族や貴族たちがずらりと並んだVIP席が設けられている。

 砂漠の国から来た褐色肌の王太子は「この氷という芸術、素晴らしい!」と拍手喝采し、森の国から来たエルフの女王も「スキージャンプ、我が国のエルフたちにもやらせたいわ」と大興奮している。

 もはや、ちっぽけな王国の王太子ごときが口出しできるような規模ではなかった。


「な、なんだそのふしだらな格好は! 公爵令嬢たるものが脚を丸出しにするなど!」

「殿下、うるさいですわ。今から私の出番なのですから、黙って見ていてください」


 私はレオナルドを完全に無視し、歓声に包まれたスケートリンクのセンターへと滑り出た。

 曲が鳴り響く。私が自ら楽団に指示を出して作曲させた、重厚で情熱的なオーケストラ曲だ。


 曲の入りとともに、私は一気にトップスピードへ乗る。

 前世の記憶。血を吐くような練習の日々。転倒してできた青アザ。それでも氷の上で笑い続けた自分。

 そのすべてが、今の私の血肉となっている。


「まずは……!」


 左足のアウトエッジで踏み切り、空中へ!

 ルッツジャンプ。しかも3回転トリプル

 完璧な姿勢で着氷し、間髪入れずに後ろへ踏み切って3回転トーループのコンビネーション!


「「おおおおおおっ!!」」


 観客席から地鳴りのような歓声が上がる。

 VIP席の王族たちも、初めて見る氷上の芸術に目を丸くし、身を乗り出している。


(いける。この身体なら、前世の私を超えられる……!)


 エカテリーナの身体能力と、空間把握能力。そして前世の技術。

 すべてが完全にリンクしていた。

 私はリンクの端から助走を取り、最大のスピードで踏み切りの体勢に入る。


 狙うのは、前世で誰も成し得なかった、そして私自身が命を散らした因縁のジャンプ。


「さあ、見せてあげるわ。私の前世と今世の集大成——!」


 前向きに踏み切り、全体重を乗せて空高く舞い上がる。

 1回転、2回転、3回転、4回転——!


四回転半クワッドアクセル!!!!!」


 空中で鋭く錐揉み回転した私の体は、重力に逆らうように滞空し、そして——。

 ザクッ!

 右足のアウトエッジが、一寸の狂いもなく氷を捉えた。

 転倒はない。両足着氷でもない。フリーレッグを美しく伸ばした、完全なるクリーンメイク!


「決まったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 会場が爆発したかのような歓声と拍手に包まれた。

 スタンディングオベーション。飛び交う無数の花束とぬいぐるみ。

 私は氷の中央で、最高の笑顔でスピンを決め、フィニッシュのポーズを取った。

 前世の未練が、今世のこの瞬間、完全に昇華されたのを感じた。涙が溢れ、私は氷の上に崩れ落ちそうになった。


「エカテリーナ!」


 滑り寄ってきたのは、スケート靴を履いたヴォルフガング様だった。彼は私を力強く抱きしめ、観客の面前であるにもかかわらず、その熱い唇を私の額に落とした。


「素晴らしい……! お前は俺の誇りだ、エカテリーナ!」

「ヴォルフガング様……ありがとうございます!」


 私たちが感動的な空気に包まれている中、空気が読めない男が一人、リンクの端で顔を真っ赤にして怒り狂っていた。


「ふ、ふざけるなあああああ!!」


 レオナルドだ。彼は完全に蚊帳の外にされた挙句、隣国の王族たちから「あんな素晴らしい令嬢を追放するなんて、お前の国の王太子は節穴か?」とヒソヒソ笑われていることに気づき、プライドが崩壊していた。


「あんな氷の上でくるくる回るだけの芸人ごときで、調子に乗るな! 僕が直々に、そのふざけた競技場を叩き割ってやる!」


 レオナルドは剣を抜き、革靴のままスケートリンクに乱入してきた。

しかし、氷の上で革靴で走れるはずもなく、彼は盛大にすっ転び「ぎゃんっ!」と情けない声を上げて後頭部を強打した。


 そのままツルツルと滑り続け、レオナルドがたどり着いたのは、スケートリンクの隣に併設されていた『カーリングシート』のど真ん中(ハウスの中心)だった。


「い、痛ぇ……なんだここは……」

「おっと、招かれざる客がハウス内に侵入したな」


 低い声が響いた。

 見ると、カーリングシートの反対側に、ストーンを構えたヴォルフガング様が立っていた。その目は、獲物を狙う氷の狼そのものだ。


「な、なんだ貴様! 僕を誰だと——」

「ノルトブルク・カーリングチーム、スキップのヴォルフガングだ。——いくぞ」


 ヴォルフガング様が、恐ろしいほどの殺気を込めてストーンを投擲した。

 ズゴゴゴゴゴゴ! と地鳴りのような音を立てて、20キロのストーンが一直線にレオナルドへ向かって猛スピードで滑っていく。


「ヤップヤップヤァァァップ!!!」


 屈強な騎士たちが、凄まじい勢いで氷を掃き、ストーンのスピードをさらに加速させる!


「ひっ!? く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁ!」


 腰を抜かして逃げられないレオナルド。

 そして——ドゴォォォォン!!!


「ぎゃああああああああああっ!?」


 見事なセンターヒット。

 ストーンの直撃を受けたレオナルドは、まるでビリヤードの球のように弾き飛ばされ、カーリングシートを飛び出し、そのままの勢いでリンク外の巨大な雪山へと頭から突き刺さった。

 完全に雪に埋もれ、足だけがピクピクと動いている。


「ふっ……完璧なテイクアウト(弾き出し)だ」


 ヴォルフガング様はガッツポーズを決め、カーリングチームの騎士たちとハイタッチを交わした。観客席からは、今日一番の大爆笑と歓声が巻き起こった。

 ミレーヌは「殿下ぁぁ!」と半泣きで雪山を掘り返しに向かったが、誰も助けようとはしなかった。


     ❄️ ❄️ ❄️


 こうして、第一回ノルトブルク冬季オリンピックは、大成功のうちに幕を閉じた。

 追放された悪役令嬢だった私は、周辺諸国の王族から「ぜひ我が国のスケートコーチに!」と引く手あまたの存在となり、逆にレオナルドは「カーリングのストーンに弾き飛ばされた間抜けな王太子」として国際的な笑い者になり、のちに王位継承権を剥奪されたという。


「エカテリーナ」


 表彰式の壇上。

 一番高い位置に立つ私の首に、ヴォルフガング様が輝くメダルをかけてくれた。

 ノルトブルク領で採れた純金で作られた、彼特製の『金メダル』だ。


「お前は俺の領地を、そして俺の心境を、こんなにも暖かく豊かにしてくれた。……どうかこれからも、俺の隣で永遠のペアスケーターとして、共に人生を滑ってくれないだろうか」


 冷酷無慈悲なはずの辺境伯は、まるで少年のように頬を染めながら、私の前に跪いて手を取った。

 首元で輝く金メダルよりも、彼の真っ直ぐな青い瞳のほうが、何倍も眩しかった。


「はい、喜んで……! でも私、指導には少し厳しいですよ?」


 私が満面の笑みで答えると、会場中から割れんばかりの祝福の拍手が降り注いだ。

 前世の未練を晴らし、最高のパートナーと金メダルを手に入れた私の、氷よりも熱いウインターライフは、まだ始まったばかりだ。


「えぇ……?」と思った方は、是非★★★★★や感想等お願いします!

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